「えーっやっぱりぃ」
車が、急に減速したと思ったらUターン。
今、通り過ぎたばかりの脇道へと入っていった…。
そうだ…そうだったんだよ。 そう思って然り!
札幌一泊で楽しませてもらったんだから、こういうのも「有り」か…
そういう話は、してなかったから今回は、ないものだと安心してたのに…
行きは高速に乗ったのに、帰りは違う道。
出発した時間も早かったからどこかへ寄るもんだと思ってたら、なんと『廃墟』かい。好きだなぁ…
今日知り合ったばかりの相手に、こんなところに連れてこられたら完璧に犯罪の前兆だよ…
入り込んだ道は舗装になっているけど、背の高い雑草が多い尽くさんばかりに倒れこんで、車のボディをパラパラと叩いていく…
私の不安をよそに気分上々の運転手。
少し奥に入ったところの脇にプレハブのような小屋が建った広い場所を見つけて停まる。
その小屋は、場所に不似合いなバスの待合室かと思ったら、中に地蔵のようなものが見えた。
「ちょっと行ってくるから、待ってる? 15分…30分くらいかなぁ」
ち…ちょっと待ってよ…
ホラー映画とかの設定だと、こういう場所にひとり残されると、必ず恐ろしい目に遭うんだ。いきなり最初の犠牲者とか…
そんな場所ではないと分かっていても頭に妄想は、湧き上がってくる…
「行く一緒に行くよ」
「ホント?じゃあ、行こう!」
なにやら嬉しそうに笑った。
そそくさとトランクルームから、旅行中積みっぱなしだったバッグを降ろして用意を始めた。三脚だのカメラバッグだの手袋だの…
用意周到だ… これは、絶対確信犯。
車で、今上がってきた道を歩いて降りていくと、雑草に埋め尽くされた二階建ての家が見えてきた。
庭が、この雑草の山だと人がいなくなってずいぶん経つだろう。
雑草の繁殖力はすごい。
舗装面を割ってニョキニョキ伸びている。
私どころか前で家を見上げる彼の背丈さえもすでに越えていた。
もし、この藪の向こうに誰かがジッと潜んでいてもたぶん分からない。
こんなとこ、幽霊屋敷に見えてもイキな郊外レストランなんかには絶対見えない。
いったいこういうところの何に惹かれるんだろう。
部屋で『廃墟』の写真集を見つけてパラパラながめたりしたけど、
その魅力と言うか、傾倒するものがあるかどうかは、私には全然わからない。
それにしても大きな家だな。
うちの近所でこれほど大きい家の主だと、それなりの会社の部長クラス以上だろう。
こんな郊外だと、土地の予算が安く済む分、家にお金をかけられるのか…
「ここから入ろう」
コイツは雑草を踏み分けて入っていった。
まいったなぁ…それでもジーンズだっただけましか。
それならそうと始めから言ってくれればいいのに…
もっとも始めから知っていたら、準備以前に文句を言うが…
それが分かってるから、行き当たりばったりみたいなマネもするんだろうな。
「そこで待つのー?」
「いや行くって」
草とか、そのへんのものに触らないように踏み分け道へ入っていくと
彼はもう玄関口にいて中の写真を撮っていた。
「開いてたの?」
「うん!開いてた!」
映画の中で一見誰も住んでいないような容易に入れる家は、曲者なんだ。
絶対何かの罠があって、そこにノコノコ入っていく若者は、人の皮を被ったサイコな男の手によって、たちどころに犠牲者になる。
それは無いにしても、コイツの部屋で読んだ廃墟のなんたらいうタイトルの本にも書いてあった─
「廃墟と言えども許可なく立ち入ることは不法侵入にあたることがある」
だからといって、いまさら後戻りもできない。
クモの巣とかがないか確かめながらついていった。
「うわーっ広いっ!」
玄関と言うより、ひとつの部屋だね。
50人分の靴くらい悠々並びそうだ…
ここだけでも私の部屋の半分以上の広さがあるよ。
「ほら!この光と闇のコントラスト。良い感じと思わない?」
手前の階段が上の階から差し込む光で輝いている。
奥の居間らしいところは薄暗くて、天井から板というか布切れみたいなものがたくさん垂れ下がっていた。これは、夜見たら明らかに幽霊に見える。
いうなれば“失意の中”から見いだした希望というのかなぁ…
あれ、なに共感してんだろー私…
ガサガサガサーッ
うわっ!うわうわうわーっ!
「何かいる!何かーっ!もう嫌だーっ!」
後の部屋からスゴイ音がした!
彼も驚いたようだが、意外と冷静に部屋の様子を伺う。
「ちょっとーッやめなよー。もう行こう!」
「シーッ…」
部屋の中は、ダンボールやら襖の戸やら何かの置物が雑然と積まれていて中に入れる感じではない。
「たぶん、犬か猫だよ」
犬や猫が玄関の戸を開けて入るわけないじゃん…
それに、猫ならまだしも犬だったらヤバイよ!
「追い詰めたりしなけりゃ大丈夫」
「えーっなんでわかるのさ?」
「冬に入ったところで、大っきいタヌキと鉢合わせになった時はさすがにビビッたことがあるなぁ…野生のタヌキ見たの始めてだったし…」
「もし噛まれたら狂犬病とかエキノコックスになるかもしれないよ」
「いや!エキノコックスは噛まれてうつるわけじゃないと思うな。狂犬病だって今の日本にはないらしいよ」
それにしたって噛まれりゃ痛いじゃないさ…。
私の重大な問題は、コイツにはさしたる問題ではないらしく乾いたシャッター音を響かせながら2階へ上がっていった。
「ちょっとー!黙って行かないでよ!」
さっきの部屋から
またガサッという音がした─
「おーっ!こいつはすごいな…来てごらん」
「なに?」
窓の上の壁にビッシリ何かが並んでる。
タバコの箱─?
部屋は引っ越したあとみたいにゴミひとつなく、きれいに片付いていて
そこの壁だけが異彩を放っていた。
「アンディ・ウオーホルって知ってる?」
「いや…」
「マリリン・モンローとかエルビス・プレスリーの色使いが大胆なのとか、スープの缶やコーラのビンをたくさん並べたポスターを描いた人だよ。描いたって言うかシルクスクリーンっていう版画の一種なんだよ。それと感じが似てるなぁ…ウォーホルって人間的であるより人工的で感情のないような造形をしていたんだよ。始めはそうではなかったようだけど、コマーシャリズム的な社会情勢の中で広告の仕事をしていて、画家の個性の入らないような表現になっていったんだよ」
「…よくわかんない」
「ユニクロのプリントTで缶の絵の持ってたっしょ。あれ!あの絵を描いた人」
「あ…あぁ!あれね!思い出した!このタバコもそうなの?」
「いや!これは違うけどさ。整然と並べてるイメージがこんな感じだなって…」
なんだ良くわかんない話…
しかし、大きい家だけあって2階も広いなぁ。
こんな立派な家、朽ちるままにして…
ここに着くまでの間、コンビニどころかちょっとした店すら全然なかったから、不便なところではあるんだろう。
「ここにいた人は、どこいっちゃったの?」
「さぁ…この辺りは畑ばかりだから農業かな。たぶん後継者の問題とかで離農したとか…」
「でもタバコの箱を並べてるような人は、いたってことでしょ」
「うん。でも今の世の中、農業も大変だから継いでくれるとは限らないし、親も継がせる気にならないこともあるそうだよ」
「どして?」
「あれ!原油価格高騰だよ。トウモロコシからバイオ燃料を作るとかで穀物相場がすごく上がったんだ。親戚の酪農家で家畜の飼料価格の上昇で大変らしい。飼料とか畑の肥料もほとんど輸入らしいから」
「ふーん。でも、この家が空き家になったのって今年や去年じゃないんじゃない?」
「それはなにか事情があったんだろうね…景気に関係なく、無くなる企業や閉める店ってあるから」
窓から見える風景は、ほとんどが藪ばかり。
太陽は、変わらず輝いていて、緑もまぶしいのにさ…
元は、キレイに整備されて庭に色とりどりの草花も植えられていたんだろうね。
「永遠」なんてないんだと思うけど、こんな終末的な景色はいたたまれなくなってきた…。
「大丈夫?」
「うん…なんだか鬱になってきた…」
「そろそろ降りよう」
コイツは、好き好んでこういうところに来るけど、鬱な気分にならないんだろうか。
私には見えない何かが見えているんだろうと思うけど…
どこからか見つけてくる廃墟の本やPCの「お気に入り」にも廃墟なんとか見たいなタイトルみたいなサイトがたくさんあるところを見るとコイツだけの趣味じゃないんだと思うけど。
あれ…いない置いてかれた
あわてて下へ降りると階段前の部屋で壁を撮っていた。
和室─畳の部屋だ。それも広い!客間っていうのかな。
「思ったほどここは古くないのかもしれないね。ほら!」
指差す先の壁にポスターがあった。
L'Arc~en~Cielの…雑誌の綴じ込み付録のような。
「10年も経っていないみたい」
「うん…」
「何があったんだろうね」
「さあ…」
知らない時代の遺物ならいざ知らず、リアルに知っていたものに出くわすのは、なんだかショックだ。
「なんだか見てたら寂しくなってくるね…」
「そうだね」
「寂しいの好きなの?」
「そういう意味じゃないけど…感情って楽しいこととか、嬉しいことばっかりじゃなくてさ、悲しいこととか寂しいことも求めるんだよ。人としての心を失わないためにさ。テレビや映画がコメディばかりじゃないみたいに…心の痛みっていうのは意外と経験していないのかもしれないから敢えてそれと向かい合うと、そこに美的なものすら感じるんだと思うんだよ。闇があるから光がわかるみたいにさ。ネガティヴなものがあるからこそのポジティヴっていうか、そんな気持ちだよ」
ふーん なかなか言うじゃないか…
「あと、居間の方見たら、もう行こう」
「うん」
天井板が力なく垂れ下がった居間。
ここで家族団らんもあったんだろうね。
何人家族かもわからないけど、家族がいなくなってから家は悲しさのあまり自分を傷つけたような、守るべきものがいなくなった自暴自棄からヤケクソになったようなそんな気がする。
「勝手口が開いてたから、さっきの猫か何かはそこからはいったみたいだよ」
「あれ?あれって…ピアノ?」
向こうの部屋の壁際に大きな家具が見えた。
そこは部屋ではなく、隣の床の間に続く縁側のようなところ。
外の立木が風に煽られて当たったのか、誰かがワザと割ったのかガラスが粉々に飛び散ってる。
やっぱりピアノだ。
小さいころ親にねだっても夢は叶わなかったものが、当然のようにここにあって埃にまみれている。
そっと蓋を開けてみると鍵盤も惨めに薄汚れている。
カシューン…
後から 乾いたシャッターの音が鳴り続けている
ポーン…
いつか 忘れてきた夢の音
その音に乾いた音は鳴り止んだ
夢が現実に勝った気がした…
ヒューマニズムがコマーシャリズムに対して1本取ってやったような…
それほど大げさじゃないけど
なんだかね…
夢は生きるための心の糧
喜びはそのためのビタミン
悲しみや寂しさは─ほんのささいなミネラル
ささいだけれど無くていいものではない
そういうものなのかもしれないね…
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