Xanadu(ザナドゥ)④
消えた─
今まで 怒りで体を歪ませたふたりが
楽園の意味を持つ「ザナドゥ」と呼ばれた、ここの壁を突き破らんばかりに
ぶつかり合っていたのに─
消えたんじゃなくて 消されたんだ。
ここに来て、始めに会った女の人が、何かの力を使ったら
ふたつの怒りがはじけ飛んだ…
ロウソクの火が消えた後の煙みたいに…
「大丈夫だった?もしやと思ってたのだけれど…」
「うわ…ぁ… どうして…?」
「えっ?なに」
「ケイさんは…わたしのことを助けようとしていただけなのに…」
「あら、そう…あんな娘(こ)にもまだ、そういう気持ちがあったのね。でもここは、下品な騒ぎを起こすところではないの」
「ざなどぅ…ってなんなんですか?」
「聞いたのね…。私たちのような者が集う館の意味で誰か、ここをそう名付けたのよ。昔は─」
「ぜんぜん…全然違うじゃないですかぁ!」
何かが─ 私の中で爆発した。
「あんな娘」だなんて…
上品な言葉遣いだけど この人は残酷だ!
平然と人を消せる人なんだ!
この人は許すことができない…
何か思いとどまろうと頑張っていた最後の糸のようなものが
切れた
自分が 自分で なくなる気がした─
わたしは この人を攻撃するんだろう…
そう思った瞬間 体から何かが弾け飛ぶのを感じた
「あ……」
爆発した心は 誇らしげに立つ相手じゃなくて
あらぬ方へ飛んでいき
壁で何度も跳ね返りながら 飛び散った…
「ダメよ!怒りにまかせて力を使っても。コントロールできなきゃ、ただ無駄になるだけ…」
まるで こうなることが
わかっていたみたいなことを言う。
わたしの怒りは 何の力にもならない。
今までだって…
壁を少し凹ませたり 散らばった瓦礫を飛び散らせただけ─
…やっぱりダメ。私にできることなんか結局…
「それに あなたは勘違いしてるようだわ─」
「何がですか?!」 でも 怒りは、収まっていなかった。
「私は、あのふたりを止めたのであって殺したわけではないのよ」
「なに?見てる前で消えちゃったじゃないですか!蒸発するみたいに…あなたが!」
「見えなくなってるだけ!良く回りを感じてごらんなさい。そのあたりで気を失っているわよ。殺せないのよ。消すことも…もうとっくに死んでるのだから…」
え─っ…?
…そう言われて回りを注意すると─
確かに わたし達以外にかすかな気配がする。
ひとつは 廊下の奥へ向かって少しずつ動いているみたいだ。
這っているみたいに。
「まぁ ダメージは、あったことだから、暫く、さっきみたいなマネはできないでしょうけどね」
「ここは─ ここは、いったい何なんですか?」
「ザナドゥよ…でも、もう名前だけ。元々病院だから、病んだ者たちのやってくる場所に変わりないの…」
「時代は変わったわ。自分の死と素直に向き合えない子が多くなって。ケイって子は、つまらない男のために絶望して死を選んだけど、本当の自分自身が消えるわけじゃないから苦しみはずっと続いてるし、カズヒロって子は軽い気持ちで遊んだ娘(こ)に刺されて楽しくてたまらなかった人生を終えて、どんなことをしてでも生き返ろうとすることに執着してる」
「病んだ心は生きているうちに克服するしか直す手はないの。『心があっての体』、『体があっての心』片方だけじゃダメなのね。だから死んでしまっても傷は傷のまま…傷は膿み続けている…。今はそれを抑えているだけで精一杯。もし、ふたりがここを出ることがあれば、たぶん命ある人達に良くないことになると思うの。そういう『負』の力がふたりに少なからずあるから」
それで あんなに 体をゆがめた恐ろしい姿になれたの?
「あなたは、早くここを立ち去ったほうがいいかもしれない。ケイは、あなたを悩まし続けるし、カズヒロはここを出るため、空から来たあなたを狙うだろうから」
「どうなるんですか?ふたりは…」
「あと何年か 何十年かして自分を克服できれば宇宙(そら)に還られるかもしれないけど… 私にどうにかできるものでもないし、そうなる保障もないわ。」
「…? 空にかえるって?」
「もう、人間でも幽霊でもなくなるということよ」
人も動物も植物も 生き物ではない全ても含めて全ては、宇宙(そら)の摂理から生まれる。
命は全て宇宙から絶えず分かれ落ちていき、個体として地上で意識が備わり、やがて宇宙へ還る日が来る。 あたかも降った雨が大地を潤し、やがて気化して空へ還っていくかのように。命は宇宙の一部で、一部はまたひとつに還るべきものだから…。
ただ、命として地上で育まれた意思は、すぐに消えるものではなく、滅びと再生の間をしばらく彷徨っている。人が立ち去ったあとにその人の香りがまだ残っているようなもの…
それは、その人なりが「良し」としたときに俗世の全てをかなぐり捨てて、宇宙の一部に戻ることになる。それが、いわゆる「天へ昇る」あるいは「成仏」と言われるものだ。
「私達がここにいるのは、この子達やこれからここへくる子達の行く末を見届けること。その間は踊り続けて待つわ。皆が失望して去った、この“ザナドゥ”に留まり続けるのは、そういう訳なの」
「どうして…あなた達がそれを?」
「さあ…なぜなのか。でも、生きているうちが一番よ。人間、期限があるから頑張ることも出来るじゃない。それができるのが人!死んでもやりようによっては、面白おかしく、好き放題して過ごせるなんて皆が思ったら誰も生きていようなんて思わなくなる。カズヒロは特にここを出したら現世を脅かすことになりそうだわ。そういう命のルールを守れない子は出すことはできない」
『命のルール』…わたしが人の中に、さも人間のように入り込むことも、そのルールに逆らっていることなのかもしれない…
「もう、お行きなさい。この前の道を降りていくと左に大きな建物が見えてくるわ。その向こうに大きな煙突があるからその中から空へお行きなさい。煙突の上に私の結界は、ないから。カズヒロもそれを知っているかも知れないけど飛ぶことは出来ないから」
「わかりました。ごめんなさい。早とちりして… ケイさんには─」
「伝えておくわ。ご安心なさい…あの子もわからない子ではないから」
陽が傾いてきた外は穏やかに風がそよぎだしている。
中での出来事は何も知らなかったみたいに…
「はい?…」
「あなたも自分が今、存在していることの意味を考えておきなさい…。人が生きる意味を達成することは、命ある限り新しい目標を見出すことが出来るけど、私たちは『心』だけが存在しているものが目的を叶えることは、宇宙(そら)へ帰ることを意味するから。その先は命の源として多くの同じ人たちとひとつになる。新しい誕生のために…」
「…?」
「あなたの胸の中にある夢は、叶えられた時、終わらなければならないの。ゴールインであって、新しいスタートはないわ。それは良く考えて」
「はい…! 『ザナドゥ』…昔のようになるといいですね」
「ええ…。人の一生に比べたら容易いものよ」
緑深い道をわたしは降りていく。
傷だらけながらも勇ましい姿のザナドゥは、静かに私を見送っているようだった。
いつかここが白亜のお城になって本当の「ザナドゥ」になることを願う…。
それは
わたしが カズ君と出会うという事で
その日が来たとき
わたしも消えることになる…
ということなのだろうか。
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