夢破れて山●荘 ②
この一帯は稲作が中心で回りは、ほとんどが水田です。『ルイン・ドロップ』エリアにはほとんど見られない風景です。
まだ、植え付けからさほど経っていないようで車を走らせていると水田がキラキラ光って海沿いを走っているような錯覚がします。
夜はカエルがたくさん鳴く中、空と地にふたつの月が見えたりしていい感じなんでしょうね。
『山●荘』がオープンした当時のことは、資料として見つかりませんでしたが町で最初の本格的温泉リゾートで最初の数年間は町内外から多くの人が訪れました。
施設にも釣り堀、ボート、クレー射撃場を備えて『夢のレジャーランド』が形成されていきます。その頃は駐車場も足りないほどで、かといって周囲は山と水田のため路上駐車もかなり連なったそうです。何よりも建物の外観がおとぎの国風であることから誘われるように人が集まりました。
泉質は「含酸塩化土類食塩泉」 リウマチ・神経痛に効能が深いそうです。
当時の宿泊関連を図書館で調べてみると初期の記述は出ませんでしたが、1981年の宿泊は1泊2食 4,500円 12室50名の規模でした。(北海道じてん1981年版/山と旅社)
同じガイドブックの1984年版では、1泊2食 5,800円 13室80名と規模と料金がアップします。
ここで奇妙な記述が出てきます。『源泉温度10℃ 浴用加熱』 これは…?冷鉱泉?
施設内背面に大きなボイラー室が存在します。これは浴用ボイラーであったようですが、最初から源泉温度が低いのであれば湯治場として栄えなかったと思います。さらに開業後数年でオイルショックを経験しているので、維持費のかかる経営はできなかったはずです。
そこで考えられるのオイルショック後の『温泉の枯渇』と『代替の鉱泉』です。「ぬるかった」という話もあったので慣れないうえ、季節によって変動する温度管理がうまくいかなかったようです。
この頃、北海道内の各町においても町の活性化としてあちこちで温泉目当ての試験ボーリングが行われ、温度の低い鉱泉であっても財政の豊かな時代にあり、加熱利用の温泉施設が作られ初めました。現在のように「源泉かけながし」が重宝がられる時代には考えられないことかもしれません。
ともかく、裕福な時代、豊かなところは大きなものを。そうではないところも、それなりに安易な泡球を作り出していきました。いくつかは成功して、いくつかは大きすぎたり細かすぎたりして消えてしまいました。かりそめの異国、偏った理想…
「山●荘」も経営内容の方向を見直す時がきたようです。
(つづく)
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