あなたがいた森
山を愛する彼がずっと山にいるようになってもう数年…
今は年に何度か私が会いにいく
街にいた頃は、いつも私のところに迎えに来てくれたけど、今は、それができない。
道が舗装されているとはいえ、こんな山の中にずっといるんだ。
街は、すっかり春めいて冬の名残もなかなか見つけることはできないけれど、ここではまだ雪の塊が大地に名残惜しそうに点々としがみついている。
仲間がたくさんいるとはいえ、冬は雪に閉ざされるここにいて寂しくはならないのだろうか? でも人の波の中にいても寂しさを感じる街よりは恵まれているのかもしれない…。
街は山よりも乾いている。
彼は同じ大学の時から山岳部に入って北海道内や道外の山に登っていた。
卒業後の進路も登山ができるかで場所も決めたようだ。
それが私の故郷でもあった。
こんなことを聞いたことがあったよ。
「どっちも好きだよ とても魅力的で それに僕をやさしくしてくれる 」
なんとなくそんな答えだと思った。
山と同じ… 喜んでいいのかな…いいよね
そうだ 彼のところへ行く前にちょっと大好きな場所に寄ってこよう。
ふたりで来たことのあるキャンプ場のある公園地 ここに滝がある。
本当は何十年も前に作られた電力用の小さなダムだったらしいけど大雨で底を抉られて陥没。 一夜でこんな景観を作り上げたのだそうだ。
人工と自然が作り出した奇妙な景観。
小さいといっても展望台から下を見ていると吸い込まれそうになる…
「…」 「えっ?!」
誰かに呼ばれた 振り返ると誰もいない。
気のせい…だよね? 彼に呼ばれた気がしたけど、ここに寄ってることなんか知らないはず。 それに今日来ることは言っていないから…
ここの上流を少し行くと公園を備えた水源地ダムがある。
それまで、この川は、大雨の時にすごく荒れ狂う川だったそうだ。
下流に位置する街ではそんなこと考えられないほどの清流なのに…
更に上にいったところに登山のベースキャンプに使われるヒュッテ(避難小屋)があり、何度か登山のときにそこまで送ったことがあった。
今はまだ登山シーズンに早いので途中のゲートは閉まっている。
大抵、ここに来るときは仲間と2・3の山を縦走することが多く日程も予備日数を入れると1週間ほどにもなる。
さすがに大きな日程では仕事を何度も休めないので年に1・2回。
それ以外は、日帰り日程のスケジュールがほとんど。
一度、一緒に登ったことがあって初心者用とは聞いていたけれど登り途中で体力の限界で彼に連れられて下山した挙句、翌日から3日間下半身の筋肉痛で仕事を休んだ。それからは誘われても迷惑になりそうで行かなかった。
「最初は誰でもそうだよ 小さい山から少しずつ ゆっくりこなして あの高みを目指すんだ」
うん わかってるんだけどね… それでも頂上の景色は素晴らしいんだろうな…
彼が登る山は写真でしか見たことが無いけど、もっとすごいんだろう。
まるで恐竜の背中のような尾根を伝って歩くのは、怖くてとても真似できないよ。
そうだ そろそろ行かないと…
彼のいるところは周りを木立に囲まれた森の中
その木立の上に彼の好きだった山々がそびえ立つ
大自然に抱かれ、ここに彼はいる。
「また 来たよ…」
「じゃぁ行ってくるよ」
大きな赤いザックを背負った彼が心の中で笑ってた
「また 迎えにいくよ」
いつか 私が心から彼に迎えられる日まで 私が通い続ける…
日高山脈は中生代ジュラ紀より、新世代三期にかけて生成された褶曲(しゅうきょく)山脈でスイスアルプス、ヒマラヤ、ロッキーの造山期と同じころ、その骨格が組み立てられたといわれており、幌尻岳(2,052m)を最高峰として札内岳(1,896m)、十勝幌尻岳(1,846m)、ペテガリ岳(1,736m)楽古岳(1,472m)など1,500-2,000m級の山脈を連ね、その稜線は鋭く切れ込んだナイフブリッジで現在も風化侵蝕が進み山容はいずれも峻険で深い峻谷を刻んでいる。
日高山脈国立公園は、北海道を東西に二分する全国一の規模を持つ山岳公園である。
植生はヒダカソウ・アポイツメクサなど固有種・希少種の高山植物が存在している。
利用状況としては山脈が極めて急峻であるため登山などの自然探勝に限定されてきた。アプローチは相当に長く、アポイ岳を除いては経験者向きの山が多い。
現在であっても7月から8月にかけて入山するパーティーは100を越すことからも、ここがアルピニストを魅了する山脈群に他ならない。
しかし、札内岳(1,895.5m)を源とする北海道有数の急流河川、札内川のもつ特性(急流・出水量の変化の著しさ)から上流地域では、滑落・水死などの犠牲者が後を絶たない。さらに雪崩・熊害などの事故で平成20年現在、59名の痛ましい犠牲者が出ている。
平成元年 札内川ダムの着工に伴い、いくつかの犠牲者追悼碑が影響をうけることから工事関係者・地元団体で協議し、遺族の了解の元この地に「札内川上流地域殉難者慰霊碑」が建立された。
十勝地方特有の温和な気候を作り出す日高山脈は「魔の山」であり「神の山」でもある。
その本当の姿を知るのは、そこに挑んだ人たちだけなのだろう。
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