« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年2月29日 (金)

廃墟の歩き方

「エーッ またぁー?」

車をいきなり脇道へ入れて変な建物の前で止まるで、つい大きな声を出した。

Dscf1332

「『また』はないじゃんか! 分かってると思ってたよ!」

Dscf1329_3 失敗した…つい本音を出した。たしかに分かっていたんだ。郊外にドライブなんて「こいつは、また『廃墟』に行く気だ」ってことは。
後部座席にカメラの入ったバッグも目に入っていたんだから覚悟して当然だった。だから近頃は、それを見越してドライブの時にお気に入りを着ていくのはやめた。
いつぞや、壁の釘で引っ掛けて破いてしまったことがあったから当然何があっても無難な服装にしている…

なのに口に出してしまったから、バツが悪い。押し問答になるとAB型のこいつに理屈では勝てっこないから。

「いや…ごめん」

大抵こういうときは、黙って付いていく。バツが悪いというより、ひとりで車に残るのが嫌だから…。 今日はまた古そうな家を選んだものだ。

Dscf1318

「いやぁー これは凄いな…」

なにやらニヤニヤしながらカメラを取り出して、バシャバシャと撮り始める。
正直、こんな粗大ゴミみたいなところは私は好きになれない。埃だの蜘蛛の巣など不快なものが多いし、妙ちくりんな匂いもするから。

ここはそれでも日の当たる側が廊下で、ガラス戸が入っているから明るい。
もうすぐ春も近いので陽射しのあたる部屋の中は暖かだ。
でも、その辺に触ると埃以上のものにまでくっ付かれそうで、私は終始腕組みで床を選んで歩いている。

Dscf1326

Dscf1322 「なんなの ここ…」

「説教所じゃないかなぁ 開拓時代まで遡ると宗教団体の入植は多かったし、普通の集団入植でも開拓が軌道に乗ってくると故郷からお寺を呼んだりしたそうだから。開拓団が分散するとこんな説教所が置かれて住職が巡回したりするんだよ。 それ以外にも地区集会所にも使ってただろうけどね」

「どこで調べてくるわけ? そういうの…」

「図書館の郷土史とか…」

似合わないなー こいつが図書館なんて…
いつから、こんなことやり始めてたんだっけ?
たしか部屋で『廃墟の歩き方』なんて本を見つけたときだったな…
その頃は、ひとりで回っていたようだ。

Dscf1327 朝から電話にも出ない 携帯は圏外 部屋へ行ってみたらやっぱり留守… 後で聞いてみると…

「写真撮りにいってるー」

でも度々続くと 怪しくなって言った。

「連れてって!」 これが失敗だった。

 

「3時ね。朝の3時にうちに来て」

Dscf1320

Dscf1321 えぇ~?なにそれ! 信じらんない…
ふたりで旅行したときもそんなガッツなかったのに!
自分から言った手前「嫌だ!」と拒否もできず、夜も明けきらない時間に起きる破目になってしまった。こんなことは、釣好きと付き合っていたとき以来…。
それ以来、たびたび廃墟めぐりに同行するようになったが、いつも行くわけではないし「今日はどこそこに行く」ってなことも言わないので性質が悪い。

「廃墟って言っても地面の上に建っている以上、持ち主がいるんじゃないの?」

「うん たぶんね。近くに家があったら聞いてから入るけど、辺りに人がいる様子が無かったらそのまま入るかな…写真だけだし」

Dscf1324 たまに廃墟の中で私のことも撮ることもある。「あがったよ」 とプリントを渡されるが場所が場所だけに人様に見せられるものではない。そういうときの顔は大抵ムッとしているからなおさらのことだ。

「廃墟と私」どっちが大事?
そんなことを聞いてみたい気もする。愚問だろうけど…さすがに聞くのは気が引ける。

「ねぇ!」 三脚の脚を伸ばしているときに声をかけた。

「なに?」 

「廃墟のどんなところが良いの?」

Dscf1323 「うーん 何でかなぁ… でも新しい家より、古い家のほうが絵になるだろ? それに、こう崩れかけているところなんて遺跡みたいでさ こんな名も残っていない家でも風情があっていいんだよね」

すごく嬉しそうに笑顔で話す。
でも私にとって、こういうところは幽霊屋敷以上の何ものでもない。

「それに 俺んとこ引越しの多い家でさ ほとんど1年くらいで動いてたからさー」

なるほど、それで友だちが少ないから偏屈な趣味を持つようになったのか…。

Dscf1330

Dscf1319 「故郷って無いんだなぁ 友達とか長く住んでるやつらは、こんなボロボロの家とかをよく知ってて、うらやましかったよ。 1回連れてってもらった空家に何十年も前のマンガがあって、忍者ものとか宇宙ものとか、今の感覚と違ってすごかったな… 鬼太郎も載ってたよ。40年くらい前のマンガさ 何かすごいもの見たなーって気がしたよ」

ふーん そうなんだ…

「いっつも付き合ってもらってありがとね」

「えっ?」

「嫌々ってのは分かってるんだけどさ。明日は好きなところ一日付き合うよ。」

ファインダーを覗きながらそう言った…
そうだよねー なに言っても捨てたもんじゃないんだよね。
その一言で、気分が澄み渡った。

「そうだねー たまに釧路の方行ってみたいなー」

「釧路!いいよ! 尺別寄っていいかな?」

 

 

ゲッ… またかい…
当分、こないだ買った服は着られそうもない。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年2月27日 (水)

チョコレート・スフィンクス考

Dscf5912

Dscf4925 このところ、重い創作に嵩じていました。

「水中メガネ」「夏草の線路」
くどいかなぁ…と思いつつ 評価は別としてこれはやっておきたいなーっとのことでした。

あまりにも長文なので「飽きられないか?」という心配も持っていましたが思いがけずアクセス数も上がりまして、読んでいただいた方には感謝いたします。
意外とこういうの神経も疲れるものですよ。感情移入するんですね、書いてて…
特に「水中メガネ」に関しましては、想い深い体験談のメールを下さいました方がいらっしゃいました。

Dscf4939 今回は、その方に送ります。
当初、思いつく限りメールで返信しましたが、その後は音沙汰も無いのである程度吹っ切れたのだとお察しします。

必要以上深く干渉するのも無作法と思いましたが、答は見つかりましたでしょうか。
ねこんが借り物の着想で書いた「水中メガネ」は、そんな貴方への手紙だったと思っていただくのは、むしろこちらも望むことです。

Dscf4926 こんな北海道の片田舎のボロ猫が心の封印を解いたのであれば、それは誤解であっても謝罪すべきかもしれません。
ただ 過去は過去として 未来の足枷になってはいけない…と、思います。

Dscf5061 拝見しました貴方の現在を読んで、昔読んだ本を思い出しました。
劇画ですが、伊藤重夫という人の描いた「チョコレートスフィンクス考」といいます。
そこから貴方のたどるべき答えが読み取れたわけではありませんでしたが…
そちらの専門古書店では見つかると思います。
面白みがあるかどうかは、別ですけどそんな印象を持ちました。
だからどうした…ですが。

少なくとも貴方が「ルイドロ」に入ってこられたことは、封印された過去を解こうとしていたのだとも取れます。

Dscf4981

これだけは考えてください

いくら廃れても人も廃墟も決して捨てたもんじゃないということを…

近い将来、心の闇が消えて貴方様に幸あらんことをお祈りします。

                             ねこん

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年2月26日 (火)

夏草の線路 ④

04phaj29

Window

その日は、お互い離れられない気分で、Yの部屋に寄ったまま泊まった。

自分の部屋でも狭いと思っていたシングルベッドもふたりで寝ていたのにそれを感じなかった。

 

  ブーン… ブーン…

えっ? また汽笛?
いや、携帯のバイブ音だった…

Room3すっかり目が覚め、あわててでる。

「はい? あぁ… うん 大丈夫だよ。 いゃ…うっかりした。 うん 今? うん…ちょっと帯広の方にいるよ。 えっ? 今日帰るよ。 はいはい… じゃ…」

昨日、帰らなかったのでどこかでガス欠になったと思ってたようだ。電話も入れなかったので心配はするだろうな… 峠でガス欠は確かに多いらしいから。
それにしてもまだ朝の6時前じゃないか…

「すぐ近くにいるのにね…」 毛布にくるまってYが茶化し笑い。

とっさに「帯広」と言ってしまった。

「ここにいるとも言えないだろ?」

「どうしてー? 言っちゃえば…」

「なんだよ! このぉー」

知り合った頃からYは言葉が少し挑発的だ。 それにまともに食ってかかるのが自分。
いつも、からみあってて、傍からみると喧嘩しているみたいだった。 昔も今も…

Pencil 

BookRoom2ずっとベッドにいて、起きだしたときはもう10時を回っていた。 

「今日、帰っちゃうんだね…」

「うん…」

「汽笛…」

「え?」

Toteppo「あの汽笛ってどうやって鳴らしたのさ?」

「どうって…Mちゃんがそう書いていたからそうしようと… でも、機関車まともに見たことないからイメージがわかなくって…この辺にも士幌の駅にもないし、帯広へ見にいったのさ。「とてっぽ」っていうのを。そしたら全然小さくてさ…違うな~って。」

「あれは軽便鉄道だろ」 

※旧十勝鉄道=とてっぽの名で親しまれていた軽便鉄道車両

Roco1「そんなのしらないもの… そしたら新得にあるって話を聞いて、見に行ってきたんだ2両 そしたらイメージしやすくなったよ… これを走らせようって… 橋とか赤茶けた線路を走っているところを目をつぶって考えて… でもホントに届いてるのかってのは分からなかったよ」

※新得市街に近い旧狩勝線と新線の並ぶ脇に保管されている車両

確かに聞こえていたんだ。今思うとかなり前から… 手紙のやり取りの頃からとすると結構前からだ。 もっとも「耳鳴り」と思ってたわけだけど。

「俺にもできるのかな?」

「うん きっとできるよ 向こうに戻ったらやってみて 聞こえたら私も応えるから」

でも不思議なこともあるもんだなぁ… Yは、そうは思っていないようだけど。

 

Mugi「●●さんの言うこと 少し考えたってや 今もいい仕事なんだろうけどサ あの人もここのこと考えてるんだわ」

「うん わかったよ 考えとく」

「忙しくても ちゃんとご飯は食べとくんだよ! 何すんのも体が資本なんだから」

「うん うん 解ったって! じゃ 電話するから」

そこそこに糠平を出発した。
それにしても帰省ごときで大げさだよなぁ 親心なんだろうけど… 

Michi2

途中にある黒石平へ向かう。 林道を少し入った所に昔、この辺りにあった黒石小学校跡を示す碑が残っているらしい。
Yはそこで待ってると言った。別に家でもよかったんだけど…

「おばさんにちょっと後ろめたくなっちゃったから…」

「なんでー? 何の罪悪感?」

「んー そーいうんじゃないけどさ…」

 

Dscf9345_2 この辺りは、昭和28年に電源開発に伴った糠平ダム工事の着工で集落が形成されて学校も創設されたそうだ。発展期にあって、ダム建設という新技術が児童の創造力に灯を点したのか『全校生徒が発明家』のタイトルで学校がテレビ紹介されたこともあったらしい。その証として昭和37年に発明工夫功労校を当時の科学技術長官から賞された。
ただし、ダムの完成から現場は解体。人々は黒石平を離れていった。

現在は発電所を除き、後の電力館を初め、全てが『無』に帰してしまった。
ただ当時を偲ばせるのは、この『小学校跡の碑』だけ。

 

Dscf9342_3 「待った?」

「ううん 少し前に来たから」

「これかー “小学校跡” 校名は入ってないんだな。」

「刻まれちゃったから ここの自然とひとつにもなれないんだね…」

…? 

 

  

「こんど こっちにも遊びにおいで」

「うん きっと行くよ!」
 

 

白樺の木立に埋もれる碑の前でしばらく抱き合っていた。
このままだとずっと離れられなくなりそうだ…

「じゃぁ…行くよ」

「うん…気をつけて」

 

車に乗り込みエンジンをかけた。

「…ずっと待たせてて ごめんな…」

「待ってなかったよ 繋がってたんだから…」

「じゃ…」

黙って手を上げて返事。 見えなくなるまで手を振るのがミラー越しに写る…
帰途は、いつもより長かったような気がした。

Night_road

「やぁ 休暇はどうだった? 故郷を満喫できただろう」

「はい! おかげさまで 初めてタウシュベツの橋を目の前で見ましたよ 課長のおっしゃるとおり、あれは『ロマン』でしたね」

「そうか それは良かった。そういう感覚も君の武器になるだろうね」

「はい! ありがとうございます」

Warkたかだ、1週間のことだったけど 前と後では心の置き様が変わってしまったみたいだ。
日常がとてもぎこちなく感じている。

同じ空の下 同じ大地の上 地球儀を回してもとても小さい島国。それでも四季の豊かな国。 北海道ひとつとっても札幌と上士幌では空気も気温も違う。 それほどに遠く感じてしまうんだ。 車でも3時間程度 その距離がわずらわしい…

とりあえずもう少ししたら、これから先のことを考えよう。
「考えてみてくんないかな…?」
まだ漠然としているけど、それに関して良い返事はしたいと思う。
ごく近い将来に… 

そうだ 汽車か…頭の中で機関車が動き出すと想いが届くんだったな…
…といっても いつか見た「鉄道員(ぽっぽや)」しか浮かんでこない…
キハじゃなくてD51でないと…

 

 

  ボーッ… 

Cup

あ…

聞こえた…汽笛の音

確かに聞こえたよ…

Pencil_line

 このまま気づかずに

 通り過ぎてしまえなくて

 何処まで歩いても

 終わりのない夏の線路

 いつでもまなざしは

 眩しすぎる空を越えて

 どんなに離れても

 遠く君に続く線路

          「夏草の線路」 遊佐未森

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年2月22日 (金)

夏草の線路 ③

Dscf6321

「おっ Mちゃんお帰り 待ってたよ」 Yと家の前で別れて家へ入ると近所の民宿のおじさんが来ていた。

「どうも おひさしぶりっす 何か…?」

「お母さんともちょっと話してたんだけどさ…Mちゃん観光の仕事してるんだってね」

Dscf6309なんか妙な雰囲気…下心ありそうな感じだよな。

「普通のサラリーマンですよ 仕事の話すか?」

「うん そのことなんだけど…何となく聞いててくれてたと思うけど、Mちゃん こっち戻って糠平と町を助けてもらえんかな」

そらきたよ きたきた… たしかに前にもおふくろがそんな話をしてた。

Dscf6322「いやぁ そんな器じゃないですよ…それに…糠平も上士幌も充分やってますよ」

「でもなぁ 材料そろっていても、それを扱うソフトっていうのがさ… 関連会社とも話し合ってんだけど しっくりこないところもあって こう、何つうかさ 現場と中央を知ってる人の力が欲しいなってのがあるんだよ」

「はぁ…」

「うちらも旅館はプロだと思ってるけど 客が来ての商売だからね 人の足を向かせる努力ってのがもう少しな…」

「責任重大ですよね…」

「ちょっと考えてみてくんないかなぁ…」

「はい…」

嫌だよなぁ…当てにされてもなぁ…
その後は、世間話や昔話で飲んでいたけど正直ギスギスしてた。

Dscf6337

どうも眠れない。
しかたないので昔読んだ本をパラパラ…と間に写真が1枚。
学祭のときのだ。Yとふたりの学校ジャージ姿。フェイスペイントまでしてるけどなんのマネだっけ? とにかく世間のゴチャゴチャしたものを考えなくてよかった頃か…この半年後には別々になったんだな。

 

「じゃ また明日ね」

あいつ何考えてんだろ? 
こんな山奥の秘湯地暮らしといっても今は付き合っている奴でもいるんだろうに… 普通じゃ今時期みんな仕事だから暇なんだろけどさ…
俺も何考えてんだろ? 
木曜には札幌の暮しに戻るんだから元の何もなかった時間に帰るんだ。何か忘れたような気もしながら今まで過ごしてきたんだから…

Dscf6345

いつの間にか明るくなってきた。夏の朝は早い。キャンプシーズンがくれば、ここの朝も一時の賑わいで、ここの窓からでもテント村が見えるだろう。

おや…? あそこを歩ってるのはYじゃないかな? こんな早くから何やってんだ?
けどチョコチョコした歩き方で何となくわかる。鉄道資料館の方へ行くのか?
夏とはいっても朝は寒い。ここだとなおさらだ。白い息を吐きながら、あいつの行った先をたどった。

Dscf6299_2

Shiryou 資料館の辺りは元士幌線糠平駅があったところで駅舎自体は今は解体されている。かつての軌道跡に一定の区間レールが敷かれ、客車が1両往年の情景を偲ばせる。ここは遊歩道として簡単な維持整備で糠平川を越えるアーチ橋までを辿ることができる。
狭い街なので人目をさけるようにYと良くここを歩いた。バスにでも乗らなけりゃどこへも行けなかったから… アーチ橋下の川原でたいしてすることも無く、ダム湖に向って石を投げてた… 願い事でもするみたいに。

「タウシュベツへ行きたいね  幻の橋を見にさー」

「いいよ 今度行くよ…」

Dscf6297でも自転車だから、行かなかった。
バスもあったんだけど あの辺にはバス停もなく本数も少ないし、途中までバスで行っても林道の奥深くだから、本当に行こうとは思っていなかったな…

それで…あいつ、どこへ行った?
遊歩道は、そこそこ距離があって橋がこんなに遠かったかと思うほどだ。
何とか橋の上まで来たけれど見つからない。
いいや あとで聞けば。
ひょいと橋の下を除きこむと…

「あ… いたよ…」 向こうも橋を見上げてて目が合った。
ただし、カメラのファインダー越しで。

Dscf6304

Dscf6306 「びっくりしたよぉー! どしたの?」

「ゆうべ 寝られんかった… ●●荘の親父さんがきてさー」

「あー その話ちょっとおばさんに聞いたよ」

「で…どう思う?」

「いいじゃん? そしたら またいっしょにいられるし」

Dscf6310 それってマジで言ってんのか? 少なくとも5年は空白だったのに。
こういうのを小悪魔ってのかな… 25にもなったらそうは言わないか。

「そんで 何やってんの?」

「写真だよ カメラ持ってるしょー」
大きなデジ1眼がこいつには何だか不似合いに感じる。

「へーっ いつから」

Dscf6303 「2年くらいかなー その前は見るだけだったんだけどさ せっかく来てるのにもったいなくて…覚えるの大変だったさ」

「だろーね」

「いっやー ムカつく!」 そう言いながらも笑ってる。

道を引き返しながら話をした。

「昔、よく来たよねー ここ…どこかっていうと、ここばっかりでさ…」

「もう飽きただろ」

Hi_2 「ううん 飽きないよ 大好きだからー このまま変わらないでいてくれたらって思う」

「…(なに)?」

「今は、車があるから幌加とか三股なんかも。去年だったか撮ってたら川向こうに熊が出て逃げた!」

「危ないなぁ 逃げると追うんだぜ 熊は」

「そうだよね でも冷静になんかなれないよ!」

それはそうだ。

Room 「朝、まだでしょ? うちに寄って」

「いやー 眩しいな…」
部屋の中じゅう白一色。オフホワイトって程ではないけど天井から床まで全面「白」

「父さんの退職で公宅を出ることになって…探したんだ ここ。レンタルルームに改装したところらしいんだけど需要がなかったんだって。白いのは私がふた月かけて塗ったんだよ」

どうりで、目が痛くなるほど白いんだ。

「色々撮っているの?」

Tea「うん アーチ橋は大体。トンネルも行くけどほとんど塞いであるし、怖いから入らないよ あとは風景とか気球とか…」
コーヒーマグを手渡しながら熱く語ってくる。
いつものひょうひょうとした性格と違うところが見えた。

Back「タウシュベツの橋も?」

「…いや… まだ行ってない…」

「えっなんで? あそこ有名じゃない」

「うん…そうなんだよね…そう…」

「…?」

朝食を食べながら話をした。

「どの辺まで撮りに行ってんの?」

Dscf6346

「士幌線だけだよ 今は 士幌駅までかなぁ…行ったの 今だに方向オンチだからさ。新得から戻るつもりで然別湖目指してたくらいだから 仕方ないからそのまま走ったけど湖畔の狭い道の対向車が怖くてさーすごく時間かかった」

Dscf6302 それは重症だ ナビでもないと。
運転免許をとって、もう4年。Tホテルが廃業した後らしい。
ここからの自動車学校通いは遠いので、えらく面倒だったようだ。
高校卒業が近づくころになると就職組の希望者には、まとめて送迎バスが出るけどその時は利用してなかった。

「Mちゃんさー 向こう(札幌)で付き合っている人いるの?」

「いや いないよ Yこそどうなのさ」 なんだ?いきなり…

「私はこんな場所だからねー 職場もそんな札幌みたいに出会いなんてないから」

「でも おふくろの話では、この辺でもロマンスなことあったそうだよ。ホテルだってお客さんは来るんだろうに」

「バッカじゃないの! 客室に用もないのに『こんにちはー』っていけるわけないじゃん!」

Dscf6343 「ふーん ホントかなー」

「ホ・ン・ト!勘ぐって何さ!」
フォークをこっちに突き刺すようなそぶりをして苦笑い

「なんで タウシュベツには行ってなかったのさ?」

 

「そうだよ… お願い、今日連れてって!」

「別に…いいけど?」
なんか妙だな…?

Michi3 家に戻って自分の車で出発した。

「めがね橋かい ガス欠に気をつけなよ。 父さんの車じゃあそこまでは行けんからね」

何だかんだ言っても自分も行った事はない。仕事上の素材写真では散々見ていたけど現地がどこかも正直知らない。

「林道の入口はわかるよ 今は表示もあるから」

Dscf6324

幌加駅跡より手前にその林道はある。タウシュべツ橋梁は4㎞先との表示もあった。
林道といっても車の行き来も多いらしく、砂利敷きの道とはいえ、状態は良い。

「えーっ ドキドキしてきたよ…」

大げさだなぁ たかが廃線跡じゃない…課長も言ってたな「ロマン」とか。

本来、タウシュベツ川河口にかかる橋梁は減水期の冬場は、その全体を現し、増水する6月ころから徐々に湖面に沈みだし、10月あたりには完全に没する。
こうなったのも廃線後に大量の発破作業を伴うダム工事で誕生した糠平湖がそうさせているわけで、ここだけではなく十勝ダムや金山ダムなども学校や最寄の集落を湖底に沈めている。糠平でも温泉旅館がその煽りで廃業している。
そんな季節で見え隠れするところが「幻の橋」たる所以なのだが、この状況から橋を保存することは不可能なのだと思われる。
カスカスのお菓子細工のような感じのこの橋もいつか完全に崩れ落ちてしまうんだろう。
旧国鉄上士幌線のこの辺りの橋は、アーチ形がほとんど。元より山の景観を損なわないものをという考え方がここにはあったそうだ。
骨材の砂利も現地調達ということで、この橋のように白っぽいものが存在する。

Dscf6319以外に遠く感じた4㎞先の深い木立の脇に駐車場があった。
そこから湖に向かって整備されているとは言いがたい(むしろ趣がある)川底のような道が森の間にぽっかりと開いている。湖畔までは、そこそこ歩きそうだ。

「去年は、雪も雨も少なかったからずっと見えていたんだって」

それも地球温暖化と関係あるんだろうか?
少なくとも気候が何かの影響を受けてはいるようだ。

「どうしよう 緊張してきた…」

ホントに来てなかったのかい。どうしてまた…熊がトラウマになってるのか?

Dscf6314

Dscf6318 森を抜けるとタウシュベツ橋梁が現われた。まっすぐこっちを向いていて、今歩いてきたところが軌道跡だったのだろうか。
角が取れてボロボロに風化して鉄骨も剥き出しになっている。その白い姿は橋と言うよりも大きな生き物…恐竜の骨みたいだ。 河口にゆったり横たわる巨大な恐竜の背骨。

「すごいねー この橋 優雅に走るんだろうね」

「走るって?」

Dscf6317 「そう 何か来るんだよ 向こうからこっちに… こっちから向こうにも…」

「ロマンチックだな」 ちょっと吹き出しそうだった。真顔で言うもんだから…

「あーッ バカにしてるしょ? ホントなんだよ」

何を言うやら そんな夢見る頃じゃあるまいし…

 

 

    ボーッ  

 

Dscf6315 え? また聞こえた 今度は、すごくはっきりと…
思わず回りを見渡した。 耳鳴り…? じゃないような…

「聞こえたの? 汽笛」

「えっ? 汽笛?」 たしかに汽笛みたいだった。

「前に手紙に書いてた『見えない汽車』をわたしが走らせたからだよ…」

「汽車?」

そうだ そんなことを書いた覚えがあった…

僕の事 思うとき
目を閉じて汽車を走らせて
聞こえない汽笛を聞くから

でもそれは、なんとなく思いつきで…

「だから…ずーっと走らせたんだ 私… 昨日も」

満天の星空の下、透き通るように白い汽車がこの橋を飛ぶように渡る様を想像した
湖畔に悠々と立っている橋の袂で続く沈黙

 

  

「聞こえていたな ずっと前から…」

「やっぱり聞こえてたんだねー ありがとうタウッシュー!」

「なんだ?それ」

「約束だったから、ひとりでここにこないって決めてたんだ だから橋が叶えてくれたんだよ」

そうだ 約束した8年は経っているけど…

「ありがとう 約束叶えてくれて…」

Dscf6316

「写真…撮んないの?」

「んー…今日はいいやー 何だか…」

手持ち無沙汰で、ついポケットの中で握りつぶして石ころになってた気持を橋の向こうへ思いっきり投げた。

「─ どしたの?」

「捨てたんだ ここに捨てるものをさ…」

不思議そうな顔してたYが笑った

(つづく) 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月19日 (火)

夏草の線路 ②

夏草に埋もれた線路は 低く陽炎揺らして
七色にさざめく小さな風をはじくよ…

Senro2

「おばさーん こんにちはー あれ? あはははははは…」

Yとの再会は当然のごとく、そしていきなりだった。
遅い朝飯の最中、ボサボサの頭で。しかも母さんが衣装箱から引っ張り出してきた高校の指定ジャージという格好だったから…でも指さして笑われるとは、かなりムッとした。

「なんだよ! 感動の再会にそれかよ! デリカシーねぇな!」

「ごめんごめん でも似合ってるよね~ そのカッコ! うん!まだ高校生で通るよ!」

Nホテルのネームを付けた制服姿のYは、かなり大人びて見えた。当然、化粧も覚えているから、なおのことだ。 それにしても歯の治療跡が見えるほどの大口を開けて笑うところは、やっぱりまだ、大人になりきれてないというか…昔のままだよな。

「あらあらYちゃん いつもご苦労様」

「こんにちは おばさん回覧です。 それと両親が昨日うちに寄って山菜を置いていったんですよ 『持っていってくれ』って…」

「まぁ~すいませんね いつも… 寄ってくれればいいのにね~」

「退職して、やりたいことがたくさんあるらしく、せっかちになったんですよ。それに…ここの畑のものをお土産にしているみたいで後ろめたいんだと思いますよ」

「いやいや助かりますよ わっち(私)も近頃じゃ足腰がゆるくないから助かってます よろしく言っておいてくださいね」

「はい! それじゃ仕事中なんで失礼します。 あっМ君いつまでいるの?」

「夕べ来たんですよ 電話も入れんで… 1週間休みを取ったとかでね」

「木曜あたりに帰ろうと思うけど…」

「そうなんだ 私も明日から代休分と3日あるのさ! 久しぶりだから、かまってくれる?」

パリパリッ

「んー? 別にいいよ」 沢庵をくわえながら答えた。

「まぁー愛想ない子だねぇ…」

「いいんです 変わりなくて… それじゃ失礼しました」

そう言うと母さんに頭を下げて、小走りで戻っていった…

 

 

「いつまでご飯食べてるんさ  沢庵ばっかり…」

気がついたら一鉢、空にしていた。

Plt013

翌朝の9時にYが来た。昨日の制服姿とは一変して薄いブルーのキャミソールに同色のカーディガン。白のレースっぽいスカート…やっぱり女の人は着るものでイメージがえらい変わるよな…

「えへへ…おしゃれしてみた! 似合う?」

「うーん… でもスニーカーみたいのが変だよな…」

「いやぁ~ そのくらい見落としなさいよ デリカシーないねぇ! 私、パンプスで運転できないもん」

Ek056彼女の車で帯広方面へ向かった。帰りに街で給油してきたいとの事なので。
元はこの温泉街にも給油所があったのだが、現在は閉鎖されている。それで上士幌の街から層雲峡までの間は給油所が一切なくなってしまった。 時折、峠でガス欠で救援を呼ぶ輩も多いらしく、街を過ぎるあたりには、先に給油所がないことを知らせる看板も見かける。
温泉に暮らす人たちも給油は街まで出てこなくてはならなくなった。
ガソリンを入れるためにガソリンを使うみたいな妙なことがあるのがここの現状だ。

Dscf9348

トンネルを越えてから間もなく黒石平というあたりに差しかかっている。

「あれ? ここに電力館があったよね」
いつもは黙々と走っていたが助手席に座っていて初めて気がついた。

「いつごろだったかなぁ… なくなっちゃったよ」

Dscf9343 発電所に隣接した電力博物館があったのだが、観覧者の減少からかなくなってしまったようだ。この発電所が作られたころは宿舎や学校が多く立つ場所だったらしいが、唯一の建物もなくなってしまった。往時を知る痕跡は知る人も少ない、小学校跡を記す碑だけになってしまった。
こんな場所での上下車も無かろうに…今はバス停だけが無意味に残っている。山肌にも士幌線の橋脚やトンネルが見え隠れするのだが緑の多い季節にはそれらもほとんどが隠されている。
その筋のマニアにはこたえられない場所だがあそこへは簡単には行けないだろう…。

こうしてボーっと風景を眺めているとバス通学の頃を思い出す。
帰り道、この辺まで来ると顔見知りでもなければ車内には残っていない。
だから同じ小学校出の連中だけが車内に残り、さながらスクールバスのようだった。

Dscf9349 Yが同じバスに乗るようになったのは、高校に進学した数ヵ月後からだった。
親が開発局の仕事で移り住んでいてきたと後で聞いている。
始めは、見慣れた面々の中で小さくなって座っていて、皆 「誰だ?」 とけん制していたところを最初に話しかけたのが自分。
それから卒業までの間、いつしか『付き合う』ようになっていた。

「札幌では、どんな仕事?」

「ツアー旅行の企画を作る所さ。近頃は団体の景勝地めぐりより、オプション重視の個人旅行が多くなったからね。マイナー的な旅の需要が増えてさ」

「ふーん じゃ 同業みたいなものなんだね」

「まぁ 無関係じゃないな。 こないだも旧士幌線跡巡りのツアー物の新企画が入ったところだよ」

実際、近頃は変わったツアー物も多い。日本有数のガン検診を導入した病院をメインに組み入れたガン検診ツアーやファームステイ、ラフティングなどのネイチャートリップ、廃線や廃鉱を巡る旅など体験できるメニューの需要は多彩だ。
ものによっては短命で終わる企画も多いので、いかにペイさせるかが難しい。

07pham11

Dscf6327 ここ、上士幌町も近年『イムノリゾート(免疫保養地)構想』を立ち上げて『スギ花粉リゾリートツアー』も展開。アレルギー(主にスギ花粉)患者をターゲットに『健康・環境・観光』を3本柱に好環境で食を見直し、ストレスを和らげて免疫力を改善しようとのふれこみだ。

『源泉かけながし宣言』を発布した当糠平温泉郷もこれに協賛している。
ただ、それが地域活性化の起爆剤になったかというと時勢の動きからも効果が即してくるには、まだ時間がかかるのかもしれない…。

 

「へーっ期待しているよ 私ら休みばっかりも考えものだからさ」

「そっちもかなり厳しかったのかい?」

「うん… それでも今年のスキーシーズンはそこそこの入りだったよ。 ツアー団体は減っているんだけど、個人やスキー合宿はそこそこ入っていたから。 おかげでシーズンオフまで休めなかったけどね。 私 これでもホテルの顔だからさぁー」

「へーっ 眉唾ーっ」

「いやー ひっどいねー」

変わんないなぁ こいつ…
運転しているのが不似合いな感じもする。
バス待ちやバスの中でもこんな「上げ足とり」な会話が多かった。
起伏の激しい山道を抜けるとすぐ、なだらかな平野が広がる。ここまで来ると大規模な牧場風景が広がり、正に十勝らしい風景になってくる。
その間を真っ直ぐ南下する道はよほど速度オーバーが多いのか今はオービスも据えられるようになった。

Dscf6348

Dscf9368 この日は、帯広まで行き、買い物に付き合った。
記憶にある街の風景はすっかり変わってしまっていた。
違和感を感じたのは、昼間からシャッターの下りた店が目立つようになって『貸』とか『売』の看板が目に付くようになっていたこと。
ここだけに限ったことではないのだが『日本一住みやすい街:札幌』と比べると衰退というのは隠せないような気がする。

帰りは、運転を交代した。
1日取り止めもない昔話に花を咲かせて、何年かぶりにしゃべり疲れたと感じたほど。

Dk100

会話が途切れたと思ったらYは、いつのまにか横でウトウトしている。
あそこに住んでいたらちょっとした買い物も一日仕事だな…

Dscf6335 高校卒業してから自分は札幌へ進学したが、Yは片親の親父さんに気を使って地元のTホテルへ就職した。これも親父さんの交際関係に寄るものだったそうだ。
お互い、離れてからは手紙のやり取りをしていた。下宿暮しで電話の独占もできなかったから。学校や仕事の話、けなしたり、励ましたり、会話みたいに行き来していたのだけど、忙しさにかまけて少しずつ回数が減っていつのまにかうやむやにしてしまった。たぶん俺のほうから…

今まで帰省しても会わなかったのは、そんな後ろめたさを感じていたからかもしれない。

「淋しいよー 淋しいよー」

そんな文字を読んでも何もできなかったから…
だから家で見つけられた時は、正直バツが悪かったな…
こいつのペースに乗せられてしまったけどさ。

とりあえずモヤモヤした気持ちは握りつぶしてポケットの奥へねじ込んでおこう。

 

 

 

ボー…

また、あの耳鳴りだ。気がするというよりも聞こえているようだ。側にいる人は何も感じないから自分だけなんだ…

「どしたの?」

「えっ寝てたんじゃないの」

「うん  ちょっとウトウトしてた…」

耳をさすりながら
「近頃、耳鳴りがどうもさ…」

「え? どんな感じ?」

「なんていうか…『ブーン』とか『ボー』っていう感じの音が聞こえるみたいだな」

「へーっ そうなんだ…」

Dscf6323  

そう言いつつ… こいつ笑ってるよ!
なんだか 意味ありげに…

(つづく)

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月17日 (日)

夏草の線路 ①

夏草に埋もれた線路は 錆びた陽射しを集めて
立ち止まる踵を 知らない町にさそうよ
霧の朝いちばん最後の 貨物列車に託した
僕達の遥かな未来は 走り続ける…

Dscf6662

 

「あれ? なんか聞こえたような気がする…」

仕事の手を止めてふと思った。
耳の奥で「ボーッ」というような音がしたような…
何年も前から時折ブーンって感じはあったんだけど今のは、なんだか妙な耳鳴り…
疲れ溜まってるんかな?
ツアー用パンフの企画原稿を入力中のことだ。

Dscf6316

「北海道遺産:幻のアーチ橋群を巡る旅」
廃線跡を見る旅か…あんなの見たがる人もいるもんなんだなぁ
そんな気になるのも僕自身がこの辺りの出身だからだ。

Ek006 地元の高校を卒業してから、札幌の専門学校へ進学した。
山奥の温泉町に生まれて、小学校は近場に小さいながらもあったけど中学以上になると毎日、街まで1時間はかかる道のりをバスで通う。正直うんざりしていた。
まだ、僕が生まれる以前は、家のすぐ近くまで線路が通っていたらしいが今は鉄路の痕跡を累々と残したダム湖のほとりの街。
古くは林業景気で栄えた湯治場だったらしい。実家も小さいながらも旅館業で小さい頃は、毎日知らない人が泊まりにきていたが、その頃より集客は減ったようだ。
それでも、温泉街近くにスキー場も併設されていることや北見方面へ通じる三国峠の通年通行が可能になったことから集客増も期待されていた。

そんな故郷から大きな街へ飛び出し、同じように各地から集まってきた仲間と人生の楽しさを分かち合っていた。所詮、2年という短い時間ではあったけれど…
程なく僕達は、就職という渦に巻き込まれ、慣れないスーツ姿で企業訪問を繰り返し、何とか今のツァー企画会社に入ることができた。

 

Dscf6312_2

「M君、ここの出身だったんだって?」

「あ…はい!」

「じゃあ、このタウシュベツの橋も良く見ていたんだ」
課長が脇に立ち『幻の橋』の写真をしげしげと眺める。

「いいえ うちからは結構、離れているんですよ。自転車で行ってこれるような場所じゃありませんし…僕もこの場所まで行った事はないです」

「そうか でもここはロマンだよね」

「ロマン…ですか?」

「そう 古のロマン… 先人の労苦の結晶が湖に見え隠れしてさ、なんか…こう、神聖な場っていう感じがするじゃないか」

Dscf6317「はぁ…そうですね…」

そう、数年前にこの旧国鉄士幌線の橋梁群が北海道遺産に制定されたのだ。
それ以前からも、この「タウシュベツ橋梁」を始め、あちこちに散っているアーチ橋が鉄路や廃線のマニアの被写体として注目されていたから北海道遺産に制定というのもうなずけるのかもしれない。
全てとは言わずとも小さい頃から、そんな「古の残骸」を見ていた僕にとっては、さほど魅了されるものではなかったけれど…
そこに暮らしていると日常風景の一部になって、鑑みることもないようだ。

「それと…M君」

「はい?」

「いつもご苦労様だけど ちょっと有休の方、消化する様にしてもらえないかな?」

「いやぁーそう思っているんですけどね…なかなか…」

「うーん君の立場、解るけどさ、色々風当たりもあってさ 回りが取りずらいとか、上からも業務の偏りを言われててさ…」

「そうですか…」

「まぁ 君はこれからも当てにしているから 今回ちょっと顔立ててくれよ」

色々問題もあるようだな…
そんなわけで翌月、GWも過ぎた行楽の小休止といった季節に1週間の有休休暇をとった。行先は特になかったので、たまには実家でゆっくりしてこようか。いつもは年末年始に顔見せ程度でトンボ帰りしていたから…。

Pna018

 

 

 

「なしたの? 仕事辞めたんかい?」

「いやー色々職場の体制の問題があってさ 休みも適正に取らなきゃなんないそうだよ」

「したって ずいぶん変な時期だねぇ…」

「商売のほうは近頃どうなのさ」

「厳しくなったなぁ 今年はスキーのツァーも無かったからな…」

Dscf6246そうだ ここにあるスキー場が売りに出された話を聞いていた。その後、買い手がついたものの更なる転売でスキーツアーの提携が取れない状況があったらしい。

「この冬は、合宿とかくらいしか団体さんは入っていなかったんじゃないかなぁ Tさんとこに入っていた団体さんとも縁が切れたみたいだし」

Tホテルは、このあたりでも大きなところで若社長が代を継いでから地域活性化を先頭に立ち奔走し、集客増を模索していたがホテルという器の維持の大きさから徐々に余力を失って止む無く廃業に至ったそうだ。

「うちはまだ常連さんのひいきがあるからね でもどこも厳しいよ…」

峠が通年通行となったからと言っても諸問題があるようだ。

「あの、Tさんとこに勤めてたYちゃん 今はNホテルの方へ通ってるよ ちょくちょく、うちに回覧もってきてくれるからね。」

「…! まだここにいるの?」
Yというのは、高校を出る頃までここから一緒に通っていた子だ。

「うん あそこの父さんは定年で街の方へ移ったんだけどね もう3年くらいなるかな? Yちゃんは、もうこっちで仕事していたからさ」

そっか…まだいたんだ… あれからもう7年経ったのか。
何も気づかずに通り過ぎていた記憶がそっと首をもたげてきた。

 

 

「タウシュベツへ行きたいね。幻の橋を見に…」

「…?」 おかしな耳鳴りがまた聞こえた ボーッていう汽笛みたいな感じの…

(つづく)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年2月15日 (金)

「水中メガネ」の舞台について

Holgaglas 『「廃墟系」でこんなのやるのか?』というようなものを7回にわたり連載しました。
最後まで付き合ってくださいましてありがとうございます。

似たようなストーリー仕立ては以前にも試みていましたが、本格的に取り組んでみたいと昔聞いた曲のイメージを『ルイドロ』風に膨らませてみました。

RINK  You Tube 『水中メガネ』 歌/草野ムラマサ(スピッツ)

ストーリーのベースはこの歌詞の内容をかたどっていましたが、細かいエピソードは、ねこんの実体験と思っていただいて差し支えありません。
ひみつ基地の空家も裸で泳いだ川も場所は違いますが実際に今でも現存します。(川に関しては水量が激減。空家は現在人が住むようになっています)

お話の中でK君とNさんが訪れた廃校ですが、そこに関して少し触れておきましょう。

Dscf5916

閉鎖された温泉の噂を確かめに現地へいきました。
この辺りは昭和の始め頃から金鉱採掘に始まり、後には水銀・カオリン・ゼオライトなどが産出される鉱山に変わっていきました。広域に大々的な試験掘りもされましたが。安価な輸入品や代替品などに押され、昭和45年から採掘はしていないそうです。
もとより岩盤が浅く耕作に向かない土地の多い場所ですが、地熱で高温になった岩盤が地下水に触れやすい地中環境がこの特異な地質を造ったと聞いています。

Dscf5971 耕作に向かないとはいえ、酪農業も多く、鉱山関係者の家族の増加からこの地域(セタ・アン:アイヌ語で『狼のいるところ』とされる)に大正11年に創立したこの学校はわずか58年間という校史に似つかわしくない645名の卒業生を送り出しました。
鉱山の最盛期には運動会も地域こぞっての大きな催しだったそうです。
町で2番目に大きな学校であったとの話もそんな背景からも察することができます。

Dscf5927 生徒数の増加は鉱山によるところが多かったのでその衰退と共に児童数も激減。
昭和56年をもって閉校とされました。
閉校後の二次利用は、体育館が屋内ゲートボール場として改修されたほかは、閉校時からさほど変わってはいないようです。
鉱山の工夫の減少のほかに地域の離農もまた多かったことから、GB場もさほど使われることもなくなりました。

Dscf5972 現在グランドは、防風林からのこぼれ種が芽をふいたのか植林したように木が生長してグランドの存在すら消そうとしています。
校舎も所々が傷み始め、閉校から30年近く経ったことを感じます。

まだ、合理主義に彩られない建築的遊び心が玄関口や内部に見ることができました。
温泉調査の折に偶然見つけて立ち寄ったのがその年の最高気温を出した7月のある日。
玄関口から体育館まで真っ直ぐ通った長い廊下。明るいグリーンに彩られた教室。気温観察記録とその功労表彰状…
卒業制作の『鉛の兵隊』の絵。それを見たときにこの、『水中メガネ』の大筋がイメージできたと思います。

ここがその舞台だと…

残念なのは、第1話の体育館のシーン。この学校、GB場化しているため、人工芝が張られステージがあったと思われる面が壁ごと無く、シートが壁代わりに張られている状態であまりにも雰囲気が無いので、他校の現存する体育館を使いました。

Dscf6902

Dscf4933 このお話、ベースになる歌と同じく断片的で尻切れなまま終わる予定でしたが、閲覧常連のアツシ様のコメントにより3話以降を書き直して中編化しました。
要望にそえられる〆になったでしょうか?

青春の始まりは、スイッチを切り替えるように急に意識が切り替わったと自分ごとでは記憶しています。
まだ、恋の自覚など全くない頃です。性差など関係なく遊んでいられたのが、ある日いきなり相手を意識してしまう「ぎこちなさ」。
昨日まで当たり前のことだったことが、できなくなる辛さ。
どちらにも向かえない「歯がゆさ」。

それらがギシギシと身に迫っていた時間は、ある意味自分が別のものになっていく恐怖とか嫌悪のような感覚がありました。それを考えなくなるようになった頃、本音とたてまえを覚え、親の期待にそえているような作文を書き出した頃から大人の道を歩んでいたようです。
思えば「恋」を全力で考えていた時間は既に完成された状態で、その前の始まりの頃はサナギに変体し、身動きできずもがいていたのかもしれません。

いまだかつて「昔は良かった」などと思ったことのない性分ですが、細い心の琴線で必死に何かを奏でようとしていたあの頃だけは懐かしく、愛おしく思います。

Balet

現在、この学校自体は未利用ですが、隣接する元教員住宅を改修して人が住んでいます。
また、酪農家も隣接しているので、無作法な訪問はご法度です。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2008年2月14日 (木)

水中メガネ ~エピローグ~

Title7

大人になるのはキャベツみたいなものだ
そう思っていた

元にある自分に経験や学習や見たり聞いたりすること全てが重なっていって大人の自分になるんだと…

今、そのことを思うと それは津波みたいなものだった。
望む・望まないは関係なく「時間」という波が積み上げたものを容赦なく押し流す。
思い出という残骸、幼稚さという欠片だけを残して…

あとには新たな自分が建てなおされて何事も無かったようになる。
人は変り続けるのだろう。私も例外なく…望む・望まないに関係なく…

Mori

Tontmusi 昨日のことが夢のようだ
草の種が弾け飛ぶみたいに心の中で時を待っていた何かが全部弾けたんだろう。
傷もすっかり癒えて、今の心は何を積み重ねても向こうが透き通るみたいにクリアになっている。

どうすることもできないのは、今日でKちゃんは私の前からいなくなってしまうことだ…

 

「また 会えるよね」

 

Ha そうは言ったもののKちゃんが行くところは、おいそれと行けるところじゃない。
会える時が来たとして、Kちゃんも私も今の気持のままでいられるのだろうか…
それが避けられない現実なら、旅立つKちゃんに余計な荷物を背負わせるべきではないんだろう。

「大好き」だからこそ…
そう、「好き」だったんだよ。 いつも一緒だったから確かめようともしていなかった。

Dscf0591

私とKちゃんが離れていくのは、大人の都合だ。
でもそれに対して何ができるだろう

噛合っていなくても歯車は動いていたからね

Dscf6687

 

 

今日でKちゃんは、いなくなる
私は、学校へ行くことにした。

絶対辛くなるし、大人がたくさん来るようだから、Kちゃんとあまり話せないような気がしたから… そのことは昨日Kちゃんとも話した。

Dscf5115   

 

    「そうだね…そうしよう…」

 

 

もう、このバス停も私ひとりぼっちなんだな…

「バンザーイ バンザーイ バンザーイ」

Kちゃん家のほうから聞こえた。もう、見送りしてるんだ。
どこかの家が引越しのときも、集まって「バンザーイ」ってやってたな…
もう出ちゃうのか…今日中にフェリーに乗るって言ってたな…こんなに早いなら、もう一度会えたかな… でもこれ以上は辛くなりすぎる。

「今日くらい休んで、お見送りしたら?」

ママに言われたけれど、断ったんだ。

Dscf6737

 

 

 

「あれ?」

Kちゃんのおじいちゃんだ。 こっちへ歩いてくる

「どうしたんですか? 一緒に行くんじゃ…」

「今、見送ったところさ。じいちゃんは歳だから行かないよ。もう少し家を片付けたら仲間の大勢いる街へ越すんだよ。それにここには、ばあちゃんのお墓があるしね。」

「そうですか…」

「それと、Kのやつから預かり物だよ」
そういって小さな袋を渡してくれた…

「何ですか?」

「さぁな…そこまでは知らないよ」

袋の口を開けて覗き込むと… 「!」

 

中にあったのは、Kちゃんの使っていた水中メガネ
…と紙切れがひとつ

Dscf5029 

あの日のことは、おぼえているよ

 

 

「おじいちゃん! お願いがあるんです…」

「はいはい バスとお家には伝えておくよ。高速道路を通って行くから12線の橋の上からなら見えるかも知れないな… 」

「ありがとう!おじいちゃん」
お礼を言いながら私は走り出していた

Sky 

老人は、バス停の椅子にゆっくりと腰掛けると遠い空を見上げた。
もう、確実に秋の気配がしてきた。長年の感から空を見ただけで見当がつく
あの空を最初に意識したのは、孫達の年頃だったかな…
どこまでも続く空 どこまで行っても終わらない空 必ずもとの場所に繋がる空

同じ雲は戻らない空

Dscf6878_3

 

 

家へ戻り自転車へ飛び乗ると12線の高速道路を越える橋を目指す。
今、乗り口へ向かったなら、まだ間に合うはずだ。

Kちゃんがよくやっていたように立ちこぎで突っ走る!
早く! 早く! 早く!…

橋だ! 着いた!   「あっ!」

 

ガッシャーン…

「痛った~…」 道に落ちていた石ころに乗って跳ねた拍子にハンドルを放してしまった。
膝を擦りむいて血がにじんでいる。

そんな場合じゃない! どっち?どっちから来るの?
確か家族旅行の時は山のほうへ向かったんだから反対からくるんだ。
でも…ここは何? 何でこんな高い柵がしてあるの…

自転車を起こして柵に立てかける。それでよじ登ると道が見えた。
Kちゃん まだこない。たしか紺色の車だ。
紺 紺 紺 紺の車来い! でも、車なんてまだ1台も通らない。
車だけの道なのに何で車がいないんだろう。旅行で通った時もすれ違う車はそんなにいなかった…

Way  

 

 

来た…

紺色の車 あの車だ!
運転席の横に誰か座っている たぶんKちゃんだよね。

 

 

 

「Kちゃーん! Kちゃーん! Kちゃーん…」

Kちゃんの『水中メガネ』を上にかざして、しがみついたネットを力いっぱいゆすって叫ぶけど気がつかない…

Kちゃんこれが最後だよ…

 

 

「Kちゃーん! 大好きだよー!」

 

 

 

一瞬だけどKちゃんが上を向いた。

そのとき 時が少しだけ止まった気がした
Kちゃんがこっちを見た

確かに私の方を見た
ちょっと驚いたような顔で…

 

Dscf6577

小学校最後の夏はこうして終わった
でも、気持はこの空のように澄んでいるみたいだ

学校ではKちゃんが何も言わずに去ったことで騒然となった。
でも、その話もさして続くことなく、何日かするといつもの学校へ戻っていた

 

 

Dscf6575 次の日曜日
私は「ひみつ基地」を閉めに来た。
ここに来ることも、もう無いね…
今までありがとう ここのために私ができることはたいしてないけれど…

Kちゃんが持ち出した学校の本は私が元の場所へ返そう
2階のベッドはKちゃんの座ったくぼみが残り、埃の積もった床にはKちゃんの足跡がついさっきまでここにいたように残っている。

何も変わらないようでいて、どんどん全てが変わっていく…
Kちゃんも私もどんどん変わってしまうのだろう 
それを悔いたり責めたりすることもなく忘れてしまうのだろうか。
時が津波みたいに、この記憶を押し流そうとしても、この夏の記憶だけは忘れないでいたい。
 

Holga_end  「あの日のことは、おぼえているよ」

 
Kちゃんもそう言っていたから

もうすぐ私も学校を去る日がやってくる。
次の日のための別れ それは誰にも止められないのだから

今はただ、前を見て向かっていこう
また会えるよねKちゃん その日を夢見ている…

Last  

     私の「水中メガネ」のつづきのために…

                            (End…)

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2008年2月11日 (月)

水中メガネ ⑥

Title6

「まったく…近頃のNは何を考えているのか解らないなぁ…」

「ごめんな…さい…」

「とにかく 今日はゆっくり寝てなさい」

Pan019 この間の雨の中を帰ってきた数日後、熱が出た。風邪をひいたらしい。
どれだけの熱が出ているのかは解らないけど、苦しいというよりも宙に浮かんで揺れているような気分。何かを考えようとしても集中できない。

でもいいや…もう何年分も考えていたから…。 そのくらい考えた、悩んだ夏だった。
今はとにかく 眠りたい。夢の中でも静かに……

 

 

「●●さんところのことで落ち込んでいるのか?」

「なにも教えてくれないけど…たぶん、K君の家のことなんでしょうね…」

「小さい頃から仲が良かったからなぁ…」

 

 

Pna010Dscf4625 よほど高熱が出たらしく、結局3日間寝込んだ。
病院の先生がうちまで来るくらいだったからよほどのことだったんだろう。
でもその間のことは、ほとんど覚えていない。
おかげでその後もぐったりしていたので体が元に戻るまでの間で、夏休みは終り。

あれからKはどうしただろう。
明日、バス乗り場でまともに顔を合わせられるだろうか…

Pfa057

でも、その心配するまでもなく、Kはバスに乗らなかった。というより学校へこなかった…。
始業式の間も学活(学級活動)も気が気でない。
帰ったらKのところへ行ってみようか…    

でも…

 

 

Pfa022

「Nさん!」

「はい?」 隣のクラスの先生だ。

「K君のことなんだけど…」

「今日休んでましたね…」

「お家のこと 大変らしいからね。 それでNさん、K君の家の出発の時間、知ってる?」

 

 

「えっ? 何のことですか?」

「あれ? 聞いてないの?Nさん!」

「何のことなんですか?!」

「え…?あー…K君、君にも黙っていたんだね…」

「教えてください!」

Dscf4657「…お父さんの仕事の都合で、引っ越すことになったそうだよ。夏休みが入る前から聞いていたんだけど、クラスのみんなには黙っていて欲しいってことだったので…」

何? 何なのそれ。 私知らない! そんなこと全然知らない!

「あっ Nさん!」 

私は、ものすごい勢いで走り出した。

 

 

 

Dscf4664 バス!  早く! 早く来い!バス!
何? 何なんだ? 何なんだ? 何なんだ…?
いったい何が起こっているの?
また、頭が混乱する…

バスに乗っている間も頭の中で何かがグルグル回る。
そんな! そんな そんな…
私何やってるの?

 

 

家に着くなり…

「ママ! ママ!」

「はい? お帰り どうしたの?」

「ママ… Kちゃん引っ越すって…ホントなの…?」

「えっ? 知らなかったの?」

「ホントなの? いつ行っちゃうの?」

「明日…」

「どうして教えてくれないの!バカ!」

バッグを投げ出して家を出た。

07phaw13  

Pan020 …私、何やってたんだろう… 一番辛かったのはKちゃんの方じゃないか!

「Kちゃん! Kちゃん!!」 

家の中を覗くといたるところにダンボールの山。
やっぱり本当なんだ…

「おや? Nちゃんか」 Kのパパだ。

「すいません Kちゃんはどこにいるんですか?」

「あーどこに行ったかなぁ…用事があるって行ってたんだけど… Nちゃん、Kがお世話になったね」

Pna016「 いいんです それじゃ」 ペコリと頭を下げて家を出た。
外にKのおじいちゃんがいた。

「おじいちゃん Kちゃん知りませんか?」

「あーあいつか? たぶん『ひみつ基地』…じゃないかい?」

 

 

「…知ってるんですか?」

「あぁ Kがよく話してくれたサ… あいつの兄貴も行ってたからな。早く行ってごらん」

「あ、ありがとうございます!」

Kちゃん! 今いくよ…
私、知らなかった…知らないから自分のことばっかり…ごめんね ごめんね…

 

 

基地に着いた。自転車を放り投げるようにして走り、急いで2階に駆けあがる。

Dscf6574

    「Kちゃん!」        いない…

どこに行ったんだろう…外を見ると 自転車が、いつもの茂みに隠してある。

「Kちゃん! Kちゃん! どこなの?!」

Dscf3116  

 

「ここだよ…」

 

 

いる… いるよ! 下から声がする。 急いで下へ降りた。

Kは下の私がよくバレエの練習をしていた部屋にいた。
膝を抱えて床に座っていた。側に私の忘れたバレエシューズ…。

「Kちゃん! 私知らなかったの! ごめんね! 勝手なことばっかり言って…」

「違う 違うんだよ… 俺が言えなかったんだよ 父ちゃんに…俺、反対したんだけどダメだった…行きたくないって言ったんだけど…」

「Kちゃん 辛かったんだね…」 

膝に顔をうずめて凄く小さくなっているKちゃん…。
こんなKちゃんの姿、見たことが無い。

 

 

「それだけじゃないさ…もう1年くらいNのこと…まともに見られなかった…何だか自分が変でさ。普通にしてられなかった…」 

顔を上げたKの目に涙が光ってた。

「私がバレエなんかして、ひとりにしたからだよ…」

 

「そうじゃないよ。俺がなんか変わっちゃったんだ」

「私も同じこと考えてた…私が変わっちゃったんだって…」

 

 

「私たち たぶん ホンの少し、かみ合っていなかったんだよ…」

「うん そう思う…でも、Nの大好きなバレエ、俺がやめさせたんだよ…」

「違うよ 自分でやめたんだよ」

「やっぱり見たかったよ。Nの『ジゼル』っていうの…」

 

  

「ホント?」     Kは私を見てうなずいた…

 

 

Dk054 「来て!」 

シューズを取って、Kの腕をつかむと外へ飛び出す。
自転車に乗ってふたりで走り出した。
Kは不思議そうな顔で私の後を追いかけてくる。
私は、まっすぐ思い出の場所、私の『ジゼル』の舞台を目指す。

Dscf5916_3

何度か来た事のある古い学校。ここを舞台に決めた。
一番明るくて広い教室。ここがいい。

Dscf4894

 

Dscf4911 なぜ、私は急にこんな自分らしくない行動ができたんだろう。
今日は私とKが逆になったようだ。ともかく椅子を探して観客席に据える。

「ここで見ていて」 そして静かに丁寧にシューズを履いた…

 

「私、まだ未完成だから そこは許して」

「うん」

魂が一瞬にして濾過されたみたいに 私は別な存在になる

Dscf4985  

 

      ターン…

 

体が軽い ここしばらく私にのしかかっていた重いものが一気に消えて凄く軽い。
床から埃が静かに舞い上がって窓から差し込む光にキラキラ輝いている。
命を失った教室も明るく輝いている気がした。
Kが私だけを見てくれる…
これが、私の夢だったんだ…

Dscf4987_2  

 

     ターン…

 

  

ここにいるといつもとは違う時間が流れる。
時が凍り付いていて、陽射しに当たった分だけが音をたてて弾けるみたい。

学校はずっと生きている そんな気がした。
味方をしてくれた きっと…

Dscf4938  

 

     タン

 

 

どのくらいの間、踊っていたんだろう。
私の「ジゼル」は、およそ習っていたものとは別なものになっていたかもしれない。

Dscf4954

ふたりだけの劇場に賞賛の拍手が響いた。

レヴァランス(感謝のポーズ)で全て終える

目を閉じて、静かに深呼吸 
私の中に閉じ込められていた「ジゼル」は、これで開放された。

 

Dscf5009  

Dscf5012 1年生の時の冬 学校帰りに雪合戦をしていたら Kちゃんのぶつけた雪に氷が入っていて私あんまり痛かったから おでこを押さえて泣いたら Kちゃんたら私以上に泣いて謝ってたことがあったよね…
あの時、ビックリして私がなぐさめたんだよ

そんなに泣いてねーよ 目を押さえてからビックリしたんだ 目が潰れたと思ったよ

 

Dscf5007 2年の春に兄ちゃんと基地でけんかして「どくりつせんげん」したんだ 林の中に地下室を作ろうとしてたら Nが「手伝う」って家から大きいスコップを持ってきたけど すぐ「疲れた」って… 帰りはNをおぶって帰ったんだよ

あんな草や木の根がびっしりのところなんて掘れるわけないじゃない 「ヘビが出てきたらどうするの?」って言ったらKも急に掘らなくなったんだよ

 

Holga_dance 3年のときなんか 私の誕生日プレゼントだって 昆虫標本をくれたけど 中に「ガ」まで刺してあって 私死ぬほど驚いたよ 思わず放り投げちゃったっけ…

あれはないよなぁ イタズラのつもりじゃなかったんだよ あれだって昆虫だろ? 虫だからって差別するなよ
だいたい「モンシロチョウ」ばっかりじゃカッコにならないだろ?

 

 

Dscf5015うん 楽しかったよ…

うん 楽しかった…

もう さよならなんだね…

握手してくれる?

うん

13phae30 手のぬくもりが伝わってきたら涙がこみ上げてきた
でも、今度はガマンしなかった。

Kも同じだ 顔をクシャクシャにして とても悲しそう…

『隊長!』

 

Pna038  

Kは白い歯を見せてニッと笑った
「水中メガネ」の頃の顔で

(つづく)

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2008年2月 9日 (土)

水中メガネ ⑤

Title5

「バレエをやめたい!」

そんなことを急に言いだしたのだから当然、パパもママも私に何かあったと思っただろう。
色々聞かれたけれど「もう、嫌なの!行きたくないの!」とずっと言い続けただけ…。
ひとりっ子でわがまま放題の私だったから、これではいくら話してもわからないと諦めたようで、とにかく暫くの間は休むことになった。いまさら、元には戻れないと思うけど…

Dscf6297 あの騒ぎから数日経ってその話にはママもパパも触れない。そっとしておいてくれているんだろう。
数日間、部屋に閉じこもるように過ごしていたから、久しぶりに外へ出たくなった。夏休みも残り少ない。

配役の「ジゼル」は当然辞退。やっぱり友達やスクールの先生のがっかりする顔が浮かんだ。でも、私の何かが壊れてしまったから悔いがあるとか、ないとかじゃなかった。そんなに諦めがよかったのだろうか、私は…。
何のためにバレエをするとかは、考えてなかった。憧れは確かにあったけど、それだけじゃなく何かを得ようと、自分が大きく変わるきっかけにしようとしていた思う。

Kの一言で、やめたくなったのかは、今思うとはっきりしない。私も何かを成し遂げることを認めてもらいたかった気がする。
Kは勉強はともかくスポーツは、なんでもそつなくこなすし、みんなを楽しい気持にしてくれるので、みんなだけじゃなく私の憧れだった。
クラスでは小さな存在の私はそんなKを見ていて自分も『私』という殻の中から一歩踏み出したいといつも考えていた…

今は考えるのはやめよう。この道は自分で閉ざしてしまったのだから…
今は自分の決めたことに前向きでいたい…

Dscf5879 「あれ? 自転車は…」 

あの日、Kと別れてから自転車のところまで行ってから心の線が切れたみたいで家に着くまでのことはあまり覚えていない。そのまま置いてきてしまったようだ。相変わらず照りつける陽射しの下、今から取りに行くのもめげそうだし、このまま家にいるのもぎこちない。だからと言って「ひみつ基地」に行くのも、また悲しくなりそうで…。

行先も考えずトボトボ歩いていると、前からKのおじいちゃんが背丈ほどもある木を抱えて来た。

「こんにちは おじいちゃん」

「おや こんにちは 自転車を取りに行くのかい?」

       えっどうして知っているの?

「こないだ、2台押して帰ってきたよ。『忘れてった』とか言っててね。次の日に持ってったらしいけど、Nちゃんの具合が悪かったとかで、また押して帰ってきたよ」

「そうなんですか…」

「あれ! 知らなかったのかい? Kのやつ電話してないんだなぁ…今日は、父さん達と出かけたんだけどね」

「あのう…これから取りにいきます!」

「そうかい これからNちゃん家にこの木をもっていくのさ。じいちゃんの大好きなやつだったから可愛がってあげてね」

「はい!」

Pan018

そうか、あんな遠いところから私のと2台押してきたのか…。
Kの家の車庫のところへ行くと私の自転車は青いシートをかけて置いてある。
自分のは、いつも雨ざらしでほかってあるのに優しいところもあるんだ。少しギシギシしていた心がほっこリしてきた。
シートをKの自転車へ被せると、いくらか暑さの揺るいだそよ風の中、こぎだした。
わたしって単純なんだーって思いながら…

Dscf8241 夏も深まって緑は『人間の作ったものなど隠してしまえ』とばかりに道の方まで寄りかかってきている。
標識や電柱もツルが撒きついて緑の塊になっている。朝、目が覚めたら家の周りがうっそうとした森みたいに緑に囲まれてたら怖いよね。

途中、赤レンガの小屋を見た。こんなにきれいな家なのに今は何にも使われていない。
命があるみたいに鮮やかな赤なのにどこか寂しい。意地を張ってひとりぼっちになったみたいだ。昔からここにあって、未来もここにい続けるのだろう。

Dscf7548

Dscf7550_2 私とKもそうだろうか。来年からの中学は同じでもその後はわからない。
その後、別々になっていくともう今みたいには、いられなくなるんだ…

今…既に今が変わり始めている。6年生になってからだ。学校でみんなの中にいるときはいつものKなのにスクールバスに乗るのをきっかけに一言もしゃべらなくなる。

私はいつも近くに座っていたけど、だんだん離れているようになった。腫れ物に触れるのを恐れるみたいに…

 

 

Dscf0428 ─ 結局『ひみつ基地』へ来てしまった。Kほど色々なところを知っているわけじゃないから仕方が無いか…
Kのいない隊長室は、だらしなく散らかっている。ここにKを置くと不思議に様になって見えるのに主(?)がいないと部屋の中も情けない。すこし、整理でもしようか。
読んだ順から山積みにしてそのまま崩れたように飛び散らかした本。元からあったのか、あとから持ち込んだかわからないほどのお菓子の袋とペットボトル。
「仕方が無いねー」 そう思って片付けているとなんだかKのママになったような気がした。

 

「…?!」 

本の山の中から妙な本を見つけた。『バレエ入門』 

どうして? 

私たちの学校の印があるから図書室のだ。Kだよね… 
パラパラとめくってみると貸出カードが入ったまま… 勝手に持ち出したものらしい。

「あーいうの 俺には気持ち悪くってさ…」

 
 
 
 ジー ジー

表のセミの声が何倍にもなって耳に入ってくる。
見てはいけないものを見た気がした。

  ─見なかったことにしよう。  元通りに本を重ねておく…

ベッドに座って本を1冊とってパラパラめくる…。
こうして見るとこの部屋はマンガばかりでもないらしい。銀色夏生の詩集があった。

 

Agr002   ただ黙って見つめているという自由

  あの人にさとらせないという努力

  孤独というひまわり

  

  言葉という星

  きっとという奇跡

  こころという不思議

                  【こころという不思議/わかりやすい恋(角川文庫)】

そう…こころは不思議。自分のこころもよくわからないことがある。
きっとという奇跡…私も奇跡を期待しているのかな…

Kは、私がレッスンで来ない日には、何をしていたんだろう。
マンガの本があるといってもずっと同じ本を読み続けていたとは思えない。

 

 

ギッ…

顔を上げるとKがいた。

「あ… お帰り…」 思わず変なことを言ってしまったよ

「何してんだよ!」

「え…」

「勝手に入るなったら!」

「ご…ごめんなさい…」

 

 

Csk001

すごく いたたまれくなったけど ここにいる…
セミがどこかへ行ってしまったみたいに静かになった。

Kは、まだ怒っているのか難しい顔で本を読んでいる。
私は窓辺でモコモコした雲がたくさん湧き上がる空を眺めている。

…海 海に行きたいな。

大昔は、この窓から見えるところはみんな海の下だったんだろう。
海から何時間もかかるこんな山の中みたいなところでもクジラの化石が見つかるくらいだから…

ねぇ? Kちゃん 海に行きたいね

でも、口に出せない… 行けるはずもないから…
 

          サー……

「?」

潮騒の音が、かすかにしたような気がした
風は吹いていないようだ
空耳なのかな?

それとも  無言の会話がきしむ音かな…

 

 

Dscf6270 「隊長? あの… ありがとう… 自転車…」

「…うん」

「今日は、どこへ行ってきたの…?」

「兄貴んところ」

Kのお兄ちゃん、O市に行ってたんだっけ。
高校は、もう夏休み終わりなのか…

「大変だよね、お兄ちゃん。家族と離れてるのも…」

「兄貴、学校変わるからその手続きさ」

「えー?どうしたの…」

 

「うるさいな!なんでここにいるんだよ! 下で練習してりゃいいだろ!

 

 

 

 

 

115

「やめちゃったもん…バレエなんて…」

「えっ?何?」

「やめちゃったのバレエ!」

一生懸命繕ってきたものが音をたてて キレタ…

ゴロゴロゴロ… 遠くからカミナリの音が聞こえる

Kの目が丸くなった

「なんだよ!何でだよ!」

「何でって…何でって…『気持悪い』って言われちゃ出来ないじゃない…」

「俺は…そんな…」

「私は…私ができることをKちゃんに認めてもらいたかっただけだよ…いつもKちゃんについて歩ってて…Kちゃんすごいなーって認めてたけど、私だって何か見てもらいたかったの…でも…こんな…こんなことになるなら、嫌われちゃうなら始めからやらなきゃよかった!

私はどうしちゃったんだろう
本当の自分が体の中に閉じ込められて、違う自分の囚われになったような気がする。

「Kちゃん変わっちゃったよ!確かに私は…Kちゃんの遊び相手には物足りないよ。女の子だから…だからって嫌わないでよ!邪魔にしないでよ!ここに一緒にいさせてよ…お願いだから」

 

 

「……」

ダダダダダダ…

Lomobace Kちゃんは何も言わず、基地を出て行った。逃げるみたいに…

…もう終わりだ。 終わり?何が始まっていたの? 付き合っていたわけでもないのに終わるもなにもないじゃない。

でも…それでよかった。
『水中メガネ』の頃は、私も男の子になれた…一緒にいられたんだ。

それができなくなって、私はKちゃんにとって『見知らぬ女の子』になってしまったんだよ。

自由の身になったとたん、涙が出てきた。
外も雨が降り出してきた…

Ris016

 

 

 

「どうしたの!? そんなにびしょ濡れて…!」

「とにかく…早く着替えなさい…」

ママからタオルを受け取ると階段に雫を落としながら2階に駆け上がった
雨とか涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭い、ずぶ濡れの服を脱ぐと体が軽くなった。
目に入った部屋の姿身に映る姿は、陽に焼けたKとは明らかに違う。

「見ろよ! なんだか俺たち そっくりだよな─」

変わったのはKじゃなく私の方…

タン タン タン タン…

外から雨だれの音。体がその音に反応する。聞き覚えのある「パ(テンポ)」と同じだ。
体に閉じ込められて舞台に立つことの叶わなかった記憶がボロボロの心の傷跡から外に滲み出してきた。

タン タン タン タン…

ゆらり ゆらり 泣きながら踊る鏡の中の女の子
アルブレヒトに会うことのないジゼル
ぐるぐる回る部屋 

髪の先から雨粒と涙がはじけ飛んで部屋に散らばる
涙越しに見える部屋の中は水槽の中にいるみたいだった…

(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 5日 (火)

水中メガネ ④

Title4 

小学校最後の夏休みが来た。スクールの合宿と家族旅行が続いたのでもう8月。
終業式の日からKと会っていなかったので自転車を走らせる。出掛けにママに旅行のおみやげを預かってきた。行く前に電話すれば良かったけどKのビックリする顔を見たかったのでだまって来た。
今日も朝からの強い日差しが大地の上を彷徨うものに容赦なく照りつける

Dk055

Dscf8770 「おはようございまーす…」

「おや?Nちゃんかい?」

庭木の間からKのおじいちゃんが顔を出した。

「おはようございます おじいちゃん」

「おはようございます まぁ~こんだら女らしくなってー うちのKとおんなじ歳とは思えんべさ」

「いやーそんなことないですよー」

Plt001 「Kに会いにきたのかい? 夏休みっても毎日どこ行ってんだべな…「日当だすから手伝ってくれー」っていってたんだけど全然ダメでさ 家に上がって待ってるかい?」

「いえ、ちょっとどうしているかなーって思って…わたしも少しの間、家にいなかったから…それと、うちからのお土産です。」

ママに預かってきた旅行のお土産を渡した。

「あれまー。ご丁寧にすんませんことです。よろしく言っといてくださいよ」

おじいちゃんは、土で汚れた手を首にかけたタオルで一生懸命に拭ってもったいなそうに受け取ってくれた。

「おじいちゃん 今日は何をしているんですか」

「うん じいちゃんも歳だからね。あんまり庭木の手入れもしてやれなくなるから整理するんだよ。もらってくれる家に行かせるのに仕度させるんだ」

「えー お庭が寂しくなっちゃいますね…」

「なーに 家にいてもほかされるんだったら大事にしてくれる家に行くほうが幸せさ。木は旅ができないからね。できるうちに骨折ってやらんと可哀想さな…Nちゃんところにも庭に空いてるところがあったら、もらわれてくれんかい?」

「はい!伝えておきます 必ず! 今日は失礼します」

「はいはい 暑い中、どうもご苦労様です。ご両親にもよろしくお伝えください」 

自転車を回しながら、いつも車庫に立てかけてあるKの自転車を探す。まだ秘密基地に行ってるのかな…
Kのおじいちゃんに「女らしくなって…」とか言われて少し嬉しかった。言われたときは恥ずかしかったけど。

E03c0074 去年から始まった膝の痛みはお正月が過ぎたあとの初レッスン日には、普通ではなくなってきた。「もうダメだ!」という感じになって、ママに相談した。次の日、病院へいくことに…

「俗に言う『成長痛』というものですね。原因のメカニズムははっきりしてはいないのですが、この子のような成長期には少なくない症例です。バレエをやっているとのことですが、写真(レントゲン)から見てもそれとは直接の因果関係はないでしょう。特徴として就寝前や疲労の溜まってきたときなどに『痛み』が出ることがありますから充分に休養して、必要があれば湿布をしてください。」

話はよくわからなかったので先生に聞いた。

「先生…あの… バレエは続けられるんですか?」

「大丈夫ですよ。でも『痛み』が出るときは無理しないでね。すぐよくなるから。それとあまり脚を冷やさないようにね。とりあえず、今週だけは休んでください」

「はい!」

E03c0064 そこが、いちばん気になっていた。
あの日、Kの自転車に乗せてもらって帰った夜に膝が凄く痛んで、バレエはもうできなくなるのかと思ってベッドの中でボロボロ泣いていたから…。朝には痛みは引いていたけど、時々また痛くなる…ママにもっと早く言うべきだったけど、本当のことを知るのはとても怖い。でもたいしたことじゃなくて良かった。
それというのもスクールの今年の発表会が『ジゼル』というのに決まり、主役に選ばれたからだ。といってもシーンごとに受け持ちが変わるので私の一人舞台ではない。でも主役の一人ということで名前を呼ばれたときは大きな声で驚いてしまった。経験も少ないのに私が選ばれて良かったんだろうか?

「Nさんの努力が結果にでたんですよ。きっと普段も練習を欠かせないのでしょう。わたしもあなたの進歩には正直驚いていますよ。『ジゼル』はあなたの役です」

「よかったね!Nちゃん!」 友達もすごく喜んでくれた。

ひみつ基地での練習は無駄じゃなかった。

E03c0049 【ジゼルは身体の弱い純真な娘。村は葡萄の収穫で沸き立つドイツの村に住んでいる。彼女には愛を誓い合ったロイスという青年がいたが、ある日森番のヒラリオンから彼は実は、公爵であり本当の名前はアルブレヒトであることを告げられるが認めようとしなかった。
やがて母君の登場でロイスの正体が村人に知られる日が来る。さらにロイス(アルブレヒト)にはバチルドという婚約者がいたことを知り、ジゼルは悲しみのあまり母の腕の中で死んでしまう。

ジゼルは『婚礼前に死んだ娘はウィリという精霊になり若い男を死ぬまで躍らせることになる』という伝説のとおりウィリの仲間入りすることになる。そのころ後悔の念に苛まれるアルブレヒトはジゼルの墓を見舞い嘆いている。
ウィリの女王は彼を捕らえ、ジゼルに彼を誘惑し、殺すように命じるが、彼女はそれを拒みアルブレヒトと共に踊り続ける。
アルブレヒトの力が尽きんとする頃、夜明けが来て精霊達は消えて彼は助かったのだが、ジゼルもまた消え去ってしまうのだった…】

ビデオでみた華やかな踊りからは想像できない悲しいお話。私は、女王の命令に背きアルブレヒトを救うために踊るシーンの役を任される。今回は1・2幕を兼ね、特に大きな演目らしく翌週からすぐに専用のスケジュールも入り、レッスンは週2日になった。

そのことを新学期の始まる日、スクールバスの中でKに話してみた。

「ねぇ!私、スクールの発表会に主役をもらったんだ」

「ふーん よかったな…」

すごーくそっけない。男の子にバレエの話を解ってもらおうというのも無理な話か…もう少し話が解ると思ってたんだけど。

春が来て、学年の人数調整があり、Kとクラスが分かれることになってから話をするのはバスの中だけになってしまった。ふて腐れているのか、何か面白くないことがあったのか近頃はいつも不機嫌そうに見える。この半年で、私の背がKより低かったのに追い抜いてしまったことも面白くないことのひとつなのだろう。何も言わないけれど当然気がつくくらい差がついていた。K自身クラスの順番は真ん中より前の方だったから…

「ソンナコト キニシナクテモ イイノニ…」

Dscf0833

Dscf0885_4 Kを探して「ひみつ基地」へ行った。今年も来ているようで飲みかけのペットボトルやお菓子の袋もあるからさっきまでは、いたみたい。どこへ行ったのかな…。しばらく待っていたけど戻る様子がない。どこかへひとりで探検しに行っているのかもしれないね。
ここにいるのも退屈なので自転車を草むらから起して、あてもなく探しに行くことにした。

と、言ってもどこへいこうか…
去年の思い出に浸るみたいに古い農場へ行る。私が知ってる頃から誰も住んでいないところだったけどKは何度も来たらしくて、一度連れて行ってくれた。

「クジラの腹の中だよ」

Dscf0855 回り一面に生えた名前をしらない草は、私の背丈以上に高い。それをかき分けるときに小さな鞘みたいなものが パチン パチン と弾けてバラバラと種を振りまく。
始めて来たときは、びっくりして一歩も進めなくなった。
人が入ってきたのを怒っているみたいだったから…

「なんでもないよ 種撒いてるだけなんだからさ 人の手に触られないと種も蒔けないんだぜ こいつら…」

そう言いながら道を付けるのに勢い良く進むKの回りでパチパチ バラバラという音がひっきりなしに響く…。

Dscf0890

Dscf0891 そのときと変わりなく種はパチパチとはじけ飛ぶ。この前のときKと私が手伝って撒かれた種から育ったんだね…と思いながら進む。
小屋の中はあの時と変わりない。壁が吹き飛んだのか半分骨だけになったそこの天井は、整列した肋骨みたいで確かにクジラの体内にいるような気がする。
いつか、両親といった博物館の天井にあった大きなクジラの骨みたいだった。海からはずっと遠くなのにクジラの化石があるなんてとても不思議。

「大昔は日本のほとんどが海の中だったんだよ。だからこんなところにも昔海だった頃の思い出が残っているのさ」

その時、そんな話をしてくれたパパが何だか考古学者みたいで尊敬した。

Dscf0579

隣の小屋は壁が残って薄暗いけど壁やドアの隙間から中に差し込む光が宝石みたいで綺麗だった。こういうところを見てから私はこういうところを気味悪がっていたのを少し後悔した。そうじゃないところもずいぶん見たけれど、ここは別。

闇があるから光がいっそう輝く。

Kが探検好きな気持が分かったような気がした。
でも、どこへいったんだろう?

07phaw06  

翌日、またKを探しに出た。夕べ電話してみるとひどく疲れて帰ってきたらしく、食後すぐに寝てしまったそうだ。
朝、家の人に聞いてみるまでもなくすでにKの自転車はない。「ひみつ基地」へ寄ってみたけれど今日は、来た様子はなかった。
8月の空はまだ朝の9時だというのにとても暑い。去年に負けないくらいだ。去年の今頃は川で…そうか!川にいるんだ。

 

 

思ったとおり、そこにKの自転車があった。藪の中を笹が足を擦るのも気にせず走った。
水音が聞こえる。夏休み前に見たときと同じ人とは思えない日焼けしたKの背中を見つけた。

Dscf2379

Ris025 「隊長―!」

大声を出して呼んだので、すごくビックリしたみたいに身構えた。

「あー なんだNか…」

髪を伝い落ちる水がキラキラ輝いている

「探したよー久しぶりだね。昨日も家にいったんだよ」

Ris020 「じいちゃんに聞いた…」

「毎日ここに来てたの?すごく焼けたね」

「うん…」 ちょっと疲れてるみたい

「私も泳いでいいかなー」

「いーよ…」

そう言うとKは、水面に滑り込んだ。
その間に私は横倒しのコンクリートのところまで行って、服を脱ぎはじめる。バッグの底にはあの水中メガネもあるはずだ。宝物だから1年中持ち歩いている。
川面が揺らめき輝いて、その間から時折Kが躍り上がる。河童という例えがKには一番似合っているほど水の中を自在に動けるから…

「お前、水着もってきてないの? やらしーな…」

「え…?あ…!」

Kが水の中からジッとこっちを見ている。
思いがけないことを言われて急に恥ずかしくなった。
よく見たらKは水着を穿いている。
一瞬にして顔が熱くなって思わずKに背中を向けた。

「あはは…うっかりした…」

肩越しに笑いながら、とりあえずそう言ったけど意外なことを言われて戸惑った…

「ダッテ キョネンマデハ…」

 

 

 

Holga4 足だけ水の中に入れてつま先が揺らめくのを見つめていた。なんとなく心の中に変な傷が残った気がする。そのうちKが水から上がってきた。

「お疲れ様!」 笑って見あげる。

「……」

Kはコンクリートの上に座り込むと大きくため息をついた

「隊長は夏休みどこか行ってたの?」

「いや、うちはそういうのないし…余裕も…」

うっかりしたことを聞いてしまった。それになぜだか会話がすごくぎこちない
話のネタもなかったので悪いとは思いつつ家の旅行のこととかの話をした。
その間、Kの視線はあちこちに散らばって聞いているのか、いないのか…。
時々沈黙が流れて、せせらぎの音だけが耳に入ってくる。
何か言わなくっちゃいけない話があったはずだ…自分がどんどん自分じゃなくなるみたいにただ時間だけが重くのしかかる。

Plt024

「あのね…」

「うん?」

「前にも言ったけどさ…まだ、先の10月なんだけど…私の通っているスクールの発表会で私、主役やるの…最後の方だけなんだけど…よかったらさ…見に来ない?」

ドキドキした。『口から心臓が出る』というのはこういうのを言うのだろう。

「いや…いいよ…俺そういうの見るガラじゃないし…」

想定内の答えが出た…やっぱりね…

「それに…」

それに?

「あーいうの俺には何か…気持悪くってさ…」

「─…」

108

急に泣きたくなった。考えられない答えじゃなかったけど、さっきの小さな傷口が一気に裂けてしまった感じがする。断崖絶壁でぶら下がっていたロープが一瞬にして切れたときみたいな、覚えのないことで死刑宣告をうけたような気がして目の前が真っ暗になった。
泣くことじゃない 泣くわけにいかない…心の中の傷から血がとめどなくあふれるみたいな気がして必死に押さえこむ。

「そうだよね 男の子には芸術わかんないか…ハハハ…」

Kも少しバツの悪い顔をしていた。そんな顔しないでよ。ガマンできなくなる…

「今日は家の用事があるから、早めに帰るね。また明日…」

ぬれた足のまま靴を履いちゃってバイバイとその場を離れた。早く遠くへ…
背中に視線は感じていたけどもう振り返られる状態じゃない
自転車のところに付く頃にはもう涙でグシャグシャだった…心の傷から血があふれつづける…。

Dscf7956

その日、私は人生最大の決断をした。

「えっ! どうしてバレエをやめるの?」

パパとママの思ったとおりの表情が、また心に重くのしかかった。

重い…重い…重たいよ…

(つづく)

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2008年2月 4日 (月)

水中メガネ ③

Title3

また冬がやってくる
もう、ふた夏を過ごした『ひみつ基地』は、また雪で閉ざされてしまう。
次にここへ来るときは私もKも6年生。
基地の中にはストーブは置けないので寒さがこたえるようになると学校以外ではあまりKと会えなくなる。
いつもの冬より早くまとまった雪を見て、今年はこれで最後だな…という冬の入口の日曜日。基地の戸締りを直した後、Kは今日のうちに見に行きたいところがあると言い出した。

「ちょっと遠いんだけどさ…」

「はい!隊長!」

Kを『隊長』と呼ぶのも、すっかり慣れてきた。学校ではそうはいかないけど…
一度、教室で『隊長!』と呼んでしまい、皆は何かの冗談かと思う程度だったけどKがすごくバツの悪い顔をするのを見てから気をつけるようにしている。私も『隊員』の自覚ができたということなのだろうか。

Dscf5947

Holga3 隊の活動は、相変わらず古い家や牧場に入ったり川原で遊んだりだけど、主にKはマンガを読んでいて、私は毎週土曜日のバレエレッスンを翌日、復習していることが多い。
私も『隊長の部屋』でKと一緒にマンガを読んだりしていた。それだけでは間が持たないので、よく話もした。うちのことや学校であったこと、バレエの話なんか…
Kも本を読みつくしてしまったようで、話を聞いてくれる。こんなに聞き上手な男とは思わなかった。
今年の夏休みも暑い日が続き、昼間は川や泉でずーっと遊んでたので、(あいかわらず水着は用意しなかった。むしろ近くにプールもないのに水着を持ち出すと怪しまれそうだったから…水中メガネはいつも持っていたね)基地に戻ってから疲れて眠りこけてしまったことがあったね。
すっかり暗くなってから帰ったらさすがにパパに怒られちゃったよ…。

でも『ひみつ』は守ったよ。隊長。

Dscf0099

Dscf0094 その日は確かに遠いところまで行った。自転車で1時間はかかっただろうか。

「あそこだ!」 その先には大きな屋根が見える。

塀の板がなくなっているところから中に入ってみると何かの工場のようで、木のいい香りがうっすら漂っている…

「隊長 ここは?」

「製材所だよ うちの父ちゃんが働いていたところ 今年の夏に潰れちゃったんだ…」

「えっ?」

Dscf0095  

始めて聞いた。Kの家は私の家から近いところだけれど、うちと違って農業じゃないことは知っていた。Kと良く話はしていたけど、Kは自分の家のことってあまり話さなかったことに今さら気がついた。

「今はどうしてるの? お父さん…」

「少し聞いたけど『ホケン』があるから大丈夫だって言ってた。仕事はしてないんだけど毎日どこかへ行ってるよ」

「そう…」

Dscf0101

Dscf0088 それ以上は聞けなかった。思ったよりKはケロッとしていたけど聞かない方がいいと思った。
その後はいつものように探検した。この前の雪もすっかり溶けてしまったけど、この工場は冷え切っているのか、あちらこちらに雪は残っている。
奥には中に入れそうなくらい大きなパイプや天井まで届きそうな機械、ギザギザの歯が見える大きな恐竜のあごみたいなもの。近くにいると食べられてしまいそうなくらい大きい。

いつもは、ふざけて走り回っているKは、いつもと違ってなんだか寂しそうに見えた。
何か言って慰めるべきなんだろう。私がレッスンにめげてKに慰められたときみたいに。
でも、言葉が出なかった。私がわかる問題じゃないような気がして…

【イマハ ソットシテオコウ】 そんな空気も感じた

Dscf0098

Dscf0084 「これって何に使うもの?」

重い空気に絶えられなくなって聞いてみた。

「あーそれか?帯ノコっていうのの歯でさ、大きな木から板を切り出すのに使う機械につけるのさ。あっちの丸ノコっていうのも使うけど。ここはその歯が欠けたりして切れ味が悪くなったら直す部屋さ」

Dscf0089 「どうして、工場は無くなったのかな」

「輸入する板のほうが安くて質が良かったからじゃないかなぁ。そんなこと聞いたことがあったよ」

いきなり聞きずらい・答えずらいようなことを聞いて失敗したような気がしたけど、普通に答えてくれたから少し安心した。

Dscf0107 冷たくなってさび付き始めた機械 集まって慰めあう塵たち 自分の運命を呪って波打つトタン板 心まで白くなっていく山積みの板 みんな切ないほど静かなんだ。

帰り道 私はなんだか膝が痛くなってきた。こんな長い距離を走ったのは久しぶりだったからだろう。でもこのまま家までは行き着けそうもない。

「明日取りに来てやるから後ろに乗っていけよ」

そう言われて適当なところに私の自転車を置いてKの後ろに乗った。
背中の温かさがが心地いい

「ワタシタチッテ ナンダロウネ?」

Kの背にもたれかかって夕日に染まる道を見下ろすと二人の影はすっかり長くなりながら追いかけてきてた。

Sunset

もうすぐ冬が来て景色は真っ白になるだろう。
季節の彩りに使い切った絵の具箱の最後の色。
その白で次の春のためにキャンバスを元の純白に戻すみたいに…

Kの背中がなぜか小さく感じた
でもそれは感じただけじゃなかった

このころから何かが大きく変わり始めてきたんだと思う
洪水みたいに何かがふたりのところに静かに押し寄せてきたんだ…

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年2月 3日 (日)

水中メガネ ②

Title

Kのいう『ひみつ基地』の中は、こんな感じ。
ちょっとした小さな棚や小物が固めてあるほかは、ほとんど何もないガラーンとした部屋。さほど痛んでいるわけでもなく、今、家具を運んでくれば何の違和感もない。むしろ、私の部屋よりも新しいくらいだ。
元々はもっと古い家だったのかも知れないけど、中を直してそれほど使っていない感じがする。

「俺の部屋は2階にあるから 好きな部屋使っていいぜ」

使っていいったって…人の家じゃない。

Dscf3117

Dscf3116 誰もいないのは解っているけど、猫みたいに小さくなりながら進む。ドアの向こうには広い部屋があって、奥に畳の部屋が続く。右側にはキッチン。大まかな造りは私の家にちょっと似ている。
ここにソファーを置いて、テレビがあそこ。
テーブルはここで、その横にお城みたいな模様のある食器棚。
なんだかこの家が賑やかだった頃が見えてくるみたいだ…
この家を『ひとりぼっち』にしたのは、よほどの訳があるのだろう…

「おい!上にこいよ」 階段の途中からKがこっちを覗き込んで言った。

Room_6 「ここが隊長の部屋さ。」
なるほどね。マンガがたくさんある。ここの子の部屋だったんだろう。さっきの部屋はガランとしたいたのにここは本やビデオテープがたくさんあって何もかもそのままにしていったみたい。カーテンが閉まっているから全体がオレンジ色だ。
閉め切りの部屋の中は行き場のない生ぬるい空気が閉じ込められて膨らんでいる。 

パチン パチン

スイッチを見つけて入れてみたけど明かりは点かなかった。

「点くわけねーだろ。空家なんだから…水だって出ねーんだぞ」

Kはカーテンと窓を開けながら、しょうがねぇなーという風な顔をした。
空家っていうのは、死んだ家なんだろうか? 明かりも点かないと命がなくなったみたいな気がするけど外の光が差し込むこの家の中にそんな感じはしない。
ただ、何かを待ち続けているように感じる。それがKや私だったとは思えないけど…

0866

Kは我が物顔でベッドにドカッと飛び乗ると近くのマンガをとってパラパラと読み始めた。
隊長といってものんびりしている。かといってすることもないので私もKの足元に座ってマンガをとってみた。

少し時間が経ち、背中に汗が伝うのを感じた。

「暑い…」

窓は開いていたけど、少しの風も入ってこない。暑さに耐えられなくなってきた…。

「ほかの部屋も見てきていい?」

「あぁ いいよ」

マンガから目を離さないまま答えてる。暑くないのだろうか

Dscf5477

Eh013 他の部屋は、家具が少しとか古新聞が積まれているだけで面白いものはない。
このまま2階に戻ってもちょっとつまらない…広い部屋だからポーズの予習でもしてみようか…
…バレエは1年生の時に友達の発表会のパンフレットやアルバムを見たら、いても立ってもいられずママに頼んでみた。

「お願い!」

「うーん…どうかな…パパに相談してみないと…」

当のパパは、私を説得しようと試みていたが、始めることしか頭にない私は、頑として折れない。それどころか「許してもらえるまで、ご飯は食べない!」と言い放って部屋に閉じこもった。パパは、あっさり根負けして許してくれた。今思えば毎週、車で片道1時間半は、かかるスクールへ送り迎えしてもらっているのは、申し訳なかったと思う。
クラスの子は4歳から始めていて3年生からの私は初レッスンの日は不安で、どうなることかと思った。小さい子がストレッチの時に上体を信じられないくらい曲げるのを見て驚いた。驚いたというより大それたことを決めてしまったと思った。

E03c0012 「大丈夫 バレエは、この年頃からのスタートでも充分身につけることができます。むしろ飲み込みが早いと思いますよ」

そんな先生の言葉に張り切って今では、基本ポーズも「ポール・ドゥ・ブラ(腕運び)」も自分で見るかぎり、鏡の中では様になった気がする。
発表会が楽しみ…ここのスクールでは、短縮版だけれど本格的な演目をするそうだ。
Kに話したら見に来てくれるだろうか?

気がつくと靴下の底が真っ黒になっていた。広さは申し分ないけれど少し掃除しなくちゃ。
次は予備のシューズを持ってこよう…

ドンドンドンドン… 
Kがけたたましく降りてきた。

「いやー暑くてたまんねぇ! 川にいってこよう!」

Dk051_2

Cp076 砂利の道を自転車で進む。Kはお構い無しで体を左右にゆすりながら立ちこぎで走っていく。背負っているバッグが必死にKの背中にしがみついているみたい。
私も遅れまいと必死でペダルを踏む。砂利道の振動と暑さで少し頭がクラクラしてきた。
いったいどこまで行くんだろう?

それをKに聞こうとした瞬間、道を外れて藪の中へ入っていった。
私もあわてて止まり、その藪の奥を覗き込むとKが自転車を笹の上に乱暴に倒していた。

「こっちだよ 自転車はこの辺に置いときな」

今度は、藪の中をひたすら歩く。でも日陰なのでさっきよりは楽になった。
やがて藪を抜けて明るいところに出た。

Dscf2385_2

Dscf2379 「ここだよ」

キラキラ輝く水面が見える。その手前に大きなコンクリートの塊が何本も立っている。

「あれ なあに?」

「よく知んないけど、ここに汽車が走ってたんだってよ。その橋の跡だって兄ちゃんが言ってた」

Dscf2380 「汽車? 私ずっと住んでるけど聞いたことないよ」

「そりゃそうさ。父さんも知らない頃らしいから。じいちゃんは知ってるよ。貨物用の小さいやつが走ったんだってさ」

Kが飛び乗ったコンクリートの台も同じものが横倒しになったみたいだ。
ふーん そんなのがここを走っていたのか…
気がつくと、Kはそそくさと服を脱ぎ始めた。

Dscf2376_2  「えっ 泳ぐの?」

「そうさ 暑いもん 良く来てるよ」

「私、水着もってきてないよ…」

「俺も持ってきてないよ いっつもくるわけじゃないしさ…このコンクリートの向こう側がえぐれていて深いんだ。いきなり飛び込むなよ。」

Kは、お尻まで陽に焼けているところをみるとここに度々来ているみたいだ。Kは、自分のバッグから水中メガネを取り出して顔につけると一気に川へ飛び込んだ。
(水中メガネは持っているんだ…)

「うーっ! 気持いーっ!」

Kは泳ぎがとてもうまい。1年生の初めてのプール学習のときも勝手にプールの深いほうにザブン!と飛び込んで泳ぎだし、先生に怒られていた。結局その時間はプールの隅に立たされてプールで遊んでいるみんなを恨めしそうに見ていた。

Dscf2387 「いつから泳げるようになったの?」

「さぁ 覚えているときから泳げてたよ」

Kのパパは泳ぎの得意な人で、指導員の資格もあるらしい。
そんな家だから泳げるのも当たり前なんだろう。
今のプール学習は、もうビート板も使わなくなってみんなそこそこ泳ぐようになってきたけどKに言わせると私も含めて「溺れているようにしか見えない」そうだ。

しかし、今日泳ぐことになるとは思わなかった。
Kはこっちで頭を出したと思ったら、次はいつの間にか向こう側へ行っている。
水の中でどう進んでいるのか水面が光って見えない。

「どうしたの? 早くこいよ! 隊長命令だぞ!」

こんなときに隊長風か…
うーん…考えるの面倒くさ! もういいや!!  私も水に入ることにした。
誰もいない(K以外)と分かっていても回りを気にしながら裸になるとコンクリートの縁から水に入った。

Dscf2384

「冷たい!」

でもむしろ気持いいくらいだ。上からは分からなかったけど水は、かなり深い。私の胸近くまでの深さがある。

Kはどこ?

ザバーッ!と音がしてすぐ近くにKが出てきて驚いた。

「おーっ やっと来たな なっ!気持いいだろ?」

「…うん」 とその時、足に何かが触れた感じが…。

「いやだ!なんかいる!」

「魚だろ! なんていうか知らないけど、下にたくさんいるよ 潜ったら見えるぜ」

「私、メガネないし…」

「そっか ちょっと待ってな!」 

Sui2 Kはコンクリートの上のバッグからきれいなブルーの水中メガネを取り出して私に渡した。

「これ、俺が使ってた奴だけど バンドがもうキツイからやるよ!」

宝石みたいで、きれいなブルー  手渡された水中メガネを付けてみる。

「見てみろよ なんだか俺たち そっくりだよなー」

指差した水面を覗き込むと白い歯を出してニッと笑ったKと、ポカンと口を開けた私…
水中メガネをつけたふたりは、そっくりな顔。
背中を照りつける夏の太陽と足をくすぐる川の冷たい流れ
周りを緑とお墓みたいな大きな石に囲まれた箱庭の中、この世にいるのはふたりだけのような気がして、それが何となく嬉しい気がした…

「うん…私、男の子みたいだね」

「潜って見てみな すごくきれいだよ」

07pham01

Dscf2388 鼻をつまんで息を止めて潜ってみる…メガネをしているのについ、目をつぶってしまう。
水の中でゆっくり目を開けるとブルーの世界で小さな魚が生きた宝石みたいにキラキラ輝いている。

「きれい…」そう思ったけど、もう息が続かない。
立ち上がって髪と顔についた水を拭っているとKが言った

「言ったとおり凄いだろ?」

「うん! 凄くきれい!」 Kの笑顔もまぶしかった。

Dscf7607 

はしゃいで散々水をかけあった。メガネのバンドで髪を押さえていたから、誰かが遠くから見ていても男の子がふたりいるようにしか見えなかっただろう。
そのあと、コンクリートの上で体を乾かした。さっきまで暑くて憎らしかった太陽の陽射しがとても気持いい。

その夜、お風呂に入ると体がヒリヒリ。日焼けしてしまったらしい。
その痛みが、夢じゃないって言っている。

今日は凄い冒険だった…

(つづく)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年2月 1日 (金)

水中メガネ ①

Nekon

やっと1年 もう1年 「ルイン・ドロップ」の雫を落とし始めて今日で1年経ちました。全国津々浦々の「ルイドロ・ウォッチャー」の皆様ありがとうございます。「廃墟」というものをネタに生き急ぐようにページを連ねてきて思ったことは、探しているのは「廃墟」の真実でなく、どこかに自分の内面を模索していたような気もします。それは、意味もなく尖っていたあの頃の自分があちこちに引っかかって欠けてしまった欠片を探しているのかもしれません。

北海道は、いまだ凍てつく冬 春を待ち小さくなっている季節。
でも、この季節は1年の中で、新しい1年への準備の時期でもあります。
新しい芽吹きのために
新しい春は、新しい出会いの季節。言葉をつづることのない詩人がまた増える春。心の揺らぎに精一杯悩み、苦しみ、酔いしれる。
ココロのマニュアルは誰もが真っ白。その最初のページが最も難しい。
早く大人になることを願う子ども 大人になれなかったと嘆く老人
本当の意味の大人とはなんだろうか?
気づきもなく、その階段に足をかけた子ども達は、すでに終わりなきパズルゲームの虜になっている…

Title

Holgaglas ひとりぼっちの部屋の中 水中メガネをつける
レンズ越しの世界は、うすくブルーがかって水の中にいるみたいだ
そのまま私は、記憶の中へ潜っていく

この水中メガネが私の宝物になったのはもう3年前…

「見てみろよ なんだか俺たち そっくりだよなー」

指差した水面を覗き込むと白い歯を出してニッと笑ったKと、ポカンと口を開けた私…
水中メガネをつけたふたりは、そっくりな顔。
背中を照りつける夏の太陽と足をくすぐる川の冷たい流れ
周りを緑とお墓みたいな大きな石に囲まれた箱庭の中、この世にいるのはふたりだけのような気がして、それが何となく嬉しい気がした…

「うん…私、男の子みたいだね」

Dscf5880_2

小学4年生の夏休み。雑草の海をワシワシとかき分けて進むKの後を離れずにぴったりくっついていく。
やがてボロボロの小屋が見えてきて、雑草の間からルピナスの花。
小屋を向こう側へ越えたところでKは立ち止まった。

「ここが、ひみつ基地さ。誰にも内緒だぞ!」

「え…?」

Dscf6574_3

Dscf6580 そこは、どうみても普通の家。お化け屋敷という雰囲気でもないし…

「なんだか怖いよ…それに誰かに見つかったら…」

「そんなことねーよ!俺がまだ隊員の頃からこうなんだからー。」

「隊員?」

「兄ちゃんが隊長で俺が隊員。もう『いんたい』したから俺が隊長!」

大威張りするほどのことか?
ひみつ基地とか言うから木の上の家みたいなところかと思っていて正直がっかりした。

「とにかく!お前は信用できるから教えたんだ。ひみつは守れるか?」

『お前は』とか言っているが他に選ぶ余地もなかったろうに…。でも「ひみつ」と言われるとドキドキした。目の前にある家は好きになれないけど、Kの「ひみつ」という言葉がキラキラ頭の中で輝いた。

Dscf3116「うん」

「よし!わかった!それじゃぁ、お前を隊員に『にんめい』する。それと隊長と話すときは『うん』じゃなく『わかりました』だぞ!」

「わかりました隊長!」

Kに誘われて『ひみつ基地』に入る。中は陽が入って思ったほど暗いところじゃなく安心したけど、なんだか私達は『どろぼう』になった気もする。
静かでガランとした家の中。

「兄ちゃんの友達の家で引越しちゃったんだってさ」

Kのお兄さんはもう高校生。O市のほうにひとりで住んでいて学校に通っているそうだ。
ひとりっ子の私と違いKには兄弟がいて「うらやましい」と思っていたけど、今は私と同じ。でも本当はお兄さんがいるから、はなればなれの今、その寂しさは私とは比べ物にはならないだろう。

私達の家の近くにも昔、小学校があった。私とKが入学する何十年も前に子どもが少なくなって学校を続けられなくなったそうだ。
私達はスクールバスに乗って街の学校へ通っている。よほど遠いところにいるらしく、帰りのバスは、ふたりだけになってからもしばらく走る。一番近い友達の家でさえ自転車でもそうとう離れたところ。だから私とKは物心ついたころからずっと遊び友達で、約束なんかしてなくてもいつも会っていた。

学校でのKは、みんなを笑わせる天才で自分の失敗も笑いに変えてしまう。先生も本当なら厳しく怒らなければならないところを笑わされてしまい、言えなくなることが多いみたいだ。
人をネタにした冗談は言わない。ギャグのセンスがいいんだ。だからクラスだけじゃなく学年でも人気者。女子にも人気がいい。

Photo

「17個だぜ!凄いだろ!」

冬休みが終わって間もない頃、まだ真っ白な雪の海を走るバスの中でKは、カバンの中を見せた。色とりどりの大小の包みがはちきれんばかり…

「なっ!3年連続記録更新だぜ!」

「そんなのどうでもいいじゃん!」

「へっ 妬いてんのかよ…」

「妬いてないよ!バッカじゃないの!」

自分でも信じられないほど大きな声を出してしまい、運転手のおじさんがミラー越しにこっちを睨んだ。

「あのね!お気持はわかりますけど、来月大変な想いするのはあんただからね!17人分だよ!じゅうななにんぶん!去年だって…」

Kの顔色が変わった

「そっか…きっついよなぁ…」

またコートのポケットの中身を出すことができなくなった…私も3年連続記録更新。

Kは私を「女子」とは見ていないのだろう。遊びはいつも「探検ごっこ」で、木登りや藪の中をさまよったり、空家の中に入ったりということが多い。だから私も傷が絶えなくて、いつもどこかしらにカットバンを貼っていた。休みの日のふたりのことをクラスのみんなは知らない。それが私の『誰にも言わない自慢』。

Dscf5971

Dscf5966 Kに付いて、昔パパが通っていた学校にこの前、行ってきた。昼間だけど私達の行く学校と違って、古臭くて、とても薄気味悪い。Kは、私が心の準備もできないうちに先へ入ってしまうので気持を静める間もない。近頃ではすっかり慣れてしまったけど…
何の音もしない学校の中は奇妙だ。廊下は薄暗くて不気味な感じ。ここにたくさんの子どもが通って勉強していたのだろうか?まるでここにいると二人を残してこの世からみんな消えてしまったような気がする。
Kはいつのまにか長い廊下の向こう側に行っていた。

「おーい!N!これだろ?お前の父ちゃんの名前」

「えーっ!どれどれ?」

Dscf5938 パタパタと廊下を走って行ってみるとKの見上げる『ジャックと豆の木』の貼絵の下には確かにパパの名前があった。他にも何人かの名前があったので協同作品なんだろう。パパが作った部分がどこなのかわからないけどパパの小学生の頃を見たような気がして、すごく不思議な気分がした。
これを作っていた頃はどんなことを考えていたのだろう…
Kの家は私達の生まれる前に移ってきたのでKのパパは、ここの卒業じゃない。
通っていた学校がなくなってどう思ったのだろう…
聞いてみたい気もするけど、ここに忍び込んだなんて、とても言えない。

Dscf5924

Dscf5962 「なっ? ここってなんか凄いだろ?」

「なにが?」

「なにが…って…あの…核戦争後の世界みたいでさ…」

「ふーん…そういうのが好きなんだ」

「へん! わかっちゃいねぇなぁ!」

説明ができないと必ず「わかっちゃいない」がでてくる。
確かにわからない。わからないけど何かは感じている。
「もののけ」みたいなものがいるのだろうと思うけれど、それを言ったらKが何を仕掛けてくるかわからないので、しらんぷりをしているのだ。
せめて「夜に行こう」などと言い出さないことを祈っている。

Dscf6890

Balet そのあと体育館へいった。明るくて広いところへ出てきて、つい嬉しくなってピルエット(バレエ用語:ターン・回転のこと)をした…
バレエを毎週土曜日に通い始めて、もう3年になる。クラスの子の発表会のパンフレットを見て絶対やってみたくてパパに頼み込んだ。でも練習は、とにかく覚えることが多くて「アラベスク」や「グラン・ジュテ」みたいな大技ばかり頭の中に描いていたが甘いことに気がついた。実際は、足の基本ポジションでさえ、つま先を全然外に向けられなくて泣いて落ち込んだ。そのことでKになぐさめてもらったこともあったけど、何のことやら分からないKは「気にすんなよ」しか言わなかったのを覚えている。今ではつい笑ってしまう出来事…。

Dscf6894

Dscf6896_2 「何やってんだよー」

ステージの上にいるKの声で我にかえると埃で汚れた床にたくさんの丸い跡。このスニーカーだとポアント(つま先立ち)が楽なので、調子にのって靴先を痛めてしまう。この前も家で注意されたばかりなのにやっぱりやってしまう…
バレエのことはKも知っているけど興味はないらしく何も聞いてくれない。だからこれ見よがしに見せるつもりもあったのかも…。

ここの体育館は、私達の学校よりは狭いけど天井が高い。通っているところは鉄骨が見えていてたまにボールが挟まっているけど、それがない分すごく高く見える。
静かなここで、子ども達が体育や学習発表会をしたり、入学式や卒業式が行われていたのは何だか信じられない。
大事なものと無理やり引き離されたみたいで、乾いた体育館は寂しい感じがする。Kはどうしてこんな場所へ来るのだろう…

Dscf5928

「ねぇー K-っ!」

「隊長だって!」

どこからか見つけた黄色いボールを転がしながらKが睨んだ。

「…隊長!どうしてこういうところが好きなんですかぁー?」

「なんでかなぁ…探検だよ探検! これは男のロマンだな」

ロマン?何だか良くわからない。もっとすごい答を期待したのに…
Kの探す『ロマン』ていうのはなんだろう。
私の思うバレエみたいなものだろうか。
ステージの上に立つKを見つめていた

Dscf5943

Dscf5935 『ボン!』と音がして私めがけて黄色いボールがすっ飛んでくる。咄嗟によけようとしたけれど、鈍い音を出して肩をかすめた。

「ちょっと!なにすんのさ!」

「狙ったわけじゃないよ。Nもこっち見てただろ?」

確かに見ていた。見ていたけど… 何を見ていた?

「私…帰る!」

なぜかちょっとキレた。これ以上ここにいちゃいけない気がしてKに背中を向けて廊下をズンズン歩いて入口へ向かう。

「なんだよ! 悪かったよ! 待ってくれよ!」 

Kが追いかけてきて、言い合うふたりの大きな声が校舎の中にこだまする。
そして、この学校は、また静かな乾いた場所に返っていく…

私は、Kに腹が立ったんじゃない

(つづく)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »