蒼い戦士たち ~蒼い季節にさよなら~
長かったような休暇も終わりに差し掛かり、もう向こうに戻る日がきた。
「体に気をつけてね 忙しくてもしっかり食べてよ」
「うん わかったよ」
学生の頃には、ウザイくらいに思っていた母さんの言葉も今は全てが温かく感じる。
父さんからは、特に言葉は無かったけれど何となく胸の内はわかるような気がした。
男同志ってやつかな…
去りがたい気も無くはなかった。みんな捨てちゃってさ…でもそうもいかないようだ。
夕べ、ヒロと飲みにいった。
豆腐屋は朝早い商売なのに遅くまで付き合ってくれた。
「もったいつけてないで、紅白にでも出ろや! 俺は待ってるんだゼ 俺だけじゃないさ タクだってリョージだって ナチだって お前からは見えんだろけど むこうは見てるはずだぞ」
「いや…紅白って…ちょっとそれは…」
すっかり目の据わったヒロは、ずっと僕を励まして(あおって)ばかりいた。
でもそれは、故郷にひとり残っているヒロの寂しさにも感じてる…ただ適当な言葉が見つからなくてずっと受身でいた。
「なぁヒロ… いつかまた、みんなでセッションしたいね」
「ん…? 言ったな? その言葉忘れねェぞ アマだと思って甘く見るなよ… 俺わぁ…豆腐なんて柔らかいものを扱ってるけど…音には固いんだ 絶対妥協せんぞ! 俺がOK出すまではスタジオ出せねェ~んだからな…」
「楽しみにしてるよ」
こんな羽目をはずすヒロを見るのも久しぶりだ。
打ち上げのときは大抵こうだったな…
「リョージの失敗以外にカンパ~イィ!」
「なんだよ!いつ失敗したよ!」
「知ってるぜ3か所 なぁタク!」
「あぁ!」
「嘘つくなァ!おいナチ! おまえ前で見てたから知ってるよな? 俺、トチってないよな?」
「ナチ!てめェなんだよ! シゲオ!お前もかぁ?」
「え…? いや…そんなことはなかったと思うけど…」
「シゲ ほんとのこと言わないとリョージのためにならないよ」
「いやぁーどいつもこいつも… そうだよ間違ったよ!全く うっせーなぁー!」
「リョージの失敗にカンパ~イ!」
「するか!このバカ!」
ついこの間のようで、遠い昔のような気もする
「シゲ!辛くなったらいつでもこいよ!甘い気持を叩きなおして、背中押し返してやるからよ!」
「あぁ…その時は頼む」
荒っぽいけど、すごく嬉しかった。 ずっと心でこわばっていたものがほぐれた気がする。
もうずいぶん前から高架になった線路はビルの間をぬった滑走路のように見える。
数年前は夢に憧れてここに立った。
とりあえず夢は叶えられた今、何を想えばいいのだろうか?
─お待たせいたしました 間もなく 釧路発・札幌到着のスーパーおおぞら4号が4番ホームに入ります
やや置いて蒼い車体がホームに滑り込んできた…
さて、またこことも暫くの間 お別れだ…
「あ…」
車内に乗り込みだしたところにヒロが走ってきた。ところどころ大豆粕が付いたエプロン姿のまま…
「いっやー 間に合った まにあった 夕べは飲んだな~。寝過ごして母ちゃんにどやされてよ…何とか仕込んで配達の途中さ」
「大丈夫か?」
「ああ ちーっと二日酔いだ! それにしても たかだ見送りで160円も取るんだな今時の駅は うちの豆腐の方が価値あるぜ!」
「シゲん家で聞いてきた ほれ!これ持ってけや」
手渡された袋包みは、ほんのり暖かい
「なんだいこれ?」
「いや! 油揚げだ 俺手作りの…小揚げ2、3枚だから試食と思って食えや! お前が思ってるようなやつとは味がちがうからさ」
「え…あぁ ありがとう」
「それと…さっきタクから電話きてたよ 話したら会いたがってたぜ ナチも… 子どもにもCD聞かせてるそうだよ」
「ホントかい? 僕も話したかったな」
─間もなく 釧路発・札幌到着のスーパーおおぞら4号発車の時刻です…
「がんばれよ! 応援してる ファンレターは書けんけど」
「ありがとう 連絡するよ」
「無理すんなって」
RRRRRRRR…
「バンザーイ! ロックシンガーシゲオ! バンザーイ!」
急に大声で叫びだしたヒロに他の客も駅員も驚いて振り向く
「ち…ちょっと…やめてくれよ! おおげさだなぁ…」
「なに言ってんだよ! RUINSの代表にエールを送って何が悪い! 笑いたいやつは笑わしとけ! バンザーイ!」
プシーッ
ドアが閉まり、列車はゆっくりと走り出して両手を高々と上げ続けるヒロが遠ざかって行く…なんだか涙がこぼれてきた。
やがて線路の緩やかなカーブは視界からヒロの姿を隠していく…
客車内に入るとさっきの騒ぎに気づいた人の視線がこっちをつき刺してきた。
「やれやれ…まいったなぁ…」
席につくと後方に流れていく街の景色を眺めながら、さっきの包みを思い出した。
「油揚げか…」 袋を開けると香ばしい香りが広がる。
1枚つまみ出してかじってみた。
揚げたてらしく、カリッとしている。
「美味い!」 味噌汁の具とかに入っているのしか食べたことがないが、これは美味い。
このままでもいけるじゃないか…
香りが車内に広がったらしく視線がまたこちらに…
ヒロ…タク…リョージ そしてナチ… またみんなで会いたいな。 その日がくるのを楽しみにしてる…
カタタン…カタタン…
レールは心地よいリズムを刻み続けている
未来(あした)にくじけそうな時
ここに来れば 誰か
背中押してくれるようで
ひたむきな瞳を忘れたくない
蒼い季節 みんな戦士だったね
ひとつの夢めがけて
つながっている
僕達は描いた道に
立ってるかな
(DEEN/蒼い戦士たち)
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コメント
ラストシーンに感動です

心につかえてたものが少し楽になったような感じですね。
最後の写真がすがすがしい気持ちにさせてくれます!
DEENの歌詞がシゲの気持ちとぴったり重なりますね
投稿: ランドリー | 2008年4月13日 (日) 13時33分
若干、曲の印象からはそれたかもしれませんが、自分ごとがかなり介入しました。
投稿: ねこん | 2008年4月13日 (日) 17時52分
わ、いつの間にか終わってた
楽しく読ませていただきました。
早く最終話が読みたくてウズウズしておりました。
手に入れたものの代わりに失うものがあるなんてと思いましたが
何も失っていなくてよかった。
投稿: haru | 2008年4月14日 (月) 00時29分
内容的にあまり「廃」をもちこめなかったけど。
投稿: ねこん | 2008年4月14日 (月) 00時37分
二人だけの飲み会が昔の打ち上げに戻るシーン、素敵でした。
投稿: アツシ | 2008年4月14日 (月) 01時41分
今は、しみじみ説教されるような変なことが多いですよ。
投稿: ねこん | 2008年4月14日 (月) 06時12分