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2007年6月17日 (日)

緑に抱かれたユリの花 ③

Dscf5686  考えてみると鳥のさえずりとカーテンの隙間から差し込む光で目覚めるラブホというのは今ではとんとお目にかかりませんね。どうしても『秘め事』の場であることには変わりませんが、都市部ならまだしも郊外型でも窓は完璧な密閉式です。
 清掃が完璧なだけで目張りの宿には変わりないのではありませんか。換気が完全でも人の色々な思いが行き場を失って溜まりこんでいるようなそんな雰囲気があります。それゆえに有るもの・無いものを本能的に感じ取ってしまうのかもしれません。

Dscf5675  また、そういうものを不本意に場に残してしまうのが人なのかもしれません。
 今や、枯れた姿をさらす廃ホテルは人の気配は無くとも痕跡をはらんだ現代遺跡のようです。

うっ血した何かをぶつけて穴を空けられた壁。
居るはずもない戦う相手を求めて割られたガラス。
無意味でおせっかいな部屋の模様替え。
ここには不必要な届け物など…。

 宿は無防備にそれらを受け続けつつ、大自然に同化すべく今、最後の変容を始めたようです。

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 建物は人がいて管理されている間は、ある種の力を持っているようですが人が去るとその力も消えるのか急激に衰えていくように見えます。まるで存在意義を見失ったかのように…孤独に打ちひしがれたように…。そして、朽ちゆくものの美しさを放ちながら…

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 初夏の風に揺れる葉のささやきが緑色の鎮魂歌として廊下を通り抜けていく…
それに応えるかのように閉まることのなくなったドアが揺れ、照明器具は安堵のため息をつく…遠くを走る車の通過音もいつしか潮騒にも感じられていく。
あと幾昼夜か繰り返し、いずれ静かな眠りにつくことでしょう。

Yuri

残るのは最後まで立ち去ることなく見守りつづけた緑と風だけ…

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コメント

おはようございます。
まさに“廃墟は人間”ですね、ルイドロの一回目のコメントを思いだします。なぜか悪者になりがちなこの物件を、好感のもてる内容で見せてもらいました。最後はミシャを思わせる額縁ですね。

投稿: カナブン | 2007年6月18日 (月) 08時03分

昔「アルフォンス・ミュシャ」を「アルフォンヌ」と記憶して大恥をかいた覚えがありました。
学校の「西洋美術史」の時間、アールヌーボーとかアールデコの項で習ったはずなのに…『ス』と『ヌ』はそっくり。

投稿: ねこん | 2007年6月18日 (月) 10時09分

私は先に『ヌ』で送ってましたね、しかも「ミュシャ」を「ミシャ」とは、恥ずかしすぎますOrz
もう美術やめます。

投稿: カナブン | 2007年6月18日 (月) 10時34分

ねこんは試験では赤点でした。歴史はどーも苦手だったので…
今は、むしろ反対のほうへ向っているような気もします。

投稿: ねこん | 2007年6月18日 (月) 13時00分

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