水中メガネ ⑥
「まったく…近頃のNは何を考えているのか解らないなぁ…」
「ごめんな…さい…」
「とにかく 今日はゆっくり寝てなさい」
この間の雨の中を帰ってきた数日後、熱が出た。風邪をひいたらしい。
どれだけの熱が出ているのかは解らないけど、苦しいというよりも宙に浮かんで揺れているような気分。何かを考えようとしても集中できない。
でもいいや…もう何年分も考えていたから…。 そのくらい考えた、悩んだ夏だった。
今はとにかく 眠りたい。夢の中でも静かに……
「●●さんところのことで落ち込んでいるのか?」
「なにも教えてくれないけど…たぶん、K君の家のことなんでしょうね…」
「小さい頃から仲が良かったからなぁ…」
よほど高熱が出たらしく、結局3日間寝込んだ。
病院の先生がうちまで来るくらいだったからよほどのことだったんだろう。
でもその間のことは、ほとんど覚えていない。
おかげでその後もぐったりしていたので体が元に戻るまでの間で、夏休みは終り。
あれからKはどうしただろう。
明日、バス乗り場でまともに顔を合わせられるだろうか…
でも、その心配するまでもなく、Kはバスに乗らなかった。というより学校へこなかった…。
始業式の間も学活(学級活動)も気が気でない。
帰ったらKのところへ行ってみようか…
でも…
「Nさん!」
「はい?」 隣のクラスの先生だ。
「K君のことなんだけど…」
「今日休んでましたね…」
「お家のこと 大変らしいからね。 それでNさん、K君の家の出発の時間、知ってる?」
「えっ? 何のことですか?」
「あれ? 聞いてないの?Nさん!」
「何のことなんですか?!」
「え…?あー…K君、君にも黙っていたんだね…」
「教えてください!」
「…お父さんの仕事の都合で、引っ越すことになったそうだよ。夏休みが入る前から聞いていたんだけど、クラスのみんなには黙っていて欲しいってことだったので…」
何? 何なのそれ。 私知らない! そんなこと全然知らない!
「あっ Nさん!」
私は、ものすごい勢いで走り出した。
バス! 早く! 早く来い!バス!
何? 何なんだ? 何なんだ? 何なんだ…?
いったい何が起こっているの?
また、頭が混乱する…
バスに乗っている間も頭の中で何かがグルグル回る。
そんな! そんな そんな…
私何やってるの?
家に着くなり…
「ママ! ママ!」
「はい? お帰り どうしたの?」
「ママ… Kちゃん引っ越すって…ホントなの…?」
「えっ? 知らなかったの?」
「ホントなの? いつ行っちゃうの?」
「明日…」
「どうして教えてくれないの!バカ!」
バッグを投げ出して家を出た。
…私、何やってたんだろう… 一番辛かったのはKちゃんの方じゃないか!
「Kちゃん! Kちゃん!!」
家の中を覗くといたるところにダンボールの山。
やっぱり本当なんだ…
「おや? Nちゃんか」 Kのパパだ。
「すいません Kちゃんはどこにいるんですか?」
「あーどこに行ったかなぁ…用事があるって行ってたんだけど… Nちゃん、Kがお世話になったね」
「 いいんです それじゃ」 ペコリと頭を下げて家を出た。
外にKのおじいちゃんがいた。
「おじいちゃん Kちゃん知りませんか?」
「あーあいつか? たぶん『ひみつ基地』…じゃないかい?」
「…知ってるんですか?」
「あぁ Kがよく話してくれたサ… あいつの兄貴も行ってたからな。早く行ってごらん」
「あ、ありがとうございます!」
Kちゃん! 今いくよ…
私、知らなかった…知らないから自分のことばっかり…ごめんね ごめんね…
基地に着いた。自転車を放り投げるようにして走り、急いで2階に駆けあがる。
「Kちゃん!」 いない…
どこに行ったんだろう…外を見ると 自転車が、いつもの茂みに隠してある。
「Kちゃん! Kちゃん! どこなの?!」
「ここだよ…」
いる… いるよ! 下から声がする。 急いで下へ降りた。
Kは下の私がよくバレエの練習をしていた部屋にいた。
膝を抱えて床に座っていた。側に私の忘れたバレエシューズ…。
「Kちゃん! 私知らなかったの! ごめんね! 勝手なことばっかり言って…」
「違う 違うんだよ… 俺が言えなかったんだよ 父ちゃんに…俺、反対したんだけどダメだった…行きたくないって言ったんだけど…」
「Kちゃん 辛かったんだね…」
膝に顔をうずめて凄く小さくなっているKちゃん…。
こんなKちゃんの姿、見たことが無い。
「それだけじゃないさ…もう1年くらいNのこと…まともに見られなかった…何だか自分が変でさ。普通にしてられなかった…」
顔を上げたKの目に涙が光ってた。
「私がバレエなんかして、ひとりにしたからだよ…」
「そうじゃないよ。俺がなんか変わっちゃったんだ」
「私も同じこと考えてた…私が変わっちゃったんだって…」
「私たち たぶん ホンの少し、かみ合っていなかったんだよ…」
「うん そう思う…でも、Nの大好きなバレエ、俺がやめさせたんだよ…」
「違うよ 自分でやめたんだよ」
「やっぱり見たかったよ。Nの『ジゼル』っていうの…」
「ホント?」 Kは私を見てうなずいた…
シューズを取って、Kの腕をつかむと外へ飛び出す。
自転車に乗ってふたりで走り出した。
Kは不思議そうな顔で私の後を追いかけてくる。
私は、まっすぐ思い出の場所、私の『ジゼル』の舞台を目指す。
何度か来た事のある古い学校。ここを舞台に決めた。
一番明るくて広い教室。ここがいい。
なぜ、私は急にこんな自分らしくない行動ができたんだろう。
今日は私とKが逆になったようだ。ともかく椅子を探して観客席に据える。
「ここで見ていて」 そして静かに丁寧にシューズを履いた…
「私、まだ未完成だから そこは許して」
「うん」
魂が一瞬にして濾過されたみたいに 私は別な存在になる
ターン…
体が軽い ここしばらく私にのしかかっていた重いものが一気に消えて凄く軽い。
床から埃が静かに舞い上がって窓から差し込む光にキラキラ輝いている。
命を失った教室も明るく輝いている気がした。
Kが私だけを見てくれる…
これが、私の夢だったんだ…
ターン…
ここにいるといつもとは違う時間が流れる。
時が凍り付いていて、陽射しに当たった分だけが音をたてて弾けるみたい。
学校はずっと生きている そんな気がした。
味方をしてくれた きっと…
タン
どのくらいの間、踊っていたんだろう。
私の「ジゼル」は、およそ習っていたものとは別なものになっていたかもしれない。
ふたりだけの劇場に賞賛の拍手が響いた。
レヴァランス(感謝のポーズ)で全て終える
目を閉じて、静かに深呼吸
私の中に閉じ込められていた「ジゼル」は、これで開放された。
1年生の時の冬 学校帰りに雪合戦をしていたら Kちゃんのぶつけた雪に氷が入っていて私あんまり痛かったから おでこを押さえて泣いたら Kちゃんたら私以上に泣いて謝ってたことがあったよね…
あの時、ビックリして私がなぐさめたんだよ
そんなに泣いてねーよ 目を押さえてからビックリしたんだ 目が潰れたと思ったよ
2年の春に兄ちゃんと基地でけんかして「どくりつせんげん」したんだ 林の中に地下室を作ろうとしてたら Nが「手伝う」って家から大きいスコップを持ってきたけど すぐ「疲れた」って… 帰りはNをおぶって帰ったんだよ
あんな草や木の根がびっしりのところなんて掘れるわけないじゃない 「ヘビが出てきたらどうするの?」って言ったらKも急に掘らなくなったんだよ
3年のときなんか 私の誕生日プレゼントだって 昆虫標本をくれたけど 中に「ガ」まで刺してあって 私死ぬほど驚いたよ 思わず放り投げちゃったっけ…
あれはないよなぁ イタズラのつもりじゃなかったんだよ あれだって昆虫だろ? 虫だからって差別するなよ
だいたい「モンシロチョウ」ばっかりじゃカッコにならないだろ?
うん 楽しかった…
もう さよならなんだね…
…
握手してくれる?
うん
手のぬくもりが伝わってきたら涙がこみ上げてきた
でも、今度はガマンしなかった。
Kも同じだ 顔をクシャクシャにして とても悲しそう…
『隊長!』
Kは白い歯を見せてニッと笑った
「水中メガネ」の頃の顔で
(つづく)
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コメント
先輩の思い出も入ったプチノンフィクションドラマですね。
(つづく)の下にバレエの広告が4つも並んだのに驚きました。
投稿: カナブン | 2008年2月12日 (火) 12時08分
キーワードを並べるとこうなります。
その筋のアクセスも上がりますね。
去年は、「心霊写真」と「リフォーム」の広告ばかりでした。
長々続けてきましたが次回、最終回です。
かなり色々なものが錯綜しましたね。
投稿: ねこん | 2008年2月12日 (火) 12時23分
あの学校の卒業作品は印象的で見入ってしまいました。ここで改めて見られるとは。すてきです。
投稿: ここあ | 2008年8月21日 (木) 01時24分
「ここあさん」=「cocoaさん」ですよね?
ここの教宅に住むためにひとりで直してるお兄さんがいます。
顔はすっかり覚えられたようですが、いい人ですよ。
この辺りも離農跡が多いようですが、昔は近くの鉱山空の人もいて運動会とかは盛況だったようです。
卒業記念作品の残された小学校も多いですね。
こんな子どもたちの足跡が見られるところが好きです。
何度も行くと細かく見るようになって壁の落書きなんかも探してみたりします。
投稿: ねこん | 2008年8月21日 (木) 08時44分
左様です cocoaです。
そうですか...先日寄ったときに誰か居るようだったので近づきませんでした。挨拶しても理解してくれない人も居ますからね。理解のある方のようでなによりです。
鉱山は近年金脈も見つかっているそうですが、採算があう量じゃないそうです。このまま静かに時が流れてゆきそうですね。
そういえば近くの温泉はどうなったんでしょうね?
昨日某温泉街に行くために近くは通りましたが、特徴的な看板を横目に確認していませんでした。休業中の貼り紙は剥がれていたような...
投稿: ここあ | 2008年8月21日 (木) 10時39分
S●Vの名物パーソナリティ日高●郎氏のお薦め温泉という触れ込みもあり、館内に同氏の関連品展示室もあったほどです。
市街の方に身近な温泉ができたためなのか地元の利用がめっきり減って夜逃げしてしまったそうです。
館の閉鎖は元の経営者がしました。
所有はあくまでも逃げた方なので、再開もできないらしいです。
断って露天風呂を見てきましたが荒れてましたね。
あの温泉の裏にも鉱山があったそうですが今は痕跡もありません。
採掘初期のあの一帯は試験掘り跡だらけだったそうですよ。
投稿: ねこん | 2008年8月21日 (木) 11時40分
なるほど
だから日高氏の展示室(?)があったのですね。
ロビーの水槽にいたスッポンモドキの行方が心配です。
閉鎖寸前、ロビーの改装を行っていました。テレビも新しくなってこれから何かやりますって雰囲気だったんですけどね。
源泉はたしか28度だったはずですね。
燃料代高騰で稼働していたとしても傾いていたでしょうね。
鉱山にも興味がありまして資料的には調べていましたが、実際の踏査には勝てません。あらためて畏れ入りました。
投稿: ここあ | 2008年8月21日 (木) 13時24分
あそこの情報は、ほとんど現地の人に聞いたんですよ。
古い鉱山地図には亀甲鉱山と言う名で載っていました。
先代の時は鹿鍋や食用蛙のから揚げ、山女料理など出していましたが代替わり後は、なくなったようです。
すっぽんも主に通販の権利を持っていて旅館の売り上げよりは良かったようで噂では儲かっていたそうですが、維持費で厳しくなったのでしょうね。
源泉温度だと●水町の公衆温泉とかは15℃って所もありました。施設老朽化で売却されたそうです。
投稿: ねこん | 2008年8月21日 (木) 13時45分
わたしはここから調べていました。
http://www.gsh.pref.hokkaido.jp/publication/digital_publication/d_reports1_index.html
スッポンは食べに行きたいなぁと思っていたんですけどね。精力増進ならずです。
あそこ冷泉だったんですね。
循環による塩素臭が有名でしたね。
投稿: ここあ | 2008年8月21日 (木) 14時52分
閉鎖の噂を聞いてから半年後くらいでしたが裏の生簀みたいなところにヤマメのような魚が数匹まだ泳いでいましたよ。
投稿: ねこん | 2008年8月21日 (木) 17時34分