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2007年8月18日 (土)

夢見る頃を過ぎても ③

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Dscf6779 写真は不思議だ。
万物の色となるものはそれぞれが反射する光の波長の違いで色ととして目視できるらしい。その一瞬を切り出してフイルム、印画紙、メディアに固定する。
科学的理屈は分かっていても、それが不思議でたまらない。
カメラの無機質な瞳と自分の付加機能が多いわりに不安定な目とでは全然見ているものが違うような気がします。

カメラはその目玉で捕らえたものを逃さない。
かたや、人の目玉は涙を流すことができる。
カメラのレンズが涙を覚えたらどんな一瞬を切り取ることができるのだろうか…

Dscf6776  そんなわけで家の中には、ねこんとルイン君(デジカメ)。
 家の周りは刈り入れの季節が近づく小麦畑。その色が黄金色に変わる頃には、この家の表情もまた変わっているのでしょう。
 2階の窓が開いているのか新しい風が時の停止した空間を時間を超越したかのように吹き込んできます。ここにいると自分も時を超越した者になったような感覚がします。

 だから、頭の上にあるスズメバチの巣も目に入りませんでした。これも廃屋だったようです。あー良かった…デジカメにスズメバチの巣検出機能なんて付きませんかね。

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Dscf6789  それにしても外観にたがわないほどの室内です。
 木造で、それなりの築年数と厳しい季節変動のこの地域で、さほどゆがみもなく立っているのですから大工の仕事も優れたものと言えます。基礎が地杭の独立基礎(柱を設置する場所ごとに地杭を埋める、または打ち込む方式で旧家に多い。現在の一般住宅は主に箱形の布基礎という工法を取ります。)だから尚更です。

 この家の子等は(ねこんより年上)暮らしの場を他所へ移してからどう過ごしたのでしょうか。この地で育んだ夢は花開き、何らかの夢を掴み取れたのかもしれません。
 あるいは彼の地で新たな夢が芽生えたのでしょうか… いずれにしても夢を考えることの始まりがここであったことは揺るぎありません。
 ここでの思い出が全て多感な年頃の彼らに好感を持って受け入れられないこともあったでしょう。不遇なことも不自由なことも不幸なことも時がそれを小麦の色が変わっていくように金色の光を放っていることを願います。

その刹那を少しだけ垣間見ました。

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とりあえず、人里まで出てバナナを買ってきたいところです。 今日は弁当を忘れました。

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