Xanadu(ザナドゥ)②
見てくるとは言ったものの
壁は、どこもかしこも落書きだらけ、床は欠片が散らばっている。
何か意味があるんだろうと壁の文字を読んでみると─
グチャグチャに書いてあって
よほど面白くなかったのか
怒りがうずまいているみたいにしか見えないな。
愛を語った記念みたいなのもある。
ここまで来て壁を汚して残さなくてもいいだろうに…
私はそう思うけど 思うけど…
でも 壁や 床や 天井にまで書き記してあるのを見てると
ここに何か書いていくと願いが叶うとか…そんな言い伝えでもあるのかなーって思う。
まだ 命があったころ─ 小さいころに
初めて買ってもらったクレヨンが、すごく嬉しくて
たくさん並んだ色を たくさん使えばきれいになると
いっしょうけんめい描いたけど
どんどん 想いとはかけ離れて黒っぽくなっちゃった。
それを泣きながらなんとか直そうとしたことがあったなぁ…
この壁を見上げていて そんなことを思い出したよ。
だから これを書いた人たちも
なにか うまくいかなかったんだろう。
たぶんね… え?
壁に気を取られてたら、すぐそばに人がいるのに気が付かなかった!
『すいません!気が付かなくて!』
『いいよ…上の音が止んだから様子見に来ただけだから──』
わたしが、すごくビックリしたのに この人は表情ひとつ変えずにいる。
なんだか疲れている風で… なんというか…
『わたし、ナギサです』
『──ケイでいいよ。新しい人?』
『いえーっ ちょっと立ち寄っただけです…』
『ふーん…』
そういうと振り向いてその人は廊下の脇にある薄暗い部屋に入っていった。
その後姿は なんだかつまらなそうな感じ。
上で聞いてた「偏屈」な人には思えないけれど…
『──?』
『ここは…ここって、どんなところですか?』
呼び止めたは良いけど 何を話せばいいか考えてなかった。
聞きたいことといえば…
何日も眠っていないような空ろな表情に
どこか冷え切った印象があって、それが気になったから…
『どこでもないよ。居たければいればいいし、誰のものでもないから──』
『いや…そうじゃなくて…』
『なに?』
『えっと…話してもいいですか?お願いです!』
なんだ?また変なこと言っちゃった…
『いいよー別に 時間はいくらでもあるし──』
日差しは、すっかり高くなっている。
今日も暑くなりそうな天気。
もちろん それは実感できればだけど…
回りの木立の ふんだんな緑色が 薄暗いこの部屋まで緑色の光を流し込んでくるようだ。
言い出しておいて何だけど…なにを話したらいいんだろ。
困ったなぁ…
『あの…なにしてる人なんですか?』
『なにって…さまよえる幽霊ってところだろうね──』
『いや!そうじゃなくてー 前はどんなことを…』
『えぇ…はい…』
『──関係ないじゃん!そんなん』
うへーっ 一番嫌な答えだなぁ…
止めとけば良かった。話しずらいよーっ
『OLしてた…普通の会社で──』
えっ?オーエルってなんだろ?
『そこそこ忙しい生活だったけどね。まぁ楽しかったよ。そのころは、なんとも思わなかったけどさぁ…あなたは何してた?』
『わたし…見た目は、こうなんですけど、ホントはー9歳なんです』
『あーっそういわれると、なんだか幼い感じだねー』
『そうですか…やっぱり…』
『でも 小学生って感じじゃないなぁ…聞かなかったら中学か高校か、そこらくらいかな』
『ホントですか? 生きてたらそのくらいなんですよ!』
『へーっ 何年やってるの…幽霊』
『5年、いや…もう少しなるかな…?』
『へぇーっ!じゃあ、私よか先輩じゃない!歳は28の私の方がくってるけどさ』
先輩─? わたしが─?
なんか、変な感じだなぁそれ… なんにも偉くないし。
『どのくらい…なんですか?』
『まだ3年くらい』
えーっ若い! …って、わたしが言うことじゃないか。
それにしても…早い…よねぇ!
『ねえ!先輩として聞くけどさぁ──』
『なんですか?』
『私を消しちゃう方法…知ってる?』
『…はあっ?』
『私…死んじゃえば、みんな逃げられると思ったんだ… 何もかもから… でも、何もかも…体まで無くしただけで、自分から全然逃げられない──』
何言ってるの? いったい… ケイさん、それって?
『できるの?できないの?』
『えっ! ち…ちょっと待ってください!』
物静かだったケイさんの姿がみるみる崩れてく…
どんどん その姿は怖いものに変わっていった…
これ…こんなの、いつか見たことがある!
『消してぇええっ! 私をぉおお!消セぇええええっ!』
『うわぁーっ…』
あわてて、その場から転がるようにして逃げ出す!
──部屋を飛び出して広いところへ出ると、静かになった──
元の姿に戻ったけど 静かに わたしのことを見ている。
そして 廊下の奥へ消えていった…
『あ… あ…』
涙が出てきた。
なんとなくだけど わかったよ。
ケイさんは なにかすごく辛いことがあって
自分で 自分を終わらせたんじゃないかなぁって──
(つづく)
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