Brand New Wave Upper Ground ②
風になる─
そんなことができるのかと思うとワクワクする。
浜で知り合ったサトシというサーファーの人(幽霊)に『風に乗る』レッスンを受け始めた。 ところがその初日に…
「とりあえず、こんな風だってとこ見せるね」 と言われ、見せられたのが…
「えっ? えええぇっ?!」
後ろからゆるい風を感じただけなのに次々に空をどんどん跳ね飛んだかと思ったら見えなくなって、今度は長い滑り台を滑り降りるように戻ってきた…。
「…と、まあこんな感じで…あれ? どうしたの?」
「と…とてもできないです!わたし!」
すっかり臆病になった。
「風は見るものじゃなくて感じるんだよ。慣れると風の筋や切れ目や次の風がわかって、こっちに大きいのが来るとか、どっちへ向かうとか簡単に分かるんだよ。
上に向かう風には下にもぐりこんで下がってくる風が必ずあるから、その重なりを感じるんだよ。
逆に帰りは下の風に乗れば帰ってこれる。それにさ、今さら怪我するわけじゃないし…」
そう言ってくれたけど…思った以上に大変なことみたい…
サトシさんはサーファーだったからお手の物なんだろうな…。
「とりあえず見えるものでやってみようか? あのトーチカがうまい具合に並んでるからあれを使って…」
「トーチカって…何ですか?」 浜に転がるコンクリートの塊。気になってたけどトーチカって言うんだ。
「あー知らないんだ。元々は海沿いの高台に埋まってたんだろうけど波に洗われて転がり落ちたんだね。 昔、戦争があった頃に軍人が海から来る敵を迎え撃つための隠し砦にしていたところだよ。あの中に銃を据えつけてね。海をにらんでたんだ。」
「ここにも戦争があったんですね…」
「昔は日本中がね。よその国がみんな敵だった。敵にしちゃったんだよ。恨みも無いのに戦って、命を取り合って…でも彼らの話じゃその敵はここに来なかったそうだよ」
「彼らって…あのトーチカ?」
「そう、彼らも形を持って生まれたから心を持っているよ。でも僕らのように自由になるには時間がかかるみたいだ」
その彼らの背を借りて、私の練習が始まった。
最初は風に乗っても最初のトーチカさんの手前や向こうに落ちたり波風や山風にあおられて落ちたり、かなりめげたけどだんだん思い通りに渡れるようになって、横からの風も使えるようになった。そうなってくると「風に乗る」感覚がたまらなく楽しい!
「エーッでも…高いところは、まだ…」
「もうあとは経験だよ。すぐ慣れると思う。最初はいっしょに跳んであげるよ。」
トーチカの上で風を待った。ドキドキする。
「高い風に乗っても体を引いちゃダメだよ。風の先になる気持で…今だ!!」
あ…待って! という暇もなく風に乗る。手を引かれるままに跳んで、気がつくと凄く高いところにいた。不思議なもので風の中にいると風は全然感じない。自分が風のひとつになっているんだと思った。
あーっこれは癖になりそう…
降りるとき、風が見えた。この感覚なんだ!
「どうだった?」
「わたし…すごくドキドキしました!」
「ドキドキ? 面白い子だね。あとはこの感覚を忘れないように練習すれば大丈夫だよ。怖がらないで」
「はい!ありがとうございます!」
「じゃあ僕は、そろそろ待っていた風が来るから、これでさよならになるよ」
「えっ? もう行っちゃうんですか?」
「うん 南に置いてきた思い出を探しにね 僕の最終目的地さ」
サトシさんが急にそう言い出した。いつかは…と思っていたけど…しばらく寂しさを忘れられていたのに…
「なんなら 一緒に来るかい?」
そう言われて少し心が動いた…でもカズ君のことがよぎる。
サトシさんにカズ君とのことを話した。
「ふーん普通に会ってたんだ。不思議な話だね。たぶんカズ君はナギサちゃんにとって特別な人なんだよ」
「ごめんなさい…」
「早く会えるといいね。僕もいつか会ってみたいよ。怖がらせたくないけど」
いつもの海と違う香りの風が吹いた
この風に乗って行っちゃうんだ…
「じゃぁ行くよ!また会えるといいね…あ…っと、あんまり家にこもっちゃダメだよ!ホントの幽霊になっちゃうから…」
「いいんです! 私、幽霊だから…」 寂しくなりたくないせいかそんなことを言ってしまった。
「ハハハ…それは悪い冗談だよ!」 そういうとサトシさんは風に飛び乗った。
肩越しに手を振る姿は、私が手を振ったときにほとんど空の彼方へ行ってしまった…
私は旅立つことのできない幽霊
そんな自分になんだか泣けてくる…
(つづく)
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