夢見る頃を過ぎても ②
この家には、ふたりの子(中学─高校生)がいたようです。男の子とは言え、70年代前期の色濃いこの家において引き伸ばし機を使った写真の加工は、中学生にはまだ早い趣味であると思います。
まだモノクロ写真が主流の頃、現像温度の管理も難しくないのですが、子どもよりもお父さんの趣味の感があります。そして、この家の引き伸ばし機のあった押入れは居間にあり、ちょっと不自然な造り。でも、ここが現像焼付けの暗室であることには変わらないでしょう。
でも、子どもは親のすることを見ているもので親の何だか秘密めいた暗室作業に心動かされるものもあったでしょうし、まれに見せてもらう現像の光景に魔法のような不思議な感覚も芽生えたことでしょう。
もう一人の子は、女の子でむしろ夢想の世界(漫画)へ向いていたようです。
漫画が即ち夢想の世界ともいいきれませんが、壁に描かれた落書きのサインが「78年8月2日 夏休み」とリアルな痕跡として残されていました。隣接する小学校は遡ること1970年に閉校になっており、この家の兄ともども数少ない卒業生でしょう。
この1978年から数年ののち、家族はこの地を離れることになりました。それは、家庭的な事情か、利便性が悪くシカの食害の多い耕作地域であったことから見切りをつけたのでしょう。いずれにしても物が多く残るところから、遠くへ行ったのではないようです。戻ってきたかどうかは別として…
故郷に自衛隊の駐屯地があって、クラスにも親が自衛隊勤務の子が多く、転校の出入りが多かったように記憶します。ずーと同じところの土地の子でしたから転校に憧れを持ったこともありましたね。親の職業を考えると、転校=離農みたいなマイナス構図になってしまいますから縁起でもないですけど。
こうしてみると絵のタッチがバラけているのは、模写から来るところのようですが、時代辺りから考察すると『なかよし』系でしょうか。たしか似たタッチの作家のコミックスを読んだ記憶があります。『りぼん』系ではないので判断材料になりません。
家の壁に描いてサインを入れているところは大胆です。それとなく書かれた「I Love You」も…
トップとはなりませんが今も昔も将来は漫画家という夢は変わらずあるものです。本当になった人は数人しか知りませんが、生き残りとなると厳しそうですね。まあ、夢見る頃にリアルな現実は無意味なものだと思いますから現実の厳しさを説いても夢を見る力にはかないません。
女の子の夢には「漫画家」があるように男の子の将来の夢には「お笑いタレント」というのが同じくらいの位置にあります。これはちょっと妙なものを感じます。
「夢は見るものではなく 叶えるもの」だと聞きますが
夢を見る土壌あっての夢であるのでしょう。
不遇であるが故、不自由であるが故に見られる夢があるのです。
土がなければ収穫もできないように夢を育てられる環境があるから夢を叶える努力もできるのでしょう。
ここで育った彼らの夢がどんなもので、どの方向へ向かったかは見えません。
この家が当時のあらゆるものをはらんだまま、ここに立っているのは、「夢に立ち返る」ための使命をまだ担っているのかもしれません。
夢が最も輝いていた頃のことに思い返らせるために…彼らが再び訪れることがあれば…
『バナナをお腹いっぱい食べたい』
いまだに叶えていないですね この夢…
(つづく)
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コメント
おはようございます。
う~ん、ますますたまらないですね!
平凡の表紙を壁に貼ったのでしょうか、シスターを思い出す和服人形もいい感じです。
是非コースに入れてください!
投稿: カナブン | 2007年8月17日 (金) 08時07分
まだまだあります。レアなものが…
師匠、海が危ないのでトーチカには行かないでくださいね。
投稿: ねこん | 2007年8月17日 (金) 08時33分