さよなら枝肉空母 その2
この陸の空母は個人企業から出発し、繁栄と共に増床。このあたりは今でこそ住宅や社屋が増えましたが創業時は市街地から離れているため、増床の場所は豊富であったのでしょう。 この空母の間口はどちらになるのかははっきりしないところですが、国道に面した側を間口とするならば奥行きは300mを越えます。
裁判所公認の倒産物件となってから探索は不可能と思われましたが、買い手がついたのか程なく解体が決定したようです。解体業者が準備を始め、作業時間外の条件で調査を開始。半年に及んだ作業のため時には夜間になることもあります。ほぼ建物全体が冷蔵庫であるので窓は排煙用以外なく、昼なお暗い空間です。その全体像は4つの建物からなるもので、端から繁栄の歴史を垣間見ることができます。
その内部を古いものjから追っていきましょう。
外壁の下地に電装会社の屋号がうっすらと見えるので元は別会社のものだったのでしょう。それを改造して出発した企業です。社屋1階は改造して組み込んだ冷凍庫がいくつか残っています。2階は当初事務所兼自宅であったようですが、後期には全く使われなくなったか従業員の休憩所に使われていた程度でしょう。ベッド、電化製品、バスルーム、給湯器などが残されていました。奥に和室が2間。しかし、すが漏りが発生し天井部分が傷んでいます。
当時、肉類も部位や用途別のトレー売りも始まっており、外食産業のバイキング化も増えだしてきたので、営業が軌道に乗るのは意外に早かったのかもしれません。社屋が手狭になる時はすぐに来たことと思われます。
居住空間として使われたここも上向きの業績の中、別宅が建てられ、生活の場は職場と分離していきました。
居住空間とは別に奥に広い部屋があり、流行歌のレコードが裸で放置されています。奥に食堂の小上がりのような和室がひとつ。もしかするとここは、ずっと昔はドライブインだったのかもしれません。
昔、流行った曲を耳にするとその当時の世上や自分のことが心の中から沸きあがってきます。普通では思い出さないのに1曲聴いただけで記憶回路が廻り始めたように次から次へと頭に浮かんでくるのは何だか不思議な気もします。
ここにいた人も時折、そうして初心に戻っていたのかもしれませんね。
ここから始まった想いはやがて世界に展望を広げることになります。まだ、この棟の時点ではがむしゃらに生きてきた感もあります。それでも未来は常に上向きに輝いていたのでしょう。将来起こる世界的な打撃など誰の心の中にもなかったそんな頃です。
(つづく)
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コメント
先輩殿
この物件はなんだかリアルすぎて切なくなります。
それでも中はしっかりタイム母艦してますね、解体されてタイムマシンは現在に帰ってくる、やっぱり切なすぅ。
投稿: カナブン | 2007年7月24日 (火) 17時40分
師匠、暑いですね。こっちは31℃の予報。
この空母は増床につれてだんだん無機質に、複雑になっていく不思議空間です。迷って出られなくなりかけたこともありました。
投稿: ねこん | 2007年7月25日 (水) 13時00分