0の丘∞の空⑤ 再生の光
悲しみにくれるようなくすんだ壁の色に反して、色鮮やかな苔に覆われたその石は、まるで緑豊かなひとつの星のようにも見えた。
人探しに夢中で何度もその脇をすり抜けていたから石に話しかけられたとき驚いたよ。
「はい こんにちは」
「実は私、幽霊で…あの、旅してるんですけど向こうの道のそばにいる『セキタン(石炭)』さんに聞いて…あの、魔法みたいなので生き返った人がここにいるから見てきてくれって頼まれたんですけど…」
「あ…勝手に入ってすいませんでした。…私、その人を探してるんです。」
「そうか、その人とは、たぶんボクのことだよ」
えっ!この石が?! あ…待て待て!またココロを読まれてたら大変だ!
でもこの石が生き返ったことがある人ってのは何かおかしいなぁ…
そんなことを考えるので、つい石から目をそらせてしまう。本当の人が近くに隠れていて様子を見られてるんじゃないかって気もした。
「実は…わたしもその『生き返る魔法』を教えていただきたいのですけど…」
「彼(石炭)に聞いたのかい?」 「はい…」
「君は、いくつで霊だけになったの?」
「9歳です」
「9歳?! 9歳か…ずいぶん早いんだね…そうは見えないけど」
「こ…これは、見た目だけ変わってるんです」
「いろいろあったんだろね。いいさ!彼にことわったんなら教えてあげるよ」
「ホントですか?ありがとうございます」
ずいぶんいろいろ聞く人(石)だなぁ…
「え…」 急に口調が変わって、私は思わず後ずさりしてしまった。
「『生き返る』ってのは無理なことなんだ!残酷なことを言うけど…それが自然との約束なんだよ…この術を知った人がみんな生き返って普通に生き続けられたら、たぶん世の中はメチャクチャになってしまう。人間の世界だけに係わらずね。これはこの星だけじゃなくて宇宙全体の約束事なんだよ。」
「…」 『無理』 やっぱりそう?
命は、やっぱりひとつだけなんだね…。
そんな都合のいい話は、やっぱりないのか…
期待してた分だけガックリした…考えてなかったわけじゃないんだけど。
あれ?目の前がユラユラして見える。
私、また泣き出してしまったんだ。
静かな丘の家の大きな家の中、私の涙を押し殺そうとするかすかな声だけが響いていたんだろう。
しばらくして、その石は、また話しだした。
「でも、自然は決して無情でもないんだよ。むしろその逆さ。それができるのが、この術なんだ。彼(石炭)が遥か太古の昔に土に埋もれたとき、土に還らずに自分達の姿をこの世に残すために見つけた術がこれなんだそうだ。それには『自然とのちょっとした約束』を守らなければならない」
ちょっと難しい話になるけど…
この世の中にあるものは、硬いものや柔らかいもの、軽いものや重いもの色々ある。例えば青々と茂る木の葉と川原に転がっている石は、見た目も触った感じも違うということは君にも解るだろ?
はい…
ものには、それぞれ持って生まれた豊かな『性質』というものがある。
人の世界でも、その性質は違っても、そもそも『ものというのは何からできているか?』という疑問が昔から学者の間には、あったんだ。
最初それを解こうとした人は、水と火と空気と土という風に考えていたけど誰もが納得できる答えではなくて、ずっと後の時代になってから『分子』というものが発見されたんだ。さらにその分子は『原子』というものが組み合わさってできているということもわかってきた。
わかるかい?この話
─えーっよくわからないです…
うん。難しい話だよ。でも100年くらい前にその『原子』も実は、『電子と陽子と中性子』というモノすごく小さいものからできていることまでわかったんだ。
つまり、葉っぱも石も元を正すと同じ目に見えないような小さい粒が積み木とかパズルみたいに組み合わさってできているということなんだよ。
少し別のものも含まれているけどおおよそ、この三つのものからできていると思っていい。
その組み合わせのほんのわずかな違いが、硬いものや柔らかいもの…空を行く雲もそれを見上げる人も、その人が乗っている自転車さえも作っているんだ。
そして、君が生きていた頃の体も、今の姿も全ておんなじっていうことなんだね。それは自然が全てやってきたことなんだ。
そのパズルの破片は、何もないように見えるこの空の下に無限にある。
それを自然から借りるのがこの術だ。
ただし、それは借り物でしかないから生きている頃の姿になれるのは、ほんの短い時間。人から見れば生きている人と変わらないし、時間内なら生きている人と全く同じと思っていい。
─その時間って…どのくらい?
その破片の質によって違うけど僕の経験では、一番いい状態ので4時間くらいだろう。その後は、自分で体を壊して元に戻らないと…
どうなるんですか?
僕のような姿になるよ。体は一気に縮んで、ずーっと閉じ込められることになる。約束を守れなかったことへの罰だね
…それでその姿に? 聞いてゾッとした。永遠に石の中に閉じ込められる自分のことを想像して…。
「…で、どうする?やめるかい?」
自分のことだけど自分じゃ決められない気がする。どうしよう…ホントの体じゃないっていうし、うっかり時間を忘れたりしても『シンデレラ』のお話みたいには、なりそうもない。
あーっ頭の中がゴチャゴチャになってきたよ。
落ち着け!そう言い聞かせて目を閉じる。
「教えてください。そのために来たんです。お願いします…」
ココロにあの人の笑顔がよぎって、そう答えた。
「わかった。それを決めれば決して難しいことじゃないよ。それと約束して欲しい。これは誰にでも教えないこと!良くないことを考えるのもいるかもしれないし、生きている人たちを困らせることになっちゃいけない。術を使うところや解くところを見られるのもいけないよ。仲間の霊であっても…」
「わかりました」
昔、たくさんの人が住んで、たくさんの人が住んで賑やかだった街。
時代が変わり、人も家も消えて全てを失った街は、この「ゼロの丘」に痛々しくもかすかな記憶を残している。
でも、無くなったのは目に見えるものだけで、無限のものがここにはあったんだ。どこまでも空が続いていくように…
小さな数え切れないほどの光があちこちから私の体に絡みつくのを感じながらそれを思ってた。
先の不安もあったけれど、今は気持の何かが勝っている…
やがて、まとわり付く全ての光が静まった…
そっと腕を動かしてみた
あっなんだか…今までと違う感じがする
そう、吹き込んできた風が頬をくすぐるのもわかる!
うまくいったのかな?
「おめでとう!成功したよ。思った以上の出来だ!」
(つづく)
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コメント
時間がないよ、がんばって!・・・としか言えません。
投稿: アツシ | 2008年7月22日 (火) 01時21分
そろそろ悲しい展開から当分離れてくと思います。
時間がたくさんあると思うと、できることもできなくなるものです。これからのナギサは「最大240分のヒロイン」ということで…
投稿: ねこん | 2008年7月22日 (火) 11時31分