ハッカ飴 ④
「なんだか元気ないみたいだね…悩んでるみたい。わたしのこと?」
「いや!ぜんぜんないよ!そんなこと…」
父さんから聞いた引越しのはなし…
「まだ、決まったことじゃないから…」
そう言ってたけど、どうやら今度の土曜日に決まったらしい。
いつもそうさ。子どもは黙ってついていくしかないんだ…子どもだから…
家の中は、もう段ボール箱がいくつか積まれていた。
まだ、ナギサには言ってない。
言えなかった。突然、奇跡が起こって魔女の呪いが解けるみたいに全ての悩みが消えてしまわないかなーって思っていた。
「昼間、カズ君のところ、なんだかゴトゴト騒がしいね」
「あぁ?母さんが片付けでもしてるんだろ。昼過ぎにはパートに行ってるから」
ナギサも薄々感じてるのかな?
でも、ホントのこと言ったらどうなるだろうか。泣いちゃうかな…意外とあっさりしてたりして…
「あのさぁ…」 「なーに?」
「…あ…えーっと、また行こうね。海…」
「うん!行こうね!」
「カズ君?」 「えっ?」
「ありがとう わたしのために…」
「いや なんも…」
心の中の塊が重さを増してきた。 痛いくらいに…
ナギサと話すのが辛くなってきて学校から真っ直ぐ家に帰らず海辺で時間を潰すことも多くなった。
大家のオバサンにもあまり海で遊ばないように言われてたけど…
帰ってもドロボウみたいに物音をたてないで静かにマンガを読んでいないふりしてた。
声をかければいつもナギサが返事してきてたから、押入れの壁のすぐ向こう側でナギサが待っているかと思うと、そっちを見る気にもなれない。
でもボクは、このままどうしようってつもりなんだろう?
話をすることもなく、あさっての土曜日には、黙って幽霊みたいに消えるつもりなのか…
ただ、話のつづきを知っているマンガをずっと読み続けている。
「カズ君…」 「うわぁっ!!」
「ごめん!帰ってくるの見えたし、玄関あいてたから…」 「あ… あぁ…」
ボーっとページをめくっていたらナギサがいつのまにか目の前に立っていた。
「こないだ、カズ君のママと大家のオバサンの話聞いてたから知ってたよ。引越しのこと…」
「ごめん…」
「ううん気にしないで。カズ君優しいから言えなかったんでしょ。その気持はわかるから…」
「反対したんだ!でも…」 「仕方ないよね」
全部バレてた。最低だ。ホントに幽霊みたいに消えてしまいたい。
「カズ君、ホントに楽しかったよ。すごくいい思い出ができたから」
「…ナギサのこと、またひとりぼっちにするのかと思うと辛かったんだ。」
「ありがと 大好きだよ!カズ君」
ナギサは、照れくさそうに笑った。
「でも、嘘ついてたよ。」
そう言うとナギサは、顔がまじめになって… 泣いてた
「わたしが、一番嘘ついてるかもしれない… カズ君!わたしホントは…」
「いいよ!言わなくても!」 なんとなく聞いちゃダメな気がした。
「言わなくても…」
「ごめんね…」 女の子の涙には、男はかなわないなぁ…
しばらく部屋の中が静かになって、すごく耐えられなくなってきた。
なにか言おうとして回りを見てて、カードの箱が目に入った。
「えっ? これカズ君の宝物でしょ?」
「だから! いつか返してもらいにくるよ!」
「うん…わかった。待ってるよ!ずっとここで…わたしこんなのしかないけど…」
そういってナギサはポケットからハッカ飴を出した…
「みじかい間ですがお世話になりました。」
「いーえ!なにもお構いできなくてね。なにかあったらいつでも連絡ちょうだいよ。ここで出会ったのも縁なんだからね。」
「いやぁーうちのカズを見てていただきながら…」
「子どものことはね…前もいろいろあったから気になるんですよ。うちの子もとっくに手を離れたからカズちゃん可愛くてね…」
「それでは、そろそろ長旅になるので… カズー! どうした?」
「今いくよー!」
手間取ってた。最後にナギサになにか言おうとしたけど。呼んでも返事がない。いつもなら向こう側で待っていたみたいに返ってくるのに…
「ナギサ? ナギサ!いないの?」 出かけたのかな…?
「カズー! 早くしろー!」 もう時間だ。仕方ないな…
家を出ようとしたとき、一瞬振り返った。 「バイバイ ナギサ!」
「なにしてたんだ?!」 「なんにもしてないよ!」
「バイバイ… カズ君…」
(つづく)
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