マカロニ ①
「ナギサーン 地面に降りませんか? 空ばかりで たくさん つまらないです」
相変わらず言葉のヘタな『石』…。私が教えてるから仕方ないけど…。
今は時計の姿で私の左手に巻きついているコロンさん─
旅の道連れになった「石」のことをそう呼ぶことにした。コロコロ転がる石だからコロン。
石といっても、お地蔵さんだったけど。元から名前は無いそうだし、付けられた名前も知らないらしいから。
言葉に慣れていないコロンさんは、私を『ナギサン』と呼ぶ。
「ナギサ さん」じゃなくて「ナギサ ん」。
別に「ナギサ」でいいんだけど…
「どこか…行きたいところ、ありますか?」
そう言っても風任せだから思うほど好きな方へ行けるわけじゃないけどね。
「群れの 人達のいる地面 いいですね」
「えーっそれはちょっと嫌だなぁ…」
「何だから ですか?」
「いや…誰かに見られたらヤだなーって…」
風に乗って青空の中にいる私は、これでも幽霊だ。
人に見られたりするのは、好きじゃない。
怖がったり、驚いたりされるから…
要領のいい幽霊なら、そう簡単に見られることもないだろうけど、わたしはどちらかと言うと「へたっぴ」だから、やたら見られたりする。
「ナギサン ホントは 人に見られたいじゃないですか? 本当は 見られたくないじゃなくて。 ワタシ 見られない しかできない ですから」
う…鋭いこと言ってるかも…
確かに仮の体を作って中にいるときは堂々としてられるけど、今のまま人目に出るのは、すごく怖い…
心だけの存在のような私は裸同然ということになるだろうか。
だから見られそうな気がしてオドオドして、かえって人目につくのかもしれない。
「ちょっとだけですよー。ならいいけど…」
「はい ガッテン 承知でした」
風の進む先にてっぺんがキラキラ光る塔のようなものを見つけて、そっちへ向かってみる。
思ったとおり街の方にやってきた。いざ街へ入るとなると、なんだかドキドキしてくる…。
とりあえず、なるべく人目につかないところを見つけないと…大きな看板が見える。
あちこち剥がれ落ちているみたいで網のようなものをかけてある。とても古そうな看板。あそこならそれほど見られないかな…
「ここで待ってるから行ってきていいですよ。いつまでにします?」
「そね。5時 どうですか?」
「えっ?かなりあるじゃない」
「短くですか?」
「いや…別にいいよ…」
コロンさんは「待ってました」とばかりに私の腕から離れて形を人の姿に変えた。
今日は─ 女の人の姿
「石」だから男女の区別は、無いらしいけどホントのところどうなんだろう…
「ナギサンも 来るといいよ。 見える姿なら 恥ずかしい ナイね」
「でも、私幽霊だから…」
「暗いだな。いつも空飛ぶだから 上昇志向 ですよ」
ヘンな言葉知ってるなぁ… 石のクセに軽いし…
「うん…考えとく。ここに飽きたら降りてみるよ」
コロンはニコッと笑うとビルの谷間に飛んでいった…
いつもは、あまり動きたがらないから左腕に巻きついたままだけど、こういうときは動きが早い。前に「人間 見るの好きです。大盛りで…」とか言ってたけど
「あっ 時計が行っちゃった」
忘れてた… どうしよう。時間が分からないとどこにもいけないや…。
しばらく空を飛んでいたけど遠くまで行くわけにも行かないので結局、街に戻ってきた。
ビルの間に挟まれたところを人がたくさん行き来して、どこからか楽しそうな笑い声も聞こえる。 …私も下を歩いてこようかな…
少しくらいなら仮の体降りれば大丈夫だよね。でも、あと何時間あるかなぁ…
人気のない薄暗い通りを見つけて、体を造った。
街の中は、道から車が締め出されていて、人が大勢車道を歩き、あちこちになにやら人の塊があった。それを見ているだけで不安になってきた…
さっきの通りには、全然人がいなかったのは、皆ここにいたからかな?
どうやらお祭りかなにかのようだ。
ドキドキする…体があるからホントに胸がドキドキしてる…
空のこぼれ種と 緑の食べ残しと 大地の吐息
そういうものをかき集めてこね上げた私の体。それでも人と同じように動く。
ドキドキとは、しているものの「体」という鎧の中から外を見ている安心感があるから、すぐにでも逃げ出したい気分も少しは薄れるよ。
でも、すれ違っていく人が急に立ち止まり
「おや?キミはホントの人間じゃないな」と聞いてきたらと思うと、ちょっと憂鬱だ…。
「ちょっとキミ?」
振り向くと知らない男の人
嫌だ…正体バレたっっ?
「すっごい驚き方だね。こっちが驚くよ!」
「あ…すいません…。あの…なにか?」
「何か探してるの?」
「いえーっヒマなんでー。ただブラブラと…」 普通にしないと…普通に…
「だったら、そこの店で少し話しようよ。外は暑過ぎるしさぁ」
こまったなぁ… でも幽霊とはバレていないようだ
「誰かと待ち合わせ?」
「はい…友達と5時に向こうの通りのビルの屋上で…」
「屋上?」
「いえビルの中です」
「5時なら、まだまだじゃん。適当に時間つぶしにもなるでしょ?」
「…はい、少しなら…」
理由が見つからず、言われるままにその人に付いて近くの店に入った。
うーん…困ったな…
「ふたり!」
「2名様ですね。こちらへどうぞ」
うっわーっ こんなところ初めてだ…。
「こちらのお席へどうぞ。 お決まりになりましたら、そちらのベルでお知らせ下さい」
なんていうんだろ…お店の中、外国みたい…。
明るくて、なんだか天国みたいな気がする。
よく夜を過ごす空家とは大違いだなぁ。
… ナニこれ 写真載ってない文字ばっかりだ…英語まで書いてある。
小さい頃、両親と3人で大きいレストランへ行ったことがあったけど、あそことはずいぶん違うなぁ…そういえばあの時、何を食べてたんだっけ? うーんと…
「名前聞いていい?」
「ま…まだ決まってないです」
「あっ…ああ…私ナギサです」
なんだ…ビックリした…すごく、ぎこちない私…
「素敵な名前だね」
「はい…ありがとうございます…」
「…僕の方は聞いてくれないの?」
「ご…ゴメンナサイ! お名前は?」
「カズヒロ!」
「なに…」
この人もカズ君と同じ名前
私の行く先には「カズヒロ」って名前の男しかいないの?
「…いや、ステキなお名前です」
「女性にそんなこと言われたのは初めてだなぁ。すごくありふれてると思うけど」
「そんなことないです!たぶん…絶対…」
ミーッ…
「なに 何の音」
「オーダーしないと…まだ決まってなかった?」
…忘れてた。
「お決まりですか?」
「アイスコーヒー!ナギサちゃんは?」
えーっ! えーっ! どうしよう…
あ…そうだ思い出した
「マカロニグラタン」
「えぇっ」
(つづく)
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コメント
この背景の近いところに、あのトイレの男女の顔を見つけました。
思ったよりも大きいサイズに描かれていました。
次回はトイレの二人も登場させてください。
投稿: カナブン | 2009年8月24日 (月) 20時58分
ここのお店、ひとりじゃ行きにくいよ~っ
師匠のバースデーに行きましょう。
投稿: ねこん | 2009年8月24日 (月) 22時33分