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2008年11月23日 (日)

Xanadu(ザナドゥ)③

Man_stand

『どしたん?』

気持ちが落ち着いてきて、でも暫らく壁をボーッとして見上げていた。
その声で、ハッとわれに返ると脇の廊下のほうに男の人がいた。

Dscf6785 『あーっ あれじゃろ?向こうの女!』

『え…?』

『わかってるよ!すごかったろ?…まぁ毎日、何回もだから俺ぁ慣れたけどね。てんかん持ちなんだなぁアイツぁ』

『病気なんですか?ケイさんは…』

『っつうか、上のオバンに聞いたところじゃ死ぬ前からノイローゼだったとさ…そんで、これ!』

そういいながら首に何かかける仕草で舌をだした。
「こっけい」というより…そういうのは、すごく嫌な感じがする。

Front

『死ねば安らげると思ったんだろな。ところが意識はそのマンマだから、そのことで自分を責めてるんだとさ』

『あの…ケイさんに何があったんですか?』

Dscf3648 『知らん!ちょっとでも触れられるとあれだからなぁ…上も教えてくんねぇし…あの調子でおっかないからさぁ…近くにおれんで。叫んでるか泣いてるかばっかで…声の聞こえるとこじゃオレまで凹んじまうしよ。あの感じじゃ、捨てられたんやな。男に…かわいそうや思うけど』

やっぱりそういうことなんだ…ケイさん…

『あなたは…?えっと…』

『オレ、カズヒロや!カズでええわ』

Dscf3756_2

カ…カズヒロってわたしの知ってるカズ君と同じじゃないか!
ドキッとしたけど、あのカズ君とは似ても似つかない。
たぶん、同じ名前なんだろうけど偶然としても、ちょっと許せない気がした。

『なに!怖い顔しぃなぁ…別になんもせんよ。どっから来たの?』

Dscf3591 『わたしは…海のほうから…』

『そっかぁオレも故郷(くに)は海の見えるとこや。ええよなぁ海ぃ』

あまり自分のことを話したい感じじゃなかったけど、黙ってる理由もない。
と、いうか、よくしゃべる人で、わたしが名乗る隙もないくらい、いろんな話をするので、私はただ「はあ…」ばかり言ってるみたいだ。

Dscf6690 『ここ、噂じゃ「ざなどぅ」言われてたから、面白そやなぁ思って来たけど、もうすっかり変わっちまって残ってる人もいないそうや』

『ざなどぅ?』

『そや!「ゆーとぴあ」とか「桃源郷」とかいう意味らしぃよぉ。オレらみたいな幽霊が集まって、にぎやかだったんらしいけど。人の世とおんなじで流行は過ぎてたんだなぁ。噂聞いて来たんやないの?』

『知らなかったです。偶然来たので…』

『車とか、いろんなもんに乗っかって、やっとこさここまで来たんけど、つまんねーし、そろそろ行こ思ってるんや』

『カズさん、どこまで行くんですか?』

『いや、遠いとこじゃないんだ。故郷行く前にいろいろ用あってさ。どうしても会わんならんやつがいるんだけど、行きたい方へ向かうのが来んくてさ。最初から電車にしときゃ良かったんだな。失敗した!ははは…』

この人、わたしみたいに「風の乗り方」を知ってるわけじゃないんだ。
口はこうだけど悪い人でなきゃ別に教えてあげても…

『オレ、この辺で事故で逝っちまったから、会いたいやつにも会えんでさ。顔くらい見てこんと死んでも死にきれんしね。へへ…できるもんなら「オレのことはいいから頑張って生きぃや!」って言っちゃりたいんやけど』

なんだ、いい人じゃないか。見かけで人を判断しちゃいけないな…

Fake

『さっき、表にいたら空からなんか落ちてきたけど、ナギサちゃんさぁ何か知ってる?』

『あぁっ!あれは、わたしが空から落ちて…… えっ

『なしたん?』

『まだ…名乗ってませんよね? わたし、言い損ねてるんです─』

『あ…』

『なぜですか?今までずっと表にいたって─』

  ─何か嘘ついている!なぜだか…

『いや…あの女んとの話、聞こえてた…』

『なんで嘘つくんですか?声の聞こえるところには、いられないって言ってたじゃ…』

Keiangry

『ナギサ!騙されないで!』

あ…ケイさん!
さっき奥へ戻ったはずのケイさんがそこまで来ていた。

『うっせぇなぁ!地下牢にひっこんでろや!』

Dscf6688 『そいつは、生きてる人に取り憑くことができるんだよ!元々人を食い物にしてたようなやつだから覚えた力なんだろさ!事故なんかじゃない!こいつは、自分が食い物にしていた女に刺されたんだ!だから、上の夫婦は、この辺りから出られないように結界を張ってるんだよ!こいつを外へ出したらとんでもないことをする!』

『え…えぇっ!』

『やかましいわぁ!ええかげんなこと言うなぁ!』

『おおかた、誰かに憑いて出ようにも取り憑ける相手が来ないから痺れを切らしたんだろ!』

『そうか…騙されるとこだった…』

違う!違うて…くっそーこのアマが!ぶち壊しよってからに今日こそブッ殺したるわぁ!

『やれるもんならやってみな!お前みたいなやつは、もう一度私が殺してやる!』

Duel

目の前で、ふたりの姿がみるみる変わり恐ろしい姿になっていく─
その姿は とても人と言えるものなんかじゃなくて─ 
いつか…そうだ!どこかの公園で出会った人が、こんな風に恐ろしい姿に変わったことがあった!
…あのとき─
私は無意識に何かをして、その人を消してしまったんだった…

怖い…でもこのふたりとわたしは、同じ仲間なんだ…

Met_2 『いい加減にしなさい!』

その声と共に 一瞬 眩しい光が…

光は 私の前でつかみ合う

ふたりの化物と衝突して 

ふたりとも霧になるみたいに

機械みたいにきしんだ悲鳴をあげながら

みるみる消えていく…。

Angry 『まったく…懲りない方たち…』

『あ…』

回廊のところに 上で会った女性がいた。
その言葉は静かだったけど 姿は怒りに満ちているのが、ありありと見える。

違う怖さを 

もっと例えようのない怖さが

回りに満ちてきた…

(つづく)

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2008年11月11日 (火)

Xanadu(ザナドゥ)②

見てくるとは言ったものの
壁は、どこもかしこも落書きだらけ、床は欠片が散らばっている。
何か意味があるんだろうと壁の文字を読んでみると─

Dscf3566

Dscf3550 人の名前がほとんど
自分で書いたようなものや 人に宛てたもの

グチャグチャに書いてあって
よほど面白くなかったのか
怒りがうずまいているみたいにしか見えないな。
愛を語った記念みたいなのもある。
ここまで来て壁を汚して残さなくてもいいだろうに…
私はそう思うけど 思うけど…

でも 壁や 床や 天井にまで書き記してあるのを見てると
ここに何か書いていくと願いが叶うとか…そんな言い伝えでもあるのかなーって思う。

Dscf3571 まだ 命があったころ─ 小さいころに
初めて買ってもらったクレヨンが、すごく嬉しくて
たくさん並んだ色を たくさん使えばきれいになると
いっしょうけんめい描いたけど
どんどん 想いとはかけ離れて黒っぽくなっちゃった。
それを泣きながらなんとか直そうとしたことがあったなぁ…

この壁を見上げていて そんなことを思い出したよ。
だから これを書いた人たちも
なにか うまくいかなかったんだろう。
たぶんね… え?

Dscf3544 『わっ!ビックリした!』

壁に気を取られてたら、すぐそばに人がいるのに気が付かなかった!

『すいません!気が付かなくて!』

『いいよ…上の音が止んだから様子見に来ただけだから──』

わたしが、すごくビックリしたのに この人は表情ひとつ変えずにいる。
なんだか疲れている風で… なんというか…

『わたし、ナギサです』

『──ケイでいいよ。新しい人?』

『いえーっ ちょっと立ち寄っただけです…』

『ふーん…』

Dscf3609

そういうと振り向いてその人は廊下の脇にある薄暗い部屋に入っていった。
その後姿は なんだかつまらなそうな感じ。
上で聞いてた「偏屈」な人には思えないけれど…

Dscf3512あのケイさん ちょっと待ってください!』

『──?』

『ここは…ここって、どんなところですか?』

呼び止めたは良いけど 何を話せばいいか考えてなかった。
聞きたいことといえば…
何日も眠っていないような空ろな表情に
どこか冷え切った印象があって、それが気になったから…

『どこでもないよ。居たければいればいいし、誰のものでもないから──』

『いや…そうじゃなくて…』

『なに?』

『えっと…話してもいいですか?お願いです!』

なんだ?また変なこと言っちゃった…

『いいよー別に 時間はいくらでもあるし──』

Dscf3772

日差しは、すっかり高くなっている。
今日も暑くなりそうな天気。
もちろん それは実感できればだけど…
回りの木立の ふんだんな緑色が 薄暗いこの部屋まで緑色の光を流し込んでくるようだ。

Dscf3508 『──で…? なんの話する?』

言い出しておいて何だけど…なにを話したらいいんだろ。
困ったなぁ…

『あの…なにしてる人なんですか?』

『なにって…さまよえる幽霊ってところだろうね──』

『いや!そうじゃなくてー 前はどんなことを…』

Dscf3501 『幽霊になる前?』

『えぇ…はい…』

『──関係ないじゃん!そんなん』

うへーっ 一番嫌な答えだなぁ…
止めとけば良かった。話しずらいよーっ

『OLしてた…普通の会社で──』

えっ?オーエルってなんだろ?

『そこそこ忙しい生活だったけどね。まぁ楽しかったよ。そのころは、なんとも思わなかったけどさぁ…あなたは何してた?』

Dscf3732 おや?話に乗ってきたみたいだよ。

『わたし…見た目は、こうなんですけど、ホントはー9歳なんです』

『あーっそういわれると、なんだか幼い感じだねー』

『そうですか…やっぱり…』

『でも 小学生って感じじゃないなぁ…聞かなかったら中学か高校か、そこらくらいかな』

『ホントですか? 生きてたらそのくらいなんですよ!』

『へーっ 何年やってるの…幽霊』

『5年、いや…もう少しなるかな…?』

『へぇーっ!じゃあ、私よか先輩じゃない!歳は28の私の方がくってるけどさ』

先輩─? わたしが─?
なんか、変な感じだなぁそれ… なんにも偉くないし。

『どのくらい…なんですか?』

『まだ3年くらい』

えーっ若い! …って、わたしが言うことじゃないか。
それにしても…早い…よねぇ!

『ねえ!先輩として聞くけどさぁ──』

『なんですか?』

Dscf3755

『私を消しちゃう方法…知ってる?』

『…はあっ?』

『私…死んじゃえば、みんな逃げられると思ったんだ… 何もかもから… でも、何もかも…体まで無くしただけで、自分から全然逃げられない──』

Dscf3555 『ケイさん…?』

何言ってるの? いったい… ケイさん、それって?

『できるの?できないの?』

『えっ! ち…ちょっと待ってください!』

物静かだったケイさんの姿がみるみる崩れてく…
どんどん その姿は怖いものに変わっていった…
これ…こんなの、いつか見たことがある!

Keygost

『消してぇええっ! 私をぉおお!消セぇええええっ!』

『うわぁーっ…』

あわてて、その場から転がるようにして逃げ出す!

──部屋を飛び出して広いところへ出ると、静かになった──

Dscf6655_2  

Dscf3515 飛び出したところを振り返ると ケイさんがそこにいた。

元の姿に戻ったけど 静かに わたしのことを見ている。

そして 廊下の奥へ消えていった…

『あ… あ…』

涙が出てきた。

なんとなくだけど わかったよ。
ケイさんは なにかすごく辛いことがあって
自分で 自分を終わらせたんじゃないかなぁって──

(つづく)

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2008年11月 3日 (月)

Xanadu(ザナドゥ)①

うわぁっ!わああぁぁぁーっ

Dscf2020

思いがけず下からきた風に吹き飛ばされた。
風の背に乗って飛んでいて、わざと雲の中に突っ込んで向こう側へ突き抜けるのを面白がって繰り返していたときに…

ひときわ大きな雲めがけて入ったとき、何かが「ズン!」ぶつかってきた。
あっという間に雲の中を上の方へ向かって飛ばされていく。
飛ばされたというより弾き飛ばされたというほうが感じ!
あまりに急なことだったし、雲の中をきりきり舞いしているうちにどっちが上だか下だかもわからなくなっていた。

Falldownあぁっ!ああああぁぁぁ…

目が回る! 
回りが明るくなって空の青が見えたから雲の外には出たんだろう。
でも、吹き飛ばされた勢いでくるくる回りながら落ちていく!
乗り移れる風を見つけようとしたけど、そんな余裕はなかった…

落ちる! 落ちてく! 落ちちゃう!
スピードはどんどん早くなって、もうどうにもできなかった。

雲にイタズラしたからだなぁ…
あっ森が見える! 落ちるんだ…このまま…

落ちていくというより空に生い茂った森に向かって飛んでいくみたい…。

もうダメーッ!    カズくーん…

Sky1

落ちた─

Nagisaon あれ?…あれれ? なんともないや…確かに落ちたのに…
…そっかぁ私、幽霊だったんだよね…

回りは木でいっぱいだった。
空はちゃーんと頭の上にあって 雲も何事も無かったようにゆっくり流れている。

あーっ…でも、死ぬかと思ったぁ…

Dscf3651まだ すごくドキドキする
それにしても ここはどこだろう? 
たしか森に向かって落ちてきたはずだけど…舗装されてるみたいだけど草が生い茂っていて忘れられた道のようでいて、広場みたいにも思えるところにいる。
近くに小さな家があった…

              ─♪─

なにか聞こえた─ たぶん音楽がそこの家の中からかすかに…
少し楽しい感じのするその音にひかれて、家の方へ行ってみる。

あーっ!

Dance_2

Dscf3690 誰かいる! 男と女の人が踊っていた。
大人で、バリッとしたスーツ姿の男の人と素敵なドレスの女の人。
まるで外国の映画に出てくる人みたいだ。
二人といってもひとつの生き物のように付かず離れずにいるのでそんな風に見える。
大きからず 小さからず 音楽はホールの中に響いてて、外にも漏れ出していた。
その姿に心を奪われて しばらく見とれていた…

Dscf3633

Dscf3613そこは、ホールといっても─
あちこちに誰かの名前や漢字が色とりどりにたくさん書かれてた。
大きいのや小さいの…模様や絵みたいなのもあるけど「キレイ」という感じじゃない。
小さな欠片や白いビーズも床にたくさん散らばってる。
横の壁も穴だらけで…なんだか「戦争があった場所」という感じ…。

そんな荒れ果てたところを
二人は何も気にならないように一糸乱れぬポーズを決めていく。
まるで機械みたいに─
声をかけようと思ったけど、とても口をはさめる雰囲気じゃ…。

Dscf3608

「あら? ちょっと!あの子…」

「うん?」

あっ見つかった!
二人が動きを止めると 音楽も静かに消えていった。

3shot

Dscf3655_2 「どこから来たの?あなた…」

「すいません…空から…」

「空から?」

「落ちて来たんです…」

「フフ… そうなの!いらっしゃい天使さん」

あれ…なんか変なこと言ったかなぁ…

「ここは─ どこですか?」

「あら?知ってて来たんじゃないの? ここは、言うなれば私たちのホテルね」

ホテル…でもこの落書きや、壁に穴があいてたり、ガラスもほとんどなくなっているのは、まるで怪物が大暴れしていった跡みたいだよ…
私がよく泊めてもらう家は、古ぼけて物が散らばっていたりしてもこんなに荒れていることはなかった。
自然に崩れてきたり、嵐に巻き込まれたりとは、ちょっと違うような…

Dscf3499

「ラクガキが気になるのかい? あれは全部ここに来た人がやったんだよ。まだ生きてる人がね。」

やっぱりこの人たちも私と同じなんだ。
少し安心したけど、ここを壊したのが人だって? クマは字を書かないだろうけど…
壊れている壁や窓は、爆弾が破裂したみたいに見えて少し怖い感じもする。
その人たちはここで何をして、なぜ壊していったんだろう。

「私たちがここへ来る前の話だけど─」

Dscf3726

ここは戦後に産炭で栄えた町。
かつては、たくさんの建物…工場や店、病院もあり、鉄道も通じていた。
大きな戦争の後の日本を復興させるためにいろんなところで石炭が掘り出されて経済復興に使われます。
その黒い石が国をよみがえらせる力になったのです。
当然、この炭鉱で働く人たちも小さな国、日本を支える者としての誇りがあった。
しかし、地の底深くまでもぐっての作業は、一方で痛ましい事故により、炭鉱に尽力した多くの尊い人命も失わせることになりました。
でも工夫たちは、国を支えるものとしての心を萎えさせることはありません。
なぜならば、地上の…太陽に照らし出される地上のすばらしさを知っていたのは、誰よりも彼らだったからです。 ここもそんな町でした。

Dscf3771 やがて、時代が変わり石炭は、外国からもっと安価で輸入されるものや他の化石燃料、いわゆる石油にその座を明け渡す時がきたようです。
工夫たちの誇りや町に暮らす人々の願いもむなしく、不採算性を理由に山は次々に閉鎖されて人々も住み慣れた山を去らねばならなくなりました。
山は沈黙し、ひとつの町があっという間に消えていきました。
誰もが夢にも思わなかった故郷が消える日…

Dscf3768 「ここは、もともと町の病院だったそうよ」

「僕の若い時は、ここの噂も聞いていたけどね。今じゃ地図にも載っていないところらしい」

「そうですか…でも、何だか病院っていう感じがしないですね」

「そのころの炭鉱が産業の中で一番栄えていたからね。石炭が日本復興の力になったってこともあるし、いろんな文化もたくさん入ってきたんだね。建物にしても最新式のデザインが。こんな山の中でも文化的だったんだ。」

ふーん そうだったんだ…想像もつかないけど…
炭鉱といえば、よその炭鉱の近くで『石炭』さんにそんな話を聞いたことがあったなぁ…

「今は、石炭も掘らなくなって、人もすっかりいなくなったこんなところが私たち幽霊が泊まるには都合が良かったんだけどね。生きてた頃の習慣で屋根のあるところが落ち着くみたいにさ。…たまに山菜取りや釣りの人が来るくらいで静かなところよ。昔は毎夜、集まった連中で生きているころの話を語りあったものよ。」

Dscf3495

Glas ところが、物好きたちが静まり返ったこの町へ来るようになった。
そんなときは幽霊たちも静かに見守って帰るのを待っていたのだけれど…
もともと根も葉もない噂が静かな町を再び喧騒に巻き込むようになる。
肝試しとか怖いもの知らずを自負する連中が押し寄せて、やりどころの無い力や勇気を建物にぶつけるようになる。

凍てつく冷たい風と温かい日差しをより分けたガラスは1枚残らず粉々に飛び散り
雪や雨から患者を守った壁もこのうえなく凌駕された。
でも建物は中に居るものは全て守り抜くのが定めだというようにジッと耐え忍ぶ。

Dscf6653 「具合の悪いことに、そんなやつらを見かねて懲らしめようとしたのがいたらしいんだ」

「えっ?何をしたんですか?」

「たいしたことではなかったらしいけれど、そのときの連中は、かなり恐怖だったろうね。ところがそれが返って逆効果だったらしいんだ。むしろそんな連中がもっと来るようになった」

「結局、話に尾ひれがついて、ここは「怨念のこもる場所」ってことだそうよ。確かにこもってはいるけどね。人騒がせな連中が頻繁に来るようになったものだから、嫌になって大勢がどこかへ行ってしまったわ。今じゃたまに流れてくるのがいるだけで…あのころは、みんなで夜通し踊ったものだけど、今じゃホントに静かになった…」

Dscf3729

話を聞いていたら何を言えばいいのか分からなくなった…
同じ人間で 体があるかないかの違いでしかないのに、どうしてそんなことになるのだろう。
でも…私も「幽霊」になって人の目が怖くなった。
まだ、自分の体があった頃は「幽霊」の本を読んでいて怖くてビクビクしていたこともあった。
理解できないようで、私にも同じ気持ちはあったんだよね。

「あなたたちは、どうして残ったんですか?」

Dscf3529「私たちには、ダンスがあったもの。このひとと一緒になったころは、仕事だ!子育てだ!って全然心に余裕がなかったけれど定年で引退してから二人で社交ダンスを始めたの。そのころは、もう今みたいに体が動かなかったけれど楽しかったぁ…でもね…」

「ちょっと待ってくれよ。話すのかい?」

「いまさら照れることないじゃない。…このひと病気になっちゃってね…それが思いのほか進んでいたものだから2年で先に逝っちゃったのよ。」

ご主人は、照れるように窓の外を見て黙っていたけど、なんだか落ち着かないみたいだ。

「最後の日に小さな声でやっと言ったの。『向こうで練習してる…。来るのはゆっくりでいい…』ってね。実際わたしが逝ったのはそれから12年も先のことだったけど、ちゃんと迎えにきてくれたわ…」

Dscf3763 「え…?今いくつなんですか?」

「彼は64で、私は76」

え… えぇっ?! …あ、ごめんなさい!

「いいのよ。ホントにおばあちゃんなんだから」

9歳の自分が大人のフリしてて何だけど、ホントにビックリした…

「あなたは何をしてたの?」

いままであったこと 見てきたことを話した。
ただ…私に『生きている人になりすます力』があることは約束もあったので話さないでおいた。

Dscf3705 「ふーん…その男の子には君が幽霊だなんて全然分からなかったんだ…」

「はい…自転車にも乗せてもらったし、手もつなげました…」

「…で、その子と会うことがあなたの夢なのね?」

「はい…?」

そのご夫婦は、お互い見つめ合って不思議そうな顔をしている。
なんだか変な雰囲気…

「今は、お二人だけなんですか…ここ…」

「いや!いるのよ他にも。もっとも滅多に話もしない偏屈ばかりだけど」

「むこうにしたら、こっちも充分変わり者だろうけどね」

「ちょっと…見てきていいですか?」

「もちろん!ここはパブリックさ」

Dscf3632

ホントは見てきたいわけじゃなくて
雰囲気にいたたまれないのを感じたから…

走って逃げたいような気持ちを押し殺しながら
緑に囲まれた病院の下の階へゆっくり下っていった…

(つづく)

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