水中メガネ ~エピローグ~
大人になるのはキャベツみたいなものだ
そう思っていた
元にある自分に経験や学習や見たり聞いたりすること全てが重なっていって大人の自分になるんだと…
今、そのことを思うと それは津波みたいなものだった。
望む・望まないは関係なく「時間」という波が積み上げたものを容赦なく押し流す。
思い出という残骸、幼稚さという欠片だけを残して…
あとには新たな自分が建てなおされて何事も無かったようになる。
人は変り続けるのだろう。私も例外なく…望む・望まないに関係なく…
昨日のことが夢のようだ
草の種が弾け飛ぶみたいに心の中で時を待っていた何かが全部弾けたんだろう。
傷もすっかり癒えて、今の心は何を積み重ねても向こうが透き通るみたいにクリアになっている。
どうすることもできないのは、今日でKちゃんは私の前からいなくなってしまうことだ…
「また 会えるよね」
そうは言ったもののKちゃんが行くところは、おいそれと行けるところじゃない。
会える時が来たとして、Kちゃんも私も今の気持のままでいられるのだろうか…
それが避けられない現実なら、旅立つKちゃんに余計な荷物を背負わせるべきではないんだろう。
「大好き」だからこそ…
そう、「好き」だったんだよ。 いつも一緒だったから確かめようともしていなかった。
私とKちゃんが離れていくのは、大人の都合だ。
でもそれに対して何ができるだろう
噛合っていなくても歯車は動いていたからね
今日でKちゃんは、いなくなる
私は、学校へ行くことにした。
絶対辛くなるし、大人がたくさん来るようだから、Kちゃんとあまり話せないような気がしたから… そのことは昨日Kちゃんとも話した。
「そうだね…そうしよう…」
もう、このバス停も私ひとりぼっちなんだな…
「バンザーイ バンザーイ バンザーイ」
Kちゃん家のほうから聞こえた。もう、見送りしてるんだ。
どこかの家が引越しのときも、集まって「バンザーイ」ってやってたな…
もう出ちゃうのか…今日中にフェリーに乗るって言ってたな…こんなに早いなら、もう一度会えたかな… でもこれ以上は辛くなりすぎる。
「今日くらい休んで、お見送りしたら?」
ママに言われたけれど、断ったんだ。
「あれ?」
Kちゃんのおじいちゃんだ。 こっちへ歩いてくる
「どうしたんですか? 一緒に行くんじゃ…」
「今、見送ったところさ。じいちゃんは歳だから行かないよ。もう少し家を片付けたら仲間の大勢いる街へ越すんだよ。それにここには、ばあちゃんのお墓があるしね。」
「そうですか…」
「それと、Kのやつから預かり物だよ」
そういって小さな袋を渡してくれた…
「何ですか?」
「さぁな…そこまでは知らないよ」
袋の口を開けて覗き込むと… 「!」
中にあったのは、Kちゃんの使っていた水中メガネ
…と紙切れがひとつ
あの日のことは、おぼえているよ
「おじいちゃん! お願いがあるんです…」
「はいはい バスとお家には伝えておくよ。高速道路を通って行くから12線の橋の上からなら見えるかも知れないな… 」
「ありがとう!おじいちゃん」
お礼を言いながら私は走り出していた
老人は、バス停の椅子にゆっくりと腰掛けると遠い空を見上げた。
もう、確実に秋の気配がしてきた。長年の感から空を見ただけで見当がつく
あの空を最初に意識したのは、孫達の年頃だったかな…
どこまでも続く空 どこまで行っても終わらない空 必ずもとの場所に繋がる空
同じ雲は戻らない空
家へ戻り自転車へ飛び乗ると12線の高速道路を越える橋を目指す。
今、乗り口へ向かったなら、まだ間に合うはずだ。
Kちゃんがよくやっていたように立ちこぎで突っ走る!
早く! 早く! 早く!…
橋だ! 着いた! 「あっ!」
ガッシャーン…
「痛った~…」 道に落ちていた石ころに乗って跳ねた拍子にハンドルを放してしまった。
膝を擦りむいて血がにじんでいる。
そんな場合じゃない! どっち?どっちから来るの?
確か家族旅行の時は山のほうへ向かったんだから反対からくるんだ。
でも…ここは何? 何でこんな高い柵がしてあるの…
自転車を起こして柵に立てかける。それでよじ登ると道が見えた。
Kちゃん まだこない。たしか紺色の車だ。
紺 紺 紺 紺の車来い! でも、車なんてまだ1台も通らない。
車だけの道なのに何で車がいないんだろう。旅行で通った時もすれ違う車はそんなにいなかった…
来た…
紺色の車 あの車だ!
運転席の横に誰か座っている たぶんKちゃんだよね。
「Kちゃーん! Kちゃーん! Kちゃーん…」
Kちゃんの『水中メガネ』を上にかざして、しがみついたネットを力いっぱいゆすって叫ぶけど気がつかない…
Kちゃんこれが最後だよ…
「Kちゃーん! 大好きだよー!」
一瞬だけどKちゃんが上を向いた。
そのとき 時が少しだけ止まった気がした
Kちゃんがこっちを見た
確かに私の方を見た
ちょっと驚いたような顔で…
小学校最後の夏はこうして終わった
でも、気持はこの空のように澄んでいるみたいだ
学校ではKちゃんが何も言わずに去ったことで騒然となった。
でも、その話もさして続くことなく、何日かするといつもの学校へ戻っていた
次の日曜日
私は「ひみつ基地」を閉めに来た。
ここに来ることも、もう無いね…
今までありがとう ここのために私ができることはたいしてないけれど…
Kちゃんが持ち出した学校の本は私が元の場所へ返そう
2階のベッドはKちゃんの座ったくぼみが残り、埃の積もった床にはKちゃんの足跡がついさっきまでここにいたように残っている。
何も変わらないようでいて、どんどん全てが変わっていく…
Kちゃんも私もどんどん変わってしまうのだろう
それを悔いたり責めたりすることもなく忘れてしまうのだろうか。
時が津波みたいに、この記憶を押し流そうとしても、この夏の記憶だけは忘れないでいたい。
Kちゃんもそう言っていたから
もうすぐ私も学校を去る日がやってくる。
次の日のための別れ それは誰にも止められないのだから
今はただ、前を見て向かっていこう
また会えるよねKちゃん その日を夢見ている…
私の「水中メガネ」のつづきのために…
(End…)
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コメント
ご苦労様でございます。
エピローグはまだ読んでおりませんが、きっとロマン派の先輩らしい終わり方なのでしょう。
昔、宿題の十五少年漂流記の感想文も書けなかった私ですが、先輩のメッセージは伝わると思います。
投稿: カナブン | 2008年2月15日 (金) 12時27分
ねこん基金を設け、昔の思い出ストーリーを集め本を出版しては?けっこう売れそうです。私も「一族限定の浜辺」「汽車の通らなかったトンネル」「15ヶ月の友達」「なんか、よく集まった仲間のなれの果て」など、涙なしには読めないストーリーがあります。
投稿: K | 2008年2月15日 (金) 19時00分
なんか…作っていますね。「15ヶ月」って何?
投稿: ねこん | 2008年2月15日 (金) 20時13分
作ってません。事実です。
一族限定の浜辺、これま私が3歳の頃にはいっていた場所で、親戚と墓参りの帰りに行き、ジンギスカンをしたりとなじみの場所でした。しかし、その後、雑誌に穴場的な名所と紹介され、本州ナンバーの車まで来るようになりました。
汽車の通らなかったトンネル、これ、小学生の時住んでいた町にあり、国鉄ですが、両端の線路は南北完成、中間は完成前に南北が赤字ローカル線で廃止になりました。そのトンネルに入ったことがあります。電柱から電線が伸び、立ち入り禁止の柵につながれ、触ると感電すると思われていましたが、同級生が野良猫を柵に触らせ、安全を確認、私は後日、その同級生に連れられて入りました。
15か月の友達は、三学期、男3、女2の班ができました。なんか、すごく気が合い、盛り上がりましたが、三学期は短く、しかも春にはクラス替え、残念と思ってたら、全員また同じクラス!一人女加え、その後1年、同じメンバーで班を作りました。しかし、女2人が仲良しでひとりあまされぎみ、そこで、中の悪いやつは一人をヘッドハンティング、さらに頑張れない、一生懸命できない、現実にぶつかることで脱落するやつ、春、15か月後、もう一度、同じ班にはなれませんでした。
その後、数奇な運命をみんなたどります。しかし、人間同士の信頼関係というものを学びました。
実話ですよ。
投稿: K・T | 2008年2月15日 (金) 21時12分
充分ドラマです。
練ってください。スパイスは貴方次第です。
そして、お客様の前に出してくださいね。
投稿: ねこん | 2008年2月15日 (金) 21時29分