0の丘∞の空① 鉛色の海
廃墟を絡めた一連のお話に出てくるナギサという子は、幽霊です。
「幽霊」とすると現世に執着して彷徨っている感じがありますが、こう思ってください…
─『身体』という器(ケース)から解き放たれた『存在』と
しかし、器は、不要な物ではありません。
多くのものはケースを見て買う。ケースがないと価値が落ちるものもある。
大好きな音楽の本質はディスクの中にあるのにケースも大事なように。
見た目が重要なのか、中身が本質なのか…人とその心とどこか似ているようです。
いずれにしても中身の価値も器の真価も生きてこそ上げられる。
問題なのは、秤も物差も実にあいまいなことです。
ナギサは、ケース(身体)を失った子。
心の自由さがありながら、自由になりきれないのは、失ったものがあまりにも大きかったからなのでしょう。なぜならば、この子自身の「ドキドキしたこと」や「泣いたこと」も実はケースがあってこそ。
そして『廃墟』は、中身を失いつつ失った中身を語るケース。捨てられた空き箱のような存在ですけれど…どこか捨てがたいのです。
海を見に来た。
霧をかき分けてやっと来たから今どこの海にいるかは良く分からない。
でも、どこでもいいから海が見たくて─
霧に包まれた海は、鉛色でどんよりしていたけど波は力強く浜を洗い続けている。
「うーん いいよねー 海…」
いつも海の端っこだけで大海原というのは、見たことがないけど、それだけでいつも胸がいっぱいになる。
いっぱいになってつまらない悩み事が押し出されるみたいだから海が好き。
いつか本で読んだことがある。海は、あらゆる生き物のふるさとで、海から離れるとき海を忘れないように体の中に海を作った。それが「血」らしい。
だから体の中の海は目の前の海と同じで「命の元」を運び続けているそうだ。
体の無い私もそうだと思う…。
血の通う体、欲しいな…ほんの短い時間でも…
「約束の日」に『私、実は幽霊でした!』ってわけにいかないなぁ。
いっそ約束とかみんな忘れちゃって、このまま彷徨っていようかな。
その方が辛い思いしなくていいかもね…
「…あーっ!こんなこと考えに来たんじゃないんだよ!」
打ち寄せる波のドーンという音でモヤモヤした気分は、とりあえず弾け飛んだようだ。
カタタタン…カタタタン…
後ろの駅を電車が止まることなく走り抜けていく。
すぐ近くに駅があるのにホームは誰もいない。近くに家がいくつか見えるけれど、人の気配のする家はほとんどなくて辺りはただの草原。どうしてこんなところに家を建てたんだろう…
「なんだか寂しいところ…」
「なんだい!ずいぶん言ってくれるじゃないか!これでも元は賑やかな街だったんだよ!」
急にどこからか怒鳴り声が聞こえた。
「えぇっ!すいません!」
…でも誰? 見渡すけどどこにも気配はない。駅の中にも外も…
「あの…どこにいるんですか?」
「こっちですよ…」 「…?」
近くに見える傾きかかった家から聞えてくる
「お家さん?」
「違うよ!このポンコツは居眠りばっかりで喋りゃしないよ!」
「いいからさっさとこっち来いよ!」
「はい!おじゃましまーす…」
とは言ったものの声の相手はどこ?
家具がケンカしたみたいにあちこちに転がっている。
床も力なく崩れているから歩きにくい…
「踏まないでくださいよ!」
「えっ…あっ!」
足元に小さなコケシがいた。
「なーんだ!こっちの声が聞こえるから何者かと思ったら人間の幽霊か」
「で、何しに来たんだ?」
「あなたね…自分で呼んでおいて、そんな言い方は無いでしょう?この子が可哀そうじゃないですか」
「口が悪いのは生まれたときからだよ!」
コケシの兄弟(?)が床に転がって言い合いを始めた。ほかにもお仲間がいたけど面倒なのか眠ったふりしてるみたい。
そんな様子をボーっと見下ろす私。人が見たらこれは奇妙に思うだろうね。
「まぁ!ここにお客は何十年ぶりだからいいじゃないか。…で、あんた誰でどこから来たんだい」
「えーっと ナギサです。もともとよその海辺にいて、それからあちこちに行って…」
「ぜーんぜんわかんねぇや」
うへーっ キツイなぁ、そのリアクション…
「聞き方が悪いんですよ!すいませんねーこいつは波の音と汽笛しか聞こえない毎日で魂が腐っているから口が悪いんですよ。気にしないでください。退屈していたのは私も一緒です。あなたの見てきたことや聞いてきたことの話を聞かせてくれませんか。ヒトの話も久しぶりですんで」
「そうですか。じゃあ何から話せばいいのかな… 私、海辺の町で生まれて…」
それから話したのは─
私が生まれたところのこと 学校に通った時 事故で今みたいな姿になったこと ずっと家の中にこもってたこと
隣に越してきたカズ君と友達になったこと いろんな話をしたり、夜にふたりで出かけたり そしてカズ君はまた引っ越すことになって いつか会いにくるよと約束したけど、また元のひとり…
それから─
旅に出るようになっていろんなものをみたり聞いたり 出会ったり…
青い空や流れる雲 すごいスピードの電車 虫みたいにうごめく自動車
うまく説明できないけど思いつくままに話した。
「へーっいろんなことあったんだな」
「ひさびさに面白い話を聞きましたよ。ありがとう」
「…で、その『グズ』とかいうやつってホントに来るのかい?」
「『カズ』っていってたでしょ。失礼ですよ」
「えーっそれは…約束したし…」
「ちょっと言いすぎじゃないの?それ」
「でも、現実だろ?大事なことさ。向こうは相手が幽霊だって知らないんだろ?いくら好きだってもさ、幽霊だって分かったら逃げちまうだろさ!そんな勝手なんだぜ。人間はさ、自分と違うと認めないって!」
それは、なんとなく思ってた。分かってたけどそれを言われるとすごく悲しい…。 また、涙がガマンできなくなった…
「ほらーっ泣かしちゃって…アンタはデリカシーってものがホントにないね。同じ木から削りだされたなんて認めたくないですよ」
「なんだよ!人間社会はもっと厳しいらしいんだぜ!こんなことでいちいち泣いててどうすんだよ!」
「それと泣かせていいかってことは、ぜんぜん別だろ!だいたいこの子は、もう人間社会にはいないよ」
「そうですよ。アンタは鬼ですよ。人間がどーのこーの言っててもヒトより劣る!コケシの風上にもおけませんね。」
「じゃぁ!どうしろってんだよ!」
「責任とれ!」 「そうです!」
「わかったって! なぁ!何つったっけ…?そうナギサさんよ!そんなに泣かないでくれよ」
これ以上もう何も聞きたくなかったから耳を押えて大声で叫んだ。
窓ガラスが何枚か弾けるように砕けて散った音が響く。
「あぁっ何事だ?コケシ共め!また何か悪さしとるのか?」
ずっと静かだった家がその騒ぎで覚めたようだ。
「こいつが可哀そうなヒトの女の子を泣かせたんだよ。」
「うっせーな!チクるなよ!」
「もういい!黙れ、小童が!!話は何となく聞いてたさ。なぁ娘さん、ちょっと気を落ち着けてこの翁の話を聞いてくれないか?」
まともに話せそうもないから黙ってうなずく
「あんたが体を失って嘆いているのなら何か力になれるかもしれん!あんたは生身の体になれる方法を探しているのかな?」
「えっ?─」
意外なことを聞かされて涙が引っ込んだ
「爺さん!あれ教えんのかよ。まずいぜ!この子生き返らせる気かよ!」
─生き返らせる…?
「だまっとれ!いずれにしても決めるのはアイツじゃ!教えるくらい構わんだろさ」
「生き返ることなんてできるんですか?それ教えてください!」
(つづく)
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コメント
海って「ケース」にも「存在」にも思えますね~。
なんだか凄い展開になってきました。不可解なタイトルとともに、目が離せません。
投稿: アツシ | 2008年6月26日 (木) 23時45分
どうもイメージが先に行っちゃうんですけど。
投稿: ねこん | 2008年6月26日 (木) 23時53分