いちごいちえ ①
『ほら!あれだよ!ローソク岩』
『あれ…?ローソクっていうよりお米の粒みたいですね…』
『うーん…そう言われりゃそうか。でも、あれだよローソクの炎の形にも見えるっしょ!』
波打ち際にどっしり座った大きな石。
こんな大きなのは見たことがない。
ちょっと押したら倒れてしまいそう…。
ようやく海に来たーっ。
すぐにでもここから飛び出して行きたいくらいだよォ
いつ以来だろう。ずいぶん長いこと来ていなかった気がする…
トラックのおじさんに乗せてもらって、ずーっと話をしながらここまで来たけれど
海が見えだしてから、あんまり嬉しくて何を言われても半分、上の空だった…
ここまで来る間中、おじさんの家族やおじさんが子どもの頃の話を聞いた。
人(生きている)の話をこんなに聞くのもずーっとなかったなぁ。
まさか、おじさん隣に座る私の正体が「幽霊」だなんて思わないだろうね。
『伝説じゃさーっ…お腹のすいた神様がこの辺でクジラをつまみあげてヨモギの串で焼いてたんだとさ。その串の折れたのが、あの岩だってよ』
『えっそんな大きな神様がいたんですか
』
『ハハハ…伝説だってで…どの辺りまで行くの?おっちゃん、このまま隣町まで行くんだけどさ』
『そうですねー。どこか止めやすいところでいいです。早く海のそばまで行きたいんで…』
『じゃあー街の入口あたりで止めるよ』
おじさんは、このあたりの町へ荷物を配達するのが仕事なんだそうだ。
海のほうから潮の香りの風がどんどん吹き込んでくる。
風に乗ってこようと頑張っていたら、気まぐれな風に流されてどこに行ってたかわからない。
私の爪は、まだピンク色。
これが緑色になってきたら仮の体(命の元を集めて合成した体)から出る時間。
出ないと時間切れになって、この海辺に転がる岩の塊みたいに小さく固まって出られなくなる。
爪が緑色になってくるのがその始まり…それまで4時間ほどだろうか。
少しの時間しか持たないこの体…おじさんは知るよしもない。
目の前で時間切れの私がはじければ別だろうけど…
「あっちの方に古い道があって、親子岩とか眺めのいいところがあったんだけどさ、岩盤が不安定でガケ崩れが良くあったもんだから通行止めになっちゃったさ。この新しい道からだと一番いい景色が見られなくなっちゃったんだなぁ」
「そんなに危ないんですか?」
「まぁねえ…通行止めで仕事にならなかったこともあったよ。道が良くなってから仕事は楽になったけどね…あっこの辺で止めるよ」
プシーッ
空気が抜けるような音がして、大きなトラックは「ウワン ワン」と体に似合わない小さな泣き声を出して止まった。
「すいません!ありがとうございました!」
「泊るとこあるの?知り合いの旅館なら顔が効くよ」
「いいえーっ当てはあるんです」
と、言ってもあるわけじゃない。たぶんどこかの空家にお願いして泊めてもらおうと思う…
「そっかい!なら気をつけてね。あーっ良かったら、おっちゃんとメル友になってくんないかなァ」
「メルトモ?」
「えっ携帯持ってないの?」
メルトモ? ケータイ? なんだそれ?
「ケータイ…? たぶんないです…」
「へーっ珍しいね。まぁいいや!毎日ここ走ってるから、また会えたらいいね。いつもは退屈な道だけど楽しかったよ」
「はい!私も!」
大きなタイヤがゆっくり動き出して、おじさんの大きなトラックが道に戻っていく。
パーン…
手を振っているとラッパみたいな大きな音がして、ビックリして手を引っ込めた。
「あ…」目に入った爪はいつの間にか薄っすら緑色…
もう時間か…ギリギリで間に合った。
いつもうっかりしそうなので、人のフリをするのが正直まだ怖い。
とにかく、人目につかないところを探さないと…人がはじけるところなんて見せたらエライ騒ぎになるだろうから。
でも、山と海の間に続く細長い街には隠れられそうなところが意外と見つからない。どうしても目の届くところにチラチラ人が見え隠れする。
どこか、いいところは─ あっ♪
─視線の奥に海のほうへ向かう柵のある道が目に入った。
ちょっとつかわれていない感じの…あそこへ行ってみよう─
ここが、さっきおじさんの言っていたガケ崩れのあった道らしい。
時間は、あまりないけど慎重に回りの様子を伺いながら道を進む。
海から ザーン ザーン と波が来て、時折飛んでくる飛沫が心地いい。
『生きている』ってこういうなんだなぁ…
私にまだ自分だけの体があった頃─
学校から帰って、いつも海へ来ていた。
波が行ったり来たりするのをずーっと見ていたり、貝殻やまあるく角の取れたガラスの欠片を拾い集めたり、浜で変な虫がピョンピョン跳ねてるのを見て逃げたり…
楽しかったなぁ…海の向こうのことを考えたりして。
今でも私は海のこっち側にいるけどね…カズくんは、この海の向こうにいるんだろうか?
いるところがわかればすぐにでも飛んで行きたいけれど、私にとって海は、まだ越えちゃいけないものな気がする。
その気持ちがどこから来るのかは、わからない… 『…おや?』
人がいる! …釣りの人かな?
まいったなぁ…時間もないし、ここまで来たら戻るわけにもいかない。脇道もなさそうなぁ…
でも変な人だなぁ。 人じゃない? もしかして幽霊?(自分も)
かえってマズイよ。秘密を見られるわけに行かないし…
私が仮の体を使うことを良くない考えの霊に見られたら、きっとその方法を知りたがるだろう。
生きている人たちに何か悪いことをすると考えたらゾッとしてくる。
うーん とりあえず、見えないフリして向こうまで行こう…あっちまで行ければ。
「普通の人 私は普通の人だよーっ わたし幽霊なんか見えないよー 全然わからないよー」
「…」 無視無視っ
「どこ行くんだべ?」
「…」 なんだ?この人
「見えてるんじゃないかしら?」
「…」 うっわぁーっ
「頭にクモつけてるじゃん」
「ひーっ
どこ
どこぉっ
」 …あ
「ごらんなさい!やっぱなあ!」
う…騙された…
「見えんフリすることないじゃないですか。別にへんなことする気ないのにヨォ…」
「いえ…あのーっ急いでいるので…」
「なんでじゃ?こんな人の来ない道でさ。このまま進んだって海と岩しかないっしょや」
…変な話し方。それをひょうひょうとしゃべるその人(幽霊)は話し相手が来たと喜んでいるのかもしれない。
でも、今の私にはそんな時間は… あーっ爪の色、濃くなってきた。
こんなところで捕まってる場合じゃない!
「この辺の人じゃないべ。どこから来たのかしらん?ワシが見えるんだば普通の人でねーしょ?」
「か…関係ないじゃないですか私、時間ないんです
」
あせっているのと、バカにされてるような口調についイライラして怒鳴ってしまう。
「いっやぁ~あずましくないねぇ…少し話相手してくれてもいいじゃない?」
パラ パラパラパラ…
岩の壁に張り巡らされた網の向こう側で小さな欠片が落ちる音がした。
「危ないよね。あまり大きな声をだしたらばぁ…」
「すいません!失礼します!」
これ以上相手してるわけにいかない。
その人が付いてこないか心配だったけど私がスタスタ歩き出しても、ズーッとそこに座ったまま…
そのままそこにいて!お願い付いてこないで!
「今は、そっちへ行かないほうがいいだよ。もう本当に踏ん張りが効かんみたいですから」
もぉーっ何言ってるんだコイツぅ!
…とにかく今は無視して行こう。
とりあえず、こっちの都合を終えてからちょっと懲らしめてやろうかな…
「行かんといてややめておいたらば
」
あーっうるさい!うるさい!
「ホラ見れ上が来たです
逃げれー
」
何?何なの?…
「あ…うわぁ…っ」
思わず見上げたら
こっちに向かって落ちてくる大きな岩が目に入った…
(つづく)
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コメント
縦長の岩は自然とローソク岩と呼ばれる風潮が我が日本にはあります。
で、ローソク岩ってどこにでもありますが、どれが元祖ローソク岩なんですか?
投稿: カナブン | 2009年6月 7日 (日) 20時44分
そんなにたくさんありましたか。。。
ゴジラ岩というのは聞いたことがありましたけど。
投稿: ねこん | 2009年6月 8日 (月) 07時21分
早く続きを見たい!
早く!笑
ローソク岩、小平町近くにもあります。
地図にも載っています。
しかし行ってみたら、もう崩れていて、普通の岩でした。
カナブンさん同様、ローソク岩はたくさんあります。
元祖はどこでしょうね・・・
投稿: 拓道館 | 2009年6月19日 (金) 00時33分
なんてね
投稿: ねこん | 2009年6月19日 (金) 12時40分