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2009年5月 2日 (土)

KUSHIRO DAISUKI

Dscf3272

釧路市の写真タウン誌『KUSHIRO DAISUKI』に『ルイン・ドロップ』が取り上げられました。
今年に入ってから“アルファ・ブロガーアワード”にノミネートされたこと(結果は選外)についで、ねこんには大事でした。
これから、どうなっていくかも楽しみのひとつです。

こちらへは本誌掲載のアドレスから来てくださった方も多いようなので、今回は釧路の街を歩いて見たものを紹介します。
普段、歩いていても気に止めないものかもしれませんが覚えがあるシーンでしょうか?ということで。。。

Holga2_3男と女 象徴的風景

北海道でよく見るこういった像は
女性だと 実りあふれる『未来』
男性だと 開拓の労苦を印す『過去』
そう感じるものが多い

大地に根ざす男性的な塔と
橋の上で可憐に舞う女性
現実には大地に根ざすのは女性で
飛びまわるのは男性だったりする

Holga1地下道

閉鎖的な場所で注意を促す表示もあって
とかくネガティヴなイメージが付きまとうから
通るとき気が引き締まる。

夏場でもひんやりして心地よい空間
闇があるから光の真価がわかる
花火も闇があってこそ映える

でも闇や暗がりといった類は
貧乏くじを引かねばならない

Holga0冒険者

人が自然をよじ登るから 自然も人のものをよじ登る
街の真ん中で ひとり挑戦を試みる冒険者
場所が場所だけに ちょっとした威圧感があるね

環境や自然の破壊が叫ばれるけど
自然がその気になれば
人工物を取り込むことなど
とても容易いような気がする

それを受け入れるから自然は寛大なのかな

Holga3

西部劇

西部劇で描かれる時代
自分の銃(ガン)と馬を持つことが
男のステータスとでも言うみたいに
映画はガンマンをヒーローに見たてる

世を越えて 銃はギターに 馬は車に
今もあまり変わらないみたいだ
変わったのは女性も浪漫を追うようになったこと
そしてアウトローさえ群れることを覚えたこと

Holga4_2

火 そして水は簡単に手に入るけれど
人の暮しの基本として不可欠なものだ
神の御前でも必ず使われるほど尊いものです

絶え間なく湧き上がる水
天を焦がすがごとく燃え上がる炎

水そのものを作ることはできないし
指先数本で簡単に得られる炎も
道具がなければ得ることはとても難しい

Holga5 四つの顔

世の多くは四つに分類される
『起承転結』『春夏秋冬』『喜怒哀楽』。。。

隙間にあるほとんどのことは
どっちつかずの『曖昧さ』
YESが言えない NOと言い切れない

パテ4枚入りのハンバーガー 
名前がゴージャスで厚さが増しても
ほとんど変わらないプライド

Holga6古い窓

窓枠は額縁に例えられる
外を室内に飾るためのフレームなんだそうだ
でも装飾は外側だから
飾られているのは室内の方じゃないのかなぁ…

アルミサッシの合理的でメンテナンスフリーの窓よりも
こんな建付けが狂って面倒そうな窓の方が
多くのものを映してるんだと思う
窓は目なんだ

Holga7ゴミステーションで見たオブジェ

あちこちで見かけた
何かが壊れたなごりかもしれないけど
コレが完全系で鳥除けの意味があるかもしれない

大きな頭に ふたつの大きな目玉
猛禽類を思わせるから
そういう意味なのかもしれない

ちょっと おとぼけ顔だね…

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当たり前のように昔からあって
みんな当たり前の景色のように通り過ぎる
かつてその下を通った鉄路は 今では幻となった町から黒いダイヤを運んできた。
北海道のあちこちに炭鉱というのがあって、日本の戦後復興に尽力したそうです。
鉱山(ヤマ)の最盛期の頃は、常にヤマから出る煤煙が空も屋根も塗りつぶしていたらしい。
そんな暮しを知る人にとって ヤマが閉められて戻ってきた青空は実に恨めしかったそうだ。

跨ぐ物がなくなった橋は相棒も失って存在意義も見失っているかのようだったけれど
実は白い汗をかきながらも家庭菜園の守をしていた。
そんな労苦を労うのは咲き乱れるコスモス

花言葉は『乙女のまごころ』

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コメント

雑誌デビューおめでとうございます。

ルイドロも四つの顔を持つ日も近いですね。
ルイドロ・プチドロ・KUSHIドロ、四つ目は、
ラジオ番組「ルインドロップワールドオブエレガンス」で素敵なポエムをお願いします。

投稿: カナブン | 2009年5月 3日 (日) 13時59分

お久しぶりです。
地元紙に取り上げられるなんて凄いですね!
おめでとうございます。

『自然がそのきになれば…』
と言うくだりはとても重く感じました。

菜園の用心棒の橋桁と根元のコスモス素敵ですね。

投稿: おおもり | 2009年5月 4日 (月) 07時32分

カナブン様>たぶん『夜のドラマハウス』みたいになっちゃいます。しかしなんでも『ドロ』と略して付けると泥棒みたいですね。

おおもり様>人が捨てた廃墟でも自然はコンクリートやアスファルトを割ってグイグイ入っていくんですよ。人から見たときの流れを考えなければ自然は、簡単に人の作ったものを取り込んでしまいそうな気がします。

投稿: ねこん | 2009年5月 6日 (水) 03時11分

ダイスキ掲載あざす^^/、今後ともご活躍期待してますよ~~!!

投稿: nori王 | 2009年5月12日 (火) 16時22分

cat及ばずながらデス。。。

投稿: ねこん | 2009年5月12日 (火) 17時45分

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