2012年2月 5日 (日)

学校前の家

01

「家が学校前なら良かったよ…」

02 小学校に通うのが苦痛でした。
別に成績が悪いとか、いじめられてたからでもないし、先生が怖かったわけでもない。
むしろ先生は好きでした。

小学校に上がって始めに通った学校は、家から1㌔ほど離れていて
その道の長く感じたこと。
道の両側には、歩けれども変化の無い畑の風景
数えるのも飽きてしまった電柱
遠くの景色をさえぎるように壁を作る落葉松の防風林…

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大人になってから知り合った北海道外から移住してきた人がこんなのとを言っていた。

「車でいくら走っても景色に変化が無いのはつまらないよね」

0011_2 そう、そのとおりだよ。
広い景色だからって癒されることばかりじゃないと思う。
保育所へ通っていた頃は、父か母が車で送ってくれたから、あっという間に後へ飛んで行く景色のことなんか考えることはなかった。

家の前から大きな幹線までは砂利道だったので、
石ころを蹴とばしたり、薄氷をパリンパリンと踏み歩いたりできたのに
交差する道に入ると途端に無機質な舗装の道に変わる。

学校が街の方と統合になり、スクールバス通学に変わるまでずーっと。
舗装でありながらその間、歩道が付くことはなかった。
朝早くから大きなトラックが、風をバラ撒きしながら勢い良く横を走り抜けていく。

「怖い…

3つ上の兄は近所に同級生が多かったので、いつもズンズン先へと行ってしまう。
私の同級生は学校を挟んで反対側がほとんどで、話しながら歩く友達もいない。
めんどくさいだけの道が、いつしかとても苦痛になって、一度ズル休みをしたこともあった。
途中の橋の下に隠れて沢地の方で時間をつぶしてた。

03

しかし、所詮小1の浅知恵、当然のごとく家へ電話が入りバレてしまった。
あっというまに見つかって父に学校へ連れて行かれた。
不思議とその後、先生や友だちに聞かれたり、父や母に叱られたという記憶がないのは意外と大事にとられていたからなのかもしれない。

でも、それからは母が道に出て、交差する道にはいるまで見届けていたようだった。
無愛想な道は、足の下に寝そべりながら、相変わらず重荷になっていた。

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道を挟んで家の反対側にすぐ校門が見える家。
こんな立地が理想だった。
その時の思いにしてみればね。
それに…いくらなんでも学校が近すぎるし、農家という痕跡があまりしないから教員用の住居だったかも。

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09戦時中のこの辺りは、軍馬補充部用地だったそうです。
戦後解放されて、復員軍人の帰農により開拓されましたが、人道はほとんど整備されておらず、生活物資の搬入が困難なことと、平坦地もあるものの、丘陵地や山坂が続き耕作に使いづらいこと、極寒の冬の厳しさから地域人口の流失も激しかったらしい。

中学校も併設していましたが
学校は昭和44年に閉校。

現在は校門を残すのみで、校舎を含め当時の面影は極めて少ない。

平坦な景色に飽き飽きしていた私がここに住んでいたら…

廃屋の中で自分の身の上を思い起こしながらあれこれと考えていました。

12

どこに住んでいたとしても、それはそれで辛かったのかもしれません。
たぶん…きっと…

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2010年8月29日 (日)

バラスト

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果てしなく続く道を走ってる。

「果てしない」は言いすぎだ。見通す先が見えないからといっても果てがないなんてありえない。

しかし、こう景色の変化が乏しいと、それほど走ってもいないのにこのままずーっと続いていくようなんだ。それで「果てしない」感じがする。

「果てしない」とか「永遠」とかいうものは実はつまらないものなのかもしれない。
いまだ「永久」を超越できないのにその空しさをを知り、嘆くのも妙なものだ。

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カーラジオの声も、ほとんどノイズに変ってきたので消してやった。
それにしても今年は春から暑い。
最高気温はともかく路面の温度がどのくらいまで上がったのか気になるんだよ。

こんな日は水分補給はマメにしようと峠前のコンビニで500mlのPETを2本購入したのに既に残り1本で、中身も3分の1。

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Dscf7923 道は、市街地を離れるとズーッと山間をなぞり、人里は畑らしきところは見えるものの、景色から人家の類は、ほとんど見えなくなった。
すれ違う車も少なく、人の足跡を示すのは、山間を併走する鉄路と、今走っている舗装路面くらいしかない。
それでも時折、線路か道路の保安作業の一団に出会うので、不安になるほど奥地ではないようだ。

落ち着きのない線路は、道の上を横切ったり、下をくぐったり、山を突き抜けたりしているうちに遠のいていった。
山も道から離れていったので、ようやく人里へと達するのかと思う。しかし景色は、ただ原野が続いていく。
それも単に原野ではなく、拓かれた土地が人の世話を受けたのも久しく、元の原野に成り果ててしまったかのようです。
時折、老朽化で倒壊した家や乗降客などいなさそうなバス停、赤土色の農耕具が目に入ることがあった。
ここは、すでに人が見捨ててしまった土地なのか…

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この集落の開拓は古く、明治41(1908)年にさかのぼる。ちょうど青森─函館間の連絡線が運航開始した年だそうだ。
近くの川で砂金も採取された記録もあるが、期間・採取地域が限定されてそれほど盛んに採取されていなかったらしい。

Dscf7916 やがて、大戦・戦後になり戦後引揚者の入植が激増。
しかし、舗装化がすすんだ現在では想像もつかないが、この辺り極度に交通の便が悪く、それが一帯を孤立化させる一大要因でした。

水道(簡易)や電気がようやく引かれたのも昭和40年に入ってからという。
ずっと道を併走してきた鉄路が敷設されるまでは、交通機関からも遠く、数箇所駅逓が設けられて流通を担う。

でも半孤立化の集落は農業生産品を出荷する術がないので、生産するのは自家用の栽培がほとんどで、現金収入の要は林業が主の半農半労暮らしぶりであったらしい。
ようやくここに石勝線が開通したものの、すでに離農者が続出していたことから、当初計画されていた駅は信号所になり、それが異常に信号所の多い地帯になった要因であるそうだ。

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いまや原野に姿を変えた農耕地は、既に開拓の記憶も失ってしまったように山と変らない顔をしている。
ここは、すでに非居住地帯になってしまったようだった…
しかし、この先の山間には大きな2棟のタワー型ホテルのある一大リゾート地帯がある。
そこまで行くと店やペンションもあり、そこまで到達すると緑色の砂漠を通り抜けてオアシスにたどり着いた気分にすらなるだろう。
すぐ近くには高速道のICも完成している。

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空のブルーと大地のグリーンの原色に目が犯され過ぎたころ、路肩に違和感のある中間色が目に入った。
この場所には不似合いなパーキング。…というより砂利を無造作に敷き詰めた場所。
砂利を敷いただけで圧鎮していないようで、重機のわだちや敷きムラが激しい。
工事用重機の待機場所の感じで、普通乗用車ではあまり入りたくない場所だった。
そんな場所に敢えて入ったのは、その脇に小さな木造住宅が半分砂利に埋もれるように立っていたから…
良い感じの廃屋を見つけたというより、やっと家の形をしたものがあるところまで走ってきたという気分。
大半の家屋は既に雪の重みで潰れて原野に埋もれてしまったのだろうか?

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非居住地帯というのは結構見かけるが、大抵は住居が残っていて離農して街へ移った住人が夏場のみ自家用農作のため一時居住している。
しかし、この辺りはそれすらも通り越してしまったかのように思えた。
その家が埋もれているように見えたのは車道と同じ高さに積み上げられたバラスト(砂利)のためであったらしい。
近くに寄ってみるとギリギリの線で埋もれずに済んでいたようです。しかも屋根近くに窓も見えるので2階建てのようだ。
老壁は黒ずんで木目も深く際立っていた。
このように壁が炭のごとく黒ずんでいるのは、耐水・防水のために塗ったクレオソートで染められ、陽射しで焼けたからなのだろう。
鉱物油の香りは消し飛んでいる。

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Dscf7896 波打った床の方々から熊笹が顔を覗かせ、奥の壁は既に崩壊して家の中で一番明るい部屋と化していた。
外観と違って中は荒れ放題。まるで竜巻に襲われたかのようだ。それに匹敵するほどに冬は気象の荒れるところなのかもしれない。
木造とはいってもそれなりに石油ストーブや家財道具の感じからすると数十年前まで暮らしが営まれていたかもしれない。

こういった離農で過疎の進むところで生まれ育ち、学校で「故郷の未来」なんてテーマで絵を描くと、必ず山よりもそびえ立つ高層ビルと縦横無尽に走る高速道、そしてレジャーを楽しむ家族が描かれることが多い。
その全ての要素を手に入れたこの土地は、それでも理想の未来だろうか…
肝心の人が去ってしまって。

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それでも、これが北海道らしい裏風景。

誰もが試されて 誰も負け犬などではない。
ほんの少しタイミングがずれれば、何処とて同じだったと思う。

だからそこはただ、そうなるべくしてそういう景色であるのだろう

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ただひとつ
人里が自然に無償で受け入れられる景色の中で
どうしても不似合いなのがバラストなのです

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2010年4月30日 (金)

色萌えて朽ちてまた…

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記憶には窓からの景色があった。

まだ木立は閑散としながら色を食みだす春
見飽きた山々の形を変えるほどに緑が山肌を食い荒らす夏
どこへ向かうのか赤く死に急ぐ秋
全ての勇み火を吹き消して和をもたらす冬

幾度も見て 何度も見飽きて その都度思い出す。
記憶が色褪せないように 景色も彩ることを止めようとはしない。

それが自然というもので 私もそのほんの一片の彩りです。

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光ありて色 光ありて闇
花淡く 行く色なれど 散りて尊ぶ

景色に「濁り」というものはあまり感じない。
「淀む」ことはあっても濁らない。
濁るのはいつも人の目であって心です。
あのときは 色に染まりすぎたのか 求めすぎたか…

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わけはさておき
混ざり合い 溶け合って 淀み 濁っても
時はそれらを沈めていく。
主のいない家の中で音もたてずに積もる埃のように

あれほどに行く先も怪しいことが
時に濾過されて不純物は取り除かれて光輝いてくる。
それほどに悲しかったことも 悔しかったことも 情けなかったことも
アルバムに閉ざされた写真のように鮮やかに蘇ってくる。

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「あの頃は良かったねーっ」 「あの頃は大変だったよねーっ」と笑う。
でも その「あの頃」には濁りが視野を狭くしていたのか
とても笑えることではないものです。

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それも これも 体あってのこと。
屋台骨が崩れてしまえば 内包していたもの共々時の彼方

死に急ぐことなかれ 
行き急ぐこと幸多かれ

そおいうものだと思いますよ
取り返しのつくことだって 色々あるさ…

そう!「色」。
色とりどりの色。色が萌える

やさしく そして残酷に

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2010年3月26日 (金)

旅立ち

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Dscf3075 北海道足寄町出身で札幌を拠点に全国で活躍するシンガーソングライター松山千春
彼が23歳の時に発表したベストセラー自伝「足寄より」
その自伝がデビュー30週年にして映画化された「旅立ち~足寄より」
その撮影は、もちろん足寄町で行われた。

自伝の映画化といっても30年の年月は足寄町や周辺の様子もすっかり変えている。
それでも街並みは時代の色を寛容に残していたことから映画のロケが可能だったようだ。
事実、既に閉店しているとはいえ、松山千春がデビュー前から通っていた「喫茶カトレア」もかろうじて残っており、初めて町でコンサートを開いた足寄町公民館も老朽化で閉鎖されていながらも当時の姿を残している。旧足寄駅は面影も無く新築されてしまったことから同じ沿線の赴きある利別駅が変わりに使われた。

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Dscf3058 ところが肝心の松山宅は、とっくに新築されており生家であるとかち新聞社は既に失われていたので、主要な舞台として新たに場を準備する必要があったようだ。
足寄町役場近くにある『千春の家(とかち新聞社)』は、映画クランクアップ後もロケ地として週末・祝日に一般公開されており、中に実際に入ることもできる。
とはいえ、小さな家なので大人数で入ることは難しい。
一般住宅から想像もつかない梯子のような急な階段で撮影クルーが機材を担いでスタンバイしていたかと思うと脅威にすら思えてくる。
ここは、もともと松山家とは無縁の家を映画用に改装したものだが、実に赴き深くて大道具の「汚し」の技術を持ってしても、これだけ人としての息遣いの聞こえそうな家が再現できるだろうかと思う。銀幕上でそれが生かしきれたかはわからないけれど…

Dscf3070 映画撮影の時は、例年に無く雪が少ない年で冬のシーン撮影のため山から雪を大量に運んでくるということもあったそうです。
ともかく映画はいまだに見てないんですよね。自伝も読んでないし…
コンサートのMC録「らいぶ」は読んだことあるけど。
管理の人から熱烈なファンと思われそうなくらい、家のあちこちを撮ってきたけど正直、千春の歌はあまり聴いたことが無い。
聴かなかったんじゃなくて、千春の歌は空気のようで、いつもどこからとも無く聞こえてきた。大好きでいつも聞いていた歌よりも、そういう歌のほうが、ズーッとあとになって心の中に根を下ろしていたことに気が付く。

「千春の家」の管理人さんがこう言ってた。

「ここは、木造モルタルだった家を映画の大道具さんが木造に改修したんですよ」

「えーっそうなんですか?」 それは驚きだ…

もともと、この家自身が持つ歴史の記憶と、もうひとつの人生の記憶を持つところです。

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どこまであるのか確かめたことすらない空の下
錆付いたトタンのほうがこの空のことを知っているようです。
記憶の色は色あせるんじゃなくて
むしろ塗り重ねられていくのだと思う。

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2009年12月 8日 (火)

Open your mind

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郊外とはいえ、舗装路面もあらゆる方向に縦横無尽に伸びて、こんな人通りの少ないところにさえ縄張りを広げてた。
あたりには、まだ点々と家が並んでて、人の住む気配もあるけれど、どこか乾いた感じが拭えない。
元々このあたりにも、ちょっとした店が数件は並んでいただろうけれど、今は寂しさに耐えられなくて自然と集まった家の集会場のように思える。
そんな萎縮した空気の中、妙にオープンな家がそこに…

Dscf4681 明らかに長いこと人が住んでいる風ではなくて、ただ玄関も窓も開け放たれていた。
開け放たれたというよりも窓も玄関の引き戸も外されているみたい…
しかし、入ってくれと言わんばかりなのです。
これが『廃墟マニア捕獲用の罠』ならいかにもですね。
それ以前に廃屋と思って覗いたら、中で家主がお茶を飲んでいる場と鉢合わせ…というのはいただけません。。。

少し傾き掛けた木造の民家で、屋敷回りは木やら雑草やらが伸び放題。
家に通じる畑に挟まれた道も畑と区別が付かないような踏み固めた土で、轍の間の雑草も車の底を擦るくらい伸びている。
トタンの屋根も元の色が分からないくらい赤錆にまみれているから、どう見ても人の手を離れて熟成が進んだ建築物にしか見えない。

あれを撮りに行こうと思い立ち週末の初冬の朝、行ってみると煙突からモウモウと煙が上がってた。。。

「おかしいなぁ。。。夜も光は漏れていなかったのに。。。」

Dscf4685 どうやらよほど厚いカーテンを引いていたようだ。
それよりも何よりも人様の暮らす家を廃屋と思い込んだ自分も情けない。

冒頭の家は、歩道から覗いてみる限り、人は住んでいないようだった。
年季は入っているけど、大きな歪みは出ていないので、直して住もうと思えば、まだ充分住めそう。

図書館で骨董関連のコーナーとかを見ると、古民家再生に関する本があったりして『こういう住み方もあるんだーっ』と思った。そういう静かなブームがあるらしい。
行きなれた廃屋でそういう人を見かけることもある。
近所にその類の業者もいて、数年前まで草木に埋もれていた家が古いアルバムから切り抜いてきたみたいに再生されたのを見ると、使える材料が制限されている分、スゴイ仕事だと思います。

Dscf4684 廃好きといってもそういうのもキライじゃない。
取り残された家が自らに幕を下ろすかのように徐々に崩れ落ちていくのは、やはり感傷的にならずにはいられない。
感傷的でもあるけれど、何も考えない『無』な状態になってしまう。
普段生きている世界の喧騒とは縁の無い部屋。
しかし、そんな部屋にも団らんや、まどろみや、いつまで経っても終わらない兄弟ゲンカなんかもあったはずで、そういう名残を探してしまう。

ここへ何しに来たのだろう…
何を探しに? 何を求めて?

それは、そう!
たぶんね…そのうち見つかるでしょう。

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あらゆるものが手に入りやすい世の中だけど、手に入りにくいものもある。
『金で買えないものなんて、この世の中あるのかよ!』と誰かが言ってました。

買えないものは無いのかもしれないけれど、そのお金をいくら積んでも取り戻せないものが、それはもう数え切れないくらいにあるのです。

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2009年10月22日 (木)

遠ざかる空

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逃げるみたいに遠ざかる空
見透かしたように流れていく雲
山は白い余暇を前にして1年かけて用意した衣装を競い合う
この景色をどれほど見たことでしょう
その何度かは 旅立っていった“あなた”と見上げたものです

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あなたが初めてここに来た日
まだ、見ることを困っていたような眼差し
捉えるものを捉えきれない小さな手
そんなあなたを迎え、思わず声にならない歓喜の声を上げてしまったものです
聞こえたはずもありませんが…

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あなたが その足を自在に使うようになり
今日のような空や山を見上げた日
その目に映ったものを言葉にできなくてカリカリしていたこと
近くの川の水が留まることなく流れていくのをただジッと見下ろしていたこと
そんな様子をこの窓から見つめていたものでしたが
その時と同じ景色がここから見て、つい思い出してしまいました。

Dscf3336 柱の線がその間を広げ始めて
塊のひとつに過ぎなかった私のところへあなたが来ました。
私があなたのものになった日
それもつかの間、夜の帳(とばり)が下りる頃には、母の元へ
私があなたの夜をいさめるには まだ器が相応ではなかったのでしょうか。

夜の寂しさより、心の平安を愛すようになって
あなたと過ごす時が増えた始めた日
たくさんの写真が壁を覆いました。
あなたは写真をながめていただけかも知れないけれど
私自身が見つめられているような不思議な気分になりました。

Dscf3338 あなたの伸ばす手がずっと近づいてきた日
喜び 悲しみ 迷い 嗚咽 静寂 怒り 憂鬱 後悔 妬み…
人には見せないあなたの秘密を共有しました。
それをあなたが望んだのかは計れませんでした。

そして唐突な あまりにも唐突な別れの日
あなた自身も思いもしなかったような…
あの時も空は今のように遠ざかり
雲も何かを見透かしていた…。

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Dscf3340 今もあなたは、この遠ざかる空に思うことがあるでしょうか
見透かした雲を見上げるのでしょうか
山は今日も忙しく衣装替です。

いつか いつの日か
この身があるうちにひと目あなたに会えるなら
私を懐かしく訪ねてくれることがあったなら
とても嬉しく思います。

何も語らず、単に包み続けた私。
小さな一間ながら、あなたの城であれたことだけが誇りでした。
それが「一間の部屋」としての私の想い出…。

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あと何度、この景色を見ていられるだろうか─

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2009年7月26日 (日)

みっつめの朝

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始めの朝は 生れたてきた日、最初の朝
次の朝は ときめきと気だるさにひたすら続く日々の朝
みっつめの朝は…

「今日、泊ってくの?峠は大雪らしいよ」

「えぇっ?!」

Dscf0415 GWの最終日、これから200㎞以上の距離を家まで戻らなければならないというときに友人から驚くことを聞いた。この季節、大雪といっても北海道では、驚くほどのことではない。
自分が通る用事がなければ…
でも、数日前は夏日に近い日もあったことだから、そんなことあるはずないと思っていた。

行きの峠道は緑も芽吹き始め、春の小花もあちこちで見えていた。サクラはまだ峠を越えてはいなかったけど。
だから、とっくに夏タイヤ。ほとんどの人がそうだったと思う。
天気予報で峠が雪といってもチラつくくらいだったし。

「明日、仕事あるから、とりあえず行ってみる。どの程度の雪か解らないし…」

Dscf0416 とりあえず友人と別れて帰途につく。
峠のある町まで、普通に春の夜道。
真冬の大雪と春先の大雪は感覚的にも違いもあるから、降っても数センチかなぁ…でも峠に入ると路面凍結…?

最高点標高1,023mの峠は、急勾配と急カーブの連続で、樹海と高い岩山に囲まれている。それでも重要産業道路であることから末端両町の合意で村道として開通した道は昼夜を問わず通行車が多い。
夏場は霧に悩まされ、冬は、その交通量から圧雪・アイスバーンになりやすく重大交通事Dscf0477 故も多発。近年は、高速道の開通部分が延長されて険しい部分は回避できるようになって、交通量が激減した。
それでも道東への流通を担った道には違いなく、今でも流通のトラックは覆道と長いトンネルの連続する道をグングン登っていく。

峠の町まで近づくと、話の通り路肩に季節外れの雪が目立ち始めてきた。それでも路面は乾いている。

「もしかして行けそう?」

Dscf0474 やがて、進むほどに積雪量はどんどん増えて、峠手前の市街地は、お祭りでもあるのかというほどトラックや乗用車でごった返していた。
峠は荒天のため一時封鎖されており、越えるのは不可能。
少し戻ったところからもうひとつの峠に迂回する道も積雪が及んでいるため冬タイヤかタイヤチェーン装備の車両でなければ無理らしい。
海沿いから遠回りする道もあったけれど、そっちへ回る気にはならない。
「明日、峠が開くまで待つしかないなぁ…どうせ待つなら札幌で待てば良かった…」
そう思うほどに峠の町の夜は早く、すでに全ての店は閉まっている。
その頃は、まだコンビニや道の駅ができる前で、物産館駐車場からあふれた車は、国道の両側に路上駐車。
歩道に乗り上げたり、私有地に入り込んだり、エンジンかけっぱなしで地域住民とトラブルになっている様子あった。

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「この辺じゃ待てないなぁ…」

喧騒の市街地を離れ、暗い道を引き返す。
路面に溜まるシャーベット状の雪の上、時折タイヤが空転しているような気がした。
夜というのはこんなに暗いものなんだと思い返すほど暗い道だった。

街からほどほど外れたところにポッカリとドライブインらしきところが見えてくる。
少しでも峠近くで待機!と言わんばかりに集まった車両は、ここにおらず、大型トラックが数台だけ…

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「とりあえず、ここにしよう…」

Dscf0425 春の重たい雪が積もるパーキングに車を滑り込ませて、外灯近くのなるべく明るいところに駐車。
エンジンを切ると5月だというのにミルミル車内の温度が冷えてくるのが分かった…タンクの残量を考えるとエンジンをかけっぱなしというわけには、いかないし…。
とりあえず荷物からパーカーやらシャツを引っぱり出して着ぶくれに着込んでみる。気が付くとウインドーは内側から曇りだしていた。

「なんだか情けなくなってきたな…」

少し、窓を開けると遠くからチョロチョロと水が滴る音がする。

「?」

明かりの中ぼんやりと浮ぶキャンプ場の洗い場みたいなところのひとつが蛇口を開けたままで、下のバケツに水を溢れさせ続けている。たぶん凍結防止のためかな? まだこの辺りはそんなに冷え込むんだろうか…?

Dscf0424 この辺りのドライブインは、「ミツバチ族」とか「ブンブン族」と呼ばれてた道内2輪旅行者が利用する素泊まり宿が多い。
ドライブイン兼なので食事も可能。脇の大きなプレハブ小屋が宿で、洗い場みたいなところも泊り客用のものらしい。
5月では、まだ気の早い旅人はいないらしく宿泊棟に明かりは点っておらず、オートバイも見当たらない。

にわかにドライブイン正面から人が出てきた。
やおら空を仰いでいたその人がこっちを見たかと思ったら、そのままこっちに向かって歩いてくるじゃないか。

Dscf0423 「うわ~ッヤだなぁ…私有地だから出てけ!って言われそうだな…」

そばまで来たその人は、こっちが車の中にいるのを覗き込んで、

「どしたの?こんなところで…」

「いえ…峠が通行止めなんで…」

「あ~っやっぱり通行止めなったかい!こんな時にこんだけ降ることなんか滅多にないんだけどね」

「はあ…」 早く行っちゃってくれないかな…

「ここで夜明かししたらシバレる(凍る)よ。まだ霜も降りるし」

「えぇ…でも、行けるところもないですし…」

「裏、開けてあげるから寝てきな!布団はあるから!」

「いや…でも…」

「お金は、いいから泊ってきな!こんなとこいたら凍死するわ!」

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半ば不安に苛まれながらも強制的に案内される。
鍵を盗りに行ったご主人は、奥のプレハブの中へ案内してくれた。
決して明るいとは言えない照明を点けると両側にドアがいくつか並んでいる。
そのひとつに入ると、どこも相部屋らしく布団が数組並んでいた。
ご主人はポータブルストーブに火を入れながら

「夏休み頃だとライダーでいっぱいなんだけどね。まだちょっと早いんだ」

「なるほど…」

「好きなとこで寝ていいよ。寝る前に火だけは消しといてね」

「はい…ありがとうございます」

「ご飯、食べたの?」

「いえ!大丈夫です!」

「そっかい。じゃあゆっくり休んでや」

Dscf0430 話もそこそこにご主人は引き上げて行った。いつもあるのかな?こういうこと…

ゆっくりと温まる部屋の中。
古い雑誌や文庫本がたくさん積まれている他には、ポータブルテレビがひとつ。
宿というより工事現場の仮宿舎みたい。
でも車内泊が思わず布団でノビノビ眠れることになった。しかもタダで。
布団は冷たかったけれど心地よい眠りに付くには充分だった。

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「すいませーん…すいませーん…?」

翌朝、ドライブインへお礼だけでも言っておこうと寄ったが、いくら呼べども返事はない。

「出かけてるのかな?」

Dscf0433_2 前日とは打って変わって早朝から温かい春の空。
陽射で融けた雪の雨だれのような音で目が覚めたほど。
駐車場も道もほとんど乾いてきている。
相変らずご主人のいる様子が無いので今度来たときに礼をしようと出発することにした…
建物の壁に「素泊まり1500円」とある。
峠は路肩に雪が積もっていたけれど路面は、すっかり乾いてコントラストが際立っている。
結局、この日、仕事は休んだ。

それから程なく国道は新路線の完成により、このドライブイン前を走る車は激減した。
そのうち…と思っていた自分でさえ、再び訪れたのは何年後になったのだろうか。

長雨がようやくあがった朝 ようやく訪れる。時間は経ちすぎていた。
たった一夜の思い出だけど、この変わりように寂しい。
あの後、ここで何があったんだろうか。
屋根板の剥がれ落ちた屋内でとっくにあがった雨は、まだ降り続いていた。

新しい道は、かくも残酷な結果をもたらすのだろうか…。
いくら「廃墟好き」と言ったって「廃墟」になって欲しくないものもあるよね…。あるんだよ。

はじめの朝は 生まれた日、最初の朝
つぎの朝は ときめきと気だるさにひたすら続く日々の朝
みっつめの朝─ それは 大事な何かが一緒に来なかった朝

Dscf0447 朝は、いつもやってくる。一日をリセットするみたいに。
ある意味、過去への訣別として。
爽やかな朝を繰り返して、時は積み重なっていく。
友達は親の都合で引っ越して 子どもは遠くに巣立ち 親は加速して年老いていく…
歯が抜けていくように不安になって、何かを悟ったようにぼんやりした答が波のように打ち寄せる。
時の重さに気がついて 朝が来ないように祈ったとしても、それは私的な我儘(わがまま)にすぎない。
人の心は、まだまだ繊細です。他の生き物達に比べると。
皇帝も独裁者も神々の名の下にある人も…終わりがあるのは自然の中の約束事。
そんな静かで無関心な朝の訪れは、時として残酷なものかもしれません。

でも朝には悪意も差別も中傷もない…朝ってそういうものでしょう? そうだよね。
無意味に迎えた朝はあっても 無意味に明けた朝などないのだから。

Dscf0976

あの 朝日の後で また会いましょう。

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2009年5月17日 (日)

鮮やかな地獄

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●へ

Dscf8661いつも元気な●は
最近、どこか弱気が見える
2年前はまだまだいけいけだったョネ!
もうあの時から10年くらいたったような●に
最近はそう思います

母は心配はしていません!(何事も経験)
あなたを信じているから
まだまだ地獄があるんだョ!

母もあなた以上に年(歳)の分、地獄を見たし
体験もしてきました。
みんな体験または経験をしているのです。
それ以上の人々もたくさんいるのです。
まだまだ●は幸福だと思うョ!
母の声を聞きたくなったらいつでもTEL下さい!…

Dscf8653

戦後並とも言われる景気の低迷。
失業率6%台も間近と言われています。
新卒者の就職内定取り消しや自宅待機。
とりあえずの就職内定率を誇る学校もその内訳には微妙な感が…

Dscf8670 『仕事があるだけましだよー』

『ボーナスでるだけマシと思わなきゃ』

『時代は変わったんだよ…』

戦いを忘れた群れが四列縦隊で進む様
うつろな目 うつろな子どもの目 うつろな芽生え
リアルと見分けの付かない敵に無制限な銃を向けてうつろに撃ちまくる。
『あっ!民間人だった』 減点…

Dscf8666 時間を縮める機械 時間を省略する機械 時間を先に進める機械
何も変わらないようでいながら人は機械の一部になって機械に奉仕してるみたいだ。

気難しい機械 気難しい自分 気難しい夢
それでも手放しがたい恍惚の桃源郷。

ショボいユートピア ダサいフロンティア マイブームなサンクチュアリ
ひとりだけの夢 ひとりだけの居場所 ひとりだけの応接間
ホラごらん…居酒屋のウリだって『隠れ家の雰囲気』だってさ。

Dscf8672人生に借りがあるのか 貸しがあるのか
手の届くものが取れないみたいで 実はてを出してもいない
心の傷だけが生きている証明のような気がして、癒えた傷の痛みさえ懐かしくて懐かしくて…ただ懐かしくて

でも案ずることはありません。
時代の良し悪しに関係なく、何時もたわわの実りを得る人もいれば、空の器をただ眺めるだけの人もいるのです。
自分も含めて、みんなキリギリスなのかアリンコなのかさえも判りません。
いくら時代が良くても世を儚みたくなる人はいたのです。
始まりから極論 そして弁解

実りは餅撒きのごとく手が届いた人のところへ
そして痛みは皆に公平に分配。
傷つけられる覚えの無い人まで平等に

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広い空 新緑芽吹く広大な北の台地。
北海道らしい風景の中に北海道の象徴らしくサイロと牛舎がポツーンとたたずむ。

いるはずのものは居らず 住んでいるべき人も忘却の彼方。
ただ そこに営みがあった証明だけが現代遺跡のようにそこに存在するだけ。
さても その大地の同胞(はらから)にブルーの不似合いな袋が大量に置かれてる…。

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『また、不法投棄か…』

Dscf8665 近頃は、ごみ排出も有料化の市町村もほとんど。
それほどに地域財政も逼迫しているわけ。でも処理費用は行政との折半(税金)です。
分別もルール化しているから指定外物の混入は回収されません。
だからといって他所の町に置くのは筋違いですよ。
でも よくもまぁ こんなところまで……?

違う…ごみじゃない
きれいにたたんだ衣類 子どものオモチャ 布団や日用品…
不要になったというよりも 手身近な荷物入れにしたような感じ。

束ねられた書簡はライフラインの支払い催促通知と供給停止勧告。
それら全てが仮にここへ置かれたのか 用を無くしたのかは計れません。

地獄 生き地獄にいた
それが自ずからはまり込んだ地獄なのか すべからず堕ちてしまったところなのか…
とりあえず逃げ出した道行の途中がここであったことには違いありません。

Dscf8664地獄と天国が絶えず交差するこの世。
まだまだ捨てたのもじゃないと…思うけれど
この有様を前にして何す術も その力さえも ましてや救う手立ても そして行方さえもわからない自分には
ただ静かに涙するほかに なにもできません。

空の財布の中に 母からのせいいっぱいの励ましが記された言伝が残されていて…

地獄と称された大地に春は芽吹き 雲が青空を流れていく
あまりにも美しい地獄絵図は 昔からそうであったように
未来にかけて地上の出来事に無関心です。
寛大に残酷に実り 癒し続けていく

春の香りは “甘く危険な香り”…なのかな

地獄から何とか抜け出せていられればね。
それだけは祈ります。

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救済が流行とは無縁なものであり続けますように

生意気言ってすいません

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2009年5月12日 (火)

ひとりじゃないの

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私はナギサ 風に乗って青空を旅する幽霊。
どうにもこの辺りはイジワルな風が多いのか海に行こうとしているのになかなかたどり着けない。
昨日なんか高いところから海が見えていたのに風に引き戻されて、また山の方へ戻ってしまった。

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「ホントにもぉー」

「何を怒ってるんだい?」

Dscf9180_2 家が話しかけてきた。
あちこち痛んで、骨ばかりになった屋根から白々と明けて空が見えている。
風は昨日と同じで山の方に向かって吹いているようなので、また足止めかと思ってうんざりする…

昨日も数え切れないくらい風を乗り換えたけれど、進んでいるような、いないような…
必死(幽霊だけど)になっても仕方がないので、この家に夕べから泊まっていた。
幽霊といっても私もやっぱり人だから、夜は何かにぶつかるのが怖くて飛ばないし、屋根のあるところで休みたい。
もちろん、生きてる人のいるところには行けないし、崩れているとか汚れているとか…そういうのは幽霊の私に関係ない。

「風が…言うこと聞いてくれないんです。海に行きたいんだけど…」

「海?そこのテレビで見たことがあったなぁ。わしも行ったことはないけどね…でも今ごろは、南からくる温かい風が多いから風に言うこと聞かせるのは難しいだろうね。故郷を目指す鮭みたいなもんだわ」

「そうですか…やっぱり。もう少し明るくなったら、海の方へ向かう車に乗せてもらおうと思うんですけど…海に向かう車って、この前の道、通りますか?」

「うーむ…車のことまでは分からないな…でも南の方から、この辺とは香りの違う車が通るから左の方へ向かう車なら行くんじゃなかろうかね」

「はい、そうしてみます…」

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南の風が穴の開いた屋根から吹き込んできて私をからかうように剥がれかかった屋根の鉄板をカラカラ鳴らしている。

Dscf9195 「こんなになっちゃって屋根…痛くないですか?」

「いや…別になんともないさな。冬の北風が悪さして…わしも歳だから、やられ放題だよ。それでもご主人が帰ってくるまではなぁ…」

「ええっ?」

屋根にこんな大穴が開いて部屋の中に木も生えてきてるのに家の人が帰ってくるんだろうか?
もし、そうでもこの有様を見たら、たぶん入りもしないで帰ってしまうと思うけど…

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「そうとも!だからストーブもテレビもちゃーんと置いていってる。ここの子の大事なオモチャもな。だから家族が帰ってくる日までわしは、ここから消えるわけにはいかないよ」

Dscf9177 「…その日からどのくらい経つんですか?」

「もう40年近くなるかなぁ…」

「えぇっ40年

それって私が生きていた頃どころか、私を生んだママさえ生まれていたかどうかってほど昔じゃない…

Dscf9175「帰って…くるんですか…?」

「そうさな!出発の日、わらしっ子は泣いて嫌がったが、父親の『すぐ帰ってこられるから!』の言葉についていったのさ。わしもそう思っている」

「でも…40年って…」

「何が?」

「いえ…別に…」

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Dscf9201こういうところに来るのはカメラを持ってる人くらいなんだろうけど…
もう、ここに住んでいた人は帰ってこないと思う。その子も今じゃすっかり大人なんだろうし、この家のことも覚えていないのかも…。
でも、お家に時間は関係ないんだろうな…少なくともこのお家は。

Dscf9196たぶん、お家は捨てられちゃったんだろう。
始めはそういうつもりじゃなかったんだろうけど、事情があって引っ越したんだと思う。
私の家の隣に越してきたカズくん一家がそうだったみたいに…

私もカズ君に忘れられるのかな…このお家みたいに。
そう考えるとウルウルしてきた…体のない私。幽霊のわたし…

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「おやおや?どうしたのかな?何があったか知らないが…」

「いいえ!なんでもないです。私のお家のこと思い出して」

Dscf9200 私のいた家もあの嵐の夜、屋根に大きな穴が開いて陽の光が入ってきた。
自分が、死んじゃって幽霊になったと気がついてから、明るいところに出ると蒸発しちゃうと思ったから太陽が怖かったなぁ…それで気がついたら何年も経ってた。
屋根が壊れなかったら、まだずっと家にいたのかもしれないね。

どうしてるかなぁ…私の家。「行っておいで」と送り出してくれたけど心配になってきた。
あれからどれくらい経ったんだろう…

「まあ、あせっても仕方ないさ。のんびりやんなさい。風もいつかは言うことをきくものさ」

「はい!そうですね」

陽が昇ってきたようで、部屋の中にも光が射しこみはじめてきた。

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Dscf9187 「あれ…あれは…」

押入れの中にひときわ眩い光が射しこんで、きれいな女の人の顔が浮かんできた。

「ああ…あれは『白雪姫』だよ」

「白雪姫って…あれはお話のひとじゃ…」

「ワシにはよく分からないが家の者は、そう言っていたな」

白雪姫ってホントにいた人だったの?
でもホントに美しい人…お話のことじゃなくてホントにいたかもしれない。

「その白雪姫がいるからワシもひとりじゃないって思えたのさ。いつも慰めてくれているよ…」

ゴーッ…

前の道を大きなトラックが走り抜けて行った。
朝がようやく動き始めたようだね…私もそろそろ行こう。
風は…穏やかな朝だけど、風はまだ気むずかしいらしい。

Dscf9208 「一晩お世話になりました。私、もう行くことにします」

「そうかい…ひさしぶりに楽しい夜だったよ」

「ちょっと…ここで着替えていっていいですか?」

「別にかまわないよ。なんなら目をつぶっていようか?」

「かまわないです…でも見たことは秘密にしてください」

「はい、わかりましたよ…」

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「ほお…こいつはたまげたな…」

「私の特技なんです。短い時間しか持たないんですけど…ホントにナイショですよ」

「もちろん!約束だからね…あんたもどこかのお姫様みたいだな」

「いいえーっ言いすぎですよ。それじゃさよなら。お元気で…」

「はい、さようなら。元気でね」

家の前のササをかき分けて表に出た。
足にササが絡まって進み辛い。こういう時は、体を持つというのも面倒なことだと思う。

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家のすぐ前に横たわる道の脇に立ってこっちに向かってくる車を待った。
たしか…向こうにいく車に乗せてもらえば海の方へ行けるんだ。
前にこうして道端で走ってくる車をジーッと見つめていたら乗せてくれたことがあったから、またそうしてみよう…あ…来た来た…

Dscf1617プシーッ…
大きなトラックが止まって、ずっと上の方にある車の窓から男の人の顔が覗いた。

「どうしたの?ヒッチハイクかい?」

「あの…海まで行きますか?」

「海?…まあ海沿いには行くよ」

「お願いします!」

Dscf1660_2 乗り込んで両手で大きなドアを バンッ と閉めるとトラックは、ゆっくり動き始めた。
このところ、仮の体も使っていなかったのでちょっとくたびれる。
軽くため息をついて外を見ると窓のところの鏡にさっきの家が写ってどんどん小さくなっていくのが見えた。

「旅行してる人?」

「え…はい!ずっと、ひとり旅してます」

「ふーん…それにしちゃ身軽だね」

「はい!風に乗れちゃうくらいですから…」

「ええっ?面白いこと言うね。ハハハ…」

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男の人は、大きなハンドルを握りながら笑ってた。
そりゃあ、そうだよね。

もうすぐだ、海…海。

Youtube 「ひとりじゃないの」天地真理

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2008年12月27日 (土)

廃墟の歩き方Ⅱ『ウォーホルの家』

Wea

「えーっやっぱりぃ

車が、急に減速したと思ったらUターン。
今、通り過ぎたばかりの脇道へと入っていった…。

Dscf9092 そうだ…そうだったんだよ。 そう思って然り!
札幌一泊で楽しませてもらったんだから、こういうのも「有り」か…
そういう話は、してなかったから今回は、ないものだと安心してたのに…

行きは高速に乗ったのに、帰りは違う道。
出発した時間も早かったからどこかへ寄るもんだと思ってたら、なんと『廃墟』かい。好きだなぁ…
今日知り合ったばかりの相手に、こんなところに連れてこられたら完璧に犯罪の前兆だよ…

入り込んだ道は舗装になっているけど、背の高い雑草が多い尽くさんばかりに倒れこんで、車のボディをパラパラと叩いていく…
私の不安をよそに気分上々の運転手。
少し奥に入ったところの脇にプレハブのような小屋が建った広い場所を見つけて停まる。
その小屋は、場所に不似合いなバスの待合室かと思ったら、中に地蔵のようなものが見えた。

Dscf9093

「ちょっと行ってくるから、待ってる? 15分…30分くらいかなぁ」

ち…ちょっと待ってよ…
ホラー映画とかの設定だと、こういう場所にひとり残されると、必ず恐ろしい目に遭うんだ。いきなり最初の犠牲者とか…
そんな場所ではないと分かっていても頭に妄想は、湧き上がってくる…

行く一緒に行くよ

「ホント?じゃあ、行こう!」

なにやら嬉しそうに笑った。

Dscf9086 そそくさとトランクルームから、旅行中積みっぱなしだったバッグを降ろして用意を始めた。三脚だのカメラバッグだの手袋だの…
用意周到だ… これは、絶対確信犯。

車で、今上がってきた道を歩いて降りていくと、雑草に埋め尽くされた二階建ての家が見えてきた。
庭が、この雑草の山だと人がいなくなってずいぶん経つだろう。
Dscf9006 雑草の繁殖力はすごい。
舗装面を割ってニョキニョキ伸びている。
私どころか前で家を見上げる彼の背丈さえもすでに越えていた。
もし、この藪の向こうに誰かがジッと潜んでいてもたぶん分からない。

こんなとこ、幽霊屋敷に見えてもイキな郊外レストランなんかには絶対見えない。
いったいこういうところの何に惹かれるんだろう。
部屋で『廃墟』の写真集を見つけてパラパラながめたりしたけど、
その魅力と言うか、傾倒するものがあるかどうかは、私には全然わからない。

Dscf9075

それにしても大きな家だな。
うちの近所でこれほど大きい家の主だと、それなりの会社の部長クラス以上だろう。
こんな郊外だと、土地の予算が安く済む分、家にお金をかけられるのか…

Dscf9126 「ここから入ろう」

コイツは雑草を踏み分けて入っていった。
まいったなぁ…それでもジーンズだっただけましか。
それならそうと始めから言ってくれればいいのに…
もっとも始めから知っていたら、準備以前に文句を言うが…
それが分かってるから、行き当たりばったりみたいなマネもするんだろうな。

「そこで待つのー?」

「いや行くって

草とか、そのへんのものに触らないように踏み分け道へ入っていくと
彼はもう玄関口にいて中の写真を撮っていた。

「開いてたの?」

「うん!開いてた!」

映画の中で一見誰も住んでいないような容易に入れる家は、曲者なんだ。
絶対何かの罠があって、そこにノコノコ入っていく若者は、人の皮を被ったサイコな男の手によって、たちどころに犠牲者になる。
それは無いにしても、コイツの部屋で読んだ廃墟のなんたらいうタイトルの本にも書いてあった─

「廃墟と言えども許可なく立ち入ることは不法侵入にあたることがある」

だからといって、いまさら後戻りもできない。
クモの巣とかがないか確かめながらついていった。

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「うわーっ広いっ!」

玄関と言うより、ひとつの部屋だね。
50人分の靴くらい悠々並びそうだ…
ここだけでも私の部屋の半分以上の広さがあるよ。

Dscf9041 「ほら!この光と闇のコントラスト。良い感じと思わない?」

手前の階段が上の階から差し込む光で輝いている。
奥の居間らしいところは薄暗くて、天井から板というか布切れみたいなものがたくさん垂れ下がっていた。これは、夜見たら明らかに幽霊に見える。

いうなれば“失意の中”から見いだした希望というのかなぁ…
あれ、なに共感してんだろー私…

Dscf9034

ガサガサガサーッ

Dscf9052_2うわっ!うわうわうわーっ!

「何かいる!何かーっ!もう嫌だーっ!」

後の部屋からスゴイ音がした!
彼も驚いたようだが、意外と冷静に部屋の様子を伺う。

「ちょっとーッやめなよー。もう行こう!」

Dscf9051 「シーッ…」

部屋の中は、ダンボールやら襖の戸やら何かの置物が雑然と積まれていて中に入れる感じではない。

「たぶん、犬か猫だよ」

犬や猫が玄関の戸を開けて入るわけないじゃん…
それに、猫ならまだしも犬だったらヤバイよ!

「追い詰めたりしなけりゃ大丈夫」

「えーっなんでわかるのさ?」

「冬に入ったところで、大っきいタヌキと鉢合わせになった時はさすがにビビッたことがあるなぁ…野生のタヌキ見たの始めてだったし…」

「もし噛まれたら狂犬病とかエキノコックスになるかもしれないよ」

「いや!エキノコックスは噛まれてうつるわけじゃないと思うな。狂犬病だって今の日本にはないらしいよ」

それにしたって噛まれりゃ痛いじゃないさ…。
私の重大な問題は、コイツにはさしたる問題ではないらしく乾いたシャッター音を響かせながら2階へ上がっていった。

Dscf9050

「ちょっとー!黙って行かないでよ!」

さっきの部屋から
またガサッという音がした─

Dscf9071_2  「おーっ!こいつはすごいな…来てごらん」

「なに?」

窓の上の壁にビッシリ何かが並んでる。
タバコの箱─?
部屋は引っ越したあとみたいにゴミひとつなく、きれいに片付いていて
そこの壁だけが異彩を放っていた。

「アンディ・ウオーホルって知ってる?」

「いや…」

「マリリン・モンローとかエルビス・プレスリーの色使いが大胆なのとか、スープの缶やコーラのビンをたくさん並べたポスターを描いた人だよ。描いたって言うかシルクスクリーンっていう版画の一種なんだよ。それと感じが似てるなぁ…ウォーホルって人間的であるより人工的で感情のないような造形をしていたんだよ。始めはそうではなかったようだけど、コマーシャリズム的な社会情勢の中で広告の仕事をしていて、画家の個性の入らないような表現になっていったんだよ

「…よくわかんない」

「ユニクロのプリントTで缶の絵の持ってたっしょ。あれ!あの絵を描いた人」

「あ…あぁ!あれね!思い出した!このタバコもそうなの?」

「いや!これは違うけどさ。整然と並べてるイメージがこんな感じだなって…」

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なんだ良くわかんない話…
しかし、大きい家だけあって2階も広いなぁ。
こんな立派な家、朽ちるままにして…
ここに着くまでの間、コンビニどころかちょっとした店すら全然なかったから、不便なところではあるんだろう。

Dscf9038 「ここにいた人は、どこいっちゃったの?」

「さぁ…この辺りは畑ばかりだから農業かな。たぶん後継者の問題とかで離農したとか…」

「でもタバコの箱を並べてるような人は、いたってことでしょ」

「うん。でも今の世の中、農業も大変だから継いでくれるとは限らないし、親も継がせる気にならないこともあるそうだよ」

「どして?」

「あれ!原油価格高騰だよ。トウモロコシからバイオ燃料を作るとかで穀物相場がすごく上がったんだ。親戚の酪農家で家畜の飼料価格の上昇で大変らしい。飼料とか畑の肥料もほとんど輸入らしいから」

「ふーん。でも、この家が空き家になったのって今年や去年じゃないんじゃない?」

「それはなにか事情があったんだろうね…景気に関係なく、無くなる企業や閉める店ってあるから」

Dscf9073

窓から見える風景は、ほとんどが藪ばかり。
太陽は、変わらず輝いていて、緑もまぶしいのにさ…

Dscf9074元は、キレイに整備されて庭に色とりどりの草花も植えられていたんだろうね。
「永遠」なんてないんだと思うけど、こんな終末的な景色はいたたまれなくなってきた…。

「大丈夫?」

「うん…なんだか鬱になってきた…」

「そろそろ降りよう」

コイツは、好き好んでこういうところに来るけど、鬱な気分にならないんだろうか。
私には見えない何かが見えているんだろうと思うけど…
どこからか見つけてくる廃墟の本やPCの「お気に入り」にも廃墟なんとか見たいなタイトルみたいなサイトがたくさんあるところを見るとコイツだけの趣味じゃないんだと思うけど。

Dscf9077 あれ…いない置いてかれた

あわてて下へ降りると階段前の部屋で壁を撮っていた。
和室─畳の部屋だ。それも広い!客間っていうのかな。

「思ったほどここは古くないのかもしれないね。ほら!」

指差す先の壁にポスターがあった。
L'Arc~en~Cielの…雑誌の綴じ込み付録のような。

Mixi_dscf9045

Mixi_dscf9044 「10年も経っていないみたい」

「うん…」

「何があったんだろうね」

「さあ…」

知らない時代の遺物ならいざ知らず、リアルに知っていたものに出くわすのは、なんだかショックだ。

「なんだか見てたら寂しくなってくるね…」

「そうだね」

「寂しいの好きなの?」

「そういう意味じゃないけど…感情って楽しいこととか、嬉しいことばっかりじゃなくてさ、悲しいこととか寂しいことも求めるんだよ。人としての心を失わないためにさ。テレビや映画がコメディばかりじゃないみたいに…心の痛みっていうのは意外と経験していないのかもしれないから敢えてそれと向かい合うと、そこに美的なものすら感じるんだと思うんだよ。闇があるから光がわかるみたいにさ。ネガティヴなものがあるからこそのポジティヴっていうか、そんな気持ちだよ」

ふーん なかなか言うじゃないか…

「あと、居間の方見たら、もう行こう」

「うん」

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天井板が力なく垂れ下がった居間。

ここで家族団らんもあったんだろうね。
何人家族かもわからないけど、家族がいなくなってから家は悲しさのあまり自分を傷つけたような、守るべきものがいなくなった自暴自棄からヤケクソになったようなそんな気がする。

「勝手口が開いてたから、さっきの猫か何かはそこからはいったみたいだよ」

Dscf9057

「あれ?あれって…ピアノ?」

Dscf9065 向こうの部屋の壁際に大きな家具が見えた。
そこは部屋ではなく、隣の床の間に続く縁側のようなところ。
外の立木が風に煽られて当たったのか、誰かがワザと割ったのかガラスが粉々に飛び散ってる。

やっぱりピアノだ。
小さいころ親にねだっても夢は叶わなかったものが、当然のようにここにあって埃にまみれている。
そっと蓋を開けてみると鍵盤も惨めに薄汚れている。

Dscf9061 カシューン…
後から 乾いたシャッターの音が鳴り続けている

ポーン…
いつか 忘れてきた夢の音 
その音に乾いた音は鳴り止んだ
夢が現実に勝った気がした…

ヒューマニズムがコマーシャリズムに対して1本取ってやったような…
それほど大げさじゃないけど

なんだかね…

Dscf9062

Dscf9072_2夢は生きるための心の糧
喜びはそのためのビタミン

悲しみや寂しさは─ほんのささいなミネラル
ささいだけれど無くていいものではない

そういうものなのかもしれないね…

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