ティア・ルームへようこそ ②
床に散らばる凍った涙の雫 貼絨毯に血のように浮き出した赤錆
それを覗き見るかのように排気口から侵入する植物のツル
こけ脅されて割れた器 熱くなることもなく老け込んでしまったガスコンロ
忘れられた色紙は かつての栄華をブツブツと呟く
涙の主は階上から海を見て泣いているのか
近くにいながら行ったことのない海 ずっと行くことのない海
竜宮風な間口と和風な小上がりには不似合いと思われる階段。
営業中には「土足禁止」となっていたようですが、今は潮風が創作意欲ふんだんに彩をいれている。
そこを上がっていくと吹き抜け部分に涙の主であるシャンデリアがカーテンをまといながら屋根の波の向こうに見える本物の波を見つめています。
潮風がそうしたのか、その身から落ちた雫が涙となって階下の床に散らばっていたのです。その雫も今はほとんど枯れてしまいました。
2階は、純喫茶風の洋室。カニ飯の後にオレンジ・ペコというようなシャレた一時があったのでしょうか。あたりでこんな洋室を携えているのはここだけです。
ここの隅にベッドでもあれば立派なゲストルームになりそう。
階下の誰が使うのか?といった浴室の存在を考えると意外にそんなことに使われていたのかもしれません。ここには唯一残された椅子が一脚。主は最後の日に静かに座って時代を振り返り、最後の暖簾を下ろしたのでしょう。
すべては既に古になりました。
奥の部屋(事務所とされている)にギターがありました。
海の見える窓辺でラブソングが奏でられていた様子が目に浮かびます。
昔テレビで見た日活青春映画、それも海の映画には必ずギターが見えました。
「イモを洗う」の例えのように砂地も見えない浜辺の風景にギターはありました。
ギターが俳句の季語に認められることがあれば、それは「夏」にちがいありません。
この店は他店同様、海産物の地方発送なども受けていたようです。
カニだのホタテだのここの海から上がっていたのか?とも思えますが浜の特権ではなくなった商いは、道行く人たちにとって、もはや魅力的ものでもない。
「あそこはねぇ…もう、何年になるかねぇ…」残る店のおばちゃんは、それ以上多くを語るでもなく自分の心の中にあるものに浸っていました。
機械にくくられてカラカラと回るホッケの開きは、このまま群れになって空の向こうへ飛んでいきそう…背後には潮騒に負けない勢いの車の通過音。
ここは、いつか鳴り物もなく静かに跡形もなく過去になっていくのでしょう。
それまで、あと幾度、この地に立つことがあるのか…
砂浜に打ち上げられた貝殻がいずれ砂粒のひとつに変わるように人の跡も消えていくことでしょう。でもそれは「消滅」ではありません。
母なる海だけがそれを否めることなくじっと見ていきます。はるか昔もそして未来も…
涙もまた小さな海 こころの堤防は実に容易く決壊する
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コメント
おや〜、カメラを変えましたね〜。
白いギターでセンチメンタルな物件ですね。
ねじれた蛸壺シャンデリアはサスペンスドラマを思い出します、
これが落ちて頭にスッポリと・・・
投稿: カナブン | 2008年1月20日 (日) 00時23分
海の見える窓辺で若大将の歌でも口ずさんでいたのでしょう。「幸せだなぁ…」それも思い出。新天地では何を歌っているのか…
投稿: ねこん | 2008年1月20日 (日) 22時50分