青い空と緑に包まれた大地
鳥のさえずりが聞こえて木々はそよ風に揺れている。
どこまでも飛んでいけそうな空だけど、この空には結界というのがあるらしい。
わたしのような幽霊がこの辺りから勝手に出て行けないようにしてるそうだ。
そう聞いた…
「でも…ホントにあるのかな?」
風が空からまっすぐ吹き降りてくるのが分かる…
途中に風をさえぎる何かあるようには思えない。
風が抜けられるんなら…
ちょっと試してみよう─
後ろから道沿いに風が走ってくる。
すかさずピョンと飛び乗って道を通り抜けていくと、時折何かの建物の跡が目に入った。
あそこは何だったんだろうね…
そんなことを考えているうちに両側に立ち並んでいた木立が切れて、広い場所へ出た。
風が開いて空に向かって反り返っていく。
「うん…?行けそう」
他の道からも同じようにきた風が重なり合って上に向かって押し上げられ、一気に空へ…
「あっ」
何かにぶつかった。
風は何事もないように空高く走っていったけど、壁に当たったみたいにはじかれて、風の背から転げ落ちた。
「あーっ…」
草の上で仰向け。ひっくりかえったまま空を見上げると、何も知らないのっそりとした雲がモコモコふくらんでる。
「やっぱり、本当か…アハハ…」
なんだかわからないけど、笑いがこみ上げてきた。
今日はいろんなことがあったから…。落ちたショックで緊張の糸が切れたみたい。
「言われたとおり、煙突を探さないとダメか…」
落ちたところは、木立も少なく、開けた場所。
煙突はどこにあるかと後ろを振り返ると
「あーっ」
さっきまでいた『ザナドゥ』とは違うけど大きい建物がドーンと建っている。
急に目の前に現れたようで驚いた。
「わーっすごい…」
煙突は、まだ見つからないけど、この建物が気になったので様子を伺うことにしよう。
木や草が絡みついて、なんだかジャングルの中の遺跡みたいだなぁ…
本かなにかでこんな感じのを見たことがある気がした。
それにしても痛々しいね。
「あ…あれぇーっ?」
入れるところを探して横から回ると、建物の真ん中がパックリと大口を開けている。
入口という風じゃない。なにか爆発して吹き飛んだ跡みたいに口を開けた穴は、獲物をジッと待っている大きな生き物のようだ…
「何かあったんだろか…」
そう思いつつ、その大きく開いた口の中に引き込まれていく。
これがホントに腹ペコの怪物だったら私は犠牲者だよなぁ…。
この青空の下、そんなことはないよねぇ…と軽い考え。
薄暗い闇の中に並ぶ柱が奥行きのある怪物の喉の雰囲気がした。
中は、こざっぱりと片付いて、とても恐ろしいものが待ち構えている感じはない。
天井がとても高くて広い。
壁際にいくつか部屋が見える以外ここは、ほとんど大きな部屋がひとつだけ。
柱が何本か、この高い天井をやっと支えているみたいだ。
ここの壁も『ザナドゥ』みたいに落書きがたくさんあって、壊されたみたいに穴が開いている。
かわいそうに…。
どうして動けないものにまでこんな残酷なことをするんだろうか?
ここに何か書けば、願い事が叶うとでもいうかのように隙間なく文字や絵が書きこまれていた。
建物が、こんな目に遭った事をどう思っているのか聞いてみようか…
「ナギサ…」
あれっ!向こうからこっちを呼んできたよ…
ん…?名前を呼んだなんで
「だれ」 誰か、わたしを見ている!
見回すと壁の上にある四角い穴から光るもやのようなものが湧き出してくるのが見えた。
ユラユラとわたしの方へ漂い降りてくる。
正体を見極めようと目で追っていくと
それは、この広い部屋の中ほどに降りて、だんだん一塊になっていく…。
これは…この人は…さっきわたしの前で消えた─
ケイさんだ
思わず身構える! わたしを追ってきたんだ!
またあの、恐ろしい姿で何かするつもり?
今のうちに逃げようか?このまま…
でも、まだ煙突は見つかっていない。
見つけたとしてもそのまま行けば、ここのから出る方法を教えることになる。
どうしよう…どうしよう!
「ナギサちゃん…私…」
「いえ…あの…」 どうしよう!どうしよう!どうしよう!
「怖いんだよね…私が。仕方ないか…。
でも…今は、さっきのダメージが残ってるから平常でいられるよ。
少しの間は、話したいことも話せる…」
何かたくらんでるんだろうか…
いざとなったら、どうにかできるかな…
できないよなぁ…
「聞いた?私のこと…」
「…」 だまってうなずく…
「これだけは、聞いて。
私の問題は小さなことだったかもしれないけど、
自分にとっては生きている意味みたいなものだった。
ダメになった時、それでもなんとか修復しようと思ったけど
やっぱりダメで…
私…死んじゃえば逃げられると思ったんだ。
嫌になったことを…考えなくてよくなると…どうにもならない辛いこと…。
ところが体が無くなっただけで、ずっと悩み続けてる…。
それどころか、その辛さから永遠に逃げられなくなっちゃったんだよ。
まるで地獄!そう私自身が地獄になった…滅びることもできなくて…
その挙句、悩み苦しむ化物になってしまった…
わかってたら、生きてた方がずっとマシだった…今にしてみればね…」
泣いてるの…ケイさん…
「今だから言えるの!少しでも平常な今なら。そのときだけ自分でいられるから。やっぱり思う…。死ぬんじゃなかった。死ぬんじゃなかった!でも、もう遅いの。『命の還るところ』へも行けないのは、私への罰なんだ!」
何も言えない。言葉が見つからない…
ケイさんの言うことは、本当だと思う。
信じられる…というより事情も知らずに逃げようとしたわたしは情けないと思った。
「ケイさん、ケイさん。もういいよ!わたしもなにも知らなかったから…」
「ゴメンね!ごめんね!」
初めて会ったときは─
ピンと張り詰めてて、冷たい感じもしたのに
今は、とても弱々しい。
時間が経てば元に戻るらしいけど、ケイさん自身が自分を縛り付けて苦しめ続けるのだろうか…
─消したくても消せないのよ─
『ザナドゥ』で聞いたあの言葉は、そういうことだったんだ…
魂は消せない…
わたしにだってそんな力はないよ…
でも、ほんの少しでも何かにならないかと思いつくことを話した…話してた。
わたしのことを…
隣に越してきたカズ君と会ったことや
今まで旅をしてきたこと…
ケイさんが苦しんでいることをせめて一時でも忘れさせてあげられないかと…
気がまぎれたのか
ケイさんは少し元気になってきたようだ。
「ナギサちゃんには、今がホントの人生かもしれないね」
初めて会ったときの無表情な人と、今のケイさんは別人のようだ。
「もう行ったほうがいいよ。私も回復して、これ以上自分を抑えられなくなってくるから…。煙突はこの外の道を行くとすぐ見えてくるよ」
「知ってるんですか?出口のこと…」
「うん!私は、こんなんじゃどこへも行けないし」
「ごめんなさい。力になれなくて…」
「いいの!私の運命。仕方ないわ…
いつかは終わると信じてる。
早く会えるといいね、カズ君と。
あなただったら、普通の幽霊じゃなくなると思うよ」
「えーっ?どういうことですか?」
「ハハハ…わかんない!」
笑った。ケイさん…
「さあ!もう、行きなさい!」
「はい!あの…これ、あげます」
ポケットから、ハッカ飴を出した。
「ふーん。ハッカかぁ…シブいの持ってるね」
ケイさんは包みをひらいて口に放り込んだ。
「じゃあ、お世話になりました」
「いや、私が迷惑かけたよ。ゴメン!」
「いいえ…あれ…ケイさん?手が…!」
「えっ?…これって…」
ケイさんの手が光を湯気みたいに上げて溶けるみたいに散らばっていく─
「そんなどうして?…まさか飴?わたしそんなつもりじゃ!」
「待って!このままにして… わかる。私の願いが叶うんだよ」
「願い?」
「命が還るところにいけるの。これで…」
「…」
「ナギサちゃんがここへ来たのは偶然じゃなかったんだね。私を許すために来てくれたんだね。きっと…」
「ケイさん!」
笑みを浮かべながら ケイさんの姿は、どんどん薄くなっていく
光の粒に変わって空へどんどん上っていく
「これでやっと救われる。また生まれ変われることができる。そのときは、ホントの友だちになりたいね」
「うん!」
「ありが…」
消えた─
最後の光の粒が天井に吸い込まれるように消えていった。
本当に願いは叶えられたんだろうか…
…そうだよ。叶ったんだ。きっと─
「うぁっ!」
急に背中から強いしびれが走る─
何が何だかわからないまま、力が抜けてその場に倒れこんだ…
「ああ…」
気が遠くなっていく… 近くで覚えのある声がした。
「オレの夢も叶えてもらおうやないか!」
どうなるんだろ…わたし…
(つづく)
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