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2008年2月26日 (火)

夏草の線路 ④

04phaj29

Window

その日は、お互い離れられない気分で、Yの部屋に寄ったまま泊まった。

自分の部屋でも狭いと思っていたシングルベッドもふたりで寝ていたのにそれを感じなかった。

 

  ブーン… ブーン…

えっ? また汽笛?
いや、携帯のバイブ音だった…

Room3すっかり目が覚め、あわててでる。

「はい? あぁ… うん 大丈夫だよ。 いゃ…うっかりした。 うん 今? うん…ちょっと帯広の方にいるよ。 えっ? 今日帰るよ。 はいはい… じゃ…」

昨日、帰らなかったのでどこかでガス欠になったと思ってたようだ。電話も入れなかったので心配はするだろうな… 峠でガス欠は確かに多いらしいから。
それにしてもまだ朝の6時前じゃないか…

「すぐ近くにいるのにね…」 毛布にくるまってYが茶化し笑い。

とっさに「帯広」と言ってしまった。

「ここにいるとも言えないだろ?」

「どうしてー? 言っちゃえば…」

「なんだよ! このぉー」

知り合った頃からYは言葉が少し挑発的だ。 それにまともに食ってかかるのが自分。
いつも、からみあってて、傍からみると喧嘩しているみたいだった。 昔も今も…

Pencil 

BookRoom2ずっとベッドにいて、起きだしたときはもう10時を回っていた。 

「今日、帰っちゃうんだね…」

「うん…」

「汽笛…」

「え?」

Toteppo「あの汽笛ってどうやって鳴らしたのさ?」

「どうって…Mちゃんがそう書いていたからそうしようと… でも、機関車まともに見たことないからイメージがわかなくって…この辺にも士幌の駅にもないし、帯広へ見にいったのさ。「とてっぽ」っていうのを。そしたら全然小さくてさ…違うな~って。」

「あれは軽便鉄道だろ」 

※旧十勝鉄道=とてっぽの名で親しまれていた軽便鉄道車両

Roco1「そんなのしらないもの… そしたら新得にあるって話を聞いて、見に行ってきたんだ2両 そしたらイメージしやすくなったよ… これを走らせようって… 橋とか赤茶けた線路を走っているところを目をつぶって考えて… でもホントに届いてるのかってのは分からなかったよ」

※新得市街に近い旧狩勝線と新線の並ぶ脇に保管されている車両

確かに聞こえていたんだ。今思うとかなり前から… 手紙のやり取りの頃からとすると結構前からだ。 もっとも「耳鳴り」と思ってたわけだけど。

「俺にもできるのかな?」

「うん きっとできるよ 向こうに戻ったらやってみて 聞こえたら私も応えるから」

でも不思議なこともあるもんだなぁ… Yは、そうは思っていないようだけど。

 

Mugi「●●さんの言うこと 少し考えたってや 今もいい仕事なんだろうけどサ あの人もここのこと考えてるんだわ」

「うん わかったよ 考えとく」

「忙しくても ちゃんとご飯は食べとくんだよ! 何すんのも体が資本なんだから」

「うん うん 解ったって! じゃ 電話するから」

そこそこに糠平を出発した。
それにしても帰省ごときで大げさだよなぁ 親心なんだろうけど… 

Michi2

途中にある黒石平へ向かう。 林道を少し入った所に昔、この辺りにあった黒石小学校跡を示す碑が残っているらしい。
Yはそこで待ってると言った。別に家でもよかったんだけど…

「おばさんにちょっと後ろめたくなっちゃったから…」

「なんでー? 何の罪悪感?」

「んー そーいうんじゃないけどさ…」

 

Dscf9345_2 この辺りは、昭和28年に電源開発に伴った糠平ダム工事の着工で集落が形成されて学校も創設されたそうだ。発展期にあって、ダム建設という新技術が児童の創造力に灯を点したのか『全校生徒が発明家』のタイトルで学校がテレビ紹介されたこともあったらしい。その証として昭和37年に発明工夫功労校を当時の科学技術長官から賞された。
ただし、ダムの完成から現場は解体。人々は黒石平を離れていった。

現在は発電所を除き、後の電力館を初め、全てが『無』に帰してしまった。
ただ当時を偲ばせるのは、この『小学校跡の碑』だけ。

 

Dscf9342_3 「待った?」

「ううん 少し前に来たから」

「これかー “小学校跡” 校名は入ってないんだな。」

「刻まれちゃったから ここの自然とひとつにもなれないんだね…」

…? 

 

  

「こんど こっちにも遊びにおいで」

「うん きっと行くよ!」
 

 

白樺の木立に埋もれる碑の前でしばらく抱き合っていた。
このままだとずっと離れられなくなりそうだ…

「じゃぁ…行くよ」

「うん…気をつけて」

 

車に乗り込みエンジンをかけた。

「…ずっと待たせてて ごめんな…」

「待ってなかったよ 繋がってたんだから…」

「じゃ…」

黙って手を上げて返事。 見えなくなるまで手を振るのがミラー越しに写る…
帰途は、いつもより長かったような気がした。

Night_road

「やぁ 休暇はどうだった? 故郷を満喫できただろう」

「はい! おかげさまで 初めてタウシュベツの橋を目の前で見ましたよ 課長のおっしゃるとおり、あれは『ロマン』でしたね」

「そうか それは良かった。そういう感覚も君の武器になるだろうね」

「はい! ありがとうございます」

Warkたかだ、1週間のことだったけど 前と後では心の置き様が変わってしまったみたいだ。
日常がとてもぎこちなく感じている。

同じ空の下 同じ大地の上 地球儀を回してもとても小さい島国。それでも四季の豊かな国。 北海道ひとつとっても札幌と上士幌では空気も気温も違う。 それほどに遠く感じてしまうんだ。 車でも3時間程度 その距離がわずらわしい…

とりあえずもう少ししたら、これから先のことを考えよう。
「考えてみてくんないかな…?」
まだ漠然としているけど、それに関して良い返事はしたいと思う。
ごく近い将来に… 

そうだ 汽車か…頭の中で機関車が動き出すと想いが届くんだったな…
…といっても いつか見た「鉄道員(ぽっぽや)」しか浮かんでこない…
キハじゃなくてD51でないと…

 

 

  ボーッ… 

Cup

あ…

聞こえた…汽笛の音

確かに聞こえたよ…

Pencil_line

 このまま気づかずに

 通り過ぎてしまえなくて

 何処まで歩いても

 終わりのない夏の線路

 いつでもまなざしは

 眩しすぎる空を越えて

 どんなに離れても

 遠く君に続く線路

          「夏草の線路」 遊佐未森

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コメント

 うっ、完璧二人の世界になっていて入り込めない・・ボケれない、突っ込めない・・・学校跡で抱き合っている二人をのぞき見していた(嘘)とかループの道、浜に続く道(アイヌ語)の温泉の道でしょうか?昔、同級生3人と通り、その先でナンパし損ねたとか言える雰囲気じゃない・・・
 

投稿: K・T | 2008年2月26日 (火) 00時35分

K・Tさん恋は苦手なんですか?
いけませんよ 生きてるんだから…
もっと素直におなりなさいな。

それはさておき、いったいどこでナンパしていたのでしょうか?
夏場なら岩間でもできそうですけど…
目的があるからそこにいるのでたぶんナンパは無理ですよ。

投稿: ねこん | 2008年2月26日 (火) 12時15分

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