アメユジュトテチテケンジャ
冬 この季節、朽ちかけた民家を訪れて欠け茶碗が転がっていたりすると思い出す詩の一節がある。
『アメユジュ トテチテ ケンジャ』
宮沢賢治の「永訣の朝」に出てくる言葉です。
けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゆとてちてけんじゃ)
うすあかるくいっさう陰惨な雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
(あめゆじゆとてちてけんじや)
青い蓴菜のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたしはまがつたてつぽうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
(あめゆじゆとてちてけんじゃ)
蒼鉛いろの暗い雲から
みぞれはびちよびちよ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになつて
わたくしをいつしやうあかるくするために
こんなさつぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまつすぐにすすんでいくから
(あめゆじゆとてちてけんじゃ)
はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
…ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまつてゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまつしろな二相系をたもち すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらつていかう
わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ
みなれたちやわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)
あああのとざされた病室の
くらいびやうぶやかやのなかに
やさしくあおじろく燃えてゐる
わたしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまっしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ (うまれでくるたて
こんどはこたにわりやのごとばかりで
くるしまなあよにうまれてくる)
おまえがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになって
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたしのすべてのさいはひをかけてねがふ
「あめゆじゅ」は「雨雪」すなわち天から降り注ぐみぞれ。
賢治の最愛の妹であり、同じ信仰の同志でもあった『とし子』は教員をしていましたが病のため25歳という短い生涯でした。
死の床にあってとし子(死期を悟っていた)は末期の水として賢治に『あま雪(みぞれ)をとってきてください』と頼みます。
賢治は悲しみの混乱の果て、それは「とし子」が自分(賢治)のために頼んだと悟ります。
「びちよびちよふってくるみぞれ」が「さつぱりとした雪のひとわん」に変わることから読み取れます。
Ora Orade Shitori egumo 「わたしはわたしひとりで行く」 妹は既に死を悟っていました。妹の最も内面的な覚悟の言葉。賢治を強く突き動かした言葉は、他と区別されローマ字につづられました。
うまれでくるたて こんどはこたにわりやのごとばかりで くるしまなあよにうまれてくる 「今度生まれてきたら、こんな自分のことばかりで苦しまない人間に生まれてくる」 自分の苦しみで終わってしまう人生を振り返り、生まれ変わったら自分のことより他人のために汗を流す生き方をしたいという菩薩道の願いが込められています。
旧式な仮名つかいですが、心の微妙な変化を的確に表現した難しくもない優れた詩のひとつです。
どうして茶碗一個でここまで掘り下げたかというと、あったんですよ。二階の書棚の農業関係の本の山の中にこの「永訣の朝」の載った本が…
農家かもしれませんが近場に耕作地らしいところもさほどなく、横には林業鉄道の軌道がすぐ走っていた家。ここに人がいた頃は、最寄の学校も「僻地5級」の土地柄。市街への食料買出しもままならなかったと思います。そんな暮らしをあるいは宮沢賢治と照らし合わせていたのでしょう。
「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
それは、妹から兄への言葉ではなく、いまや見るものが自分の生き方を問い直すための呪文なのかも知れません。
問い直された心に足りないものは何か…?
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コメント
これまたいい歪み具合ですね、ちょっと気になる物件です。
我が家にもアメユジュトテチテケンジャがあったのでUPしました。
投稿: カナブン | 2008年1月23日 (水) 22時36分
ねこんも出発点は、そこですがそういう文学的なことを正反対に据えてしまう遠藤ミチロウも凄いというべきなのか…
投稿: ねこん | 2008年1月23日 (水) 23時28分