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2007年12月17日 (月)

鋼の鳥 ⑤

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Dscf8992 北海道観光に関して次のような言葉があります。
『自然は一流 料理は二流 サービス三流』 それはどういうことなのでしょうか?
かつて、北海道は過酷な自然環境と海を隔てた土地柄から身近な異国のイメージもありました。
徒歩・ヒッチハイク・自転車・オートバイ… 気ままな一人旅の人々がリアルな北海道の魅力を道外へ伝えてくれました。 北海道を愛してくれました。

時代的にもおいそれと国外へ行けるものではありませんでしたから近場の娯楽、近郊のリゾート、近所のテーマパークが登場しだしそこそこに繁盛していったようです。
それを可能にしたのが公的資金とバブル融資でしたが、それらを当てにしなくとも充分やってこれた施設が蝋燭の灯りのように静かに消えていきました。

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それは、あらかじめ決められた終の時がきたのか、人の心が変っていったのかは、どちらとも言えません。

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ここ数十年は、一時のブームは去ったとはいえ、根強い温泉ブームが続いています。
それは、健康志向や癒しを求める心が背景にあるのでしょうが、小さな・寂れた温泉宿が意外と人気があります。
それは、現世から隔絶された空間に自分を置いてみるという点では、『廃墟ブーム』と似たものがあるのかもしれません。明らかに異なるのは『温泉』という実があり、行先は廃墟などではないということです。

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旅館は観光の看板と名目で経営されていても地域とのつながりが、色濃いものです。
地域の会合・宴会・結婚式・仕出し等の面で関係深くなっているものなのですが、核家族化や町内会の不参加。それ以前に町内会すら形成されない地域。戦後60年は人の心をそんなに変えてしまったのかとの嘆きが聞こえてきそうです。

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人間は火の元に集う生き物です。火を囲み、自然の驚異から身を守ってきました。
特に日本人は火の元に集う週間が多く、囲炉裏や鍋を囲み湯に集うのは、単に生きる術だけではなく共に暖を得ることで心を通わせる習慣が根強いのかもしれません。
寒い季節に鍋が恋しくなるのも、ひとつには心の寂しさなのかもしれないですね。

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豊かになると暮らしもレベルアップしていきますが、何か大事なものを切り捨ててしまったような気もします。

この旅館にも集いの場は浴室のほかに、屋内ゲートボール場(元宴会場?)、いくつかの大部屋と宴会場があります。

ゲートボール場といってもどれほどの利用者がいたかと考えると微妙ですが、ゲートボールが盛んになった時期を考えればしごく自然な考えだったでしょう。
見て回った中ではゲートボールがプレイされていた痕跡は伺えませんでした。

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奥のほうにある大広間へ行くとそれまでの薄暗いイメージと打って変り、室内は曇りの人は言え明るい感じです。
ここまで来ると雑木で見えなかった湖もやや見えてきます。
湖畔の広間で賑やかな宴会が催されたことも多々あったことでしょう。
背景画のあるステージも完備されて、そこに立つと荒れきってしまったこの場でも数列並んだ膳とその両側で笑う人々の顔が浮かんでくるようです。

Dscf8852 今年の北海道は年明けから雪の少ない幕開け。
夏になっても雨は少なく、一時的な断水もあり、ダムの貯水量も記録的ではないかというほど激減していたように思います。
『幻の橋』と呼ばれる糠平湖の旧士幌線タウシュベツ橋梁も今年は、湖に沈まず年間通して見ることができたのに少々複雑な心境です。『こんなことは珍しい…』そんな話を聞きました。

世の中のことなど意に介せずかのように、ここの湖は豊富な水をたたえています。
もう宴会場の歓喜も、大浴場の調子っぱずれな鼻歌も聞こえないのに…

時の止まった旅館の上空を相変わらず鋼の翼が威嚇し続けていた…

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