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2008年3月24日 (月)

蒼い戦士たち ②

Dscf6529 「ただいま…」

「あらー シゲちゃん おかえりー 電話くれれば迎えにいったのにー」

「いやー こっちに来る便の時間がはっきりしなくってさ…」

「すっかり垢抜けしたよねー 都会の人みたいで…」

「そんなことないさ… 母さん、帰ってきてすぐになんだけど 車貸してくんないかな?」

「いいけど…疲れてないの?」

「いや飛行機と電車で仮眠してたし、友達に会って来たいんだ 夕方には戻るよ」

バッグを下ろすと車の鍵を受け取った

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音好きが集ったバンド「RUINS」は、大方のバンドと同じようにコピーから始めた。DEENやその他の楽曲、ほとんどはリョージが「これ、やろーぜ」ってかんじで。
目立ちたがり屋のあいつだから、パンクとか激しいものが多かったと思う。
僕は前からオリジナル曲をやりたいという欲求があって、少しづつ書きためたり、いじったりしていた。
高校も卒業してそれぞれが就職したり、家業の手伝いになったがバンドは相変わらず続いていた。僕は経理の資格もあったので親父のコネで事務系の仕事。リョージは宅配便のバイト。ヒロは家業の豆腐やで、タクは実家が酪農だった。

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学生の頃より練習の回数は減ったけど、いちお社会人ということで門限はないようなものだったし、僕も一人暮らしを始めたりしたのでむしろ時間は自由だった。
学生の頃から付き合っていたナチは、地元の大学へ進んでいて半同棲みたいな生活だったので練習もいつもいっしょに来て、ちょっとしたマネージャーみたいだった。
そして写真が趣味で部活も写真部だった彼女が「RUINS」の名付け親だ。

Fb142 「ルインズ? どういう意味?」

「具体的いうと…廃墟ってことなんだけどさ…」

「なんだよ?暗いなー それほど退廃的じゃないよ」

「それは先入観だってばさ! 廃墟ってさ、本来の存在意義を失って、ものの本質を出してるんだよね たてまえとか見栄のない姿っていうかさ…」

それまで学生時代から意味も無くつけた『下克上』ってバンド名はあったんだけど、なんか右寄りっぽくてみんな嫌になって、かといってこれってのも思いつかなかったからナチのいう「RUINS」になった。語感は悪くなかったし…下克上よりはずっとよかった…

Pna017 「せっかく曲を書いてるんだからみんなに聞かせてみれば?」
ナチにそう言われて練習の合間ににちょっと披露してみた。
ベースのヒロは「それ、いいんじゃないか? やってみようや」と興味をもってくれた。
リョージはあまり乗り気ではなかったが、自分のソロ部分があるとかえってその気になるほどで、オリジナルに力が入れられるようになった。
自分がノートに書いた曲がメンバーの中で、あれこれいじられて本物の音になったときは、感動だった。その頃はまだ、荒削りだったけれど…
いつも口数の少ないタクが一番、飲み込みが早くて、すぐ完全な音を叩き出したのには、正直驚いた。兄貴の影響で小学生の頃から洋楽とか聞いててドラムも叩いていたから体に感性が備わっているんだろう。

オリジナルをやり出すと、コピーがメインのバンドにも独特のカラーが出てくる。月イチくらいの対バンライブでも手ごたえを得られるようになり、単独でも過ぎるほどと戸惑うような客入りは嬉しかった。

そう、その頃には、口に出さなくともメジャー志向があったんだ…
自分達の力を試してみたくて、かなり手痛い出費(特にずっとバイト生活のリョージには)だが300枚程度のシングルCDを自主制作。スリーブの写真はナチが趣味で写真をやっていたのでみつくろってもらった。

「えーっ? アタシんでいいのー? たいしたもんないよー どんなんがいいのかなー」

「いやー 写真のこと俺、全然わかんないからさ…なんとなくタイトル曲のイメージでさ…頼むよ」

「なんか 難しーね でも探してみるよ」

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こうしてみんなの力をひとつにして出来上がったCDは、ぼくらの宝物になった。
上機嫌のリョージが顔でバラ撒いたのがほとんどだったけど、枚数が少ないこともあって販売分はほどなく完売した。
「もっとプレスしても良かったよなー」

僕は、十数枚をいろんなプロダクションへ送った。
うぬぼれも少しはあったかもしれないけれど自分達の力をためしてみたい…そう思っていた。期待半分 ダメでもともと半分で…

04phaj34 RRRRRRR…

ある休みの日の朝、といっても10時はとっくに回った頃、1本の電話が入った。

「ねぇ シゲ 電話だよ…」

「ん…? あぁ…」

横で一緒に眠っていたナチに起こされて電話に出た。

「はい…●●です…」

「おはようございます シゲオさんですか? 私、▲▲▲プロモーションの■■という者です。●●さんから『RUINS』のデモを頂いておりましてお電話させていただきました」

 

一瞬で目が覚めた。

 

 
反射的に裸のままベッドの上で弾け飛んで正座した。ナチもビックリして目を丸くして毛布にくるまって縮こまった。

「はい! わざわざありがとうございます!」

「大変興味を持たせていただきました。上の方に持ち込んだりしていたので、返事を差し上げるのに遅れましたことをお詫びします。都合の良い時に直接お伺いしてお話をさせていただきたく存じますがいかがなものでしょうか?」

Dscf5488 「はい! いつでも結構です!」

詳しいことはみんなの都合を聞いてから連絡すると言うことで話を終えたが、興奮が収まらない…

「何の電話?」

「東京の音楽プロダクションさ! やったよ! 夢のようだ!」

「そう…おめでとう」

それから皆に電話をかけまくった。
リョージが一番喜んだようだ。

「おー! やったな! とうとう俺たちの時代だ! 今日は午後から早退するから前祝いしようぜ!」

Dscf5441_2  ヒロとタクは、ことの重大さが分からないようで、ちょっとそっけなかった。

ようやく気が静まって落ち着いてきたとき、ナチがいつのまにか帰ってしまったことに気がついた。
この日から微妙に何か、かみ合わなくなったんだろう。
夢を見たかったんだ
でも、夢中になりすぎて、いろんなものを忘れてしまったようだ…

Ek081 今回の帰省は、ずっと心の底にあったしこりを振りほどきたい気持があった。
いざ、来てみると決心が鈍る。とりあえずヒロとタクには会っておきたい。

デビューの算段がついた頃、ヒロが言い出した。

「俺はプロになる気ないよ 家業ほったらかしにできねぇしさ」

「お前 何言ってんだよ今更! チャンスじゃねえか!」
リョージが即刻キレた。

「話進めてんの お前とシゲオだけだろ!」

「ちょっと待ってくれよ! 確かにヒロの話も聞いてなかったよ でも好きなんだろ?音楽は! それに売り込みには反対してなかっただろ?」

Ek062 「別にメジャーが全てじゃないだろ? 今のまんまで俺は満足だよ! デビューするなんて少しも思わなかったさ。だからって何でも犠牲にできねェよ 俺には!」

「タク! お前はどうなんだよ!」 火の付いたリョージはタクまであおりだした。

「俺も…行けないよ…」

「何だよ! 何言ってんだよ! 貧乏臭い牛飼いずっとやってんのかよ?!」

タクは黙って上着をつかむとスタジオを飛び出して帰っていった。

「シゲオ! お前は逃げねェだろ?!」

即答できなかった。
リョージの肩越しに耳を押えてうずくまるナチが見えた…

 

 

「いたしかたないですね…補充はこちらに来てから選抜ということでぜひともお願いします。全面的に私が皆さんを押していることもありますので…」

この頃には、ヒロとタクを無視するように話は進んだ。
ナチも僕のところには、ほとんどこないか来ても早めに帰ってしまうようになった…

そのわだかまりの清算をしたいのが今回の目的なんだ。
でも、ずっと会って何を言おうかと考えてきたが、この日を迎えてしまうと躊躇してしまう。
とりあえず、タクが一番話しやすいんじゃ…と思い、郊外へ車を走らせる。

2、3度ドラムセットを運ぶのに来たことがあった。タクは次男坊だったけど兄貴は大学に行った先で就職してしまい帰ってこなくなったことからタクが暗黙の了解で酪農家の跡取りになってしまったようだ。
夏の訪れがおそいとは言え、初夏の香りもしてくる北の大地の風景は、植え付けも始まったばかりのようで緑色の細い筋が走るのが目立つ畑がほとんどだ。
やがて緩やかなカーブの先にタクの農場が見えてきた…

 
 

「あれ…?」  様子がおかしい…

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Dscf3551 枯れた雑草の目立つそこに人や家畜の気配はない。
車を止めて牛舎へいってみるとやはりもぬけの殻だった。
荒れて物が雑多に散らばっている。
農機具は、あちこちに点在しているけど、どれもツル性の植物に絡まれて放置された亡骸のようだ…
サイロは虚栄のシンボルのように虚ろに立ち尽くしている…

Dscf3583 「なんで…?」

家の方も戸口まで雑草がはびこって人のいる様子はない。呼び鈴を押してみたが電気が通っていないらしく音すらしないようだ…

何かの冗談のような気もして、近所へ聞きに行った。

「▲▲さんね…もう辞めて2年になるわ ものすごく乳値が落ち込んでたからねぇ きっぱり牛は見限って野菜に切り替えたんだけどそれも原価割れして、にっちもさっちもいかなくなったみたいなのさ… お嫁さん迎えたばっかりだったんだけどね…」

Dscf3573「今はどちらへ?」

「親御さんは市街の方で暮らしてるけど、若夫婦は札幌の方へ出たみたいだよ。まだ若いから何でもできるっしょ 小さい子もいるから大変だけど…」

そうか タクも大変だったんだな…
結婚したのも知らなかったよ。
ヒロに聞けば詳しいことも知ってるだろう…
衝突したヒロには、いちばん会いずらかったけど、今はそういうわけにもいかない。
この3年の間にみんな何かを相手に戦っていたんだ…

でもその間だけの誤解は、できることなら解いてみたい…

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(つづく)

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コメント

絶妙に廃墟が絡んでいますね。
恥ずかしながら「乳値」という言葉をはじめて知りました。
今更ですが、セリフの色を変えるのは、とてもわかりやすいです。

投稿: アツシ | 2008年3月25日 (火) 02時35分

乳値っていうのは、卸単価を指します。
昨年辺りまでは、牛乳の国内消費が低迷し、出荷量の制限という措置がとられました。それはすなわち乳牛を減らすということにもなります。卸には等級付けもあって、体細胞数・雑菌数などの規格で収入に影響が出てきます。
流通上、ミネラルウオーターやお茶よりも低い卸値では、原油価格高騰で、バイオエネルギーで穀物市況も影響を受けたことから輸入飼料も高騰。生産コストは上がる一方の昨今、目に見えて廃酪農は、増えています。新規就農では3~4億の資本が必要な酪農業も世襲でもなければ難しい商売で、それが減っていくのが現状です。
そんなわけで、ねこんの成長期はいつも近くに「廃墟」がありました。置いてけぼりの家はとても寂しそうです。

投稿: ねこん | 2008年3月25日 (火) 10時06分

あれっ、この歩道鹿ってまだ現役でしたっけ?
角が通行人に引っかかる理由で、別の場所に移動になったと聞いたが。

投稿: カナブン | 2008年3月26日 (水) 10時15分

土台付けて位置が高くなったんですよ。
対面の鹿は角がないのでそのままです。

投稿: ねこん | 2008年3月26日 (水) 12時03分

ずっとルイドロ見てたのに初めてこちらにコメします

無理なく物語に廃墟が絡んでるのがいいですね
読んでいるとBGMはやはり♪蒼い戦士たち♪がぴったり
次回で最終回でしょうか?
楽しみにしています

投稿: ランドリー | 2008年3月26日 (水) 22時00分

ちょっと元ネタから飛躍したかもしれませんね。
ストーリーに抑揚がついてくると感情移入も激しくなってきます。
合間にウクレレ弾きながら…

投稿: ねこん | 2008年3月26日 (水) 23時27分

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