水中メガネ ①
やっと1年 もう1年 「ルイン・ドロップ」の雫を落とし始めて今日で1年経ちました。全国津々浦々の「ルイドロ・ウォッチャー」の皆様ありがとうございます。「廃墟」というものをネタに生き急ぐようにページを連ねてきて思ったことは、探しているのは「廃墟」の真実でなく、どこかに自分の内面を模索していたような気もします。それは、意味もなく尖っていたあの頃の自分があちこちに引っかかって欠けてしまった欠片を探しているのかもしれません。
北海道は、いまだ凍てつく冬 春を待ち小さくなっている季節。
でも、この季節は1年の中で、新しい1年への準備の時期でもあります。
新しい芽吹きのために
新しい春は、新しい出会いの季節。言葉をつづることのない詩人がまた増える春。心の揺らぎに精一杯悩み、苦しみ、酔いしれる。
ココロのマニュアルは誰もが真っ白。その最初のページが最も難しい。
早く大人になることを願う子ども 大人になれなかったと嘆く老人
本当の意味の大人とはなんだろうか?
気づきもなく、その階段に足をかけた子ども達は、すでに終わりなきパズルゲームの虜になっている…
ひとりぼっちの部屋の中 水中メガネをつける
レンズ越しの世界は、うすくブルーがかって水の中にいるみたいだ
そのまま私は、記憶の中へ潜っていく
この水中メガネが私の宝物になったのはもう3年前…
「見てみろよ なんだか俺たち そっくりだよなー」
指差した水面を覗き込むと白い歯を出してニッと笑ったKと、ポカンと口を開けた私…
水中メガネをつけたふたりは、そっくりな顔。
背中を照りつける夏の太陽と足をくすぐる川の冷たい流れ
周りを緑とお墓みたいな大きな石に囲まれた箱庭の中、この世にいるのはふたりだけのような気がして、それが何となく嬉しい気がした…
「うん…私、男の子みたいだね」
小学4年生の夏休み。雑草の海をワシワシとかき分けて進むKの後を離れずにぴったりくっついていく。
やがてボロボロの小屋が見えてきて、雑草の間からルピナスの花。
小屋を向こう側へ越えたところでKは立ち止まった。
「ここが、ひみつ基地さ。誰にも内緒だぞ!」
「え…?」
そこは、どうみても普通の家。お化け屋敷という雰囲気でもないし…
「なんだか怖いよ…それに誰かに見つかったら…」
「そんなことねーよ!俺がまだ隊員の頃からこうなんだからー。」
「隊員?」
「兄ちゃんが隊長で俺が隊員。もう『いんたい』したから俺が隊長!」
大威張りするほどのことか?
ひみつ基地とか言うから木の上の家みたいなところかと思っていて正直がっかりした。
「とにかく!お前は信用できるから教えたんだ。ひみつは守れるか?」
『お前は』とか言っているが他に選ぶ余地もなかったろうに…。でも「ひみつ」と言われるとドキドキした。目の前にある家は好きになれないけど、Kの「ひみつ」という言葉がキラキラ頭の中で輝いた。
「よし!わかった!それじゃぁ、お前を隊員に『にんめい』する。それと隊長と話すときは『うん』じゃなく『わかりました』だぞ!」
「わかりました隊長!」
Kに誘われて『ひみつ基地』に入る。中は陽が入って思ったほど暗いところじゃなく安心したけど、なんだか私達は『どろぼう』になった気もする。
静かでガランとした家の中。
「兄ちゃんの友達の家で引越しちゃったんだってさ」
Kのお兄さんはもう高校生。O市のほうにひとりで住んでいて学校に通っているそうだ。
ひとりっ子の私と違いKには兄弟がいて「うらやましい」と思っていたけど、今は私と同じ。でも本当はお兄さんがいるから、はなればなれの今、その寂しさは私とは比べ物にはならないだろう。
私達の家の近くにも昔、小学校があった。私とKが入学する何十年も前に子どもが少なくなって学校を続けられなくなったそうだ。
私達はスクールバスに乗って街の学校へ通っている。よほど遠いところにいるらしく、帰りのバスは、ふたりだけになってからもしばらく走る。一番近い友達の家でさえ自転車でもそうとう離れたところ。だから私とKは物心ついたころからずっと遊び友達で、約束なんかしてなくてもいつも会っていた。
学校でのKは、みんなを笑わせる天才で自分の失敗も笑いに変えてしまう。先生も本当なら厳しく怒らなければならないところを笑わされてしまい、言えなくなることが多いみたいだ。
人をネタにした冗談は言わない。ギャグのセンスがいいんだ。だからクラスだけじゃなく学年でも人気者。女子にも人気がいい。
「17個だぜ!凄いだろ!」
冬休みが終わって間もない頃、まだ真っ白な雪の海を走るバスの中でKは、カバンの中を見せた。色とりどりの大小の包みがはちきれんばかり…
「なっ!3年連続記録更新だぜ!」
「そんなのどうでもいいじゃん!」
「へっ 妬いてんのかよ…」
「妬いてないよ!バッカじゃないの!」
自分でも信じられないほど大きな声を出してしまい、運転手のおじさんがミラー越しにこっちを睨んだ。
「あのね!お気持はわかりますけど、来月大変な想いするのはあんただからね!17人分だよ!じゅうななにんぶん!去年だって…」
Kの顔色が変わった。
「そっか…きっついよなぁ…」
またコートのポケットの中身を出すことができなくなった…私も3年連続記録更新。
Kは私を「女子」とは見ていないのだろう。遊びはいつも「探検ごっこ」で、木登りや藪の中をさまよったり、空家の中に入ったりということが多い。だから私も傷が絶えなくて、いつもどこかしらにカットバンを貼っていた。休みの日のふたりのことをクラスのみんなは知らない。それが私の『誰にも言わない自慢』。
Kに付いて、昔パパが通っていた学校にこの前、行ってきた。昼間だけど私達の行く学校と違って、古臭くて、とても薄気味悪い。Kは、私が心の準備もできないうちに先へ入ってしまうので気持を静める間もない。近頃ではすっかり慣れてしまったけど…
何の音もしない学校の中は奇妙だ。廊下は薄暗くて不気味な感じ。ここにたくさんの子どもが通って勉強していたのだろうか?まるでここにいると二人を残してこの世からみんな消えてしまったような気がする。
Kはいつのまにか長い廊下の向こう側に行っていた。
「おーい!N!これだろ?お前の父ちゃんの名前」
「えーっ!どれどれ?」
パタパタと廊下を走って行ってみるとKの見上げる『ジャックと豆の木』の貼絵の下には確かにパパの名前があった。他にも何人かの名前があったので協同作品なんだろう。パパが作った部分がどこなのかわからないけどパパの小学生の頃を見たような気がして、すごく不思議な気分がした。
これを作っていた頃はどんなことを考えていたのだろう…
Kの家は私達の生まれる前に移ってきたのでKのパパは、ここの卒業じゃない。
通っていた学校がなくなってどう思ったのだろう…
聞いてみたい気もするけど、ここに忍び込んだなんて、とても言えない。
「なにが?」
「なにが…って…あの…核戦争後の世界みたいでさ…」
「ふーん…そういうのが好きなんだ」
「へん! わかっちゃいねぇなぁ!」
説明ができないと必ず「わかっちゃいない」がでてくる。
確かにわからない。わからないけど何かは感じている。
「もののけ」みたいなものがいるのだろうと思うけれど、それを言ったらKが何を仕掛けてくるかわからないので、しらんぷりをしているのだ。
せめて「夜に行こう」などと言い出さないことを祈っている。
そのあと体育館へいった。明るくて広いところへ出てきて、つい嬉しくなってピルエット(バレエ用語:ターン・回転のこと)をした…
バレエを毎週土曜日に通い始めて、もう3年になる。クラスの子の発表会のパンフレットを見て絶対やってみたくてパパに頼み込んだ。でも練習は、とにかく覚えることが多くて「アラベスク」や「グラン・ジュテ」みたいな大技ばかり頭の中に描いていたが甘いことに気がついた。実際は、足の基本ポジションでさえ、つま先を全然外に向けられなくて泣いて落ち込んだ。そのことでKになぐさめてもらったこともあったけど、何のことやら分からないKは「気にすんなよ」しか言わなかったのを覚えている。今ではつい笑ってしまう出来事…。
ステージの上にいるKの声で我にかえると埃で汚れた床にたくさんの丸い跡。このスニーカーだとポアント(つま先立ち)が楽なので、調子にのって靴先を痛めてしまう。この前も家で注意されたばかりなのにやっぱりやってしまう…
バレエのことはKも知っているけど興味はないらしく何も聞いてくれない。だからこれ見よがしに見せるつもりもあったのかも…。
ここの体育館は、私達の学校よりは狭いけど天井が高い。通っているところは鉄骨が見えていてたまにボールが挟まっているけど、それがない分すごく高く見える。
静かなここで、子ども達が体育や学習発表会をしたり、入学式や卒業式が行われていたのは何だか信じられない。
大事なものと無理やり引き離されたみたいで、乾いた体育館は寂しい感じがする。Kはどうしてこんな場所へ来るのだろう…
「ねぇー K-っ!」
「隊長だって!」
どこからか見つけた黄色いボールを転がしながらKが睨んだ。
「…隊長!どうしてこういうところが好きなんですかぁー?」
「なんでかなぁ…探検だよ探検! これは男のロマンだな」
ロマン?何だか良くわからない。もっとすごい答を期待したのに…
Kの探す『ロマン』ていうのはなんだろう。
私の思うバレエみたいなものだろうか。
ステージの上に立つKを見つめていた
『ボン!』と音がして私めがけて黄色いボールがすっ飛んでくる。咄嗟によけようとしたけれど、鈍い音を出して肩をかすめた。
「ちょっと!なにすんのさ!」
「狙ったわけじゃないよ。Nもこっち見てただろ?」
確かに見ていた。見ていたけど… 何を見ていた?
「私…帰る!」
なぜかちょっとキレた。これ以上ここにいちゃいけない気がしてKに背中を向けて廊下をズンズン歩いて入口へ向かう。
「なんだよ! 悪かったよ! 待ってくれよ!」
Kが追いかけてきて、言い合うふたりの大きな声が校舎の中にこだまする。
そして、この学校は、また静かな乾いた場所に返っていく…
私は、Kに腹が立ったんじゃない
(つづく)
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コメント
一周年おめでとうございます。
一年前は「こいつがどんなサイトを作るのかな、フフフ・・・」なんて思っていましたが、すっかり師匠をおびやかす存在になっちゃいましたね。見えないところでは逆師弟関係になってるのも隠せない事実です。
廃墟を扱うサイトは写真やレア物件に比重を多くする中、独自の世界観で物件をとらえる姿勢は師匠も見習わなければなりません。私も国語と、もう一度写真の勉強を始めたいと思います。
mixiがメインとなりオープンサイトがフリーズしている廃墟サイトが多い中、ファンを満足させる更新頻度は感心します。
ルイドロ2周年に向け師匠から送りたい歌は、太川○介さんの「ルイルイ」です。
♪まるでごきげんさ ルイルイさぁ〜 ルイルイ!
投稿: カナブン | 2008年2月 2日 (土) 01時17分
ありがとうございます 師匠。
10年かかっても写真のレベルは師匠には追いつきそうもないほどメカ音痴のねこん。
それほどに師匠の写真には、場の空気と香りを感じます。
ねこんは場をつかむ力に乏しいので、とりあえずこれが精一杯というところでしょう。
それでも使い切った絵の具のチューブみたいなもので、絞ると何かしら出てくるものです。
投稿: ねこん | 2008年2月 2日 (土) 12時31分
一周年を飾るにふさわしい、ご自身の原体験ですね。廃校に入ったことがない私でも、純粋で神聖なイメージを持っています。確かにことしのテーマに沿ったエピソードですが、個人的にハッピーエンドであることを願います。
投稿: アツシ | 2008年2月 3日 (日) 02時45分
アツシ様 おはようございます。
今回のネタは原体験も交差していますが、下敷きになるものがあってそこから肉付けしたお話です。
現時点で〆は決まっていませんが、ハッピーエンドは微妙かもしれませんね…
ハッピーに〆れば、アツシ様の要望に応えたということですね。
投稿: ねこん | 2008年2月 3日 (日) 09時12分