夏草の線路 ①
夏草に埋もれた線路は 錆びた陽射しを集めて
立ち止まる踵を 知らない町にさそうよ
霧の朝いちばん最後の 貨物列車に託した
僕達の遥かな未来は 走り続ける…
「あれ? なんか聞こえたような気がする…」
仕事の手を止めてふと思った。
耳の奥で「ボーッ」というような音がしたような…
何年も前から時折ブーンって感じはあったんだけど今のは、なんだか妙な耳鳴り…
疲れ溜まってるんかな?
ツアー用パンフの企画原稿を入力中のことだ。
「北海道遺産:幻のアーチ橋群を巡る旅」
廃線跡を見る旅か…あんなの見たがる人もいるもんなんだなぁ
そんな気になるのも僕自身がこの辺りの出身だからだ。
地元の高校を卒業してから、札幌の専門学校へ進学した。
山奥の温泉町に生まれて、小学校は近場に小さいながらもあったけど中学以上になると毎日、街まで1時間はかかる道のりをバスで通う。正直うんざりしていた。
まだ、僕が生まれる以前は、家のすぐ近くまで線路が通っていたらしいが今は鉄路の痕跡を累々と残したダム湖のほとりの街。
古くは林業景気で栄えた湯治場だったらしい。実家も小さいながらも旅館業で小さい頃は、毎日知らない人が泊まりにきていたが、その頃より集客は減ったようだ。
それでも、温泉街近くにスキー場も併設されていることや北見方面へ通じる三国峠の通年通行が可能になったことから集客増も期待されていた。
そんな故郷から大きな街へ飛び出し、同じように各地から集まってきた仲間と人生の楽しさを分かち合っていた。所詮、2年という短い時間ではあったけれど…
程なく僕達は、就職という渦に巻き込まれ、慣れないスーツ姿で企業訪問を繰り返し、何とか今のツァー企画会社に入ることができた。
「M君、ここの出身だったんだって?」
「あ…はい!」
「じゃあ、このタウシュベツの橋も良く見ていたんだ」
課長が脇に立ち『幻の橋』の写真をしげしげと眺める。
「いいえ うちからは結構、離れているんですよ。自転車で行ってこれるような場所じゃありませんし…僕もこの場所まで行った事はないです」
「そうか でもここはロマンだよね」
「ロマン…ですか?」
「そう 古のロマン… 先人の労苦の結晶が湖に見え隠れしてさ、なんか…こう、神聖な場っていう感じがするじゃないか」
そう、数年前にこの旧国鉄士幌線の橋梁群が北海道遺産に制定されたのだ。
それ以前からも、この「タウシュベツ橋梁」を始め、あちこちに散っているアーチ橋が鉄路や廃線のマニアの被写体として注目されていたから北海道遺産に制定というのもうなずけるのかもしれない。
全てとは言わずとも小さい頃から、そんな「古の残骸」を見ていた僕にとっては、さほど魅了されるものではなかったけれど…
そこに暮らしていると日常風景の一部になって、鑑みることもないようだ。
「それと…M君」
「はい?」
「いつもご苦労様だけど ちょっと有休の方、消化する様にしてもらえないかな?」
「いやぁーそう思っているんですけどね…なかなか…」
「うーん君の立場、解るけどさ、色々風当たりもあってさ 回りが取りずらいとか、上からも業務の偏りを言われててさ…」
「そうですか…」
「まぁ 君はこれからも当てにしているから 今回ちょっと顔立ててくれよ」
色々問題もあるようだな…
そんなわけで翌月、GWも過ぎた行楽の小休止といった季節に1週間の有休休暇をとった。行先は特になかったので、たまには実家でゆっくりしてこようか。いつもは年末年始に顔見せ程度でトンボ帰りしていたから…。
「なしたの? 仕事辞めたんかい?」
「いやー色々職場の体制の問題があってさ 休みも適正に取らなきゃなんないそうだよ」
「したって ずいぶん変な時期だねぇ…」
「商売のほうは近頃どうなのさ」
「厳しくなったなぁ 今年はスキーのツァーも無かったからな…」
そうだ ここにあるスキー場が売りに出された話を聞いていた。その後、買い手がついたものの更なる転売でスキーツアーの提携が取れない状況があったらしい。
「この冬は、合宿とかくらいしか団体さんは入っていなかったんじゃないかなぁ Tさんとこに入っていた団体さんとも縁が切れたみたいだし」
Tホテルは、このあたりでも大きなところで若社長が代を継いでから地域活性化を先頭に立ち奔走し、集客増を模索していたがホテルという器の維持の大きさから徐々に余力を失って止む無く廃業に至ったそうだ。
「うちはまだ常連さんのひいきがあるからね でもどこも厳しいよ…」
峠が通年通行となったからと言っても諸問題があるようだ。
「あの、Tさんとこに勤めてたYちゃん 今はNホテルの方へ通ってるよ ちょくちょく、うちに回覧もってきてくれるからね。」
「…! まだここにいるの?」
Yというのは、高校を出る頃までここから一緒に通っていた子だ。
「うん あそこの父さんは定年で街の方へ移ったんだけどね もう3年くらいなるかな? Yちゃんは、もうこっちで仕事していたからさ」
そっか…まだいたんだ… あれからもう7年経ったのか。
何も気づかずに通り過ぎていた記憶がそっと首をもたげてきた。
「タウシュベツへ行きたいね。幻の橋を見に…」
「…?」 おかしな耳鳴りがまた聞こえた ボーッていう汽笛みたいな感じの…
(つづく)
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コメント
ねこんさん、糠〇出身でしたか!(^^)Tホテル、もったいないですね・・・あそこは全体に寂れてきましたね。でも博物館のもぎりのお姉ちゃんと診療所の人が結婚したので、出会いはあるようです。
今後に期待しています。小学校は黒石小なんかもっと良かったかも。S小も駅前の集落があり良い感じ
投稿: K・T | 2008年2月17日 (日) 23時57分
知り合いは働いていましたが、ねこんは糠平猫ではありません。
父が若い頃、黒石平の発電所工事に行っていたのであの辺の話は良く聞いています。
次回、黒石平へ行きます。
投稿: ねこん | 2008年2月18日 (月) 08時56分
M君はF下宿(別館)出身でしょうか?
投稿: カナブン | 2008年2月19日 (火) 12時02分
門限は、いちお10時ということで。
投稿: ねこん | 2008年2月19日 (火) 12時36分