雪割姫 ③
雪割姫の戯れに春を待つものの中には、せっかちな奴らがいて、姫の歩みを追ってくるように勝手に芽生えを始めだしてきた。
姫の後ろから足跡形に小さな春がすぐそこまで追ってきている。
久しく閉鎖状態のコンクリートプラント。建物は既に撤去されていますが、その作業も中断状態。切断されたH鋼、壁が崩れて剥き出しの鉄筋、埋められもしないトイレ、砂を詰めたままのピット、充填物の詰まったまま放置されたドラム缶や消火器等。
今年に入り、「私有地につき立ち入り禁止」の看板が立ちました。しかし、バリケードがあるわけでもなく、反対側に用事のある人は、老若男女問わず時折、横切っているようです。現在、個人の所有(管理)とされていますが倒産物件らしく、管理が及んでいるとは思えません。途中までの撤去作業も残骸の残り方から、鉄屑の現金化目的で正式な撤去ではない感じがしています。
残された施設、雑草、立木も多く、道なりに見ると内部の様子は伺うことのできない状態で、不法投棄や犯罪行為の後始末(大量に見かける空のバッグや財布の類)にも利用され、無法地帯といっても過言ではありません。地域の問題として取り上げられているのでしょうが、おそらく治安対策として、効果の期待できない看板というより標識が数枚、立てられていますが、すでに雑草に埋もれようとしていました。
人間を知らない雪割姫の目には、これらの遺物もアンコールワットやボロヴドールのように消え去った文明の遺跡として映っていたことでしょう。
雪割姫が城跡に入ってみると始めて見る壁画があった。これが『人間』の姿だろうか?
「そうではないよ…」 風がささやいた。
「人?そのひとは何処へいったのでしょうか?」
──何処にもいっていないよ。回りに見える小さな箱の中でジッと春をまっているよ。
「ここには誰もいないのですか…」
──ここはもう、いらなくなってしまったのだろう。さっきの老人も転がっていた連中も人がここに捨てていったのだからね。ここは、いらないものの街というわけさ…
「『捨てる』とはどういうことなのでしょう。」
──約束と違う返し方をすることだよ。ひとは約束事をいつも溜め込んで忙しいので返し方を忘れたのだろう。
風は通り過ぎていった。まだ、聞いてみたいことはたくさんあったのだが、そうもいかないようだ。足元に春をねだるものたちの感触を感じたからだ。
考えることを止めたものたちが累々と横たわる大地とここを去っていった忘れっぽい者たちのことは、また知ることもあるだろう。
雪割姫は、春を歌う。
それを待ち焦がれていた生命の種が静かにはじけて。すぐに春が大地を覆いだすことだろう。その感触を確認しながら姫は、何か思っていた。
雪が消えて地上が春一色になれば、自分は眠りに付く。それまでのわずかな間、『人の世』も見て行こうとそう思った。
そして、次の目覚めの場所はどこになるのだろうか?そんな期待に胸を膨らませながら雪割姫は春の風に乗って、空へ舞い上がる。地上には先ほどの城跡や赤茶けた老人たちが小さく見えた。
季節の画家たちが新品の絵具箱のふたを開けてこの純白の大地に春を描き出していく、人間の集う小石をばら撒いたようなコンクリートの一角にも…
季節は差別なく訪れる。人の世のゴタゴタなど知る由もないのだから…
(未完)
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コメント
明日を見つめる雪割姫。
でもまぶたは閉じてるようにも見えます、
雪割姫に希望のある明日は見えないのでしょうか。
いつか、うちの大作と出会える日が来ることを願います。
投稿: カナブン | 2007年7月 5日 (木) 08時09分
明日を見つめる雪割姫。
でもまぶたは閉じてるようにも見えます、
雪割姫に希望のある明日は見えないのでしょうか。
いつか、うちの大作と出会える日が来ることを願います。
投稿: カナブン | 2007年7月 5日 (木) 08時10分
「雪割姫」の瞳は「白」です。
姫が見ていくものによって変わっていきます。
それが鮮やかな色になるか、くすんだ色になるかは、この世の中の成り行きによって解っていくことでせう。
投稿: ねこん | 2007年7月 5日 (木) 19時21分