ハッカ飴 ─言えなかったこと─
あの日からもう、10年。
この家の有様を見るとナギサの家もどこかへ引っ越してしまったろう。
一度も行ったことのないナギサの家(だったところ)に入ってみた。
バキバキッ… 「うぁっ!」 ブヨブヨにふやけた床を踏み抜いてしまった。
「痛ってぇ~っ」 見上げた天井から空が覗いていた。
台風か何かにやられてしまったのか窓は、ほとんど吹き飛んでいる。
そのせいで、あの頃は薄暗かった部屋の中が明るい。
朽ちかけた壁にナギサが描いた絵が残っている。確かにここにいたんだ!
でも、どこ行っちゃったかなぁ…ナギサ。 意外と近くで暮らしているのかも知れないし、僕と同じようにどこかの学校へ通っていて、ここにはいないのかもしれない。
「苗字も聞いておけばよかったな… まてよ、おばちゃんがたぶん何か知っているか!」
「はい ありましたよ ところで…うちの隣に同じくらいの歳の『ナギサ』って子がいましたね」
「あぁー 確かにいたよねぇ…お父さんに聞いたのかい?」
「その子って今は、どちらのほうへ?」
「可愛そうにねぇ…まだ小学生だったのにお亡くなりになってさ…」
「えっ?! 亡くなった? 病気、悪くなったんですか?」
「病気? 病気ではなかったよ。あれは天気は良かったんだけど波の高い日ににさ…波にさらわれて…私もあの日、出かけるのを見ていたから一言、声でもかけておけばねぇーって今でも思うよ…」
その話の経緯はこうだった。
ボクと同じナギサは、やはり両親が共働きの家で近所に遊び友達がいなかったのでいつもひとりで遊んでいた。
海が好きな子で、天気が悪い日でもなければ毎日海で遊んでいたけど、晴天にかかわらず海の荒れていたある日、波にさらわれて命を落としてしまった。そのとき小学3年生。
そんな家の不幸があってから両親の中はナギサのお葬式の後、険悪になっていき父親は家からいなくなってしまった。しばらく母親の方は閉じこもり気味の暮らしをしていたそうでオバサンが様子を気にしていたが、いつからか見掛けなくなり、1年ほど待ってから保証人の母方の親御さんに連絡を取り家をあらためたそうだ。
そこには小さな仏壇と遺骨の箱がそのまま残されていたらしい。それでも遺影だけは持ち出したらしく、なかったらしい…
写真があれば確認できたんだけど。
「あの子のおじいちゃんに当たる人が来てね『可愛そうに…可愛そうに』って遺骨の箱を泣きながら撫でているのを見たら私ももらい泣きしちゃってさ…溜まってたお家賃の話なんかできなかったさ…あの奥さんも可愛そうでねぇ『お前が殺したんだ!』なんてご主人から責められてさ…何度も止めに入ったよ。だからカズちゃんが遊びに出るときは、特に注意してたんだよ。うるさいと思ったろうけどさ」
とても可愛そうな話だ… でも、何かおかしい…
僕の知っているナギサとは、えらく違うような気がする。
「オバサン? 僕はナギサちゃんに会ってますよね」
「そんなことないよ!あんだけの事件だったんだからちゃんと覚えているさ。事故はカズちゃんの来る前の年で、カズちゃん家が引っ越した後に向こうの親御さんに来てもらったんだから…カズちゃんの入ってたところから見たらちょうど奥の部屋の押入れの裏にお仏壇があったのさ」
「???」 えっ?いったいどうなっているの? 頭が混乱してきた。
病気 自転車 夜の海 学校… いろんなことが頭の中でグルグル回っていた。
「ハッカ飴…」
「えっ? ハッカ?そういえばあの子は、ハッカ飴が好きだったねぇ 私があげたら、えらくお気に入りでね。 お仏壇を開けたときなんか床にいろんな飴がバラバラこぼれ落ちるほど詰め込んであったよ…お母さんのせめてものお詫びだったかねぇ… そうだ!思い出した!ちょっと待って…」
おばさんは何かを思い出したようで家の中に駆け込んで行った…
僕の知っているナギサは、いったい誰だったんだ?
「これさ、これこれ。なんか処分もできなくってねぇ…」
その、持ってきたものというのが…
「えっ? これカズ君の宝物でしょ?」
「だから! いつか返してもらいにくるよ!」
そうか…ナギサって…あの頃には既に…
「わたしが、一番嘘ついてるかもしれない… カズ君!わたしホントは…」
涙が出てきた
ひとりぼっちで暗い部屋にいて寂しかったんだなぁ… ナギサ…ナギサ!
「ホント可愛そうな話だよねぇ… そんなふうに思ってくれる人がいたらあの子も浮かばれるよ」
「これ…もらってっていいですか?」
「私も困ってたからねぇ…何とかしてあげてちょうだい。 私からもお願いするわ」
オバサン家をおいとましてから、またあの家に向かう。
まだ、やり残していたことがあった。
ポケットからハッカ飴をつまみ出して、いつもナギサと話をした押入れの上に置いた…
「遅くなったけど約束どおり来たよ。ナギサ!」
今やボロボロの廃墟になってしまった思い出の家から、なんの返事も返ってこなかった…。
あの日々が夢だったのか現実だったのか今にしてみるとよくわからない…でもナギサに預けたこの箱が全てを証明している。僕とナギサの約束のこと…
「バイバイ ナギサ! また会おうね!」
静まりかえる家を後にする時、かすかに風が通り抜けていった。
一瞬ハッカの香りがしたような気がした…。
ポケットの中には今も
ハッカ飴のかけらがひとつ
王様と王女様みたいな
ボクラの恋がなつかしい
夢の中 日々の中 どこにいても いつも
夏の日に僕を戻す ハッカ飴のかけら
秋が来て冬を過ぎ 春の風を越えて
きっとまた夏は来る キミがいなくなっても
そして いつかボクらは気づくだろう
宝物の行方に…
バイバイ… 「ハッカ」/エレキブラン
「アリガト… カズ君…」
「ハッカ飴」内の使用画像に関して 北海道廃墟椿 のカナブン師匠にご協力いただきましたことを感謝申し上げます。
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