2010年3月26日 (金)

旅立ち

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Dscf3075 北海道足寄町出身で札幌を拠点に全国で活躍するシンガーソングライター松山千春
彼が23歳の時に発表したベストセラー自伝「足寄より」
その自伝がデビュー30週年にして映画化された「旅立ち~足寄より」
その撮影は、もちろん足寄町で行われた。

自伝の映画化といっても30年の年月は足寄町や周辺の様子もすっかり変えている。
それでも街並みは時代の色を寛容に残していたことから映画のロケが可能だったようだ。
事実、既に閉店しているとはいえ、松山千春がデビュー前から通っていた「喫茶カトレア」もかろうじて残っており、初めて町でコンサートを開いた足寄町公民館も老朽化で閉鎖されていながらも当時の姿を残している。旧足寄駅は面影も無く新築されてしまったことから同じ沿線の赴きある利別駅が変わりに使われた。

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Dscf3058 ところが肝心の松山宅は、とっくに新築されており生家であるとかち新聞社は既に失われていたので、主要な舞台として新たに場を準備する必要があったようだ。
足寄町役場近くにある『千春の家(とかち新聞社)』は、映画クランクアップ後もロケ地として週末・祝日に一般公開されており、中に実際に入ることもできる。
とはいえ、小さな家なので大人数で入ることは難しい。
一般住宅から想像もつかない梯子のような急な階段で撮影クルーが機材を担いでスタンバイしていたかと思うと脅威にすら思えてくる。
ここは、もともと松山家とは無縁の家を映画用に改装したものだが、実に赴き深くて大道具の「汚し」の技術を持ってしても、これだけ人としての息遣いの聞こえそうな家が再現できるだろうかと思う。銀幕上でそれが生かしきれたかはわからないけれど…

Dscf3070 映画撮影の時は、例年に無く雪が少ない年で冬のシーン撮影のため山から雪を大量に運んでくるということもあったそうです。
ともかく映画はいまだに見てないんですよね。自伝も読んでないし…
コンサートのMC録「らいぶ」は読んだことあるけど。
管理の人から熱烈なファンと思われそうなくらい、家のあちこちを撮ってきたけど正直、千春の歌はあまり聴いたことが無い。
聴かなかったんじゃなくて、千春の歌は空気のようで、いつもどこからとも無く聞こえてきた。大好きでいつも聞いていた歌よりも、そういう歌のほうが、ズーッとあとになって心の中に根を下ろしていたことに気が付く。

「千春の家」の管理人さんがこう言ってた。

「ここは、木造モルタルだった家を映画の大道具さんが木造に改修したんですよ」

「えーっそうなんですか?」 それは驚きだ…

もともと、この家自身が持つ歴史の記憶と、もうひとつの人生の記憶を持つところです。

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どこまであるのか確かめたことすらない空の下
錆付いたトタンのほうがこの空のことを知っているようです。
記憶の色は色あせるんじゃなくて
むしろ塗り重ねられていくのだと思う。

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2009年7月17日 (金)

いちごいちえ ③

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ザーン… ザーン… 海の見える山の上まで来た。ここまでも潮騒が聞こえる。
下の道を忙しく走る車の音もなんだか波の音のような気がして心地いい。
海はやっぱりいいなぁーッ
港に大きな岩が見えた。船よりもとても大きくてまるで山みたいな…。
実は大きな海亀がジッとしているだけだったりしてね…

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『ここにいるところがワシどものいる山でした』

『いいところですねーっ海が見渡せられて…ここは、なんて山ですか?』

『下に住みいる人物は“かんのんやま”というわな』

かんのんやま… 観音山…? 観音様がいるんですか?』

『どこさかは知らんしな…でゃが、わちきもそのひとつらしきことです』

『…? あなたの体はどこなんですか?』

『あの木な下におります』

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遠くまで海を見通せる山の中に細い道がずーっと続く。
その両側にはたくさんのお地蔵様が並んでて優しく微笑んでいる。その目は何を見ているのだろう。
昔(生きていたころ)、人は死んだら神様の元(天国)へいけると思っていた。
でも、幽霊のこの身になって、いまだに神様にあったことがない。
ホントは私にとって行かなければならないところがあって、そこにはたぶんいるんだろうけどね…。
それは、私がさまよっているから…迷っているから…迷ってるのかなぁ…

Dscf8086 『こいつが、吾ですねぇ…』

『えっこれって神様(仏様)じゃないですかあなたは、神様だったんですか?』

『いやさ、ここまで人共が持ち上げて、こな形したです。何かに見せたいだろね。ワシらば当たり前の石ですねい』

『ほかの…お地蔵様もそうなんですか?』

『きとね…そうだしょね』

Dscf8084 木の根元に並ぶお地蔵様の端で、柵に寄りかかる一際小さなお地蔵様が、この人(石)だという。
確かにお地蔵様の形はしているけど石には違いない。
私のいた家の近くにも小さな神社のような家があって、その中にお地蔵様が入っていた。
一度、覗いてみると、その顔はとても怖かったけど…。覗いたので怒っていると思ったものだから学校帰りにそこを通らず遠回りするようになったっけ…

『いいですね…お友達がたくさんいて。人もたくさん会いにくるだろうし…』

『いんにゃ!人々と同じもので。小さくなると、それずれ、あちらの考えること分からんようなりす。元よりし、動かぬからに…』

『じゃあ…ここに並ぶほかの人(石)とは…?』

『話もたなです。話したは、ここに訪れはった傷をした小さの人だけ』

『傷? 小さい人?』

『女な人だに。顔に大きの…小さのたくさん傷ついてさ、背をこう…曲げなさったな人』

『…おばあさん… その人と話をしたの?』

『話せなんだす。こちさ話、聞こえなで。そん人な、いつも“なまんだぶ…”ゆうだけでた。なんことだろかな』

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その、おばあさんは、お地蔵様の姿をした石の人をお参りに来ていたんだということは想像できる。
“なまんだぶ”…お経だろうけど何て説明したらいいのかなぁ…

きっと、あなたの姿が神様だから願い事されていたんですよ』

『ふむ、そら思いた。何か願いばされてんね、何かしねばならん思いした。でも聞いたは“なまんだぶ”いっこです。そっていつか来なくなりやった…』

来なくなった… 来れなくなったんだ。そんなおばあさんに高い山の上はね…

『でやから、下へよって探しいたりてたり、人の言うことを聞くことやってしとりました。人の日は短けけどもみんなさん滅茶知っとります。石ん日は長けども、見て聞いとらだけやす。人は面白て飽きまへん』

『そうかもしれないですね…』

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『おで、おまさんは、人なだすか?』

えーっ 急に何を聞きだすんだよ…。難しいこと聞くなぁ…

もちろん人ですよ…。体は…ホントの体とは離れてしまったけど…今は心だけで生きてます』

Dscf8046 『人んてのは、みな、あゆこと出来ようなるんですか?』

『あゆこと?って…』

『辛抱ない石を細くするやとか…』

『えぇっ あれは…わざとじゃないって言うか…わざとか…。その…すいません。あれ、仕方なかったんです』

『なんらOKです。石らは小さなるだけんで何も変わらす。あの、空さ飛んで来くるのは良かすな。遠くんの人も見て来れる』

『気持ちいですよー風に乗るのは。思い通りの方へ行ってくれないから風任せだけど…』

Dscf7978 そういいつつ、この海に来るまでずいぶん苦労したことが頭をよぎり、自分ながらおかしなことを言っている気もした。

『連れてたもらねんばできんかな?うぬもそうして沢山人ん話ば聞いて、見てきたす…』

『うーん…じゃぁ…風の乗り方、教えましょうか?コツさえ覚えれば簡単ですよ。数日も練習すれば』

Dscf8078 『じゃがま、うぬら石は、よう転がりしも手前で動きらすんのは、上等でなさするしな…。よか、簡単手前手法があるますわ』

そういうと石の人は、人の姿を崩して小さな塊に変わっていく…

『その手の方一本、上げ立ててもらえぬかない』

『???』

言われて手を上げると石の人は、ヒュルヒュルと左手首にまとわりついてきた…。

Dscf0441 『えっ?なに?』

気味が悪くなって、思わず払いのけようとしたところで、その形が固まりだして…
どうなるのかとジッと見ていると、形がハッキリしてきた─

『時計?─』

『そすな。人は、みな、こげんなものをしとるましたから』

『これって…時間合ってるんですか?』

『いちおクオーツ(水晶)だすらら、石んは得意なこってす。ほな、行きまっせら?』

時計─ 時計だーっ変な言葉で話す時計─。
妙な時計…じゃなくて石と知り合ったなぁ…

『何しすたか?』

『いや…なんでもないです。 じゃあ…行きましょうか』

『よろしく頼もす…』

Hands1

やさしい潮風が山のてっぺんにある森に吹き込んできた。
海に浮かんでいる小船みたいにちょっと妙な気分と何だか説明しずらい気持ちも心の中でプカプカ浮かんでいた。
いいや!とりあえず旅の道連れ、ということで…
風に飛び乗って小路を突き抜けて空高く上がっていく。

今の正直な気持ち…
私の時計─ なんだか嬉しい─ 

Youtube 『いちごいちえ』 やなわらばー

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2009年6月23日 (火)

いちごいちえ ②

Rockfallnega私に向かって崖のてっぺんからゆっくりと回りながら落ちてくる岩を見ながら思った…

「また、厄介なことに巻き込まれるんだな…」

Nagisabom 人の目に触れないように風任せの旅をしていても、行く先々で何かしら事件が起こる。
厄介なことは、人の世界だけではないようだ…
いろんなものと出会って いろんなことになって…その度に何とか切り抜けてこれたけど、いつまでも幸運が続くとは思えないなぁ
あの岩を私めがけて落としてきたあの人の考えていることが何かはわからない。
でもなにかしらたくらんでいるのは間違いんだろう。

Rockshot

逃げようが無いことになって、かえって開き直った。
借り物の体を開放してこみ上げていたイライラを岩に全部ぶつける。

        バーン…

パラパラと小石になった岩が夕立みたいに撒き散らされる音が波の音をかき消す…
どうにもならないことになって私は、ホントに開き直ってしまったようだ…
一番避けたかったこと 一番見られたくないところ 
そして、たぶん相手が確かめようとしたこと
あの大きな岩の下敷きになっても、私がこれ以上死ぬようなことはないけど。
なぜなら私は幽霊だし…
問題なのは、私が人の皮を被った幽霊であることで、それを他の幽霊に見られてしまったということ…
粉々に ホントに粉のように飛び散った岩の土煙があたりに漂って、そこにいた敵は見えなくなっていた。

Brind

『さて、どうしよう…でも、戦わないといけないんだな…』

人に化けるのが問題じゃない。
人に化けようとする幽霊がどんな考えを持つかということ。
時間に限りがあるといっても人と霊の世界を行き来することが容易くできるとしたら、それは場合によって良くない結果になるらしい。
私がその力を教えてくれた人が、そんなことを言っていた。
それに簡単に人と霊の間を行き来することは『神様』の意思に逆らうことになりはしないだろうか?
そう思うことがあって誰彼教えることのできる力ではないと思った。

薄らいできた土煙の向こうの「あいつ」の気配は、まだ確かにそこにある。
あいつが何を考えているか、私にはわからない。
人であっても霊であってもそれは同じ。心の中まで読むことはできないから…

Nagisaangry

『あーっ大丈夫だねったね。良かたなや』

相手が敵となったら、本格的にその妙な言葉使いがイラッとする。

『さあ!もう急ぐ必要はなくなったよ!何が望みなの?』

『そうなの?じゃあ教えて欲しかことがあるだよ』

そらきた。人に化ける方法を聞こうと言うんだな… 

Dscf8063 『なに

『人の言葉の作り方、知りたです。どうも難しいよしな』

『はぁっ』 何を言ってるのこいつ…

『ずっと人の声、聞いてきたけな、男とか女とか、小さのとか大きの、様々で色々でわからないのよ。だからオラ話すことも…めっさワヤじゃから教えて欲しいもし』

なに?言葉を教えて欲しいって? なんだか思いもしない言葉が返ってきて構えていた私は少しうろたえてしまった…

『そのために私に向かって岩を落としたんですか?』

『いや…あれらは、しごく辛抱なかったんらわ。奴ら、もう辛抱できなす。それ、そこの見て後ろごらんね』

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なに?うしろ…? あーっ…
道いっぱいに岩が崩れて小山になっている。
「こいつ」のことが気になっていて目に入っていなかった。
ずっと歩いてきた道は、見上げるほどの山肌に鉄の網が張り巡らされていたけれど、ここはみかんのネットみたいにボロボロにちぎれて岩があふれ出したみたいになっている。

Dscf8046 『本日は、もう落ちれんど、次の来週ふたつ落ちるつもりするす。この奴らは生まれつきの辛抱ないらしいですのな』

『どうしてそんなことがわかるんですか?』

『わらもそいつらと同じ岩ころでから。当たり前、出場所はちゃうけどねん』

『岩?あなた、石なんですか?』

『はいです…』

『でも人の姿してるし…』

Aitsu 『こうしていねとな、貴方みたいな方と会っても話しないの多い。今カッコもホントものでなく、あしは、岩ころだから元よりオスでもメスでもねいよね』

変な話かた…なんだか混乱してきた…
この人は私みたいな幽霊じゃなくて、なんだ。石の心なのか…石がしゃべるか?
まてよ、わたしに色々教えてくれたのもおしゃべりな石炭だったっけ。

Dscf8053 『で…何を知りたいんですか』

『そね。“なまんだぶ”まず、というのを分るたいなす』

『なまんだぶ?えーっそれはちょっと…なんでまたお経なんかを?』

『“オキョウ”てか?アタのとこ来るンは、皆しゃべる。でも知らんだら』

 

うっわ~っますます調子の狂う話し方だな…色んな言葉がゴッチャゴチャしてるみたいだぁ。

『ウラん居るとこぁ、この向こうあっちのほうのどっしり山なだ。行っててみますか?』

この自分が石だという人のことに興味が出てきた。
少なくとも─私の持つ力を知りたいのではないようだ。

『はい。行ってみたいです』

『だいぶ歩くますからけども…』

Fallup 海から新鮮な潮風がシュンと吹き上がるのを感じる。 うん─

『大丈夫。手をつないでください』

『うっは

そいつの腕を引っぱって風に飛び乗ったとき、ずいぶん驚いたようだ。
新しい風はとても乗り心地がいい。
風は弱々しくも高くそびえる岩肌を一気に登りつめていく…

気持ちいいーっ

(つづく)

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2009年5月24日 (日)

細身の乙女 ロロ・ジョグラン

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南半球にあるインドネシア共和国のジョグジャカルタ近郊にユネスコ世界遺産に登録されている世界遺産、ボロブドール寺院群とプランバナン寺院群。共に1991年に文化遺産として登録されました。
ボロブドールは仏教遺跡として プランバナンはヒンドゥー教の遺跡として
ともに世界最大のものです。

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プランバナン寺院群の付近は、あちこちに遠巻きに見るとタケノコ(アスパラの頭にも見える)のような形の塔が点在していて、住宅も石積みのものが多いため遺跡とそうでないものの境界が『大きさ』のような気にさえなります。

寺院群のうち中心的存在であるプラバナン寺院は古マタラム王国のバリトゥン王(在位898年~910年)による建立と言われる。
古マタラムの王宮もこのあたりにあったと考えられているが、伝染病が流行り10世紀ごろ遷都した。
のちの1549年の地震で遺跡が大破した。しばらく忘れ去られていたが、1937年から遺産の修復作業が行われている。
プランバナン寺院群はヒンドゥー教の遺跡としてはインドネシア最大級で、仏教遺跡のボロブドゥール寺院遺跡群と共にジャワの建築の最高傑作の一つとされる。
   (ウィキペディアより)

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ガイド(現地人案内員)の人の話でも修復作業はまだ続いているらしい。
周囲にはまだ、瓦礫の山が転がっていて、地震で大破したというものをよくここまで直したものです。
外壁のレリーフ部分ならいざ知らず、かなり高度でピースの重いパズルなんだ。

『このあたりに住む皆さんが家を作りたいため、静かにたくさん持ち帰りました』へんな日本語…)

そっかー…それで近くの家も遺跡っぽいのか…
遺跡で作った新築住宅っていうのかな…

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プランバナン寺院は現地では『チャンディ・プランバナン』と呼び、またの名を『ロロ・ジョグラン(細身の乙女)』と言うそうです。
確かに細い。遠くからでも目に付くその大きさも現地で周囲を回るとそれほどでもない。
他に高い建物がないということもあるけど、よほど地盤がしっかりしていないとすぐ倒れてしまうんだろうね。

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Fh000096 寺院内はさほど広くはなくご神体と呼べる像があって壁は中で火を焚いたのかと思うほど煤が付いたようで黒っぽい。

それぞれに祀ってある神様が違い、ビシュヌやブラフマー、ガネーシャなどの像があります。それと共に神様の乗り物である動物(牛)が安置されていた。

『どうぞ牛の背に座ってください。きっと幸せがありますよ』

Fh000100みんな座っていくようで牛の背はきれいだ。
でも、背に座ってご利益というのもなんだか変な話。。。

インドネシアの主たる宗教はイスラム教で、仏教・回教そしてヒンドゥー教は少数派になります。隣のバリ島はヒンドゥー教(厳密には一宗教ではない)が主たる島だからインドネシア全体は、実にさまざまな信心があることになります。
だから、プランバナンやボロブドールは、地元の人にとって単なる客寄せの見世物に過ぎないのかもしれない。
だから、地元の人々もホリデーのお出かけ感覚で普通にここを訪れるようです。
『東京』とか『横浜』と大きく刺繍したキャップを被った子がたくさんいたなぁ。。。流行ってるらしいけど。それをいったら日本人も意味も知らない言葉を書いたTシャツを着たりするしね。

ところで牛に乗ったご利益というのは『多産』なんだって。。。

Fh000102 これほどに大きな寺院を誇った権力も時代の流れに消えて行き、国の宗教も考え方もすっかり変わってしまったのかもしれません。
道は、ノーヘルメットの二人乗りオートバイが常に過密状態で走っているし、信号機があってもほとんど守っていない。(ほかの車とかが来ていないとブンブン入っていく)
どこにいてもオートバイのエンジン音が聞こえるから、ガムランとかジェゴクのような郷土芸能楽曲の屋外録音は難しいらしい。

こういうインドネシアの社会を見ていると、昭和の高度経済成長期の日本を見ているような気がしました。

ホテルに戻ってテレビを付けるとインドネシア語のラッパーがマイクを持って凄みを利かせていた。こういうのは世界共通なんだな。。。

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プランバナン寺院群は、2006年5月27日に起きたジャワ島中部地震で被災。大きな被害を受けたそうです。その後、修復作業が行われていますが、いまだ作業完了していないらしい。
その以前に行った時の画像なので現在の様子とは異なるかもしれません。

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うーん 思った以上に気味の悪い絵になったなぁ。。。
インドネシアでは犬より猫の方が各が上だそうです。

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2008年10月24日 (金)

テントウムシ祭りと『ブキミちゃん』

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今年の秋の入り口も暑かったです。 とても…
紅葉は来るのだろうかと心配してたけど 

ちゃーんと来ましたよ。お山のほうからね。

Dscf4501 一面の緑の園が 鮮やかな赤や黄色に彩られて
こんなに視界いっぱいの暖色のなのに
寒々と感じるのはなぜだろうね。

緑好きの画家たちは
今年の絵具を使い残せないから
余した色を使い切るために秋が来る。
完成した絵画は、絵具の乾ききらないうちに
どんどん画商に運びだされ
画家は、真新しいカンバスを前に
次の春の構想を練るのだ。

そんな最中の赤い大地を北へ向かう
もう何度も通った道 地図もナビもいらない
山の「赤」に負けない熱い「赤」の牧場めざしていた。

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北海道津別町相生 道の駅から釧路市阿寒方向へ少し走ったところに
『シゲチャンランド』がある。

毎年通うようになって5年ほどだろうか。
もう すっかり顔も覚えてもらって…でもそこの住人の顔はいまだに覚えきれない。

Dscf3959 人には 誰しも『ふるさと』があって
でも 生まれ育った『ふるさと』のほかに
誰しもこころの『ふるさとも』もいくつかあるんですよ。
自分には、この『シゲチャンランド』がそうです。
同じ気持ちの人もきっとおられることでしょう。

紅葉深まる秋とは言えど 暖かい。
この季節
『シゲチャンランド』には秋の風物詩…というか名物の
『テントウムシ祭り』がある。
正直なところオジャマ虫の彼らが大挙して
ランドに集まってくるのだそうだ。

Dscf4502 『いやぁ 今日は、なぜか少ないんだよねぇ。昨日はすごかったぁ…』

気温が下がってくると 少しでも暖を求めるのか
テントウムシたちは陽で暖められた家の外壁にビッシリとくっついてくる。
ウチもそうだけど
日中は下手に家の中に出入りできない。
さもないと春を心待ちにする家族が一挙に増加するからです。

ランドは昼間の開園中、オープンドアなので一般入場者のほかに
紅葉の鮮やかさに劣等感を感じたやつらが山から降りてくるというわけ。

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「毎年ものすごいもんだから シゲもすっかり神経質になっちゃってね…」 
パ-トナーのココさん談

「うちもたくさん来ますけど、天井の隅のやつは『もういいや』って開き直ってますよ」

Dscf3997_2その数はウチと比べ物でないらしく
閉園時間の午後5時から7時まで「やつら」の掃きだしに費やすのだそうだ。
それもすごいね…
なーんにも気にしないのは ランドの住人たちだけ

秋の小春日和の空の下
ボツボツ人も訪れだして
笑い声やら 喚起の声やら 感嘆の声…
数の多さもさることながら どいつも個性が強い。

Dscf3953 訪れだした はじめの数年は
ひとつでも多く見て 写真を撮ろうと躍起になっていたけど
今は ここでゆったり身を置くようになった。
新しい顔や居場所の変わった顔を探したりなんかして…
見に行っているのやら
こっちが見られに行ってるのやら

10月末頃で『シゲチャンランド』は冬の眠りに付く
熱い牧場は白い雪に包まれて
ここの住人たちは長い休みに入る。
今年のシーズンのお客の話なんかしたりしてね。

Dscf3934

帰り際 ショップで、どーも気になった人形があった。

『ブキミちゃん』?

「いやぁ~ちょっと急に縫ってみたんだよね。こういうの作りそうもないって言われちゃうんだけど…フフフ」

うーん ココさん ジュエリーが専門みたいなイメージありますからねぇ…
でも この表情、ブキミというよりとぼけた感じ。

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そんなわけで 気になって仕方なかった『ブキミちゃん』
ウチの部屋でチンマリ座っています。
来年からは、里帰りもさせよう。

シゲチャンランド紹介を含むHP  『Wild Little Garden』 SevenCatさん

今回は『シゲチャンランド』で知り合った親友の『∋(◎v◎)』さんへ送ります。
ランドから離れたところで生活していますが、また元気で会えることを心待ちにしています。  (ねこん)

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2008年1月 5日 (土)

物言わぬ雄弁者の群れ【其ノ五】

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海岸にヨタヨタと転がっていた流木。
畑に棲家を奪われて寝そべるだけの雑木の根。
雪解けのぬかるみで呑気に錆びたトタン板。
実っても誰にも歓迎されない歪な瓢箪(ひょうたん)。
律儀に働いていつのまにか老いぼれた鋸の歯。
夜会の席で幸せそうに抜かれたフランスのシャンパンのコルク。
明け方の酒場で眠たそうに捨てられたメキシコビールの王冠。
カーブもかからないほど擦り減ったゴムのベースボール。
遠足の児童にも引率の先生にも拾ってもらえない地味で華のない貝殻。
最後に飛んだ空を草むらから見上げていた鳥の羽。

ザワザワと群れるキュート。ケラケラと慄えるセンチメンタル。
静止したまま大騒ぎする形、色、気配。果てもなく謳い黙々と氾濫するバラエティ。

(シゲチャンランド公式写真集より)

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廃墟サイトでここを扱うのもいかがなものですが、元廃墟。今は熱い空間。
そこは、異形の見世物小屋ではなく、個性が一人歩きしたサーカス小屋。

Dscf1742_2 廃墟であった農場は、悲しみと喪失感であふれ返っていましたが、今では『あいつら』があふれて、いたるところの物影に隠れています。
夢も喜びも、そしてチャンスも本質は足元に転がっていながら探し続けるのが人なのかもしれません。
手塚治虫氏の『火の鳥』が無限の力を持ちながらたった一つの小さな愛を手に入れられないように…
人が打ち捨てて見向きもしないようなもの達が、ここでは人を感動させ、喜ばせ、泣かせます。誰もが見覚えがあって、暮らしの側にあったもの達。久しぶりに出会ってずいぶん立派になったね…というような驚きと、遠いどこかで無くしてしまい懇情の別れとなったものとの再会のような感激に包まれて、『あいつら』は声なき声で語り返すのです。

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ここですべてを見せてしまうわけにもいかないので紹介しきれない大部分は機会があれば是非行ってみてください。
『あいつら』が貴方を鑑賞し、声なき語りを投げかけてくる様を経験してみてください。

近くには、貴方の反応に「ニッ」と子どものように笑うシゲチャンがいることでしょう。
アートに哲学はさほど重要ではありません。要は体験することです。

《シゲチャンランド》 
北海道網走郡津別町字相生
開館期間:5月1日~10月31日  休館日:毎週 水・木・金曜日
開館時間:10:00~17:00

※館主シゲチャンこと大西重成氏は、カメラ(特にオールド物)が大好きです。その話だと大変盛り上がります。カメラ談義に華を咲かせるのもまた結構です。

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Dscf1834 『廃』は『無』ではない
万物は決して『無』から生じたものでもなく、捨てられても『無』になることはない
朽ち果てても燃え尽きても、それは形をかえて見えなくなっただけです。
それは、我々があの「1000の風」になるように…
このランドの「あいつら」もひとつの形の変わり方。
目に止まる「そいつ」はあなた自身なのかもしれない。

おなじようにドライブのみちすがら見かける「廃」はまだ現役なのです。時代の語り手として…
その語り口から見えてくるのもまた自分自身の姿。
でも明確な答えはなかなか見つからないのです
            

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2008年1月 4日 (金)

物言わぬ雄弁者の群れ【其ノ四】

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Dscf1688_2 目の前にあるものを、あんなに見ようとしたことはない。
見たものはすべて感情となって、流れ込んだ。
シゲチャンランドで過ごした時間が、チクチクと僕を刺し、ペロペロと僕を舐めている。
(シゲチャンランド公式写真集より)

Dscf1696 神とはなんだろうか?そんなことを考えることがありますか?
社や道際に祀られた神々。美術書なかの絵画や彫刻のテーマとして具象化された神々。
そのほか、仏や土着的な精霊など…

宗教家は其の疑問に的確に答えることができるのでしょうが、欲しい答えが押し問答では困ります。
かつて、豊かな幸をもたらす反面、一端荒れ狂うと驚異をもたらす大自然は、神としてあがめられ儀式によってあがめられました。自然はやがて具象化していき、高レベルな人格を伴って人間と同じ姿形となります。そしてすべてを統括する絶対的な存在が登場します。さらにそこから解釈によって分派が作られ、儀式は格式化。より難しく明細もより細かく計算されます。

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胸元に輝くクロスは果たして神が宿っているのでしょうか?
意味も知らないお経で救われるのでしょうか?

Dscf1690 日常的に『それ(敢えて神と呼ばず)』を感じることはないでしょうか。
ちょっとしたラッキー
意外な偶然
思っても見なかった出会い
まさかの大逆転…
  それはある意味『それ』を意識する瞬間です。
ただ、それだけではなく日常とは違う雰囲気・空間・観念などで『それ』を自覚することがあります。

Dscf1786 そして、崇高に扱われる芸術品もまた神の感覚なのかもしれません。
ピンと張り詰めながら淀みのない空気。凛とした時間。それらは作品をより、神聖化させます。
でもそれらとは違う空気は、魔を生み出すのでしょうか。
其の回答は、この『シゲチャンランド』にあるのかもしれません。
大西氏の現出させた数多の『あいつら』には崇高な空気も雰囲気もない。
拝むとご利益があるとか霊感新たかなものがあるという話もありません。

其処にあるのは神でも仏でもないならそこにいるのは誰なのでしょう。
ガラクタや廃棄物で作られた『あいつら』は俗世の我々の姿なのかもしれません。
本来言われるところの神々は『到達できない理想の自分の投影』
ここにいる神々は『現世での自己像』 そう考えます。

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アナタハ カミヲ 信ジマスカ?

アナタハ 自分ヲ 愛シテイマスカ?

(つづく)

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物言わぬ雄弁者の群れ【其ノ三】

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泣けない目玉は、目玉ではない。
 泣けない目玉は、笑いもできない。

         (シゲチャンランド公式写真集より)

Dscf1724 シゲチャンランド内に点在する建物は、牛舎・サイロ・母屋・資材庫・飼料庫などがありますがそれらには「手」や「鼻」、「口」などの人体パーツの名が付けられています。
現在、広大な敷地内に新たに建てられたものが年々増殖しています。

大西重成氏は、立体造形に表現の主体を移し、それらの仕事をこなすうちに其の膨大な作品群すなわち「あいつら」が誕生しました。
「東京」の暮らしと今後の生涯のステップを考えたとき、一冊の洋書と出会ったそうです。

ハワード・フィンスターの「パラダイス・ガーデン」。
アメリカ・ジョージア州の牧師でフォーク・アーティストでもある彼が、庭にジャンク材で寺院・教会・ボトルタワー・天使の像等が溢れる庭園を創造した写真集です。

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その本との出会いが大西氏に「東京でできないこと」へと熱意を駆り立てました。
その想いがここ北海道の津別町に「シゲチャン・ランド」として現実のものとなりました。
私設美術館ということですが表現もさることながら空間も一つの作品となるこのランドは、美術館というよりも「あいつら」のコミューンの様相を強く感じます。
作品も自由なら展示も「あいつら」が自由に散っている雰囲気で個性的な「あいつら」の生息域に我々が訪れたような気になってきます。

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Dscf1704 作品は素材や表現方法だけではなく、公開する空間演出もまた重要なものだと考えさせられます。
これらの作品の一部が昨年初頭に帯広市美術館の企画で出張(?)してきましたが、見慣れた場所と違って妙に不似合いに思ったものです。

プレゼントには驚きと歓喜が必要です。
この真っ赤なビックリ箱は、常習癖をもよおすような魅力にあふれています。
美術・芸術の小難しい後付理論などいらない。当世流行のリサイクルなんてチャチなものでもない。
まるで始めからそうなるべくして生まれたもののようだから…

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Dscf1689 「鼻」を離れて「目」の館へ。
白が基調の屋内には大きな連中が並んでいました。
壇上に整然と並ぶこの空間は見世物小屋的な雰囲気。
素材も元々生命をもっていた流木や倒木などなので生命感・皮膚感があって、実在する生物のようにリアルな感覚のものがここに並びます。
素材は「収集」というよりも「捕獲」に近いかもしれません。

朽ち跡は体に。焼け焦げは顔に。自在に伸びた根や枝があたかもそういう体であるかのようです。
こういう素材がその辺にいとも簡単に転がっているのでしょうか?

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『あーあれは●●湖で見つけたんだよ』
大西氏の屈託ない語り口は表現者というより悪戯好きな子といったほうがふさわしいような気がしました。

(つづく)

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2008年1月 1日 (火)

物言わぬ雄弁者の群れ【其ノ二】

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赤子はわらい、 老婆はおがむ。
           シゲチャンランド

                (シゲチャンランド公式写真集より)

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そびえ立つ祭壇状のオブジェを見上げていたときに背後の足音に気が付いて脳裏に法衣姿のサイババが浮かびました。
逃げる理由もなく、ましてや入場料もまだ払っていない自分ですから…

Dscf1713 「やぁ、いらっしゃい。」

「あ…こんにちは」 目の前に立っているのはサイババなどではなく、蛍光迷彩ジャケットと特長靴スタイルのアウトドア風の方。宗教家ではありませんが、芸術家とも思えません…

「ちょっとお客さんのお相手をしてたものですから」

「そぅ、入場料がまだでした…」

「お帰りでけっこうですよ。ごゆっくり見て行ってください」 
とても、この祭壇を造った人には見えませんでした。

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Dscf1720 最初の「左手の部屋」で度肝を抜かれてしまいましたが、他の館を見ることに。

「鼻」 と名付けられた館。中はとても暗く、要所に間接照明が置かれています。細竹で作られたカーテンが入口に下げられ外の明かりが侵入するのを防いでいるようです。
柱と梁がむき出しになった屋内はクジラのような大きな生き物の体内にいるような印象があります。
そのあちらこちらに異形の生物がいて、一斉にこちらの様子を伺ってきました。

それらはすべて流木、倒木、廃品などで造られた作品達です。
とくに大げさな細工を施しているわけではないようですが、其の姿は異形でありユーモラス。ごく一部を除いて名前を持たない其のもの達は其の存在が個性であり、名前であるようです。

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作品には空間もまた重要な意味を持つようです。彫刻は屋内と屋外では表情が格段に異なります。
この美術館の館長大西重成(おおにし しげなり)氏は、この町「津別町」出身。

1965年 北海道立津別高等学校卒業と同時に横浜郵便局に入局
1971年

渡米、NYスクール・オブ・ビジュアルアーツに入学

1972年

帰国、東京を拠点にイラストレーションなどの制作活動を開始

1978年

東京アートディレクターズクラブ主催の美術コンペに於いてADC賞を受賞

1979年

Herbie Hancock(ハービー・ハンコック)のレコードジャケットのイラストを手がける

1979年

坂本龍一のレコードジャケットのイラストを手がける(SUMMER NERVES)

1983年

フランス・Temps Futurs社のL'art Medicalに作品が掲載される

1986年

スイス・Wizard&Genus社よりポストカードが全世界で発売される

1988年

カナダのテレビ制作会社、ACCESS NETWORKの教育番組に作品を提供

1989年

PATER'S SHOP AND GALLERY にて「Smiling time」個展

1990年

モスバーガー小冊子「モスモス」の表紙、及び中のイラストを95年まで担当
 (一時は80万部の発行部数を記録)

1993年

フジテレビ「ひらけ!ポンキッキ」のオープニングタイトルを制作

1996年

「シゲチャンランド」開設のため、北海道網走郡津別町字相生に活動拠点を移す

公式サイト:「シゲチャンランド」(「Wild Little Garden へようこそ(seven cats氏主催)」内より 一部割愛)

芸術というより広告アートの世界で主に活躍してきた大西氏ですが、その表現を現在のような廃品・廃物による立体造形に移してから、その作品群を収蔵する私設美術館の構想を模索していたようです。

その拠点を模索しながら見つけたのが故郷である津別町の相生でした。(メキシコ移住もも考えにあったとか)
大西氏は、その作品を「あいつら」と呼びます。それは、正しいのかもしれない。

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この美術館としての空間は、廃酪農場であったところに手を入れて開設されたところで、其の中に納められた「あいつら」は、一般的な美術館のようにもっとも鑑賞しやすい位置・高さに納められたものではなく、頭の上や足元。梁や柱の影、表に逃げ出しているようなものやら…鑑賞に来ていると言うよりもこっちが鑑賞されているような、魑魅魍魎の館に入り込んだような錯覚を覚えます。

ここを訪れる人は、様々な反応をします。

その滑稽な異形のものたちに笑う人
終始、感心と感嘆が交錯する人
神がかったものを感じる人
何かに共鳴して涙を流す人
怖くて泣き出す子
「あいつら」と同化して走りまわっている子…

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「マタ オカシナヤツガ キタヨウダ…」

そんな声が聞こえてくるような気がします。

(つづく)

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2007年12月30日 (日)

物言わぬ雄弁者の群れ【其ノ一】

“ルイン・ドロップ”年末年始企画Dscf1681

ナニカガ ジット 生キテイル
   アフレルヨウニ 其処ニイル
       
(シゲチャンランド公式写真集より)

人生…人生を語るには、まだまだ青二才に過ぎないが其れを承知で、人生最大の驚きと言うか驚愕に近いこの出来事は、ここに来るまでなかったのかもしれない。

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Dscf1721 数年前のことになります。
遠出のドライブとか、週末一泊旅行で主に札幌方面に行くことが多かったので、道東を走ってみることにしました。
そもそも道東に足を伸ばさなかったのは、小学校の社会見学と称した1泊旅行で要所をほぼ回っていたことと会社の旅行でも数回、一帯を走っていたからです。

さほど遠いところではないのに自分で走るのは、初めてに等しい。
それは、近場にいる友人のようなもので会おうと思えば何時でも会えると思っていて全くいかないのと同じです。

GWの喧騒は、外したかったので6月に有休を当てて出発。生田原町(現在遠軽町と合併)の「チャチャワールド(木工おもちゃの博物館)」へと…
あいにく、「蝦夷梅雨」と呼ばれる時期で日程の間、霧雨に悩まされました。どのみち屋内施設が目的だったのと「おもちゃ」が中心ながら大人気なく楽しめるところです。

初日は、北見市で一泊。翌日阿寒回りで帰ることにしてのったり車を走らせます。
相変わらずの霧雨は、むしろ雨といっても良いほどで近くの植林をまとった山もぼんやりしか見えません。

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Dscf1679 津別町に入り、旧国鉄相生線線終着の「相生駅」、現在は道の駅「あいおい」となっているところで駅舎や客車を見たあと阿寒湖畔へ向かおうと国道を南下。
その途中、霧の中から突如として普通ではない真っ赤な牧場が浮かび上がりました。
この辺りの町のほとんどが林業を主幹産業としていますが、安価な輸入材などによる製材業の低迷で主幹産業とは言えないものになりました。
それでも各町、思考をめぐらせて木工クラフトなどで町の活性化に貢献しています。

Dscf1713 そんな「愛林の里・津別町」にも酪農業は少なからずあり、営農は続けられますが国立公園が近いことと植林地が多いことからエゾシカの出没があり、作物の食害も多いことから畑に隣接する山地との境界にネットフェンスが延々と張られており、畑が隔離されているような印象があります。
農業は自然との闘いであり、其の相手はなにも鹿だけではなく、バッタの大発生によるものそして、霜などの冷害に悩まされます。豊作になったとしても卸価格のダウン。牛乳も卸価格は現在まで低迷を続けています。
戦前戦後に入植した人々もやがて離農していき、かつての10分の1かそれ以下の戸数にまで減少。この辺りを走っていても時折、廃墟と化した酪農家跡が見られます。

霧の中から現われた農場は一際、変わっていました。
牛舎・サイロ・資材庫などすべてがナナカマドの実のような真紅に彩られていて、緑の山や草原に囲まれています。
入口の「シゲチャン・ランド」の文字と牛舎の屋根の「極楽美術館」の文字が目に入り、ちょっと興味を持ちました。

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駐車場には数台の車。牧場を取り囲んだ柵には、これでもかと言うほど多種多様な廃物が打ち付けられています。元々ここにあったと思われるものや他所から持ち込んだようなものなど…。
霧雨の中、様子を見に伺うと人の気配の感じられない静かな牧場。チケット売り場なるものはありましたが、誰もいません。建物の間には高い位置に張られたロープには様々な色の裂布が等間隔で結ばれて風にたなびいています。
顔のような「モノ」があちこちに転がってユーモラスで「へっ面白そうだな…」と奥のほうへ進みます。各建物のドアが見えて其の中のひとつを見てみることにしました。ドアがふたつ上には「右手」「左手」。となりの牛舎には「鼻」と筆で書かれています。

「???」とりあえず「左手」を…
「!!!」中には建物同様、赤系色彩でインドの方の派手な祭壇のようなものが高い天井に届かんばかりにうず高く積み上げられていました。

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それを見たとき、直感「ここって…ヤバイところじゃない?」と感じました。
美術館と称した妙な宗教施設。そんな印象と共に自称教組の経営者なんかを想像していました。

其のとき、既に背後の方から砂利を食む靴音が近づきました…
脳裏には、法衣を着てつかみどころのない威厳に満ちたサイババチックな姿が浮かびました。

(つづく)

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