くるり くるり②
『ここにいてください! この家があなたを許すまで…』
『うわぁっ!…』
あ… 夢を見てた。すごく怖いの。 いつから見てなかったかな。夢なんか…
たしか…幽霊になってから眠ったことなんてなかったからその前だ。
自分が自分でなくなる夢。
体がパキパキ音をたてながら恐ろしい怪物に変わっていく夢…
あれ…?なんで眠ってたんだろ…
そうか…体が急にしびれて動けなくなったんだ。それで、そのまま…
まだ頭がボーっとして考えが固まらない。
ここは…さっきまでいたところじゃないな…
家の中みたいだけどボロボロに崩れてあちこちの穴から外が見えている。
どうしてこんなところに立ってるんだろ…
何があったんだろう…何があったんだっけ…?
『あれ?』
手が動かない!
手だけじゃない!何かに腕を押さえられて動くことができない!
『気ィついた?』
『!』
『おっかないなぁ…そんな顔せんでや。ホンのちょっと頼みがあるだけやし…』
初めて会った時の軽い口調で話しかけてくる。
この人は、ザナドゥのふたりやケイさんとは違う。恐ろしいものをどこかに潜めているんだ。
『なに…なんですか?』
『あっちでも聞きかけとったけど、飛び方を教わりたいんや』
やっぱり…ここから出ることを考えてるんだ。
マズイ!そんなこと絶対できない!
『私、飛べない!できないです!』
『空から落っこちてきたやろ?見てたで。さっきのケイとの話も全部聞いちょったし。オレもオバハンに閉じ込められて迷惑してるんやで。助けてぇなぁ』
『知ってても無理です!あなたはここから出ちゃいけないんだって…』
あ…言っちゃった!
『あなたは…殺された人で…』
『だからぁ?そんなん関係ないやん!オレが閉じ込められなアカン理由なる?』
あるって…何かあったよ。
頭の中がゴチャゴチャしてる…。
…そうだ!
『人に取り憑けるって…』
『あんたは自分で飛べるんやろ?オレのできることって人にくっ付いて動くだけや。
言わば、行き先を自分で決められないタクシー乗ったみたいなものやねん。
それが、こんなんとこ来たばっかりにオバハンに目ェつけられただけなんよ。
悪いって言えば、無賃乗車みたいなもんやろうけどさ…』
え…なんか話違う。
それじゃあ、わたしがカズくん(こいつもカズか…)と会ってた時とか、自転車に乗せてもらった時と同じじゃないか…これじゃ責められない…。
べつに責めるわけじゃないけど、なにか信用できないんだ。どこか…
『ともかく、あの結界があったら出られないんや。だから、ええやろ?』
『ダメです!だからって、わたしをここに縛り付ける理由ないじゃないですか!』
『逃げられたら、なんぼ話したって誤解解けんし、あかんやろ?
みいんなナギサちゃんに色々吹き込んどったけど、オレのことフォローしてくれるのん、おらんしなぁ…』
話を返せない…。それどころか同情しそうだ…
『頼むよホンマ!1回でいい!家へ帰りたいんや!母ちゃんの顔見てきたいんや!』
『なぁ?』
『ごめんなさい…わたしにはできないです』
信じてあげたいけど、わたしは素直になりきれない…。なぜか…どうしても…
『そっかぁ…しゃあないなぁ…』
ごめんなさい…わたし、自分で自分の考えが決められなくて…
『じゃあ、お前に憑かせてもらうわ!』
『えぇっ?』
『器(体)がない分、心まで取れるわ!ケイみたいにグッチャな頭やないやろしな!あいつも煙突から出て行くことくらいできたやろうが、閉じこもる気持ちが強くてアカンかったしなあ!』
なに!ケイさんにまでそんなことしてたの?
だから、ケイさんと争っていたんだ!
やっぱり信じちゃいけないんだ!この人!
『おとなしくせぇや。適当なとこまで行ったら自由にしちゃる…』
『ちょっと!いやだ!やめて…』
こころに─
なにか黒い影が入り込んできた。
粘土細工みたいに頭の中身が、つぶされていく感じが…
こんな!いやだ いやだ いやだ いやだ いやだ イヤダ…
『いやだ!!』
真っ白だ
もう、どうでもいい気がした。
どうせ、一度死んじゃったんだし。難しいことなんか、これ以上考えたくない…
まだ、わたしはわたしでいるの?
目を開けるとここにいるのは、わたしだけになっている。
体は自由に動けるようになっていたけれど、
もう、こころは支配されているんだろうか…
『な…なんや!何した!動けん…』
『ええっ?』
声が聞こえて見上げると、さっきここに立っていた顔が影になって焼きついていた。
『出せや!ここから出せや!』
わたし?何かした?したんだろうか…
たぶん、そうなんだ。他の誰の気配もしないし…
それとも、わたしには解らないなにかが助けてくれたの…
『出せや!早よう!承知せんぞ!』
ピシッ!
家のどこからか乾いた音が走る。
『ここにいてください! この家があなたを許すまで。 わたしには決められません!どうしたらいいのか…』
─あと30年は、このまま立っていられるよ。ほとんど潰れた年寄りだが、生きのいい魂が入ったからな─
これは、家の声! 助けてくれたんですね?
─何もしとらんよ。やったのは娘さんのようだったがな…。まあ話はわかった。もう行きなさい─
『すいません!お願いします』
『待てーっ!戻れ!戻って来いやぁ!』
祈りながら逃げるように家を後に…。
悲痛な叫びをこれ以上聞かないように早く離れよう…
家の前の坂を下りると、さっきケイさんと話した建物が見えた。
すぐ前に大きな道も見える。
─道なりに行くとすぐ左に見えてくるよ─
ケイさんに聞いた通り、すぐに高い煙突が見えてきた。
回りに何もないところに煙突が空を支える柱みたい。
煙突の真下にドアみたいなものがあって塞がっていたけれど、隙間があるらしくて空気を吸い込んで、風が中を通り抜けていく音がした。
わずかでも隙間があれば、わたしは入っていける。
もう一度、来た道を振り返ると
空も草木も何事もなかったように静かだった。
ここに落ちてきたのは、偶然だったのだろうか。
それとも何かに導かれてきたのか…
今は考えられない。
でも、わたしがここに来てから多くのことが動いたのは間違いない…
『海へ行こう…』
しばらく樹の海しか見ていなかったから─
海が見たくなった。海に癒されたくなった…
高いところへ上がったら潮の香りを探そう…
『行かせて良かったのかい?あの子は…』
『私も鬼では、ないのですよ。…ご存知でしょう?』
『うん、そうだったね…』
風は走る 海めざして
波と見たいに行きつ戻りつ…
やがて全ても回りまわって海に帰る
くるり くるり と
回りまわって新しい命に変わる
それはリサイクルではなくて
サイクルに他ならない
それが本来、自然なこと…なのかもしれないのです。
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