マカロニ ③
お店の外は、太陽が真上を越えて建物の大きな日陰を作り始めていた。
さっきよりも大勢の人で賑わってきて、たまに大きな笑い声があがる。それが少し怖い気がする。
真ん中にいる人はよく平気だなぁ。私があの場に出されたら怖くて一瞬ではじけ飛んでしまうかもしれない。
小さい頃のお祭りは、スゴク楽しいと思えたけど今そう感じてしまうのは、私がいかに人目を避けなきゃならなかったかってことなんだろうね。
「うーん いわゆる夏祭りなんだろけど、時間によっては神輿が出たり、夜は盆踊りもあるよ。それだけじゃなんだから昼間はいろんなイベントしててね。毎年、大道芸人も来るんだよ」
「ふーん」
「こういうの好き?」
「じゃ、ここ離れよう。おいで!」
彼についてわき道の方へ─
高い建物が多くて、コロン(連れの石の魂)と待ち合わせてる大きな看板が見えなくなった。
行った先は車がたくさん停まってる。ここ駐車場?
その中の1台のところへ彼は、歩いていった。
「えっ?私…そんなに遠くまでは…」
「そんなに走らないよ。少し気分転換さ。まだ時間、充分あるじゃない」
「そうですけど…」
断わる理由も思いつかなくて、隣に乗る。
大丈夫かな…今何時だろ。どのくらい経ったかな?
車は駐車場を出て、ゆっくり通りへ出て行った。
お祭りの店がたくさん並ぶ通りを過ぎると嘘みたいに歩く人がいなくなる。
街じゅうの人が、さっきの通りに集まっていたみたいだ。
甘い香りの漂う車の中…聞いたことのない音楽…。
高い建物が後ろへ走り去る様子は、映画を見てるみたい。
いつも空の上から見る地上は、みんなゆっくり走っているように見えるのに車の中からだととても速く感じる。
当たり前なのかもしれないけど、それが私だけの発見みたいでなんだか嬉しくなった。
「はい?なんですか?」
「笑ってたよ」
「そうですか?ちょっと嬉しかったんで…」
ヤバイ! 景色が流れるのが早いから…とか言うのは変だよね。
それにしてもこの人、私が幽霊と知ってもなんとも思わないのかなぁ…
もしかしたらこの人も幽霊だったとか…。
「あのーっ幽霊とかどう思います?」
「…どうって別にねー。たまに友達と心霊スポットへ行ったりするよ。夏とかには…」
「心霊スポット?」
「幽霊屋敷の噂があるとことか、地縛霊がいるらしいとことかね」
「自爆霊ですか…」 なんだそら…
失敗とか多い私は、たしかに自爆霊に違いない。
そういうのが集まるところでもあるのかな?
それにしても、本当は、私が幽霊だってこと信じてないんだろうか?
そういえば昼間から街中をフラフラして、マカロニグラタンを食べる幽霊なんて私だけかもしれないきっとそうだよ。
「そういうところで幽霊を見たことあるんですか?」
「ないよ!話ではずいぶん聞いたけどね。結局“きもだめし”だから。ホントに出たら行かないよ。呪われちゃたまんないし」
「えーっ“呪い”だなんて…」
ヒドイこというなぁ…元は同じ人間なのに…
「良く行くの?ああいう廃墟みたいなとことか」
「へ?」
行くのかなぁ…行くというか夜は、回りが見えないから屋根のあるところで休んでるだけなんだけど…。まさか普通のホテルに泊まれるわけじゃないし…。
「いや…行かないです。幽霊もいろいろだと思いますよ。そんな気味の悪いものじゃ…」
「そういや、ナギサちゃんも幽霊だったよね?」
「でも半人前だし、あまり幽霊に向いてないですけどね…」
「幽霊にも資格がいるの?死ぬのも面倒なんだなぁ」
「落第もできないんですよ」
「ははは…♪試験も何にもない♪ってか」
「ハハハ…」
それって、妖怪じゃないかなぁ…
生きてる人のフリしてここにいる私も考えると人に化けるキツネやタヌキと一緒なのかも。
…やっぱり私が幽霊だってことは、本気にしてないみたいだ。
だよね…。私も「トイレの花子さん」とか怖いなぁ…と思ってたから。
自分がそういう身になったら、むしろ生きている人のほうが怖くなってしまったようだ。その「怖さ」というのは、自分がどんな目で人から見られるかということで、人のことが怖いわけじゃない。どこか“仲間はずれ”にされている気持ちと似てて、スゴク孤独な空気に縛られる感じがするんだ。
あれ…? 気がつくと、景色から高い建物がほとんど逃げ去っていた。
「どこまで行くんですか?」
「どこか行きたいとこある?」
「いえ…近ければどこでも行きます…」
「うん、わかった」
コロン、何してるのかなぁ…
さっきのお祭りのどこかにいたんだろね。一緒に行けば良かった…。
「ここは?」
「ちょっと休んでこ」
「はあ…」
地下室みたいなところに車を止めて、言われるまま付いていく…
昼間なのになんだか薄暗い…オバケ出そう。(自分がそうか…)
彼がうっすら明るいところのガラスの棒みたいなのを取ると廊下がパッと明るくなる。
「あーっ青空!」
天井や壁一面に白い雲が流れる青空が…これは、絵だよね。でも青空を見たら少し安心してきた。動かない雲 焼けることのない空…
「ここだよ」
「あ…はい!」
バーッ
ドアから入ると水道の勢いよい音が聞こえた。隣にお風呂場があるみたい。
ふーん…こんなとこ初めて。
いつも夜休ませてもらう空家とは大違いだね。
どこからかかすかに音楽が聞こえる。
「部屋はそっちだよ」
「はーい」
えーっなに?この部屋!薄暗くて窓がない!
外が見えなくてどうするの???
中は部屋いっぱいの大きなベッドと テレビと 椅子と小さなテーブル
そんなもの…
「えっ?なにって…ホテルだけど?初めて?」
「たぶん…ですね…」
「…まあいいや。ゆっくりしてこうよ」
「…」
変なとこだなぁ…そんなに広いところじゃないし…
枕元にスイッチがたくさんある。
入れてみたら部屋が明るくなった。
こっちは何だろ?
「…続いてのニュースは、また行楽シーズンの痛ましい事故です…」
わっ テレビか…
ベッドの端に座って、しばらく見てた。何のことを言ってるのか全然分からないけど…
─とバスタオルを腰に巻いた彼が部屋に入ってきた。
「テレビに夢中だったから、お先に使ったけど、お風呂入れるよ」
「えっ?」
「今日は、朝から暑いしねー」
「はあ…」
お風呂に入ることになった。まだ昼間なのに…
なにしてるんだろ私…今日は変な日だよ。
とりあえずお風呂には、入らなきゃならないみたいだし─
大きな鏡のある前で服を脱ぎだした。
「えーっ」
「私って─こんなにオトナだったんだ…」
何をいまさら…って感じだけど、こんなふうに自分の体を見たのは初めてだった。
いつも大して考えもしないで人に化けたりしたけど─
「どしたのー?」
「いいえーっなんでもないですーっ」
ともかく─
自分が自分じゃないことを思い知った気がした。
なんだか…なんだか…なんだかすごく恥ずかしい…
鏡を見ながら思わず手で顔を覆った…
指の隙間から見えるのは…見えたのは… 『あぁっ』
爪の色がすっかり変わってる。
まずい!時間じゃないか! いつの間に時間が経ってたんだろ!
早く元に戻らないと、この体から出られなくなる!
あれ?いくらなんでも遅いな…「ちょっとーまだ上がらないのー」
あれ?いない!あれ?あれれっ?逃げられた?
「すっかり、お待ちさせたでしたナギサーン。大盛りでお待ちですか?」
「ううん。そうでもないよ─」
「お楽しみかったらしさです。笑わせた人がたくさんあったから」
「ふーん…良かったですね」
「ナギサンは、何をおこなってたんでしょうか?」
「私?いや…何もしてないよ」
「だから ご一緒したきたら良かったのにですより…」
「うーん…そうだね。次はそうするよ…」
「なんだか、お元気が台無しですね。ナギサン?」
「そんなことないよっ。 もう行こ暗くなってきたから」
赤から紫色に変わり始めた夕日の下で、相変わらずにぎやかな音がしてる。
夜が怖くない人たちの笑顔は、大人も子どもも、どれも同じに見えた。
今日のことはコロンには黙っておこう。
何言われるかわからないから…
それにしても勝手に逃げちゃって悪いことしたな…
でも、おいしかった…マカロニ
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