さよなら枝肉空母 その1
破産宣告には、かなり驚いた。その巨大で屈強な外観は不沈空母を思わせていたから… 社屋は国道沿いの元電工会社の建物から始まり、増床を重ねてその奥行きは300mを越えており、外壁には社名、扱い商品名、参加の外食企業の名などが書き巡らされて主張する空母でありました。
ここに運び込まれる枝肉は部位ごとに的確に分解され、スーパー・外食産業に卸されます。ギフト用の地元をアピールするハムなどの商品も製造され全国に出荷されていました。さらに外食産業への参入。卸業者の特質を生かしてよい肉を安価で提供し、ピーク時には予約が無ければ数時間待ちどころか当日の利用は不可と思われるほどの盛況でした。食の場の笑顔は正に幸福感そのものです。
卸先は地元でも大手で経営も安泰で社屋の増床などを考えても右肩上がりの状況でした。社名も地元だけではなく視野を世界に向けたもので、かといって驕っていたわけではなく商売人の基本を忘れぬ堅実な経営がこの1年を越えた調査の中で伺えました。
ある年、信じられない事件が起きてしまいました。
牛海綿状脳症(Bovine Spongiform Encephalopathy, )BSEの名で知られることになったいわゆる狂牛病の発生。牛の脳にスポンジ状の空洞ができ、初期は痙攣を伴い進行すると音や接触に対して過敏な反応を示し、やがて運動障害を起こし狂ったように死んでいく…ウイルス性のものではなくプリオンと呼ばれるたんぱく質のみで構成された物質が何らかの形で立体構造の異なるものに変異した異常プリオンが正常なプリオンも変質させていき、発症すれば治癒不可能。1986年にイギリスで発症して以来、大量の家畜が殺処分された。
人には伝染しないとされていたが、後に牛が原因と思われる変異型のクロイツフェルト・ヤコブ病の発見。世界中がパニックの渦中に陥ることになります。日本には皆無と思われていたBSEはやがて最初の症例が発見されて以来、牛固体識別体制や検疫、トレーサビリティなどの対策がとられますが既に食卓から牛肉が消えるには充分すぎる打撃でした。
国内でも十数例。米国での発症例が報告されてから数年間の輸入禁止措置。一般家庭では全ての牛肉と牛を原料とする食品全てから離れ始めて価格の暴落、それでも売り上げはダウン。風評被害は一時、牛乳にまで波及していました。
原因とされるのが配合飼料に添加されていた肉骨粉。その内容は牛そのものの骨で、家畜を肥やすために共食いもさせるという行為が、神の逆鱗に触れてしまった結果がこの病を作り出してしまったのでしょうか。それらの給餌されていなかった純和牛にまで消費者の矛先は向けられました。
安価な輸入牛肉が使われなくなり大手外食チェーンが牛丼の販売を休止。焼肉バイキングにいっても肉はほとんど無いなど身近にも影響がありました。
畜産業者が経営悪化を恐れて死牛を隠す事件も起きてしまいました。
現在は、沈静化したのか牛肉の値も戻り、報道も「BSE牛海面状脳症。いわゆる狂牛病」と呼ばれたものは、単に「BSE」と報じ方に変化が出てきました。
BSE自体メカニズムが完全に掌握されたものではなく、しかし実際に狂い死にする牛の映像をしつこく見せられたのでは牛から消費者が離れるのは当然です。
この、かつて無い状況がこの会社の打撃を与えたのは間違いありませんが本当にこの病気が原因だったのでしょうか?
(つづく)
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