いちごいちえ ②
私に向かって崖のてっぺんからゆっくりと回りながら落ちてくる岩を見ながら思った…
「また、厄介なことに巻き込まれるんだな…」
人の目に触れないように風任せの旅をしていても、行く先々で何かしら事件が起こる。
厄介なことは、人の世界だけではないようだ…
いろんなものと出会って いろんなことになって…その度に何とか切り抜けてこれたけど、いつまでも幸運が続くとは思えないなぁ
あの岩を私めがけて落としてきたあの人の考えていることが何かはわからない。
でもなにかしらたくらんでいるのは間違いんだろう。
逃げようが無いことになって、かえって開き直った。
借り物の体を開放してこみ上げていたイライラを岩に全部ぶつける。
バーン…
パラパラと小石になった岩が夕立みたいに撒き散らされる音が波の音をかき消す…
どうにもならないことになって私は、ホントに開き直ってしまったようだ…
一番避けたかったこと 一番見られたくないところ
そして、たぶん相手が確かめようとしたこと…
あの大きな岩の下敷きになっても、私がこれ以上死ぬようなことはないけど。
なぜなら私は幽霊だし…
問題なのは、私が人の皮を被った幽霊であることで、それを他の幽霊に見られてしまったということ…
粉々に ホントに粉のように飛び散った岩の土煙があたりに漂って、そこにいた敵は見えなくなっていた。
『さて、どうしよう…でも、戦わないといけないんだな…』
人に化けるのが問題じゃない。
人に化けようとする幽霊がどんな考えを持つかということ。
時間に限りがあるといっても人と霊の世界を行き来することが容易くできるとしたら、それは場合によって良くない結果になるらしい。
私がその力を教えてくれた人が、そんなことを言っていた。
それに簡単に人と霊の間を行き来することは『神様』の意思に逆らうことになりはしないだろうか?
そう思うことがあって誰彼教えることのできる力ではないと思った。
薄らいできた土煙の向こうの「あいつ」の気配は、まだ確かにそこにある。
あいつが何を考えているか、私にはわからない。
人であっても霊であってもそれは同じ。心の中まで読むことはできないから…
『あーっ大丈夫だねったね。良かたなや』
相手が敵となったら、本格的にその妙な言葉使いがイラッとする。
『さあ!もう急ぐ必要はなくなったよ!何が望みなの?』
『そうなの?じゃあ教えて欲しかことがあるだよ』
そらきた。人に化ける方法を聞こうと言うんだな…
『人の言葉の作り方、知りたです。どうも難しいよしな』
『はぁっ』 何を言ってるのこいつ…
『ずっと人の声、聞いてきたけな、男とか女とか、小さのとか大きの、様々で色々でわからないのよ。だからオラ話すことも…めっさワヤじゃから教えて欲しいもし』
なに?言葉を教えて欲しいって? なんだか思いもしない言葉が返ってきて構えていた私は少しうろたえてしまった…
『そのために私に向かって岩を落としたんですか?』
『いや…あれらは、しごく辛抱なかったんらわ。奴ら、もう辛抱できなす。それ、そこの見て後ろごらんね』
なに?うしろ…? あーっ…
道いっぱいに岩が崩れて小山になっている。
「こいつ」のことが気になっていて目に入っていなかった。
ずっと歩いてきた道は、見上げるほどの山肌に鉄の網が張り巡らされていたけれど、ここはみかんのネットみたいにボロボロにちぎれて岩があふれ出したみたいになっている。
『本日は、もう落ちれんど、次の来週ふたつ落ちるつもりするす。この奴らは生まれつきの辛抱ないらしいですのな』
『どうしてそんなことがわかるんですか?』
『わらもそいつらと同じ岩ころでから。当たり前、出場所はちゃうけどねん』
『岩?あなた、石なんですか?』
『はいです…』
『でも人の姿してるし…』
『こうしていねとな、貴方みたいな方と会っても話しないの多い。今カッコもホントものでなく、あしは、岩ころだから元よりオスでもメスでもねいよね』
変な話かた…なんだか混乱してきた…
この人は私みたいな幽霊じゃなくて、石なんだ。石の心なのか…石がしゃべるか?
まてよ、わたしに色々教えてくれたのもおしゃべりな石炭だったっけ。
『そね。“なまんだぶ”まず、というのを分るたいなす』
『なまんだぶ?えーっそれはちょっと…なんでまたお経なんかを?』
『“オキョウ”てか?アタのとこ来るンは、皆しゃべる。でも知らんだら』
うっわ~っますます調子の狂う話し方だな…色んな言葉がゴッチャゴチャしてるみたいだぁ。
『ウラん居るとこぁ、この向こうあっちのほうのどっしり山なだ。行っててみますか?』
この自分が石だという人のことに興味が出てきた。
少なくとも─私の持つ力を知りたいのではないようだ。
『はい。行ってみたいです』
『だいぶ歩くますからけども…』
『大丈夫。手をつないでください』
『うっは』
そいつの腕を引っぱって風に飛び乗ったとき、ずいぶん驚いたようだ。
新しい風はとても乗り心地がいい。
風は弱々しくも高くそびえる岩肌を一気に登りつめていく…
気持ちいいーっ
(つづく)
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