名前のない馬 ①
わたしはナギサ
当てもなく風に乗って旅する幽霊。
すれ違う風に潮の香りがしてきた。
ほんの少ししか離れていなかったのに懐かしさを感じる。
海のそばにいると考えることもなかったけれど、この香りは私にとってたいせつなものだ…。
同じ香りでも場所によって少し変化するみたいだ。
渡り鳥が旅をできるのも、こんなことを感じ取っているからできるのかもしれないね。
「あれっ?」 今…大きな動物とすれ違ったような気がした。
あれは…たぶん馬…?
そうだ!うま!馬が飛んでたよ!!…でも…私も飛んでるから別に普通か…。
どこへ行ったんだろう。私と一緒で旅してるのかな…?
潮の香りに誘われて海まで出た。
「やっぱり海だよねー。うん!うみ!海!」
いつかこの海の果てまで行ってみたい。『風乗り』を教わったとき、ずっと上の気流に乗ればずっと遠くまで行けると聞いたけど、どこまで行くのかわからないらしいから怖くてできない。
低いところだと、風の勢いを捕まえてひんぱんに乗り換えないとならないから、いつもあやふやになって落っこちそうになるんだ。
わたしはやっぱり向いていないんだなぁ…でもいいや!今でも充分だ!
海に会ったら力が湧いてきた。
「また来るね!」 海から来る風を見つけて飛び乗り、山の方へ向かう。
「あれは…なんだろ?」
山のてっぺんあたりに変わった形の不思議な建物がある。
急いでいるわけじゃないし…降りてみよう…。
私の姿は、大抵の人からは見えない。
でも、たまに見える人がいるようで、すごく変な目で見られる。
それが耐えられなくてなるべく隠れるようにしている。
人がいないかどうか確認しながらゆっくり舞い降りた。
どうやら人は、いないらしい。
「へーっ すごく変わったお家だね。」
「変わってて悪かったわね!」
「わっ…すいません!口がすべって…悪気じゃないんです…」
うっかり口に出したので、このお家の気に障ったようだ。
「…蠅みたいにまとわりついてきたから何かと思ったわよ」
「ごめんなさい!すいません!」
「まぁ、そのへんの悪ガキと同じじゃなさそうね。いいわ!許してあげる。」
「ありがとうございます。あの…すごく…その…ステキですね!」
「無理しなくていいの! どうせ放り出された身だからさ…」
なんだか色々あったみたいだ。気をつけて話さないとまた怒らせてしまうかも…
「あのーっ 聞いていいですかぁ?」
「アタシが何かってことでしょ? 馬の葬儀場よ!」
「えっ?馬の?」 さっき空ですれ違った馬のことを思い出した。
「あんた!飛んできたんだったらこの辺は、馬がたくさんいるのは、見てきたでしょ?」
「この辺の馬は、うまくいくと大スターで、人間が一生かかってもできないほどの大金を稼ぐのヨォ。子どものあんたにゃ分からないだろうけどさ」
「それって『競馬』っていうのですか?」
「おや!分かるの? 見かけによらず、ませた女の子ねぇ…ともかく、そういう『お馬様』だから人間並みの扱いなわけでアタシが作られたってワケ!」
ちょっと思った。このお家…男か女か分からないよ。
しげしげと見上げて、そう思ってた。
「アタシの体がそんなに気になるの?」
「いえっ!そんなわけじゃ…」
「アタシをその辺のモルタルや見せかけの建材と一緒にしないでよ!めっきり錆に強いガリウム鋼板製だからね。」
「あのぅ…『コウバン』ってなんですか?」
「知らないの?要するに鉄板よ!だからって、その辺の缶詰野郎と一緒にしないでよ!」
「あのー ありがとうございました。私これで…」
言いながら横目で風を探した。でも、こういうときに限って風が来ない…
「なにも急がなくてもいいじゃないさ。久々に話の分かりやすそうな娘が来たんだから、ゆっくりしてきなさい!いっつも騒ぐことしか能のないガキに比べりゃ可愛いものだわ」
うっ…困ったなぁ… どうしよう…
(つづく)
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コメント
あれっ、これ椿の看板物件じゃない。いつのまに。
こっちは牛だらけだから、たまには馬刺しもいいね。
投稿: カナブン | 2008年5月18日 (日) 01時08分
なぎさちゃんとねこんさんが出会う日も近いのでは?・・・その前にカナブン師匠かもしれませんね。
投稿: アツシ | 2008年5月18日 (日) 02時40分
カナブン師匠様:ねこんも行動範囲広げていますからね。牛関係ばっかりなもんですから。
アツシ様:それも面白いですね。誰かとはニアミスさせようとは思ってます。
アツシ様と会わせましょうか。
投稿: ねこん | 2008年5月18日 (日) 07時28分