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2008年1月16日 (水)

戦士の休息 ②

澄み渡ったというよりも塗りこめたような冬の青空の下で学び舎は静かに余生を送っています。収蔵された郷土資料も同じ宿命でここに来ました。2名の軍人もここで静かに休息しています。忘れてはいけない記憶も閉じ込めてしまっては無しも同然。彼らがここを出て再び時代の証言者になる日はくるのでしょうか?

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Dscf2498 ここが閉校になったとき、他にいくつかの学校が共に閉校となり新設校へ統合になりました。
町内に15あった学び舎(中学校は除く。中学校併置校は含む)は、現在4つ。市街地にもとよりある学校は、宅地造成にともなって生徒数は増加。学校もそうですが低学年児童用の学童保育所(放課が早いので一時預かりの目的)は定員オーバーで飽和状態は改善されていないようです。
他の新設校は郡部からのスクールバス通と近隣校区内のみで全校生徒300人以下かそれにも及ばない格差がついています。
適正配置の名の下に閉校が繰り返されてきましたが、弊害もやや出てきているようです。
少子化で児童減少のため存続の危ない学校もあれば、近郊の分譲宅地化で児童数の集中する学校もあります。

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Dscf2489 ここが郷土飼料備蓄庫になったのは閉校からさほど経っていないようです。学校も資料館も郷土資料も教育委員会管轄ですから自然な成り行きなのです。児童の使っていた机は奥の1室にまとめられてはいるものの、さほど壊されもせず現存。
体育館の屋根は錆ですっかり変色はしていますが、まだ雨漏りもなく比較的いい状態で、施設として再利用するなら大げさな手直しがなくても使えるようです。近隣の他校がそのように作りかえられているので実際には難しいのでしょうけど。
木造校舎としては定評もあるのですが…

屋根が錆びつきながらも体育館の中は、かつての威厳を保ったまま集会の日に備、隅の卒業生寄贈のピアノも校歌の伴奏を記憶しているのでしょう。

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Dscf2496 校内の掲示物も閉校時の様子が見えて昭和63年3月のあの日以来、時は動くのを止めてしまいました。
動かない校舎の中、時から捨てられた動かないもの達が集められ、行先もなく沈黙の時間割がずっと続いていきます。

空気の停止した感じは、かび臭いということではなく、閉じ込められていた空気(状態)がこわばって固まってしまったようなものです。

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Dscf2446 ねこんがいた学校も市街地に統合になった過去がありますが実感がなくて、ましてや卒業式とともに閉校式も兼ねていたので、学校がなくなるんだという実感はなかったと記憶します。
見えていたものが見えなくなってから(解体)手遅れの実感がでました。
錆びた屋根は桜との対比でみすぼらしくなってしまったのかもしれませんが、土地の功労者の一人としてねぎらいの気持は持ってあげたいですね。

旅で訪れた学び舎は、すべて母校です。記念碑が墓標になってしまわないように祈ります。『永久』が文字だけになってしまわないように…
『いつか』が『いまさら』に変わらないうちに何かをとどめていきたいです。

Epitaph

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「♪…」 体育館からピアノの音色が聞こえる

    空気が一瞬にして溶きほぐれた感じがした

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                   確かに感じた

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