この子の魂を引きずり出しちゃった…
そんなーっこんな簡単に出るなんてどうかしてるよ。
ミハルちゃんは驚くでもなく、まん丸な目でキョトン!としながら目の前の自分の体と今の自分の手を交互に見ている。
「お姉ちゃん!」
「は…はい
」 まいったなぁ…
「すごいことできるんだね!わたし、自分で動いたの始めて!なんだかスゴイ!」
急なことだったので泣き出すかと思ったら、嬉しそうに手をグーパーさせてジッとみている。
「そっ…そう?良かった…
」 さて、これからどうしようか…元に戻せるのかなぁ
「ねぇ!お姉ちゃん。どうやったら歩けるの?」
「歩く?」 そうか、この子歩いたことはないんだな…
「えっと…まず、片足を上げて…いや、ちょっと待って!私が手を繫いであげるから…」
右・左・右・左…自分の足元をジッと見ながら一歩づつぎこちなく前へ出していく。なんだか赤ちゃんみたいで可愛いなぁ。
「どう?」
「たのしいよ!すっごく!」
「良かったら、お空にも連れてってあげようか?」
「お姉ちゃん飛べるの?!」
「うん!しっかり手を繫いでてね」
海の方から来る風を見つけてサッと飛び乗った。
「わぁっ!」
先頭を競り合う風の背を次々にどんどん移ってどんどん上までいく。
私もいつのまにか、こんなことを得意げにできるようになってたんだなぁ…
ミハルちゃんは、怖いのか目をギュっとつぶってたけど、やがて上やら下やら頭をあちこちに向けて目を丸くしていた。
「すごい!すごい!お姉ちゃんって天使なの?」
「天使…? うぅん違うよ。普通の幽霊だよ…」
それから山の向こうへ行ったり、海辺に下りて遊んだり…。
うん 楽しいなぁ…このままこの子を妹ってことにして一緒に旅するのも悪くないなぁ…ミハルちゃんもその方が楽しいかもしれない。波と追いかけっこする姿を見ていたらそう思った。“お姉ちゃん”って呼ばれることが何だか嬉しく思えた。
「お姉ちゃん?あそこは…?」
街の上を飛んでいたときグラウンドと校舎が見えて、ミハルちゃんは、私に聞いてきた。
「あれは学校だよね。今は、なんの時間かな…」
「そう…」
「疲れた?」
「うん、少し…なんだか帰りたくなってきちゃった…」
調子にのって、いきなり連れまわし過ぎたかもしれない。
少し休んだら「いっしょに旅しようよ!」って言ってみようか。
さっきのところへ戻るといつのまにか奥にトラックが1台止まっている。
そーっと様子を伺うと、中で男の人が、いびきをかいて昼寝しているのが見えた。
「ここにいつも来るおじさんだよ。私をここに置いたのもそう。いつも何かを運んだり降ろしたりしてるの」
ミハルちゃんって今までずっと荷物の見張りをしてたんだろうか?かわいそうにー。
一緒に連れて行ったほうがこの子の為だよね。
「ねえ お姉ちゃん!わたしを体の中に戻して」
「えっ?」 言い出そうとしたとき、その言葉に驚いて思わず引っ込めた。
「わたしミハル。だから、ここで見張ってなきゃならないの。それが仕事だから」
「でも…ここは学校の近くじゃないよ」
「うん。そのほうが良かった…でも、わたしの体をひとりぼっちにしておけないから…」
そういってミハルちゃんは大粒の涙をポロポロ落とした。
さっき、学校を見て疲れた感じに見えたのは、寂しかったんだなぁ…
私、ミハルちゃんの気持考えていなかったか…
そうだよね─
「はい!」 ハッカ飴を取り出してミハルちゃんに渡した。
「なぁに、これ?」
「飴だよ。不思議な気持になれるから」 私もひとつ自分の口に放り込む。
ミハルちゃんも珍しそうに包みをガサガサひねりまわしてようやく飴を出すと口に入れた。
「ホントだー何だかふしぎーっ 体の中から風が吹いてくるみたい!」
「ミハルちゃんの願いを叶えてあげる…」
両手をギュッと握るとミハルちゃんはニッコリ微笑む。
その笑顔に光がにじんでやがてその姿は輝く光の玉に。
そのままそっと人形の胸へ持っていくと乾いた土に水が染み込むみたいに光は中に染み込んでいった。
─ありがとう─
ううん これからだよ
心の底から無数の糸を繰り出して、回りをさまよっている『素』を絡め取る。
私の中心に集められた『素』は、やがて何かを思い出したかのように合わさりだして、更に回りの『素』もどんどん引き込みだしていく。
万物を作る『素』は、それ自体がひとつになろうとする想いを持っているから、それに私の想いも重ねて4時間だけの私の体は作られる。
「お姉ちゃんって…スゴイ!」
「すいません!お昼寝中すいません!」
「…え?あぁっ?なんだねぇ?」
「あのーっ 私、街の小学校の方から来たのですが」
「はぁっ?先生?うち子どもは、おらんですよ…孫はいますがな。そんでなんですか?」
「あの、あそこのお人形のことなんですが」
「あ?あれ!向こうにあった学校を壊したときの雑品なんですよ。人の形してるから潰せんかったんでね。ああやって置いとります」
「そうですか…ああいうのって子どもの安全のためにも学校近くの横断歩道にいたいと思ってるんじゃないでしょうか…」
「思ってる?」
「いえっ そうじゃないかなーって
」
「ところで…先生様、どちらの学校ですか?」
「あーっ 街に入ってすぐ近くの空から見たらL字型の学校です…」
「へぇっ? あーっ●●ね。孫も通ってますよ。先生は何年生の受け持ちですか?」
「いえっ
私は担任じゃないんで…ところであのお人形のことなんですけど、お孫さんも通ってるってことですし、近頃はやたら飛ばす車も多いですから、ぜひ…」
「えぇまぁ…今日の受け入れが終わったら構わんですよ。帰りに置いてきますよ。」
「ありがとうございます
」 ヤッター!
「ところで先生様、ここまでどうやって来よったんですか?」
「あーっ…
もう少し先のところに置いてきたんですよ。このあたり止められそうもなかったので…
」
「はぁ…?」
「すいません!ちょっと急ぎますんで、よろしくお願いします!あまり手荒に扱わないように優しくお願いします。それじゃあこれで…
」
うっわーっヤバイヤバイ…
あーっミハルちゃんクスクス笑ってるわ…
先生のフリ、難しい…
おじさんは、まだ不思議そうに私を見ていた。
ここにいる訳にもいかず、海の方へ向ってトボトボ歩いた…。
ようやく陽が落ちてきたころ 体から飛び出してミハルちゃんのところへ。
もうそこにミハルちゃんの姿はなくて、まあるい跡が残ってるだけ。
「おじさん ちゃんと運んでくれたんだね ありがとう」
暗い中で風に乗ったことはないけれど、ちゃんと街へ行けたか気になった。
夜の風は静かになることが多い。一日中競って飛び回るから疲れてしまうんだろう。
とりあえず頼りなげな風に乗って街の方へ向ってみる。
街の駅前にある大きな通りでミハルちゃんは、すぐ見つかった。
「あっ お姉ちゃん!来てくれたんだ。もう行っちゃったかと思ったよ」
「ミハルちゃんがちゃんと来られたか見とどけたかったからね」
「そういえば お姉ちゃんの先生役、可笑しかったよ」
「え…やっぱり?
」 らしくなかったかぁ…
「でも、ありがとう 嬉しかったよ。願いがかなったんだから、とっても!」
「うん!よかった!じゃあ お姉ちゃん、もう行くね」
夜とはいえ人通りもあるから、あまりここにはいたくなかった。
「これから どこに行くの?」
「うーん…決めてないなぁ 帰る家はあるんだけど、まだその時じゃないから」
遠くから人が歩いてくるのが見えた。もう、行かなくっちゃ…
「ごめんね…」
「えーっ? なにが?」
「あの…いろいろ してもらって…」
「別にたいしたことなんかしてないよ。元気でね!ミハルちゃん」
「ありがとう! 元気でね!」
飛び乗った風の上で振り返ると─
ミハルちゃんのまっすぐ上げた右手は、私に向って振っているように見えた。
きれいだなぁ青空 あそこまでいったんだよ
お姉ちゃんといっしょに…
わたしのお姉ちゃんと─
Youtube 「あなたがここにいてほしい」/元ちとせ
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