Xanadu(ザナドゥ)③
『どしたん?』
気持ちが落ち着いてきて、でも暫らく壁をボーッとして見上げていた。
その声で、ハッとわれに返ると脇の廊下のほうに男の人がいた。
『え…?』
『わかってるよ!すごかったろ?…まぁ毎日、何回もだから俺ぁ慣れたけどね。てんかん持ちなんだなぁアイツぁ』
『病気なんですか?ケイさんは…』
『っつうか、上のオバンに聞いたところじゃ死ぬ前からノイローゼだったとさ…そんで、これ!』
そういいながら首に何かかける仕草で舌をだした。
「こっけい」というより…そういうのは、すごく嫌な感じがする。
『死ねば安らげると思ったんだろな。ところが意識はそのマンマだから、そのことで自分を責めてるんだとさ』
『あの…ケイさんに何があったんですか?』
『知らん!ちょっとでも触れられるとあれだからなぁ…上も教えてくんねぇし…あの調子でおっかないからさぁ…近くにおれんで。叫んでるか泣いてるかばっかで…声の聞こえるとこじゃオレまで凹んじまうしよ。あの感じじゃ、捨てられたんやな。男に…かわいそうや思うけど』
やっぱりそういうことなんだ…ケイさん…
『あなたは…?えっと…』
『オレ、カズヒロや!カズでええわ』
カ…カズヒロってわたしの知ってるカズ君と同じじゃないか!
ドキッとしたけど、あのカズ君とは似ても似つかない。
たぶん、同じ名前なんだろうけど偶然としても、ちょっと許せない気がした。
『なに!怖い顔しぃなぁ…別になんもせんよ。どっから来たの?』
『そっかぁオレも故郷(くに)は海の見えるとこや。ええよなぁ海ぃ』
あまり自分のことを話したい感じじゃなかったけど、黙ってる理由もない。
と、いうか、よくしゃべる人で、わたしが名乗る隙もないくらい、いろんな話をするので、私はただ「はあ…」ばかり言ってるみたいだ。
『ここ、噂じゃ「ざなどぅ」言われてたから、面白そやなぁ思って来たけど、もうすっかり変わっちまって残ってる人もいないそうや』
『ざなどぅ?』
『そや!「ゆーとぴあ」とか「桃源郷」とかいう意味らしぃよぉ。オレらみたいな幽霊が集まって、にぎやかだったんらしいけど。人の世とおんなじで流行は過ぎてたんだなぁ。噂聞いて来たんやないの?』
『知らなかったです。偶然来たので…』
『車とか、いろんなもんに乗っかって、やっとこさここまで来たんけど、つまんねーし、そろそろ行こ思ってるんや』
『カズさん、どこまで行くんですか?』
『いや、遠いとこじゃないんだ。故郷行く前にいろいろ用あってさ。どうしても会わんならんやつがいるんだけど、行きたい方へ向かうのが来んくてさ。最初から電車にしときゃ良かったんだな。失敗した!ははは…』
この人、わたしみたいに「風の乗り方」を知ってるわけじゃないんだ。
口はこうだけど悪い人でなきゃ別に教えてあげても…
『オレ、この辺で事故で逝っちまったから、会いたいやつにも会えんでさ。顔くらい見てこんと死んでも死にきれんしね。へへ…できるもんなら「オレのことはいいから頑張って生きぃや!」って言っちゃりたいんやけど』
なんだ、いい人じゃないか。見かけで人を判断しちゃいけないな…
『さっき、表にいたら空からなんか落ちてきたけど、ナギサちゃんさぁ何か知ってる?』
『あぁっ!あれは、わたしが空から落ちて…… えっ!』
『なしたん?』
『まだ…名乗ってませんよね? わたし、言い損ねてるんです─』
『あ…』
『なぜですか?今までずっと表にいたって─』
─何か嘘ついている!なぜだか…
『いや…あの女んとの話、聞こえてた…』
『なんで嘘つくんですか?声の聞こえるところには、いられないって言ってたじゃ…』
『ナギサ!騙されないで!』
あ…ケイさん!
さっき奥へ戻ったはずのケイさんがそこまで来ていた。
『うっせぇなぁ!地下牢にひっこんでろや!』
『そいつは、生きてる人に取り憑くことができるんだよ!元々人を食い物にしてたようなやつだから覚えた力なんだろさ!事故なんかじゃない!こいつは、自分が食い物にしていた女に刺されたんだ!だから、上の夫婦は、この辺りから出られないように結界を張ってるんだよ!こいつを外へ出したらとんでもないことをする!』
『え…えぇっ!』
『やかましいわぁ!ええかげんなこと言うなぁ!』
『おおかた、誰かに憑いて出ようにも取り憑ける相手が来ないから痺れを切らしたんだろ!』
『そうか…騙されるとこだった…』
『違う!違うて…くっそーこのアマが!ぶち壊しよってからに今日こそブッ殺したるわぁ!』
『やれるもんならやってみな!お前みたいなやつは、もう一度私が殺してやる!』
目の前で、ふたりの姿がみるみる変わり恐ろしい姿になっていく─
その姿は とても人と言えるものなんかじゃなくて─
いつか…そうだ!どこかの公園で出会った人が、こんな風に恐ろしい姿に変わったことがあった!
…あのとき─
私は無意識に何かをして、その人を消してしまったんだった…
怖い…でもこのふたりとわたしは、同じ仲間なんだ…
その声と共に 一瞬 眩しい光が…
光は 私の前でつかみ合う
ふたりの化物と衝突して
ふたりとも霧になるみたいに
機械みたいにきしんだ悲鳴をあげながら
みるみる消えていく…。
『あ…』
回廊のところに 上で会った女性がいた。
その言葉は静かだったけど 姿は怒りに満ちているのが、ありありと見える。
違う怖さを
もっと例えようのない怖さが
回りに満ちてきた…
(つづく)
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