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2007年6月25日 (月)

卵の殻と観峰先生 ③

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Dscf2280  実を言いますと、ねこんの通っていた小学校(3年生まで)も街の学校へ統合になりました。更に言いますと後の小学校、中学、高校全て建て替えで懐かしの学び舎はなくなりました。
 最初の小学校は現在は解体されて体育館だけが残されて僻地保育所の体育館として利用されています。中学校は新築移転し、旧校舎は一部の教室棟が商工会館として現存。高校は近年建て替え。正直なところ廃れてもいいから記憶の断片を引っ張り出してくれる旧校舎が良かったと思います。だから、『ルイドロ』の一端は自分の故郷探しの旅かもしれません。

Dscf2281  ここは比較的いい形で残されていますが、残っているとはいえ、顧みられることも無く、惨めな姿をさらす学校も少なくはないでしょう。それも近年では、景観が悪いと次々に潰されているようです北海道中部には、数少ない2階建ての校舎が現存しています。広報誌によると、町の財政面の問題で補修・改修費が捻出できず民間業者に再利用を呼びかけていますが、なんらかのアプローチがなければ今年度中に解体されるそうです。
 『田園博物館構想』と言う公共事業計画があって、モデル地区で屋外博物館的に物件を結び、情報を発信する試験的事業が我町を含めた3市町村で数年前、公開されました。旧家や戦争遺跡、歴史的建造物(サイロや住宅)などが登録されていますが、保存状態などの理由からか廃校は含まれなかったのが残念です。

Kouka  屋内ゲートボール場として機能しているこの体育館は存校時を完全に保ちながら地域を見守っていました。
 少子化、過疎化により休校・閉校・廃校を迎えた学校は増え続け、限界ギリギリの数まで減っているようです。それでも毎年聞かれる廃校のニュースはまだ絶えることはない。
 閉校記念祝賀会。記念碑建立。記念誌発行。それらをもって全ての学校が大団円の中、使命を全うできたわけではありません。ただ静かに時間を停止し、記憶を凍結させた幻灯箱として徐々に自らを変化させていきます。木造校舎も数階建て鉄筋コンクリート校舎も…

 人の暮らし、集いのあった場所は、廃れた後も記憶装置として『存在』をもって場に機能し続けます。空(くう)の大地に還るその日まで…しかし、『空』は『無』ではありません。
 仏教的に解釈すれば万物は『空』から無限に生じ、無限もまた『空』に還る。故に消えること、失うことは『苦』ではないと…そう思いたいものです。

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そんな人の世の刹那を巡る旅はこれからも続きます。

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