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2007年4月17日 (火)

廃墟ラブホテルノート/最後のページ

Dscf0585

 ラブホは、ある種の如何わしいところとされる反面、その人なりの正体が惜しげもなく暴露される場でもあります。ラブホテルのこれでもかというようなムードの演出は、誰しもが持ちあわせながらも晒すことのはばかられる、脆くて悲しい性の砦なのですね。
 その砦は屈強なだけではなく、そこに入る者の『ペルソナ』にならなければならないのか…

Dscf0576  やがて夜がやってくる。今は、灯りもともらないここであったそれぞれのドラマ。それはプロローグもエピローグもわからない途中の一話です。悲しみ・喜び・慈しみ・溺愛・一夜の愛・秘められた過去・希望・幸福・行きずり…それら多くの1シーンは、宵の中静かにクランクインし、朝焼けの中幕を下ろしていった。せめて演者たちがいつしか、ここの幹線を通り、今も残る『●すか』のサインポールをふと思い出して見上げたときに、かすかに笑みがこぼれるのであればこの廃墟と化した、ホテル『●すか』の存在意義は充分に果たせたのだと思います。

 しかし、方や地域の汚点であるかのように忌み嫌われていることも事実。下手なところに建てようものなら地域の猛反対運動にさらされる事も当然、覚悟がいります。
 良いとか悪いとかではなく、『秘め事』には適切な場所が欠かせない。でも、それを望む人が声を上げるわけでもないでしょう。プライバシーの砦もまた、眩さの反面、脆く悲しい…

Dscf0568  「悲しみの実をかじるたびに子どもは、悲しみを口に出せない大人になっていく…」
中島みゆきの歌でそんな趣旨のものがありますが、人は生きる過程で自分自身以外の力を借りて自分の脆さが漏れないように固く鎧を着込まなければならない。その鎧をつかの間、おろすことの出来る場所として『●すか』はあった。そう思いたい…この砦跡に関して。

 最後に再びノートの1ページ。一番ドラマチックなページを。この作者の思い出の場所として廃墟ラブホテル『●すか』は朽ちながらも存在していればそれで良いでしょう。

Yakusoku

約束は果たせたのでしょうか。たぶん…

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