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2008年6月 1日 (日)

ぱだん ぱだん ④

Room_on_2

最後に教室で席に着いたのは何年ぶりだろうか…
あの、夏休みが近いある日いつもどおりに帰りの会の後、いつもどおりに帰って、いつもどおり海へ遊びに行った。
まさか、全てが最後の日になるなんて思いもしないで。

あの日がなかったら私も今は中学生になっていたはずだったけど…
机の上を見ていたらなんだか目が潤んできた。

「ナギサさん?どうしたのですか?」

「いえ!なんでもないです…」

「話してください そのために来たのでしょう?」

それを言われて涙がガマンできなくなった。止められなかった。
たぶん、まともに話せないくらいに泣いて 泣いて 泣いた…

Dscf4746 言葉も出ないまま、ずっと考えてた。
あの日、波に飲み込まれて苦しくてもがいたこと

ずっと心の中で「助けて!助けて!助けて!」と叫び続けて波の中を転がり続けてやっと静かになったとき、そっと目を開けて見上げると水の向こうから差し込む光がとてもきれいだったこと

自分がどうなったか分からなくて、家に帰ってもパパやママが私に気が付いてくれなくなったこと

そして気が付いた。私がどうなったかということ…そして私ひとりが家に残されて毎日泣き続けた

そんなある日、隣に越してきたカズ君と仲良くなって、ずっと行きたかった海にふたりで行ったこと

カズ君は、また引っ越すことになって言ってくれたこと「いつかきっと来るよ」

そのカズ君もまさか私が幽霊なんて心にも思っていないだろうし、会えたとして私はどうしたらいいんだろう…
そんないろんな事のいったい何から話したらいいのか…

Dscf4729 「…そうですか ずいぶん辛い思いをしてきたのですね 可愛そうに…」

「え…?」 先生は、まるで聞いていたみたいなことを言うからドキッとして涙が一気に止まった。

「私…話してました?」

「いいえ ナギサさんの心の声がわたしに語りかけてきました。わたしには聞えるのですよ」

それを聞いたら、逆に恥ずかしくなってきた…

「でも、わたしには不思議なんですね…ナギサさんが普通にカズ君と話したり触れたり出来たことが…」

Dscf5180 考えたら確かに不思議だよね。
確かにカズ君は私が幽霊なんて分からなかったんだろう。

「先生?たまに私のことが見える人がいるみたいなんです。変な目で見られて、なんだかそれがイヤなんです…」

「たぶん見えないことが普通なのですよ。見える人たちには、何だかユラユラした霧か何かのようにしか見えないでしょう。わたしたちは体を失って心だけのような存在なのですから」

「じゃあ…どうしてカズ君だけが…?」

「たぶん…なにかきっかけがあったのでしょうけど 私にもはっきりとした答えはわかりませんね 残念ながら…」

そっか…先生にもわからないのか…

「たぶん、ナギサさんかカズ君のどちらか…もしかしたらふたり共に特別な何かがあるのかもしれないですね」

「…私もそんな気がします」

Dscf5166

「ナギサさんは、そのカズ君のことが好きなのですか?」

「えっ?!」 急に言われて カーっと顔が熱くなる…。

「せ…先生!」

「いや!ちょっと聞いてみたかったんですよ ハハハ…」

「そんなこと急に聞かれたらドキドキするじゃないですかー!」

「ドキドキ…? いや!ごめんごめん! …ところで、せっかく先生と生徒がいるのですから授業でもしてみませんか? わたしも先生といってもずいぶん授業などしていないものですから…」

「はい!」

Nagisa_book_2

それから先生と国語の勉強。
あんまり久しぶりで 嬉しくてずっとニンマリしていた。
先生も嬉しいらしくて、ずっとニコニコしてた。

「よくできました 普段からしっかり本を読んでいらしたようですね」

「ありがとうございます!」

「今日はこれまでにしましょう。続きは次ということで」

窓から差し込む光が長くなっていて、いつのまにか陽が傾いていたみたいだ。

「先生 ありがとうございました」

「いいえ!今日は私もとても勉強になりました。わたしこそありがとうございます。また、いつでも来てください」

Last

「先生? 先生は、なぜこの学校にいるのですか?」

「わたしは、自分で希望して小さな学校ばかりに来ていたんですよ。わたしが小学生の頃に通っていた学校もそうでしたから…同級生が3人くらいのね。そこも、卒業式を迎えることなく街の学校と一緒になりましたが、その頃の楽しい思い出が先生になったときも忘れられなかったのです。特にここは一番思い出が詰まっている学び舎です。だからここを去らねばならなかったときは子どもの頃のように泣きましたね」

「この学校も先生が去ったとき悲しかったんですよ 私に話してくれました」

Blanko 向こうで黄色いブランコがキィと鳴った。

「あのブランコも『私のことはどうなったのさ!』って言ってます!」

走っていってせっかちなブランコに飛び乗った。

先生は私のことをポカンと見ていた。
先生にはブランコの声は聞えてなかったのかな?

Sunset

「お世話になりました先生」

「これからどこへ行くのですか?」

「決めてないんです。ただ色々見て来たいなーって…お家にもいつか戻らなきゃならないし」

「そうですか 気をつけて旅してくださいね」

「あっ!そうだ!」 
「はいっ!」ポケットからハッカ飴を出して先生にあげた。

Hakka 「おや!これは懐かしいものですね…」
先生はなにやら不思議そうにハッカを夕日に透かしてる。

「どうしたんですか?」

「いや…秘密は意外と、これにあるのかなーってね…」

へぇっ?なんだろ…

「じゃあ先生さようなら! また来ます!」

「はい!さようなら それと…」

「なんですか?」

「学校にお菓子は持ってこないように」
先生は笑いながら言った

「はーい!ごめんなさい!」

グランドをすり抜けてきた大きな風の背に飛び乗って空へ舞い上がる
あっという間に学校は小さくなっていった。
先生ありがとう 聞きたかったことはまだあったけれど、それは私がもう少し考えることなのだと思います。おかげで心はずっと軽くなりました。

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その姿を見送りながら先生は思っていた─

ナギサさん
あなたは、ドキドキできる幽霊なのですね。
私ももう一度そんな思いをしてみたいですよ。心臓のないこの体ですけれど

でも、わたしたち幽霊は想いがあるから生き続けていられるのです。
思い出の中でただ留まり続ける私のようなものは別としても…

想いが叶うとき…それはわたしたち幽霊が『己』という最後の存在を終えて、この星の一部に戻るときなのです。それが涅槃というものなのかもしれません。
そういう方をずいぶん見てきましたが…ナギサさん、あなたにそのことは言えませんでした…

今のあなたにそれを言うのは酷だと思いました。それにあなたには、その輪禍に囚われない何かがあるような…そんな気もしたからなのです。
その源が何であるのか? わたしにはわかりません。
それは、あなた自身がこれから見つけることなのだとわたしは思いますよ…ときめきの幽霊さん。

この学び舎がここでふんばり続ける限り、わたしも存在し続けます。
また、ナギサさんと会えること、あなたのような子ども達に会えることをこころ待ちにしながら…

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「そっかぁ私、恋してたんだね…。さぁーっどこへ行こうかな…そう、風まかせだね。約束の日まで…」

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